2011年5月16日月曜日

家電の幸せ

最近自宅を引っ越しをした。そしたらそれを機に、7年前購入した洗濯機の調子が悪くなった。それでメーカーの人に来てもらい、修理してもらった。12,000円かかった。そしたら、その後FAX電話も調子悪くなり、どうしようか考えている。どうしようか・・・・それは、この機会に思い切って買い換えるか、そのままごまかしながら使い続けるか。

私はいわゆる高度経済成長期に生まれ育った。東京オリンピックが3歳のときで、私の住んでた家の前を通ったパレードを、母親に抱きかかえられながら見た記憶がうっすらとある。

当時は狭い家にテレビや洗濯機、冷蔵庫、掃除機・・・・その後には電子レンジと、次々と入って来た時代でもあった。買い替えたんじゃない。それまで知らなかったもの、全てが初物だった。

パソコン含め、家電製品はあって当たり前の時代に生まれ育っている方々にも想像してもらいたい。当時、例えば冷蔵庫を買って、「10年もてばいいよね」なんて感覚はまったくなかった。また「(修理より)買った方が安い」なんてセオリーもなかった。買い替えることなどこれっぽっちも考えてないのだ。それはそれは大変な文明の利器が我が家にお見えになったのだから、たとえ壊れたとしても修理が当たり前。再度壊れてもまた修理。もう一生使うぐらいの気持ちで、それはそれは大事に使ったし、尊い存在でさえあった。だからたとえ10年使っても、修理不能になって新しく買わなきゃならなくなると、かなりのショックだった。その感覚は今とだいぶ違う。

並行して、親からは「モノは大事に使いなさい」と何度言われたことか。それは、家電製品もそうだから、とても説得力のある重い言葉だった。今は「買った方が安い」の道を選ぶこともあるので、自分の子どもに「モノは大事に使いなさい」と言うには正直言ってやや抵抗を感じてしまう。

昔は商品を買うのは近所の電器屋さん(個人商店)から。だから故障してもその電器屋さんに頼めばすぐに修理に来てくれ、直ったものだ。しかし、それから10年ほどすると、東京では「家電は秋葉原が品揃え豊富で、しかも安い」という時代になった。その頃になるとその近所の電器屋さんは、新商品が出ると「払いはいつでもいいから」と言い残し、新しい家電製品を我が家に置いていった。そしてそのまた10年後、今度は秋葉原の時代から巷に量販店が出現し始めた。その頃になると、その近所の電器屋さんは廃業した。

こうした時代を経てきて、とても不思議というか腑に落ちない思いが私の心の壁にへばりついている。

戦後、高度経済成長をしてきた日本は今経済が低迷していると言われている。家電メーカーから見ると、家に家電製品がなかった当時は、こぞって売れたのだから、そりゃ景気がいい。でも、みんな一通りの家電製品を持つと、あとは修理か買い替え。当然、メーカーの売上げは落ちるはずだ。iPodやデジカメ(もー古いかー)など最近だって新たな商品もないわけじゃないが、私の幼少時代とは、比較にならない。

こうして考えてみると、モノが豊かになれば、景気が低迷する(消費が冷える)のは必然だ。なのに、今、「景気が悪い」と、それが諸悪の根源のように言われる。何かがおかしい。

きっと景気が「悪い」んじゃなくて、言い方を変えれば、モノが豊かな時代になると景気は低迷するが、それはモノが豊かになった証なのだ、と思う。経済はサービスもあるが、初めてテレビが家に来た時代のモノのボリュームほどの新しいサービスが最近あるだろうか。

高度成長期によかったのは、「景気」だったんじゃなく、たぶん白黒テレビが初めて家に来たときの「幸せ感」だったように、今になって思う。そしてその「幸せ感」があったから、それらのモノを大事に使った。しかし、当時のような「幸せ感」を今持つことは現実的に難しい。幸せって何だっけ?

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