2012年4月27日金曜日

かたつむり

今朝起きたら、小雨が降っていた。

きょうの天気が気になって、空を見上げに庭に面したデッキに出ると、でっかいかたつむりが日よけのフチの下側にいた。「おっ、こんなところに」と思って、カメラを取りに行って戻って来ると、いなくなっていた。

「あれ、やけに逃げ足の早いかたつむりだな〜」
と不思議に思っていると・・・・、


いました。
日よけの下側から上側に移っていた。

かたつむりの訪れる家に住む幸せ。

2012年4月17日火曜日

桜の色


お花見の季節が終わった。桜はこれから葉が出てきて毛虫の季節だぁ〜。

そして、夏が終わると葉桜は、濃い緑に黄色が混じり始め、少しずつ落ちていく。その様も、いとおかし。

でも、私が一番好きな桜は、曇天の下、たわわに咲いた花が風に揺れる様。グレイの背景に、ソメイヨシノの淡〜いピンクが揺れる。そこに薄雲を通った淡い光が照らしてくれたら、これ言うことなし。

冒頭の写真は、娘が通う小学校の校庭の桜。満開の数日後、雨に打たれた花びらが水たまりに落ち、風で寄せられている様。何かを訴えているようで、携帯のシャッターを切った。

光に当たってると、特に晴天の空の下の満開時、白っぽく見える花びらも、地面など光が透けない場所で黒を背景に集まると、ピンク度がグッと増す。ピンク度と言えば、これからの八重桜だが、その人気は淡いソメイヨシノにゃ〜かなわない。でも、菓子に使われる桜の塩漬けが八重桜なのを知る人は意外と少ない。人間は複雑な生き物だ。

昨日は、近頃通っている写真教室があった。それに通い始めてから、光と色への興味が増した。昨日は、ソメイヨシノが舞う遊歩道で撮影。木の桜はこんなに淡いのに、地面に落ちるとこんなにも濃くなる。それにしても、補色の料理は難しい。


2012年4月12日木曜日

瓶替え


先週末、一昨年に仕込んだ梅干しの最後の1個を食べた。てなわけで、今週からは昨年仕込んだ梅干しを食べ始める。このタイミングで瓶を移すのだが、我が家では、それを「瓶替え」と呼んでいる。(・・・・なんて言うとカッコいいでしょ。でも実は、そう呼んでいるのは私だけ) この十数年間、この時期に毎年行っているちょっとした作業だが、この2〜3年、「瓶替え」がとても愛おしく思うようになった。

冒頭の写真、お行儀よく並んだ我が家の3つの瓶。左から、「ドブロク用」、「梅干し仕込み用」、「梅干し保存用」だ。この他に、「味噌用」もあるが、最近は味噌を仕込んでないため、すぐに出てこなかったので、欠席。

さて、梅干しの「瓶替え」は、真ん中の「梅干し仕込み用」からその右の「梅干し保存用」に移す作業だ。のどかな春の日がとても似つかわしい。

食べ終わって空になった「梅干し保存用」をあらかじめ水洗い水切りして干しておく。「梅干し仕込み用」には、昨年土用干しを終えた梅干しが一旦戻され保存されている。こいつを洗った「梅干し保存用」に移す。最後に、空になった「梅干し仕込み用」を水洗い水切りして天日に干す。(→これが次の仕込みの始まりになる。)この作業が「瓶替え」だ。

余談だが、3つの瓶の大きさや形が違うのには各々理由がある。まず真ん中の「梅干し仕込み用」は、梅漬けの工程で重石が平均に押してくれるように寸胴型。そして、重石がのるスペースがあった方がやりやすいので、やや大きめになっている。これで梅3キロ(我が家の一年分)がちょうどいい。

一番右の「梅干し保存用」は、保存するだけだから一回り小さくて、取り出しやすいよう口の方が広く底の方が絞ってある形。この「梅干し保存用」に移すときは、最初にシソの座布団を底に敷いた後(下の写真)、適当にシソをからませながら移していく。


また、一番左の「ドブロク用」は、発酵中、毎日かき混ぜるので、上部がすぼまってる方がいい。これで4〜5升仕込めるサイズ。

さてさて、この「瓶替え」の作業をしていると、「あ〜、そろそろと梅干し仕込むシーズンがやってくるんだな〜」と思う。実際に行うのは、2ヶ月先だから、特に今しなきゃならないことはない。でも、この時期にこう思って、どんな梅を使おうかなど、一度イメージしておくと、いざ始めるとき楽に始められる。

梅干しは毎年作っているが、こうして続いているのは、作り方を知ってるというだけではない。必ず毎年いろいろな変化があるから、その変化に応じていろいろ考えて作るのが楽しみだから続いている。その楽しみがないと、とても続けられないと思う。大ざっぱに作り方だけを知るなら、簡単に調べられる。でも、必ず疑問は残る。だからその先は自分で考える。そこが面白い。作り始めの2〜3年は、作り方に追われ、考える暇もなく作っていたから、しんどかった。でも、最初のうちは、気持ちもフレッシュで、勢いもあるから何とかやりとげられたんだと思う。梅干し作りはその後から面白くなる。

毎年の変化はさまざまだ。例えば、同じ農園の同じ品種の梅でも毎年違うし、仕込むときの天気も違うなど、他動的な変化もある一方、材料を変えてみたり、新しい工夫をしてみたりなど、自動的な変化もある。それは、ドブロクも同じ。

一番暑いときの梅干し、一番寒いときのどぶろく。

初夏に梅が出回り、その後シソが登場。梅雨時をくぐり抜けた後、一番暑いときの土用干し。一方、なるべく雑菌が繁殖しない一番寒いときに仕込むドブロク。一番暑いときも一番寒いときも嫌な季節だ。でも、一番暑いとき、一番寒いときだからこそ上手く出来ることがある。それに写真の3つの瓶は欠かせない。そして、その間の時期(例えば今)に、ゆっくりとその「楽しみ」が始まる〜♪。

「瓶替え」は些細な作業だが、やっててこんな風に思うようになっちゃった。老けちゃったかな〜。

2012年4月9日月曜日

ベトナム・ニャチャンのロシア料理レストラン


きょうのエントリも、3月下旬のベトナム出張時のときのこと。

私の出張は、主に「カンホアの塩」の生産現場、つまりはカンホアにある塩田なんだけど、そこは田舎で交通の便が悪いので、途中で必ずニャチャンという中型の町に立ち寄る。ニャチャンは、カンホア・プロヴィンスのキャピタルシティでもある。

ニャチャンは、町でありながら、ベトナムで有数のビーチ・リゾート。カンカン照りの下、ベトナム人は日陰に逃げるが、欧米人は甲羅干しに余念がない。冒頭の写真はニャチャンの町中のビーチだ。で、この1〜2年、その「欧米人」に大きな変化がある。

ロシア人が急激に増えているのだ。聞くところによると、ロシアからこのニャチャンまで毎日直行便が飛び始めているらしい。ロシアの3月はまだ寒いだろうから、きっと「暑さ」を求めてやってくるんだと思う。この20〜30年で世の中ずいぶん変わったが、ロシア経済・ベトナム経済の変化、また両国とも社会主義仲間だから、そのコネクションもあってのことだろう。

私のニャチャンの常宿は、外国人ツーリストが多い地域にある。ちょっと歩くと、もーロシア語の看板がズラズラで、英語に迫る勢いだ。(ちなみに日本語はまるでない) ・・・・というぐらいだから、本格的なロシア料理レストランも登場している。「本格的」とは、高級という意味ではない。ちゃんとロシア人が経営し、料理し、お客さんもロシア人であふれかえっているレストランだ。

このブログをお読みになっている方は、ちょっと思いつくことがあろうかと思いますが、先月、東京・新宿のロシア料理レストラン「スンガリー」のことを書いたばかり。(→3月6日:写真教室とボルシチ) どうも最近、ロシア料理に縁がある。

私はロシアへ行ったことはない。が、私にとってロシアは、何となく分かっていそうで分かってない、もっと知りたい国なのだ。例えばロシア料理といっても、ボルシチ、ピロシキ、ビーフストロガノフというベタな料理しか浮かばない。また、レーニン、トルストイ、ホロヴィッツをも育んだ大国だ。「もっと知っててもいいはずだ」という感覚は常にあるものの、なかなか東京にいてロシアの人と接する機会もない。

それに、戦後生まれの日本人である私は、知らず知らずのうちに、いわゆる旧西側諸国の価値観に偏っているかも知れない。そしてその裏側には、ロシアなど旧東側諸国の人たちが持ってる、私の知らない何か大事な感覚が存在するかも知れない。そして私にはそれが欠如しているかも知れない、という薄っすらとした思いもある。もしかしたらあるかも知れないその欠如を補うために、私が興味あるのは、生身のロシアの人たちの感覚だ。書物などで知るロシアもあろうが、直接のコミュニケーションの中で、体温を感じるようにそれを感じたいと思っている。

でまぁ、ニャチャンで、ロシア料理レストランがあると聞き、行ってみた。この1ヶ月で、「スンガリー」に続き2つめのロシア料理レストラン。続くときは続くものだ。

まずは外観から。下の写真は店の看板だが、全てロシア語。きっと店の料理のことが書いてあるんだろうが、忘れちゃいけない、ここはベトナムだ。ロシアではない。それも外国人ツーリストが多い地域なんだから、せめて「Russian Restaurant」ぐらい隅っこにかいてあってもよさそうなものだ。しかしながら、「ロシア人にだけ分かればいい」という何とも強いポリシーだ。こうこられると私の好奇心は、かえって刺激され、ゾクゾクしてしまう。


そして、下の写真が、きっとお店の名前。「P」のような文字と三角形みたいなロシア文字。どんな意味なんだろう? お店の名前でこんなに短くていいのか、と余計なことを考えてしまう。んで、面白いのは、その下にある、「14-20」。最初は番地かと思ったが、営業時間だった。20時閉店は分かるにしても、14時開店とはどういうことなのだろう? ロシア語は分からないが、この「14-20」という表示の仕方にさり気なさを感じる。店内は5〜6テーブル。木製の椅子とテーブルが見える。


上の写真は開店前(14時前)だったが、その日の夜に行ってみた。店に入ると、当然のようにロシア人で賑わってて、ラッキーにもテーブル席がひとつだけ空いて座れた。賑わってはいるものの、満席にしては話し声などどこか静けさを感じた。これもロシアなことなのか?

そして注文したのが下の写真。


右上がボルシチ。ベトナムでもたくさんあるディルがたっぷりのっている。左がポテトサラダのようなもの。手前がキュウリの漬物だ。ここまでを前菜にして、次の写真がメイン料理。


そう、ロールキャベツ。右上にちょこっと写ってるけど、パンはライ麦パンじゃなくてベトナムのバインミー(バゲット)だった。私にとっては、先のエントリで書いた、新宿の「スンガリー」での料理の記憶が新しかったので、ついついその線で注文し、比べてみたくなった。

で、そのお味はというと、新宿「スンガリー」同様、ほんとうに素朴で家庭的な味なんですねー。「スンガリー」の方が、やや味つけは繊細だったが、誰が食べてもおいしいって感じの、安心出来るような、心温まるようなお味でした。まだ2軒しか経験ないが、この素朴さがロシア料理の特徴のように思える。

ところで、写真にもあったように、この店、20時閉店なんだけど、私たちがメインのロールキャベツを食べ終わったのがちょうど20時頃だった。その10分前ぐらいになると、60歳ぐらいのロシア人男性店主は、従業員に片付けを指示し始め、私たちのテーブルの上の皿やグラスは淡々とどんどんかたづけられちゃった。「うちは20時に閉店なんだから」と念を押されるように。これも社会主義の名残りなのか? ただ、それがちょっと強引に感じたので、私が驚いた仕草をすると、隣のテーブルの若いロシア人カップルの女性の方が、クスクス笑ってた。もちろん、自分たちだって閉店間際までいる、私たちの仲間なんだけど。仕方なく「早く会計して店を出よう」って雰囲気になって、一緒に店を出た。

まぁ、その店主のぶっきらぼうな態度も、このレストランの味のうち。サービスが悪いとかじゃなく、きっとそんなもんなんだろう。決まった時間になれば、閉店して、従業員を帰らせるという、やさしいオジサンとも言える。隣のテーブルの女の子がクスクス笑ってくれたのには、ホッとさせられた。私たちも「そんなに悪いことをしている訳ではない」と思えたので。ん〜、何とも楽しい探検、いや食事でした。

先に書いたとおり、この店の名は「P」と「三角」の文字。
住所は、ニャチャンの、14A Hung Vuong通り。

もしかしたら、10年後には、ベトナムのどこかに、リトル・モスクワみたいなものがあるかも知れない。