2012年12月26日水曜日

暮れの銀杏処理


先週末、久しぶりに銀杏の処理をした。20年ぶりぐらいだ。

私が住む「東京都の木」ってのはイチョウというだけあって、季節になると近所の公園には銀杏が山ほど落ちてる。風の強い日の翌日など、「あ〜、でっかいのがいっぱい落ちてるな〜」と横目で見ながら踏んづけないように通り過ぎることはあっても、拾うことはなかった、銀杏は好物にも関わらず・・・・。無論、処理が面倒だからだ。

ところが、先日、その公園に遊びに行ってた8歳の娘が、興奮気味に息を切らして家へ帰って来た。

「袋ちょうだい!」
「どうしたの?」
「銀杏拾ってるおばさんから、一緒に拾わない?って言われたの。いっぱいあるから私も拾おうと思って」
「そっかー、分かった」

この時点で、私が20年ぶりに銀杏の処理をすることが概ね決まったと言っていい。1時間後、彼女が抱えてきたレジ袋には、バケツ一杯ほどの銀杏がギッシリ。サイズも結構でっかい。「ん、これだけ粒ぞろいならやる価値あり」と、腹をくくった。

その2週間後の先週末、暮れの掃除や年賀状書きと気ぜわしい休日だったが、天気がよかったので、ふと空いた時間に意を決してゴム手袋を買いに走った。

ゴム手袋をした手で、外皮から種の銀杏をひとつずつプルッと出していく。大きなポリ袋をかぶせたバケツにぬるま湯を入れ、そこにひとつずつポチャン、ポチャン・・・・。いい天気とはいえ、その音が、北風の中で小さく響き、だんだんと寂しい気分に浸っていく。縁側から窓越しに暖かい部屋で子供たちが友だちを連れてきて遊んでいるのが見える。最初の30分は、「いつになったら終わるんだろう?」と不安になった。

ギッシリと銀杏が入ったレジ袋の上の方は確かにでっかいのばかりだったが、その下は小さいのが結構混じってた。一緒に拾ってたおばさんに、最後にでっかいのを入れてもらったらしい。せっかくのおばさんのご厚意だったが、上げ底みたいでちょっと騙された気分にもなった。2〜3度の小休止を入れ、黙々と2時間半。「銀杏去って、また銀杏だな」なんて言葉が出始めた頃、やっと種を全部出し終えた。バケツの湯を替えながらザバザバ洗い、ザルで干した。それが冒頭の写真。

どんなに忙しくたって、どんなに急いだって、どんなことでも、ひとつずつ。ステップ・バイ・ステップ。ワン・バイ・ワン。それでしか物事は進まない。

正月は銀杏食べよっと。

2012年12月18日火曜日

おでんの東西


昔、京都で暮らしていたとき、揚げた練り物を「天ぷら」と呼ぶのを初めて知った。そして関東で言う「おでん」のことを「関東煮(かんとうだき)」と呼ぶことも。当初、東京出身の私は、それらの意味が全く分からなかったし、意味を知ってからも違和感を持った記憶がある。

さて、うちのカミさんは、鳥取の出身。彼女の親御さんも鳥取。そして私は東京。私の親は、長野と秋田だ。まぁ、大きく分けて、カミさんは西日本の人間で、私は東日本の人間だ。こんな組み合わせの場合、おでんの鍋をつつきながらの話題は事欠かない。

まずはそのつゆ。

「最近は東京のおでん屋さんでも、こーゆー薄口醤油っぽくて昆布だしが効いた関西系のつゆの店が増えたよね。醤油の濃いのより、オレはこういう方が好きだよ」

「立ち食いのうどんもそうだけど、醤油の濃いつゆだと具に色が付いて汚れた感じじゃない? こっち(東京)の感覚って、全く理解出来ないわ」

「東京の立ち食い蕎麦屋のうどんのつゆはね、蕎麦のためのものなんだよ。蕎麦を頼む人の方が断然多いからね。限られたスペースで、2種類のつゆを仕込むのは大変なんだ。それにね。おでんはまた別だな。醤油の色が奥の方まで染み込んだ卵や大根を好むのさ。だからあの色は汚れというよりアメ色と表現して欲しいな。濃口醤油があんまり主張するのは確かにジャンクなところがあるけど、あの色には(煮込んだ)時間が表れているんだ。つまり『じっくり煮込まれた』時間を感じながら食べる。そーゆーこと」

おでんの東西の違いはつゆだけはない。

「だいたいアタシ東京来て初めて知ったけど、こっちで言うスジっていうのがあるでしょ? なんか練り物みたいの。これも信じられない。おでんでスジっていったら、牛スジに決まってるじゃない」

「んー、そーだな。スジ、最近ほんとんど見ないな。子供の頃、おでん屋さんでよく食べたんだけど。ちょっと魚の骨っぽさが残った練り物だったな。だいたい斜めにスライスされておでん種になってた。オレもあれを何でスジって呼ぶのか子供心に不思議に思ってた。でも言葉からして、東京のスジは、牛スジの代用品だったかも知れないな。つみれと似てるけど、つみれよりちょっと肉っぽさがあったような記憶があるから。牛スジじゃないけど、あれはあれでおいしかったよ」

「おっとー、きょうも里芋かー。おでんの芋つったらやっぱジャガイモでしょ〜。メークインじゃなくて、男爵系ね。」

「何言ってんのよ。おでんで芋と言えば、絶対里芋よー。この食感がいいじゃないのー」

「オレ、里芋は好物だよ。ただ、おでんの里芋はオレにとって新感覚よ。ジャガイモとは違うもの。ジャガイモに箸入れて切ると、ふわっ〜とジャガイモの香りが立ち上るのさ。それから煮崩れたジャガイモの破片がつゆに溶けかけたところにカラシを少し溶かして、一緒にズルズル吸うのもまたオツなものさ」

「きょうはチクワブ入れたから。でも、なんでちくわという立派なおでん種があるのに、わざわざニセモノ使うんだろうね。ちくわの麩という意味だろうけど、麩じゃなくてうどん粉の固まりじゃないの」

「え〜、それはチクワブに対して失礼だなー。チクワブはちくわのニセモノではないんだよ。落語の『時蕎麦』では、そんな風に語る噺家さんもいるけど、このちくわに似せた形には意味があるのさ。穴開けたり周りを波打たせたりしてその表面積を稼いでいるんだ。そうしてつゆの味を染みこみやすくしているのさ。あとこの形にはちょっとした洒落っ気もあると思うけどね。だからオレはさ、チクワブをこうして円柱状に輪切りにするんじゃなくて、斜(ハス)に切ってもらいたいんだよなー。そうすると、先っちょが薄くて段々厚くなるでしょ。つまり、ちょっと反り返った先っちょにはしっかりつゆが染み込んでて、厚くなるにつれて段々すいとんのようなモッチリした小麦のおいしさにグラデーションで変わっていくのだよー。分かるかなー」

「あれー、はんぺんないじゃん」

「あーあの、白くてフワフワしてるやつね。東京では入れるみたいねぇ〜」

こうして私は批判を受けると文句を交えながら言い訳もする。「ガタガタ言わずに黙って食え」と言われればそれまでだが、これらの違いは面白い。そんなあんなで、おでんの鍋をつつきながら、「まっ、文化が違うんだなー」ということになるのだけど、大事なことは、異文化を交えながら、「より旨い」と思う方向へ進むことだ。おいしさに決まり事はない。

2012年12月14日金曜日

親ガニの幸せ


あ〜、この人と結婚してよかったなとつくづく思うとき。
それは、このカニを食べてるときだ。

この時期になると毎年、彼女の郷里(鳥取)の親御さんが送ってくれる。上の写真、ズワイガニだが、子持ちのメス。鳥取では親ガニと呼ばれている。毎年11月頃解禁になる。親ガニは子持ちだから、あんまり捕りすぎちゃいけない。だから、捕っていい時期がオス以上に限られている。

高級なズワイガニはだいたいがオス。オスはデカいから、食べるところがたくさんあるし、何せ身がおいしい。高価で人気者だから全国に出荷される。一方、小さく身が少ないメスは主に地元で食べられるというわけだ。上の写真の親ガニは、甲羅の幅約10センチぐらい。これでも大きな方だ。身のボリューム・おいしさはオスに劣るものの、この親ガニの卵がとても旨い。酢におろし生姜を加えたタレで食します。

上の写真だとおいしさが伝わらない・・・・というワケで、下の写真。


この卵。たまんない。下手な上海蟹より旨い。下手でない(おいしい)上海蟹、エガニのような泥ガニ系に比べ、濃厚さではやや劣るが、何て言うか、うま味の濃厚さがちょうどよく、心地よいおいしさなのだ。

うちのカミさんは子供の頃、この時期、親ガニをおやつで食べてたというから、驚かされる。おやつなんてものは、例えばドーナツだと、「え〜、まーたおやつドーナツなの〜」「そんなこと言うなら、おやつなしにするわよ」なんて会話があるが、「え〜、まーた親ガニなの〜」なんて言ってたのだろうか。ところ変われば感覚もずいぶん変わる。そんなワケだから、足も含め殻を剥きながら食べる早さといったら、まるで精密機械だ。その点、私はペーペーなので、写真にも映っている、いわゆる「蟹スプーン」を駆使する。これを使うとカミさんにバカにされるが、なんのその。ただ黙々と食す。

でも最近は、ときどき「セイコガニ」「コウバコガニ」などとも呼ばれ、東京でも売られているのを見かけるようになった。鳥取でも徐々に買いにくくなってるみたいだ。こうなっちゃうと、おやつには難しいかも知れない。ただでさえ漁が限られてるズワイガニ。さらに限られている親ガニだからね。こうしてブログに書くこと自体がよくないのかも知れない。

2012年11月30日金曜日

銭湯と世間

 私は東京の下町育ちで、子供の頃、小学生ぐらいまでは自宅に風呂がなく、毎日銭湯へ通った。毎日通っているから、銭湯で会う人は、どの顔も皆見たことある顔ばかりで、お互いにだいたいの素性も知り合っていた。ヨーロッパで言えば、地元の広場や教会のような社交場みたいなものだったかも知れない。

さて、この間、子供を連れて銭湯へ行った。今自宅には風呂があるので、2〜3ヶ月に一度ぐらい、「たまにはでっかい湯船につかりたい」気分になったとき、家族を誘って行く。車で10分ほどのその銭湯(富士見湯/東京・昭島市)はいわゆるスーパー銭湯ではなく普通の銭湯なのだが、珍しく露天風呂もある。

5歳の息子とともに男湯に入った。早速、露天風呂へ行くと、年配のオジさんが先客でいた。大きな風呂に入ると、お湯を掛けたり泳いだりして遊びたい年頃の息子なので、小さな声で「今は、他のお客さんがいるから、静かにしててよ」と釘を刺した。彼は頷き、湯の中で手を動かしたりして、遊びたい衝動を紛らわせていた。そうこうするうち、その年配のオジさんは露天風呂を出て行った。

「おう、今ならいいよ」と息子に言うと、堰を切ったようにお湯の掛け合いが始まった。その後運良く他の客が来なかったので、しばらく遊んだ。多少のぼせてきたところで、二人でその露天を出た。息子の身体を先に洗い、私は自分の身体を洗い始めると、彼は「(一人で)外のお風呂に行ってていい?」。私は「いいよ。でも他にお客さんがいたら静かにして入る約束は守ってよ」と念を押した。

私は自分の身体を洗い終わると、露天風呂へと向かった。すると、息子はさっきいた同じ年配のオジさんにお湯を掛けてるではないか! 「何してんだ!」私はとっさに叱った。すると、そのオジさんはそそくさと露天風呂を出て行った。息子は、「だって、あのオジさんの方からお湯掛けてきたんだもん」と言った。意外な言葉だった。何となく事情を察した私は、「そっかー、それなら悪くないな。怒って悪かったな」と息子に謝った。

実は、この銭湯に来る1ヶ月ほど前、息子と息子の友だちを連れてあるスーパー銭湯に行った。私が身体を洗っているときに、湯船で子供同士で盛り上がり、混み合っている中お湯の掛け合いをしたらしく、客のオジさんから怒鳴られた。その怒鳴り声の相手が自分の連れの子供たちのことと分かると、私はそのオジサンに謝り、子供たちにも謝らさせた。そのオジさんは下を向いて無表情だった・・・・なんてことがあった。

まぁ、そんなことも影響して、私はとっさに露天風呂で「何してるんだ!」と叱ったと思う。しかしこれは完全に私の早合点だった。そそくさと出て行ったオジさんは「茶目っ気のあるやさしい大人」ということを私は全く考えもしてなかったし、息子も私との約束をちゃんと守りつつ、自分で正しい判断をしてお湯を掛けていたと想像がつかなかったのだ。そう思うと、スーパー銭湯で怒鳴ったオジさんも、単に怒っていたのではなく、その複雑な心境が「無表情さ」になって表れていただけだったかも知れないとふと思った。

帰り際、息子と遊んでくれたオジさんと脱衣所で再会した。

「いや〜、最近そうして遊んでくれる人がなかなかいないんですよ。つい叱ってしまいました。ありがとうございます」

と私は頭を下げた。すると、そのオジさんは、私には見向きもせず、隣にいる息子に向かって、お湯を掛けるポーズをしてニッコリと満面の笑顔を放ってくれた。その笑顔は私の脳裏に染みついた。

やっぱり、たまには銭湯もいいもんだ。

富士見湯の看板(料金表)2012年11月
富士見湯の看板


2012年11月27日火曜日

イタリア産ノンアルコールビール

先週末、東京・永福町のピザ屋、ラ・ピッコラ・ターヴォラへ行った。実は、その2ヶ月前には、そのすぐ近くのピザ屋、マッシモッタヴィオにも行った。感じた違いは生地の柔らかさぐらい。マッシモの方がやや柔らかめ。ラ・ピッコラの生地の方がややしっかりめ。どっちの店もすこぶるおいしいことに変わりはない。

以前、このブログでも、南イタリアの美味(2011年11月22日)で、ナポリで食べたピザのことに触れたが、この2店のピザはナポリで食べたのと同じと言っていいぐらいのもの。まー、それにはビックリするしかない。わざわざナポリまで行かなくてもいい、とも言える。いやホントに。

ところで、昨日のラ・ピッコラへは、私の運転の車で、家族で出掛けた。ゆえにワインが飲めず、ノンアルコールビールを注文した。いつもこういうとき少し悩む。ピザなどチーズを使った料理に水やビールを飲むと胃の中でチーズが固まるからよくない、とイタリアで言われた。フォンデュ食べたスイスでも同じことを言われた。そんなとき、車を運転する人はどうすればいいのか? 私はノンアルコールビールの味はあまり好きじゃなく、ガス入りの水の方が好きだ。でも水に比べたらまだノンアルコールビールの方が胃にはマシか、と思ってノンアルコールビールを注文するんだ。ん〜悩ましい。

さて、ラ・ピッコラのメニューのノンアルコールビールはイタリア産だった。イタリアも変わったんだなぁと思った。

もう30年も前になるが、私はローマの友だちの家に10日ぐらい居候していたことがある。日中友だちとそのお父さんは勤めに出ていて、お母さんは家で家事をしていた。簡単な朝食をバタバタととった後、友だちはオートバイ(でっかいモトグッチ)、お父さんは車(かっこいいアルファロメオ)で出勤。私は観光を兼ねてローマの町をウロウロするために地下鉄の駅へ向かう。

そして12時頃になると、その二人と私は帰宅する。お母さんが支度してくれた昼食をみんなでとるためだ。グラス3杯ぐらいは必ずワインを飲む。パスタが前菜のたっぷりの昼食をゆっくりとって2時頃になると、当然のようにオートバイと車でそれぞれ仕事に戻る。また、このときは夏場だったのだが、この家の冷蔵庫に白ワインを水で半分に割ってガラスの容器に入れたものが常に入っていた。ちょうど日本の麦茶のような存在だった。喉が渇いたら、朝でもこれをグラスに注いでグイッと飲む。無くなりそうになると、気が付いた人がすぐに新しいのを作って冷蔵庫にしまっていた。

話を戻そう。
そんなイタリアでノンアルコールビールがあるなんて、とふと思ったので、ラ・ピッコラで、注文取りに来た女性の店員さんにきいてみた。

「イタリアでノンアルコールビール飲む人っているの?」

「そうですよね。昼間っからグラッパ飲んで運転している人もいますからね。でも最近は一応ダメってことになってるみたいですけど・・・・」

飲酒運転は超不謹慎であり御法度だけど、こういう現実もある。もちろんイタリアにもアルコールを飲めない人はいるし、アルコール飲んだら絶対に車の運転をしない人だっているのさ。

2012年11月5日月曜日

時代と喫茶店

先日、東京の経堂で、駅前の喫茶店に入った。常連客らしいオジさんたちが新聞広げて読んでたりの、昭和にあったような喫茶店。カウンター席に座った。窓に面したカウンターではない。カウンター越しのすぐ目の前で、次々とサイフォンでコーヒーを入れるのをじぃーっと見ることが出来るカウンターだ。5〜6個並んだサイフォン。湯が沸き上がっていくゆっくりとした様、そして同時に、サイフォンにコーヒーの粉を入れたり洗ったりカップに注いだりの手際よさの様が好対照。あ〜、こーゆーのはいつまでも眺めてられる。

さて、そのサイフォンから目を離すと、ちょうど私の正面にある棚が目に留まった。

DOUTOR COFFEE

と印刷された缶。どこにでもあるドトールコーヒーとロゴが違うなー。それに明らかに使い込まれている。座っているのはカウンター、目の前にコーヒー入れてる人がいる。コーヒー入れるのが一段落したところで、声をかけてみた。

「ねぇ、あのドトールって書いてある缶、そのへんのドトールと違うね。古そうにも見えるけど、何なの?」

「あっ、あれはですねー、最初にドトールが日本に来た頃の缶らしいです。30年ぐらい前は、あの缶を使ってたみたいで・・・・」

30歳ぐらいの若い彼は続けた。

「ドトールが最初に日本に来た頃から、この(喫茶店経営の)会社はドトールと関係があったみたいで。そこにもあるとおり、普通のドトールも経営しているんですよ」

と、私の手元にある、数店舗の喫茶店の名前が印刷された伝票の裏面を指さした。2軒ほど普通のドトールのロゴがあった。つまりこの喫茶店を経営している会社は、数店舗の喫茶店を経営しており、その中の2つはドトールコーヒーだった。

「でもまぁ、こうしてこんな話をお店の人と、普通のドトールじゃとても出来ないね」

「ええ、ドトールでは、(コーヒー入れる)カウンターには席を作らない決まりがあるみたいで・・・・」

つまり、ドトールの店の作りは、客とコーヒーを入れる店員が話をするようになっていない。最後に、棚の缶の写真を撮る許可を得て、携帯で撮らせてもらった。

大きく見れば、ドトール上陸以来、お店の人と気さくに話せる喫茶店は激減した。ドトールの波に呑まれ、昔ながらの喫茶店がどんどん潰れていったと単純に思っていた。もちろんそれは否めないが、細かく見れば、喫茶店経営の会社の中には、フランチャイズのドトールの衣を借りながら、昔ながらの喫茶店を続けている人たちもいる。勝手な想像だけど、自分のやりたい喫茶店を続けるために、ドトールの衣を借りているような気がした。

だからまた時代が変われば、衣替えをしながら喫茶店、カフェ、茶屋の文化は続いていくんだろうなーと、ちょっと安心した。

2012年10月29日月曜日

楽しい編み込み

最近、編み込みにハマってる。8歳の娘の髪の編み込みだ。
仕事も学校もない昨日の日曜日の朝、天気も悪くシトシトと小雨が降っていた。これはチャンスとばかり、

「今朝は、時間あるから、編み込みしようぜー」

と、娘を誘ったら、快諾してくれた。天気がいいと彼女は外へ遊びに行く時間だし、学校も仕事もある平日は出来てもせいぜい1本だが、日曜日ということで、全体を4つのブロックに分けて、編み込み4本にした。最後の余った髪を普通の三つ編みにして4本の尻尾をシュシュで束ねている。ここまでやったことはなかったから、写真を撮らせてもらった。

今、彼女は2年生だが、小学校入学以来、だいたい毎朝、髪の毛をとかして束ねた後、ダンゴにしたり、三つ編みしたりをやってきた。こういうことを始めると、例えば、電車に乗ったとき、目の前にカッコいい髪の束ね方や編み方の女性が立ってると、こっそりその髪型を観察する。そして、「どーやって、こんなんなってんのかなぁ〜?」と想像する。以前は、気にしたことなどなかったが、興味を持ち始めると、世の中には様々な束ね方や編み方をした女性がいることが分かる。

この編み込みも、1年ぐらい前から興味があって何度か試みたものの、どうしてもうまくいかなかった。しかし、転機が訪れた。

先日、私の会社で、ある女性に短期でアルバイトに来てもらった。彼女は以前から知ってる人だったが、灯台もと暗し。彼女の髪、ほとんど毎日スゴい編み込みだった。そこで、教えを乞い、そのお陰で何とかここまでたどり着いた。

髪の毛の編み込みや三つ編みは、基本的に、毛糸やリリアンの編み物のようなものだ。同じようなことの繰り返しなので、やり方の説明自体はそんなに難しくない。そして、私の師匠、ヒロミ女史のように熟練した人の手に掛かると、まさに神業。鏡も見ずに自分の髪の編み込みまで自由自在にあっという間にやってしまう。

しかし、駆け出しの私の場合、指先の動きの正確さと、人一倍の集中力が必要だ。ちょっとでも集中が切れると、ワケ分からなくなったり、やり直しになったりする。だから、とても時間がかかる。

実は昨日の朝も大変だった。

特に編み込みの最後のあたり、襟足の産毛のような髪の毛を編み込むとき、とても痛いらしい。だから、頭や身体をクネクネする。私は、もうすぐ終わりだから「もうちょっとだけ我慢してね〜」などと言いながら、彼女のクネクネに合わせ自分の身体もクネクネさせながら、最後の集中力を途切れさせないよう必死だった。そんなあんなで、写真の4本の編み込みで、1時間もかかってしまった。

何でもそうだが、物事というのは、まだ自分が思うようには出来ない、こういう発展途上の間が一番面白い。しかし次回、彼女が私のヘボな編み込みに付き合ってくれるかどうかは、定かでない。

2012年10月17日水曜日

東京・昭和記念公園のコスモス


ここんとこちょうどいい陽気になってきた。天気もよさそうだったので、この前の日曜日、子供二人とカミさんとで、自宅から自転車で10分の昭和記念公園に行った。入口に着いたら、何と「きょうは、(ナントカ緑化週間のため)入園無料です」。知らなかったので、「ラッキー」とも思ったが、受付の女性にきいてみた。

「・・・・ってことは、きょうは混んでるってことですか〜?」
「ええ、いつもの何十パーセントかは多いですね」

「何十パーセント増し」ってどのくらいなんだろと思いながら、中に入ったら想像以上でビックリだった。


ちょうど今、この公園の名物のひとつ、コスモスが見頃ということも相まって、数え切れないほどの人また人。でも、花盛りのコスモスも数え切れないほどだった。主な目的は、子供たちを遊ばせることだったけど、「この時期ここに来たら、コレは見ないとね」とコスモス畑にも立ち寄った。相変わらずスゴイな。


秋の桜か。

春の桜と秋の桜。

春の桜は、「散る」ことを連想するが、秋の桜は早くは散らない。そのせいか、コスモスはソメイヨシノほどは気持ち的にあせらず花を眺められる気がする。ワサワサする春と、シットリとする秋の、心持ちの違いもあろう。

春の桜は、「まだ寒い」感覚があるが、秋の桜は「温かい」感覚がある。春のお花見は燗酒がいいが、コスモスはビールが飲みたくなる。

春の桜が散るとグッと温かくなるし、秋の桜が散るとグッと涼しくなる。そんなひとときのいい陽気の中、春も秋も、桜に注ぐ柔らかい陽差しが何とも似つかわしい。

5歳と8歳の子供を思いっきり遊ばせて、私はビールでほろ酔い気分。子供たちが疲れ切る前に、そして私のほろ酔いが醒める前に、帰路についた。

2012年10月9日火曜日

果物の糖度

上の写真は、紅玉。先週末、初物として食べた。紅玉は、日本のリンゴの中で私が一番好きな品種だ。その理由は、適度な甘味にともなう酸味にある。私にとって、他のリンゴは甘過ぎる。糖度が高過ぎる。昔に比べ、日本のリンゴはどんどん甘くなってる。

私の子供の頃、最もポピュラーだったのは、「国光」という品種だった。他には、「スターキング」、「むつ」なんてのもあって、それぞれが個性を持っていた。しかしその後の「ふじ」の登場が、日本のリンゴの転換期だったように思う。「ふじ」は、「国光」よりも甘く、パリッとした食感が特徴で、独特の香りを放っていた。「ふじ」の出始めは、「何ておいしいリンゴなんだろう」と思って食べていた。最初は高価だったが、いつしか大衆品に変わっていった。そして、その頃から、どんどん品種改良されたリンゴが登場し、その度に糖度が増していった。

そんな中、なんとか残ったのがこの「紅玉」だ。私にとって、リンゴは、「甘酸っぱい」果物だ。「紅玉」の、甘さだけでなく、酸味もしっかり感じさせてもらえる味を味わうと、ホッとする。もう即虫歯になりそうなぐらい甘いリンゴを食べると、一切れ食べればもうそれでいいという気分になっちゃう。

なんで、リンゴはどんどん甘くなってしまうのか。

これはリンゴに限った話ではない。先のエントリ、勝沼「自然農法産」ぶどう狩り(8月28日)でも、ぶどうの糖度に触れたが、他にも、イチゴ、サクランボ、メロン、みかん、梨・・・・、挙げればキリがない。みんなどんどん甘くなってる。糖度至上主義にも感じるほど。果物じゃないけど、トマトやトウモロコシ、パブリカなどもどんどん甘くなってる。私の場合、甘いと一口目はいいんだけど、飽きるのが早い。そして、「この果物は、こんなに甘いだけじゃなかったハズだ」と思ってしまう。

少し大人なことも書いてみたい。人々は糖度が高いと「おいしい」と感じ、より甘い果物を求める。それで、果樹園の方々は、その「おいしい」のために日夜研究・努力され、高い糖度の果物が出来上がったのだ。そして、今や日本の甘い果物は海外でも人気が高く、重要な輸出品にもなっている。20年以上も前のこと、タイのバンコクの市場で、日本の柿や梨が山盛りになって売っていた。もちろん高い。あるタイの人に、「えー、こんなの買う人いるの?」ときいたら、「タイには果物好きな人がいるのよ。その人たちが買うのよ」とのことだった。

「甘さ」にはきっと魔力がある。

甘いリンゴを食べると「おいしい」と感じ、さらにより甘いリンゴを食べると「もっとおいしい」と感じる。そして、それより甘くないリンゴは「おいしくない」と感じる。

でもね。あえて言いたい。
酸っぱいリンゴもおいしいよ。青臭いトマトもおいしいよ。

「ふじ」が大衆化した中学生頃、私はすっかり甘い「ふじ」に傾倒していた。そのとき「リンゴ味」のガムを噛んで驚いた記憶がある。酸っぱかったのだ。そのとき、私は、「あれ、リンゴって酸っぱかったっけ」と「?」な気分になって驚いたのだった。それは「ふじ」の時代の前に食べた「青リンゴ」の味だった。そのとき、すでに「青リンゴ」の味を忘れかけていたのだった。

しかしその後、主に外国で食べたリンゴはみんなしっかりと酸味があり、それを「おいしい」と思うようになっていった。その後、日本の甘いリンゴを食べると、最初はおいしいんだけど、後から「くどい味」と感じるようになってしまった。

だから現在、何とか残っている「紅玉」が、私の一番好きな日本のリンゴになっている。あー、またあの酸っぱい青リンゴも食べたいなー。

2012年9月27日木曜日

かわいいなー、ヤモリ


この夏、我が家にヤモリが2匹生息していることを知った。上の写真は、裏庭に面した窓の網戸の外側にいらっしゃるところ。こんなのが2匹並んでいるときがあった。

このヤモリというやつは、とてもかわいい。人に噛みつくこともないし、蚊などの虫を食べてくれるし、動き方も愛らしい。そして何と言っても、この姿形がかわいくカッコいいからとても好きだ。網戸の外側に張り付いているところを発見して、子供たちに「ヤモリさんがいるぞー」と言うと、何をしてても飛んでくる。でも、臆病でもあるから、そぉっと来ないといけない。

これまでも、うちの庭にいる動物たちのことをこのブログで書いた。ガマガエルカブトムシとハクビシン。(まっ、ハクビシンは通りすがりの者だったが)。あと、夏の間は、虹色のきれいなトカゲさんもいる。

何てことないと感じる人も多いと思うが、何せ私は、東京の下町育ちだから、子供の頃、周りの家も含め、庭や公園にこんな動物たちがいたことがない。なので、このちょっとしたことが何とも嬉しいのだ。ちょっとしたことだが、この嬉しさは私にとって「都会に出掛けるのはいいけれど、住めない」という理由にもなってる。我が家がある東京・昭島は、都会と田舎のちょうど境。生まれ育った都会の東京から離れるのはちと寂しい。かと言って、田舎暮らしするにゃ〜抵抗がある・・・・という中途半端な私の心境が反映している。

ところで、この機会に、「ヤモリ」をwikiってみた。

正式名は、何と「ニホンヤモリ(Gekko japonicus)」。「へぇ〜、日本固有なんだー」と驚いたのもつかの間。「ユーラシア大陸からの外来種と考えられており、日本固有種ではない」との記述。「江戸時代に来日したシーボルトが新種として報告したため、japonicus(「日本の」の意)が付けられている」らしい。

【分布】の欄には、「日本の複数の都道府県でレッドリスト(準絶滅危惧、情報不足など)の指定を受けている」。・・・・これには驚いた。ヤモリがレッドリストだなんて・・・・。

【生態】の欄には、「主に民家やその周辺に生息する。都市部では個体数が多く郊外では少なくなり、少なくとも日本では原生林には生息しない」。・・・・人間の近くにしかいないのかー。

そして、【人間との関係】という欄もあり、「生息地では人間に身近な存在で、人家内外の害虫を捕食することから家を守るとされ、漢字では「守宮」(あるいは「家守」)と書かれよく似た名のイモリ(井守)とともに古くから親しまれていたことが伺える」。・・・・古くから親しまれているのは私の肌で感じている。

笑ってしまったのは、同じく【人間との関係】で、「小型種の上に骨格が頑丈とはいえず、人間に噛みつくと逆に顎の骨を折る可能性がある」という。人間に噛みついて顎の骨を折るヤモリもいるのかー。

私の東京育ちとも関係するが、思えばヤモリを身近に感じ始めたのは日本ではない。よく旅した南アジアにはヤモリがたくさんいる。ニホンヤモリに比べると、背中がツルッとして全体により白っぽい。だいたい夜中、電球に集まる虫を捕らえようと、その周辺の壁などに張り付いている。虫を捕まえる(くわえる)瞬間をじーっと見ていて待ったこともあった。そして、それらはよく鳴いていた。詳しく調べてないけど、“Gekko”という学名は、その鳴き声に由来していると思っている。だって、「Gekko」って聞こえるんだもの。

東京はすっかり秋モードに突入した。ヤモリさんたちの姿もそれほど見かけなくなるだろう。また来年もよろしくね〜。

2012年9月18日火曜日

【続編】自家製トマトジュース

2012年8月8日のエントリに、「自家製トマトジュース」を書いた。そのときは、初体験の感動を書いたんだけど、その後、3回、庭のトマトのトマトジュースを作った。合計4回ぐらい作ると、それなりに気が付くことが出てくる。レシピは、「自家製トマトジュース」(2012年8月8日)にあるとおりだが、その補足をしたくなった。

まず、繰り返しになるが、レシピはいたって簡単。以下の2段階だけだ。
※「もっと食べたい カノウユミコの野菜をたくさん使ったレシピ」(家の光協会)より抜粋

1.トマトは皮付きのまま乱切りにして厚手の鍋に入れ、塩少々をふる。ふたをして、弱火にかける。沸騰したら、10分ほど煮て、火を止める。
2.目が粗いざるで1をていねいに裏ごしし、ざるの裏側についた濃い果汁も加える。冷蔵庫で冷やしてグラスに分け、好みで塩少々を加える。

このままやればいい話でもあるが、あえて加えると、トマトを湯むきしてはいけない。それは、2にある、「ていねいに裏ごし」で分かる。下がそのときの写真だ。


「丁寧」というよりは、「念入りに」こうして木べらでギューギュー裏ごしすると、濃〜いトマトの汁が搾られる。写真にはないが、加熱後すぐ、鍋のトマトをザルにあけると、最初に薄いトマトジュースが漉されるが、それだけでは水っぽくて差ほどおいしくない。上の写真のように、ギューギュー裏ごしすると、下の写真のように、ザルの裏にドロドロ状のトマトがくっつく。このドロドロが実にうまいのだ。


つまり、裏ごしを「丁寧」または「念入り」にすることが、この自家製トマトジュースを作るキモだ。そして絶対に忘れちゃいけないのは、このザルの裏のドロドロを「丁寧に」こそぎ落とすこと。レシピでも、「ざるの裏側についた濃い果汁も加える」とサラッと書いてあるけど、これはとっても大事なことだ。ザルの裏のドロドロは、思った以上の量もある。


もちろん裏ごしすれば、上の写真のように、ボウルに汁が落ちる。実は、前回(3回目)のとき、気が緩んでいたのか、私はボウルの汁に気を取られ、うっかりザルの裏についたドロドロを忘れて、ザルを洗ってしまいそうになった。ハッと気が付いて、「お〜っとっと。危ない。危ない」・・・・なんてことがあったので、ご注意ください。

そして実は昨日、4回目を作ったんだけど、だんだん余裕が出てきて、

1.鍋からあけてすぐの最初の薄いジュース
2.裏ごしして出てきたジュース
3.裏ごししたザルの裏にへばりついているドロドロ

上記、3つの味見をしながら作った。おししさまたは濃厚さは1→2→3の順で増していく。ドロドロには、おいしさがビッシリ詰まってるぅ〜。裏ごしして残るのは皮だ。つまりトマトの皮には「おいしさ」が染み込んでいる。それを「念入りに」絞り出すことが大事だ。

最近は雨も多く、庭のトマトのなりも下降気味。あと1回かな。自家製トマトジュースは、この夏の我が家の大ヒットだった。そんなんで、去りゆく夏にやや寂しさもあるけど、熱病にかかったような夏がやっと終わる。トマトの収穫もあと1回したら、トマトを抜いて、ルッコラの種でも撒こうと思う。

2012年9月12日水曜日

二文字(ふたもじ)しりとり

たまに気分転換で、パソコンで言葉遊びをする。言葉遊びだから、誰でも持ってるテキストのアプリケーションだけがあればいい。私はMacなので、simple textやJedit。Windowsの人は、メモ帳ってのがあったかな。

一種の「しりとり」だが、最後の二文字を次の言葉の始まりにする。だから選ぶ言葉は三文字以上になる。実際にやってみると、ある程度の集中力が必要だが、だからこそ「遊び」になる。例えば、私の名前の剛史(たけし)からスタートしてみよう。

剛史 芥子の実 蚤の市 一抹 松林 椰子の実・・・・

見た目では、ひらがなの方が分かりやすい。
「たけし」→「けしのみ」→「のみのいち」→「いちまつ」→「まつばやし」→「やしのみ」・・・・

多少難しい方が面白いので、下記の2つは禁じ手にしている。

1)「蚤の市」→「市場(いちば)」のように、同じ漢字で続けること。
上記では「蚤の市」→「一抹(いちまつ)」になってる。他の選択肢として、「銀杏(イチョウ)」なんてのもある。

2)「スーパーマン」→「マンパワー」のように、外来語などでも同じ言葉(この場合は「man」)で続けること。

このテキストファイルをデスクトップに置いといて、遊ぶときに開く。ちなみに私がやった「椰子の実」の続きは以下のとおり。

椰子の実 飲み友だち ダチョウ 蝶ネクタイ 鯛茶漬け づけマグロ グローバリゼーション しょんべん(小便) 弁当 冬瓜 がんもどき ドキンちゃん ちゃんこ鍋 なべおさみ サミー・デイビス・ジュニア ニアピン ピンク色 囲炉裏端 バター茶 チャンピオン 温泉 線香 交通事故 自己満足 族議員 印刷 札束・・・・

選ぶ言葉のコツは、そのまた次へ進みやすいようなのを選ぶこと。あと、一応しりとりではあるから、終わりから2番目の文字が「ん」の言葉を選んでもダメだ。例えば、「新聞紙」。「んし」からは続かない。でも、最後が「ん」はオッケーだ。例えば、「新幹線」→「千手観音」→「のんき」。(あ、「のんき」はダメね)

不思議なことに、そのとき続かなくても、久しぶりに見直してみると、次回は出来たりする。この「二文字しりとり」で、言葉の響きがいい詩なんかが書けたらなんて素敵だろう、なんて夢想しながらやっている。

2012年8月28日火曜日

勝沼「自然農法産」ぶどう狩り

2週間前のお盆休みに、家族で1泊、山梨の温泉に行った。その目的地が山梨の勝沼インターを降りて行くところだったので、 「勝沼と言えば、ぶどうだろう」と、インター降りてから、寄り道して、軒を並べたぶどう園の間をしばらく走った。子供たちは、ぶどう棚を見るのは初めてだったし、「まぁ機会があれば・・・・」ぐらい気分だったので、特に下調べもせず、まずはいくつものぶどう園の前を通り過ぎながら見て回った。

その偵察のあと、 昼食をとったレストランの人の話では、どうも、今はデラウエアが盛りで、巨峰がやっと徐々に出始めているぐらいらしい。その他の多くの品種は2〜3週間以降になるとのこと。つまり、ぶどう狩りのシーズンにはちと早過ぎた。(ぶどう狩りのシーズンはちょうど今頃の8月末からということ)

シーズン前とは言え、すでに車相手の客引きをしていたぶどう園も2〜3軒あったが、「自然農法産」という看板が目につき、そのぶどう園「大々園」で車をとめた。
客引きはおろか、車をとめて、「すみませーん!」と家の中に向かって呼んでも誰も出てこない。あきらめて立ち去ろうとしたとき、「はーい」と家の奥から女将さんらしき人が出てきた。

「まだ、シーズンじゃないから(呼んでもすぐに出てこなかった理由)」
「それじゃ、まだぶどう狩りは出来ないですか?」
「いえいえ、出来ますよー」
「やっぱり、デラウエアか巨峰ですか?」
「いえいえ、うちはそういうのやってないの」
「え?」

なんて話しているうちに、ご主人登場。

「だいたい、ぶどう狩りって言ったって、そんなに食べられるものじゃないしね。何粒か味見して、気に入ったぶどうを買ってもらうんだよ。ただしうちのぶどうは、ホルモン剤使ってないし、農薬も最小限で栽培してる。だから、みんな種があって、味が甘ったるくない(適度に甘い)。だからいくらでも食べられるってよく言われるんだよね。よくあるのは、種が無くて甘いでしょー。あれは、ホルモン剤使っているからなんだよ。」

というお話し。最小限の農薬とホルモ ン剤不使用というのが、看板の「自然農法産」ということらしい。でも、この「自然農法産」というのは、ぶどうの品種を選ぶため、デラウエアや巨峰といったよくある品種のぶどうはこのぶどう園にはないとのこと。栽培している品種名を一通り聞いたが、どれも聞いたことないものばかりだった。

とうことで、ご主人の案内で、ぶどう狩りがスタートした。4〜5箇所の離れたぶどう棚を案内してもらい、熟れているのを見繕って数粒ずつ食べた。この時点では、「ぶどう狩り」と言っても何粒か手で摘んだだけ。それで気に入ったのがあれば、借りたハサミで、房の元を切る。それがお買い上げとなる。

さて、肝心の味の方だが、ん、確かに適度な甘さ。甘過ぎず、おいしい。数種類食べてると微妙な違いも感じられ趣を感じた。ご主人のおっしゃるとおり、数種類で共通しているのはさっぱりとした甘さだ。ぶどうに限らず、最近のフルーツは、確かにやたらと甘いのが多い。「糖度」が売れる尺度にもなるのだろうけど、常々それに疑問を持っていた私は、すっかりご満悦だ。

行き当たりばったりで寄らせてもらった、それもシーズン前のぶどう狩りだったが、すっかり今回はラッキーという気分。私たちは、温泉への途中だったので、2房の購入に留め、4房ずつを私の実家とカノウユミコさんへ送ることにした。それが下の写真。
ようほう
バッファロー
ベニバラード
ハニービーナス

という4品種らしい。緑色のがハニービーナスだったことだけは覚えている。

女将さん曰く、「珍しい品種だから、4つのぶどうに品種名を紙に書いてつけといてあげるわよ。でも、こんなことするのはシーズン前だから特別。2〜3週間したら絶対に出来ないからね」

とっても気のいい女将さんだった。
気分よく温泉(嵯峨塩館)へ車を走らせた。

2012年8月24日金曜日

「いじめ」という病気

先月、町内の回覧板で、「いじめ」を許さない! というタイトルの紙(上の写真)がまわってきた。(クリックすると拡大して見られます) 新聞でも毎日のように「いじめ」に関する記事が載っている。

いつもこの「いじめ」の問題で、私が気になることは、いじめられている子供のことが記事になっていることが多く、いじめる側の子供のことにあまり深く触れられていないことだ。上の回覧の中にも、

<いじめを防止するために>
(中略)
○いじめる自動・生徒に対して、「いじめは人間として絶対に許されない」という認識を徹底させる適切な指導を行う。

という、いじめる側の子供に関した記述がある。
でも、私が思うに、クラスメートを死に至らしめるほどの「いじめ」をする子供は病気だと思う。精神の病を患っているのだ。上記の「いじめは人間として絶対に許されない」という言葉は、(病気ではない)健常者に対して言う言葉だと思う。そのぐらいの分別がつくような子供はこんな問題になるような「いじめ」まではしないのではないかと思うのだ。

いじめられる子供がいるから、いじめる子供がいるのではない。いじめる子供がいるから、いじめられる子供がいるのだ。「いじめ」の元の原因は、完全にいじめる側にあると思う。

上の写真の回覧の右側には、「いじめ発見のポイント」というのがあるが、この「発見」は、いじめられている子供の「発見」であり、いじめている子供の「発見」ではない。

被害者はいじめられている側の子供だから、その子供たちを守ることは当座最優先なのは当然だが、この問題を少しでもよい方向にしていくには、いじめている側の子供を早期に発見し、精神科的なカウンセリングを受けられるようにすることのように思えてならない。そこが機能すれば、「いじめ」にあう子供たちは減るはずだと思うのだが。

そして、忘れてはならないのは、子供もカウンセリングを受けないとならない時代にしたのは大人の責任だということ。大人はそれを肝に銘じなければならない。

2012年8月8日水曜日

自家製トマトジュース


猫の額規模の、我が家の家庭菜園では、今トマトが盛りだ。猫の額とは言え、食べ頃なのが毎日どんどん出来てくる。トマトは好きだから、毎日食べてもいいけれど、使い切れないときもある。先週末の朝、どんどん出来てくるトマトをどうしようかと、カミさんにちょっときいてみた。

「それならジュースにしよう」

トマトジュースとは、意表を突かれた。とってもポピュラーなものにも関わらず、なぜか一度も作ったことがなかったからだ。以前私は、使い切れないトマトを冷凍保存用のトマトソースにしたことが何度かあった。でも、トマトジュースなら、そのまますぐにでも飲めるし、使い勝手もいろいろありそう。もぎたてトマトのストレートジュースだぁ〜。

こういうちょっとしたことだけど、アイデアがあるかないかで大きく違うことは、常日頃とても重要だと思っている。カミさんがとても偉い人に映った。いや、偉い人なのだ。

レシピは、下記の本を見た。

「もっと食べたい カノウユミコの野菜をたくさん使ったレシピ」(家の光協会)

まずは出版社に注目して欲しい。家の光、つまり農協だ。この本の読者は農家の人たちなのか。農家では同じ野菜がたくさん出来るときがある。本の目次では、トマトをはじめ、ありふれた野菜別にレシピが並んでいる。

さて、話が長くなった。
我慢しきれないので、先に言ってしまう。

すごいおいしい。もー、ビックリするぐらい。


その本のレシピをそのまま下記に引用する。作り方のポイントは、「トマトに火を通すこと」。このレシピを見るまで知らなかった。これを煮詰めるとトマトソースになるが、その手前という感じ。またミキサーなどは使わない。

---------------- レシピはここから ----------------

◆自家製トマトジュース◆
これはぜひ、フレッシュな完熟トマトで! 1滴の水も加えずに加熱し、皮ごと裏ごしすることで、絶品の濃厚ジュースになります。

○材料○
トマト 10個(1.5kg)


●作り方●
1.トマトは皮付きのまま乱切りにして厚手の鍋に入れ、塩少々をふる。ふたをして、弱火にかける。沸騰したら、10分ほど煮て、火を止める。
2.目が粗いざるで1をていねいに裏ごしし、ざるの裏側についた濃い果汁も加える。冷蔵庫で冷やしてグラスに分け、好みで塩少々を加える。

アドバイス:
たくさんトマトジュースを作ったら、半量になるまで煮つめると、トマトピューレができる。小分けして冷凍保存しておくと、便利。

---------------- レシピはここまで ----------------

作ってみての感想としては、思った以上に濃厚だ。半量まで煮つめなくても、一般的なトマトジュースとトマトピューレの間ぐらい。また、漉すざるは目が細かい方が舌触りは滑らかだろうが、これは粗い方がワイルド感があっていい。漉すと皮と種がざるに残るが、ゴムべらでギューギュー漉した。他の野菜同様、「皮ごと」がこのおいしさのキモかも知れない。トマトは火を通すことで旨みがグッと増す。熱いうちは、ジュースというよりスープだ。

冷めたトマトジュースは、家族で取り合いになり、保存するまでもなく、あっという間になくなった。夜まで残ってたら、ブラディーマリーにしたんだけど・・・・。私の考えもトマトも甘かった。

家庭菜園でなくとも、今なら露地ものの安くておいしいトマトが、箱で売ってるときがある。お店でそんなのに出会ったら、わざわざ買ってまで作る価値があると思う。

これで、我が家の使い切れないトマトはなくなった。
最後に、このトマトジュースには、塩は「カンホアの塩」を。
手前味噌だけど、とても合う。本当に。

●追記
【続編】自家製トマトジュース(2012年9月18日)もあります。

2012年7月12日木曜日

77777km


ジャーン! 77777km。

昨日、我が愛車、モビリオの走行距離が「7」のぞろ目になりましたー。あともう少しで家に着くところだったが、用心のため、即、車を路肩に停め、携帯のシャッターを切った。帰宅したら、77778kmになったので、「よかったー、さっき停まっておいて」と思った。

知人に話したら、「次は、100000kmで、その次は123456kmだな」と言われた。結構こういう暇な輩(やから)はいるらしい。

さて、「7」が並んで嬉しいのは、古典的なラッキーセブンかパチンコの影響か。私は、30年ほど前、パチンコ屋の店員をしていた経験がある。→関連エントリ「ベトナムとパチンコ屋の静寂

そして、写真を撮った後、助手席に座っていた7歳の娘に、「見てよ、スゴイだろー」と言ったら、その上の桁(10万の桁)が「0」なのを指して、

「全部が7じゃないからスゴくない。ねぇ、こんなところに停まってないで、早く帰ろうーよ」

とたしなめられた。「たしかに」と気分が変わり、アクセルを踏んだ。

2012年7月9日月曜日

南インドの小ぶりで黄色いバナナ


南インドの小ぶりで黄色いバナナはすこぶるおいしい。その思い出が強烈にあったので、先日近所のスーパーに並んでた上の写真のバナナを見つけたとき、思わず買ってしまった。産地の表示はなかったが、形が似ていたからだ。

帰宅後、すぐに食べたら全くの別物だった。「きっと、同系列のバナナに違いない」と思ったのは、私の勝手な思い込み、または「そうであってくれ」という希望だった。残念ではあったが、久しぶりに南インドのバナナのことを思い出した。

南インドへ行くと、小ぶりな黄色いバナナがある。「黄色」って、「黄色」じゃないバナナもある。赤い(正確には赤茶色かな)のバナナも、現地へ行けば決して珍しいものではない。

思い出すのは25年も前のこと、旅の途中で南インドのケララ州にいた。体調を崩したので、アーユルヴェーダ(インドの伝承医学)の医者に診てもらうと、「チャイなど砂糖を摂るな」、「バナナはいい。ただし赤いバナナ。黄色はダメだ」などなど言われた。「あー、これでしばらくはあのバナナが食べられない」とへこんだこともあって、印象に残っている。「赤いバナナと黄色いバナナは、どんな違いがあるんですか?」と医者に質問すると、「黄色のバナナは身体を冷やすけど、赤いバナナは冷やさない。だからノー・プロブレム」ということだった。「ホントかなー」と若干の疑問を持ちつつも、その指示に従い、3日ほどで体調は回復した。

南インドのバナナはいろいろある。長いの短いの。黄色いの赤いの、ときにはまだ緑がかってるもの(これはバナナチップなど揚げ物なんかに使われる)。太いの細いの。私が「すこぶるおいしい」と言っているのは、その中でも全長10センチぐらいの小ぶりな黄色いヤツ。詳しく言うと、いわゆるモンキー・バナナよりは少し太く、上の写真のよりやや細い。また、皮がとても薄くて、ペロペロっと剥ける感じ。皮が薄いことは、衝撃などで中身が傷みやすいことにもなるだろう。だから現地で売られてるものでも、傷んでるのが少なくない。

上の写真のバナナの皮は、本物よりずっと厚かった。そして何より皮が不自然なほどきれい。南インドに限らず、バナナの木が生えてるところでこんなきれいな皮のバナナはあり得ない。仮にあっても、かえって「おいしくなさそう」と感じるだろう。形や皮が「本物」とやや違うことは店先でも気にはなったが、久しぶりに思い出したあのバナナと「似ている」と感じた瞬間、その衝動が抑えられなかった。

あ〜、あのツーンとくる強い芳しい香りとネットリとした食感。そして何より濃厚な味。「これがバナナだ」と言わんばかりの、南インドの小ぶりの黄色いバナナ。もちろん、メッチャ安い。

日本ではお目にかかったことがないそのバナナは、南インドまでわざわざ行って食べる価値がある。ただし、現地では「特別なもの」としては全く扱われておらず、日常の風景にすっかり溶け込んでいます。念のため。

2012年7月4日水曜日

コーヒーとポケット


先週末、コーヒー入れてて気がついた。
コーヒー入れてるときって、必ず左手はズボンのポケットに突っ込んでいる、と。

目の前には、フィルターに入ったコーヒーの粉。右手にヤカンでチョロチョロ湯を注ぎながら、左手はポケットの中。

試しに左手をポケットから出してヤカンの湯を注いでみたら、何とも不自然な感じ。そして、再びポケットに突っ込んだ。ん〜、何かバランスが取れた気がして妙に落ち着く。ちなみに私は、冬場の寒い中を歩くとき以外、ポケットに手を突っ込む習慣はない。

ところで私がコーヒーを好きになったのにはキッカケがある。

30年前、私が大学生の頃、東京・九段下の喫茶店で、アルバイトをしていた。店が暇なとき、ホット・コーヒーだけはいつも飲めるという特典があった。そのアルバイトを始めた当初は、コーヒーは特別好きなものじゃなかった。その頃は、コーヒーに砂糖をスプーン1杯、ミルクを少々。でも、一日数杯のコーヒーを飲む日が半年も続くと、砂糖やミルクを入れるのが段々と億劫になった。そしてナシ・ナシ(ブラック)で飲み始めると、今度は砂糖とミルクがかえってない方が好きになった。大学の卒業が間近になりそのアルバイトを辞める頃には、コーヒーは毎日飲まないとならないものになっていた。

もう20年も前にその喫茶店は姿を消してしまったが、30年経った今でも、私のコーヒー好きは治まらず、毎日コーヒーを飲む。ドタバタしてることが多いウィークディの朝はインスタントながら、週末の朝は決まってちゃんと入れる。週末の開放感とともに、チョロチョロと湯を「の」の字に注ぎながら、その香りの中で過ぎていく何てことのない時間が好きだ。その時間のためには、左手はポッケでないとならない。

2012年6月25日月曜日

「早い・便利」のハードル


最近、よく思うことがある。
ネットやハイテク機器とともに、待つことが少なくなったなー、と。

amazonで本を注文すると次の日、早いときはその日に届いたりする。「スゴイなー」と思う。でも、問題なのは、3日後に着くようなのは「遅い」と感じたりすることだ。「遅い」は不快につながる。昔は、近所の本屋で目当ての本がないと、その場で注文した。本屋からの電話を待った2週間ぐらいは、決して悪い時間じゃなかった。

最近のエレベーターのスピードは昔に比べ格段に速くなっている。でも、エレベーターを待つ時間は昔より長く感じることがある。おかしい。標準的な待ち時間が短くなったのはいいが、標準を下回ると、ただちに遅く感じるのだ。

私の会社は東京のはずれにある。電車を使ってときどき都心へ行くが、必ずと言っていいほど、乗る電車をあらかじめネットで調べる。効率のいい乗り継ぎを調べ、待ち時間や到着までの時間は短くなった。でも考えてみると、ネットで調べる手間や時間は増えたし、事前に調べないで電車に乗ることがやや不安にさえ思うときもある。こんなこと考えもしなかった昔は、最寄りの駅の時刻表があれば、あとは勘に頼って十分と思っていた。

あげればキリがない。

「遅い・不便」と感じるのは嫌なものだ。「早い・便利」になると嬉しい。しかし、その「早い・便利」を、現実的にずぅっーと「早い・便利」と感じ続けることは難しい。「早い・便利」はやがて当たり前になり、その当たり前から少しずれると「遅い・不便」と感じ、不快になったりする。

ほとんどの「早い・便利」は後退しない。ハードルは、時代とともにどんどん高くなっていく。どんどん高くなることで、嬉しさを感じるレベルもどんどん高くなる。これを必然と言う人もいよう。しかし、あまりに嬉しさのハードルが高くなって、私が越えられない高さになってしまわないか、ふと心配になることがある。

「もーいーよ。十分早いし、十分便利だよ」

と言ったところで、誰も聞いてくれないだろうな。
 「足(たる)を知る」と言うけれど、残念ながら私には、個人プレーだけで越えられる自信はない。

2012年6月14日木曜日

四角い七輪と空豆の丸焼き


以前のエントリで、「四角い七輪」のことを書いた。そして、そのずいぶん前には「空豆の丸焼き」のことを書いた。(空豆の思い出も「空豆の天ぷら」で書いた) で、きょうはそれらを合わせた「四角い七輪と空豆の丸焼き」だ。

先週末、空豆を七輪で焼いて食べた。
上の写真のとおり、お行儀よく並んだ空豆はサヤごと丸焼き。ご覧のとおり、四角い七輪にピッタリ。空豆焼くにも七輪はやっぱり四角がいい。

そのとき、小さな発見がひとつ。

それは、焼く前に空豆のサヤの(尻尾じゃなくて)枝がついてる側が切れてると後々いいってこと。売ってる空豆も、そうなってる場合が多いが、なってなければ焼く前に切っておくといい。


焼きたての丸ごとの空豆は、無茶苦茶熱い。直に焼かれているサヤが熱いのだ。火からおろしても、10分以上はとても素手でサヤをむけない。そこで焼けたら、上の写真のように、あらかじめつけた切り口からサヤの中の豆を絞るように皿などに出すのだ。これならツルッと簡単に出るから手も熱くない。気の短い私の思いつきだ。また、切り口のない密封されてたサヤは、焼いてる間、ポンとはぜることもあるから、切り口はその防止も兼ねる。サヤから出してからは、ほんの5〜10秒で手も熱くなくちょうどいいアツアツ加減で食べられる。

茹でるときもそうだが、空豆は火の通し具合が重要だ。長く火に掛けすぎないことはもちろん、火から下ろした後の余熱を計算に入れなきゃならない。だから後から食べる空豆は、先に火から下ろしておいて、サヤごと余熱でゆっくり火を通していく。その間に、火から下ろしたての空豆をサヤから絞り出してパクパク食べる。これで次々食べられる。

忙しそうだけど、豆類って次々と食べたくなりませんか?
枝豆にしても、落花生にしても。ゆっくり食べるには、空豆を時間差で火にのせていけばいいだけなんだけど・・・・。

サヤから出した後は、豆の殻をむいたり、たまにはむかずに食べてみたり。基本は小皿に盛った塩にちょこっとつけてパクっと食べる。たまにオリーブ・オイルも合わせたりするが、空豆はシンプルに食べるのが好き。

こうしてちょっと七輪で炙って食べるのに、この時期はベストシーズンだ。しかしとても短い。寒くもなく、暑くもなく、蚊も蛾もまだ飛んでない。おそらく来週頃から蚊も飛び始めるだろう。そして鮎も解禁直後。ということでこの日、空豆の後は鮎だった。ん〜、やっぱり七輪は四角がいい。

2012年6月5日火曜日

立石・二毛作、おでんのトマト

上の写真は、東京の京成立石駅前の仲見世商店街の入口付近。昭和にタイムスリップしたかのようなこの雰囲気は、オジさんの私にはたまらない。そしてこの奥少し行った左側に「二毛作」という名の小さなバーがある。

1〜2年ほど前のこと。友人との待ち合わせ時間より少し早く着いたので、この商店街を少しウロウロしてたとき、「二毛作」の前を通りかかった。午後2時頃だったか。まだ日が高いのに(嬉しくも)営業している様子。扉のない店なので、前を通るだけでも店内の様子がよく分かった。客はいないものの、表に出てた日本酒のメニューに目が留まった。

小笹屋竹鶴 大和雄町
久保本家 きもとのどぶ
神亀 真穂人

日本酒はこの3つだけ。な、なんと言うセレクションだ。私が自宅で好んで飲むものばかり。もー、これは冷静ではいられない。入らなければ気が修まらない。しかし、待ち合わせの時間がせまり、駅前へ向かった。用件よりも先にまずは「二毛作」の話をしたら、その友人の知り合いの店だという。まぁ、こんなものだ。無論、「二毛作」へ向かった。

でまぁ、何で「二毛作」かという話から。

行けば分かるが、この店の隣はおでん種屋さん、丸忠蒲鉾店。丸忠蒲鉾店の息子が隣のちょっとしたスペースでバーをやっている。「二毛作」では、丸忠蒲鉾店の店先のおでん鍋の中のおでんも注文できる。「二毛作」でおでんを注文するとお店の人はすすすっといなくなって隣へ行く。もらった名刺にある店名は「おでん 二毛作」だ。雰囲気はバーまたはモダン立ち呑み風(椅子あります)だが、おでんを「食べる」店。おでん種屋さんは主に日中の商売で、それを食べるのは主に夜。昼と夜の二毛作という訳だ。

この商店街にあって、昔ながらのおでん種屋さんと、そこのおでんが食べられるモダンなバーのコントラストがたまらない。親御さんは立石一筋な雰囲気で地元密着の昔ながらの商売をしている。一方、息子は外から見た立石のよさも汲みつつ地元に馴染んだ自分のスタイルを作って商売をしている。しかし、それらは隣り合わせで、おでんを介して繋がっているという何ともオシャレな関係だ。

さて、ここのおでん。濃口醤油で真っ茶色になったおでんではない。いわゆる関西風のうっすらとした汁。料理はおでんだけではないが、まずは下の写真。


おでんのトマト(400円)。ドライのバジルがのっかっている。気の短い私は、注文してなかなか出てこなかったので催促した。そしたら隣に座ってた常連の友人が説明してくれた。「湯むきしたトマトをおでん鍋の中に入れていると崩れちゃうから、注文を受けてからおでん鍋に入れるんだ」。そしてその汁が染み入るまでおよそ30分ぐらいは待たねばならない。ん〜、何とおいしいこと。思わず「おいしい」と口走ってしまうおいしさだった。

それにしても、このトマトを食べたのは午後3時ぐらいだったか。ここ立石の商店街の飲ませてくれる店々の開店は早い。「二毛作」のはす向かいにも昼過ぎ開店のもつ焼き屋さん(うちだ)がある。が、開店からいつも行列なのでいまだに入ったことはないけど。その先には立ち食いの寿司屋さん、栄寿司。おいしい。ここも昼過ぎからやってる。立石ってすごいな。決して高くなくて、おいしく飲み食いできる店が軒を並べてる。

こんな商店街が自宅の近くにあったらいいなと思うが、自宅からは1時間半かかる。
飲み食いは4時で終わりにして、6時までの学童と保育園のお迎えに、ほろ酔い気分で向かった。

●web site おでん 二毛作

2012年5月30日水曜日

私の「金継ぎ」実践編


金環日食で一回飛んでしまったが、きょうこそは5月16日のエントリ「金継ぎday」の続き。用意するモノは、「金継ぎday」にあるとおり、特製うるし(金)やエポキシ系樹脂の接着剤など。冒頭の写真は、今年の金継ぎdayの陶器、全部で15点。思い立たないと出来ないので、1〜2年に一度の金継ぎdayにまとめてやる。

では、その実践の説明です。

小野哲平の片口

片口はどうしてもこの口の先っちょが欠けやすい。この場合は、先端の釉薬が少し剥がれた程度だったので、ちょこっと金継ぎするケース。まず、特製うるし(金)のチューブのうるしと付属の金色の粉を、厚紙の上で竹串を使ってよーく混ぜる。そしてそれを竹串の先端に少量つけて、釉薬が剥がれた箇所に塗る。このときのコツ、それは薄く塗ること。漆はとても固まりにくいから、厚く塗ると固まるまでにえらい時間がかかるからだ。厳密に言うと、漆が固まるにはある一定の温度と湿度が保たれてないとならない。そのため職人さんは室などを使うけど、私の場合、金継ぎでそこまでしたくないので、より簡易的にという意味で、薄く塗ります。厚く塗って変に固まり始めてしまうと、長いと数週間かかります。(経験談)

さてさて、あとは指で触って、手に付かなければ、完成。ん〜簡単。薄く塗りさえすれば、2〜3日で固まる。

次はガラスだけど、こんな感じ。やはりちょっとの欠けのケースで、要領は上の片口と同じ。

斎藤ゆうのグラス

そして、次はやや、ややこしい。

ベトナム・ソンベー焼の小鉢

ご覧のとおり、やや大きく欠けてる。これだけ欠けが大きいと、特製うるし(金)だけで埋めると、どうしても多く塗るようになるから、先述のとおり固まるのが極端に遅くなる。


そこで登場するのが、エポキシ系樹脂の接着剤(通称ABボンド)。こいつを下地に使う。最初に厚紙の上で、AとBをよーく混ぜて、(硬化5分型の場合は)3分ぐらいそのまま置いておく。やや固まりかけた樹脂を竹串を使って、欠けてる箇所を埋めるようにつける。AとBを混ぜ合わせてから5分ぐらい経過すると、手で触ってもくっつかなくなり、かつまだ硬くは固まってないので、そのタイミングに指でおさえるなどして形を整える。それが上の写真。

接着剤が固まったら、あとは片口の要領と同じように金色のうるしを塗る(薄く)。もしも接着剤を盛りすぎたら、完全に固まった後、やすりなどで削ることも可能だ。下の写真が金色のうるしを塗って乾いたところ。下地の接着剤の形をしっかり整えるのがポイントと言えよう。それで、金色うるしを薄く塗れるからね。


「欠けた茶碗は良くないと思うけど、継ぎがしてあればいいのよ。継ぎさえしてあれば」

「そうねー、でも最近、金継ぎした器って見ないわねぇ〜」

2012年5月22日火曜日

金環日食の陽差しに思う

今回のエントリでは、前回の「金継ぎday」の続きのハズだったけど、それは延期します。

さてさて、東京在住の私は、昨日、カミさんがメガネを買っててくれたおかげで金環を見れた。だが、一日たったきょうでも、私の記憶に強く残っているのは、金環の輪より、金環日食の前後10分ぐらいの陽差しだった。その陽差しはあまりに妙で、普段見慣れた自宅の周りの景色が、まるで映画の不思議なシーンの中のように感じた。

冒頭の写真は、そのときの自分の影を撮ったもの。影が薄いのが分かりますか。日の出・日没のトワイライトでこんな影は出来やしない。かと言って、単なる薄曇りの陽差しとも違い、妙に赤味がかった柔らかい光だった。その陽差しが差している間、とても妙な気分、変な気分を味わった。

そして、昔の人のことを思った。あらかじめ日食が起こることを知らずに、突然こんな陽差しを経験した昔の人はどんなふうに感じたのだろう?と。

以前のエントリ「タイの皆既月食」で、皆既月食のことを書いた。タイという国で、それは「不吉なこと」とされていて、月食が早く終わることを願う。そのくらいだから、日食もそういう場所があるかも知れない。普段はさんさんと輝く太陽なのに、何故かその10〜20分の間、妙な陽差しになる。電気もなかった昔は、今よりずっと陽差しに対して敏感だったとも思う。

私は日食の間のその妙な陽差しの中、昔の人の気分を必死に想像した。

人間は、たぶん昔から「当たり前」と思うことによって、心配事を少なくしてきたと思う。特に自然に対して。心配事は誰でも嫌だから、減らせるものなら減らしたい。でも、過剰に減らすことは危険をはらむ。

去年の震災の記憶も新しいので特にそう思うのかも知れないが、例えば、きれいな空気は無尽蔵にあるのではなく、大気汚染もある。「当たり前」と思っている恋人や連れ合いも自分から離れていくことだってあるかも知れない。

そんな普段は「当たり前」と思っていることを、「何もないこと」と誤解することはとても危険なときがある。自然に対し、または人に対し、感謝を忘れてしまうときの危険だ。

晴天の下、太陽はさんさんと輝くもの。
それはかなり「当たり前」に近いが、実は違う。

昔の人は、日食を通して、「当たり前のことなんか本当はない」と自分たちを戒めていたのではなかろうか、と思った。そう思うと、例えばそれを「不吉なこと」と考えることも、自戒の意味で有意義だったかも知れない。

と、こんな想像をした昨日は、夕食後、4歳の息子と「戦いごっこ」をいつもの2倍した。その間に7歳の娘は宿題をし、カミさんは家事ができる。でも2倍もしたので、ぐったりした。いい歳だ。無理はいけないんだけど。

2012年5月16日水曜日

金継ぎday

 「あたしゃ、破けたり穴があいてる服着てる人はだらしないと思うけど、継ぎがしてあればいいのよ〜。継ぎさえしてあれば」

「そうねー、でも最近、継ぎのあたったズボンはいてる人って見ないわねぇ〜」

30年も前のことだけど、皿洗いのアルバイト先だった新宿の居酒屋への出勤途中、同じエレベーターに乗り合わせた年配の女性従業員二人の会話だった。

この何気ない会話を耳にした二十歳の私は、「ん〜、もっともだー」と思った。だからといって、その後自分が着る服に継ぎをあてたことはあまりなかったが、その「継ぎ」という言葉は私の中に根付いた。

「欠けた茶碗は良くないと思うけど、継ぎがしてあればいいのよ。継ぎさえしてあれば」

と、ちょうど30年前、エレベーターの中で聞いた会話を反芻(はんすう)するように、ここ10年ぐらい私は我が家の器を「金継ぎ」している。

我が家の器は、作家モノ、古いモノ、ベトナム・ソンベー焼のモノが多い。これらの器は共通して独特の柔らかさと温もりがある。しかし、その分生地がもろいから、よく欠ける。欠ける以上に壊れると、生地のもろい陶器はポロポロと細かな破片になりがちで、そこまでいくと諦められる。だけどよくあるのは、ちょこっとフチが欠けたり、釉薬が剥がれたり。

「こんなことぐらいで使えないなんて耐えられない。でも、ずう〜っとそのまま使うのも何だな〜」

と、そんなときは「金継ぎ」だ。

ただ、器が欠けるのは一個一個。「金継ぎ」はその都度やってられない。だから、私は1〜2年に一度ぐらい、「金継ぎday」を設けて、その日は数々の器を「金継ぎ」しまくることにしている。先日の連休中の一日を「金継ぎday」にした。

まず、用意するモノは以下の写真。

●特製うるし(金)
●エポキシ系樹脂の接着剤

材料としてはこの2つ。写真では3つあるが、ちょうど古い接着剤がなくなりそうだったので、新しいのも写真に加えて、接着剤2つと特製うるし(金)だ。これに、

●竹串またはツマヨウジ(ツマヨウジも竹製が使いやすい)
●厚手の紙(菓子のパッケージなど、そのへんの余ったので十分)

を使う。

エポキシ系樹脂の接着剤はいろんなメーカーから出ているが、どこでもいいと思う。また、「透明」「白」など、樹脂が固まったときの色の選択肢があるが、器の色は様々だから「透明」が無難だと思う。また、「5分」「15分」など、硬化時間が何種類かあるが、私は「5分」を使う。そして特製うるし。これは元々釣り具(和竿)用だと思う。これも数種類の色がある。「金」継ぎにしたければ、「金」色の粉がついてる「金」を買う。「銀」もあったと思う。

元来、「金継ぎ」は、割れた陶器を金色の漆でくっつけるものだと思うが、私の場合、くっつけるときはこのエポキシ系樹脂の接着剤。また「欠け」が小さい場合は、特製うるし(金)だけだが、「欠け」が大きい場合は、この接着剤と特製うるしの両方を使う。

30年前の話なんかしてたら、長くなってしまった。次回のエントリで私流の金継ぎの実践編を書きます。

2012年4月27日金曜日

かたつむり

今朝起きたら、小雨が降っていた。

きょうの天気が気になって、空を見上げに庭に面したデッキに出ると、でっかいかたつむりが日よけのフチの下側にいた。「おっ、こんなところに」と思って、カメラを取りに行って戻って来ると、いなくなっていた。

「あれ、やけに逃げ足の早いかたつむりだな〜」
と不思議に思っていると・・・・、


いました。
日よけの下側から上側に移っていた。

かたつむりの訪れる家に住む幸せ。

2012年4月17日火曜日

桜の色


お花見の季節が終わった。桜はこれから葉が出てきて毛虫の季節だぁ〜。

そして、夏が終わると葉桜は、濃い緑に黄色が混じり始め、少しずつ落ちていく。その様も、いとおかし。

でも、私が一番好きな桜は、曇天の下、たわわに咲いた花が風に揺れる様。グレイの背景に、ソメイヨシノの淡〜いピンクが揺れる。そこに薄雲を通った淡い光が照らしてくれたら、これ言うことなし。

冒頭の写真は、娘が通う小学校の校庭の桜。満開の数日後、雨に打たれた花びらが水たまりに落ち、風で寄せられている様。何かを訴えているようで、携帯のシャッターを切った。

光に当たってると、特に晴天の空の下の満開時、白っぽく見える花びらも、地面など光が透けない場所で黒を背景に集まると、ピンク度がグッと増す。ピンク度と言えば、これからの八重桜だが、その人気は淡いソメイヨシノにゃ〜かなわない。でも、菓子に使われる桜の塩漬けが八重桜なのを知る人は意外と少ない。人間は複雑な生き物だ。

昨日は、近頃通っている写真教室があった。それに通い始めてから、光と色への興味が増した。昨日は、ソメイヨシノが舞う遊歩道で撮影。木の桜はこんなに淡いのに、地面に落ちるとこんなにも濃くなる。それにしても、補色の料理は難しい。


2012年4月12日木曜日

瓶替え


先週末、一昨年に仕込んだ梅干しの最後の1個を食べた。てなわけで、今週からは昨年仕込んだ梅干しを食べ始める。このタイミングで瓶を移すのだが、我が家では、それを「瓶替え」と呼んでいる。(・・・・なんて言うとカッコいいでしょ。でも実は、そう呼んでいるのは私だけ) この十数年間、この時期に毎年行っているちょっとした作業だが、この2〜3年、「瓶替え」がとても愛おしく思うようになった。

冒頭の写真、お行儀よく並んだ我が家の3つの瓶。左から、「ドブロク用」、「梅干し仕込み用」、「梅干し保存用」だ。この他に、「味噌用」もあるが、最近は味噌を仕込んでないため、すぐに出てこなかったので、欠席。

さて、梅干しの「瓶替え」は、真ん中の「梅干し仕込み用」からその右の「梅干し保存用」に移す作業だ。のどかな春の日がとても似つかわしい。

食べ終わって空になった「梅干し保存用」をあらかじめ水洗い水切りして干しておく。「梅干し仕込み用」には、昨年土用干しを終えた梅干しが一旦戻され保存されている。こいつを洗った「梅干し保存用」に移す。最後に、空になった「梅干し仕込み用」を水洗い水切りして天日に干す。(→これが次の仕込みの始まりになる。)この作業が「瓶替え」だ。

余談だが、3つの瓶の大きさや形が違うのには各々理由がある。まず真ん中の「梅干し仕込み用」は、梅漬けの工程で重石が平均に押してくれるように寸胴型。そして、重石がのるスペースがあった方がやりやすいので、やや大きめになっている。これで梅3キロ(我が家の一年分)がちょうどいい。

一番右の「梅干し保存用」は、保存するだけだから一回り小さくて、取り出しやすいよう口の方が広く底の方が絞ってある形。この「梅干し保存用」に移すときは、最初にシソの座布団を底に敷いた後(下の写真)、適当にシソをからませながら移していく。


また、一番左の「ドブロク用」は、発酵中、毎日かき混ぜるので、上部がすぼまってる方がいい。これで4〜5升仕込めるサイズ。

さてさて、この「瓶替え」の作業をしていると、「あ〜、そろそろと梅干し仕込むシーズンがやってくるんだな〜」と思う。実際に行うのは、2ヶ月先だから、特に今しなきゃならないことはない。でも、この時期にこう思って、どんな梅を使おうかなど、一度イメージしておくと、いざ始めるとき楽に始められる。

梅干しは毎年作っているが、こうして続いているのは、作り方を知ってるというだけではない。必ず毎年いろいろな変化があるから、その変化に応じていろいろ考えて作るのが楽しみだから続いている。その楽しみがないと、とても続けられないと思う。大ざっぱに作り方だけを知るなら、簡単に調べられる。でも、必ず疑問は残る。だからその先は自分で考える。そこが面白い。作り始めの2〜3年は、作り方に追われ、考える暇もなく作っていたから、しんどかった。でも、最初のうちは、気持ちもフレッシュで、勢いもあるから何とかやりとげられたんだと思う。梅干し作りはその後から面白くなる。

毎年の変化はさまざまだ。例えば、同じ農園の同じ品種の梅でも毎年違うし、仕込むときの天気も違うなど、他動的な変化もある一方、材料を変えてみたり、新しい工夫をしてみたりなど、自動的な変化もある。それは、ドブロクも同じ。

一番暑いときの梅干し、一番寒いときのどぶろく。

初夏に梅が出回り、その後シソが登場。梅雨時をくぐり抜けた後、一番暑いときの土用干し。一方、なるべく雑菌が繁殖しない一番寒いときに仕込むドブロク。一番暑いときも一番寒いときも嫌な季節だ。でも、一番暑いとき、一番寒いときだからこそ上手く出来ることがある。それに写真の3つの瓶は欠かせない。そして、その間の時期(例えば今)に、ゆっくりとその「楽しみ」が始まる〜♪。

「瓶替え」は些細な作業だが、やっててこんな風に思うようになっちゃった。老けちゃったかな〜。

2012年4月9日月曜日

ベトナム・ニャチャンのロシア料理レストラン


きょうのエントリも、3月下旬のベトナム出張時のときのこと。

私の出張は、主に「カンホアの塩」の生産現場、つまりはカンホアにある塩田なんだけど、そこは田舎で交通の便が悪いので、途中で必ずニャチャンという中型の町に立ち寄る。ニャチャンは、カンホア・プロヴィンスのキャピタルシティでもある。

ニャチャンは、町でありながら、ベトナムで有数のビーチ・リゾート。カンカン照りの下、ベトナム人は日陰に逃げるが、欧米人は甲羅干しに余念がない。冒頭の写真はニャチャンの町中のビーチだ。で、この1〜2年、その「欧米人」に大きな変化がある。

ロシア人が急激に増えているのだ。聞くところによると、ロシアからこのニャチャンまで毎日直行便が飛び始めているらしい。ロシアの3月はまだ寒いだろうから、きっと「暑さ」を求めてやってくるんだと思う。この20〜30年で世の中ずいぶん変わったが、ロシア経済・ベトナム経済の変化、また両国とも社会主義仲間だから、そのコネクションもあってのことだろう。

私のニャチャンの常宿は、外国人ツーリストが多い地域にある。ちょっと歩くと、もーロシア語の看板がズラズラで、英語に迫る勢いだ。(ちなみに日本語はまるでない) ・・・・というぐらいだから、本格的なロシア料理レストランも登場している。「本格的」とは、高級という意味ではない。ちゃんとロシア人が経営し、料理し、お客さんもロシア人であふれかえっているレストランだ。

このブログをお読みになっている方は、ちょっと思いつくことがあろうかと思いますが、先月、東京・新宿のロシア料理レストラン「スンガリー」のことを書いたばかり。(→3月6日:写真教室とボルシチ) どうも最近、ロシア料理に縁がある。

私はロシアへ行ったことはない。が、私にとってロシアは、何となく分かっていそうで分かってない、もっと知りたい国なのだ。例えばロシア料理といっても、ボルシチ、ピロシキ、ビーフストロガノフというベタな料理しか浮かばない。また、レーニン、トルストイ、ホロヴィッツをも育んだ大国だ。「もっと知っててもいいはずだ」という感覚は常にあるものの、なかなか東京にいてロシアの人と接する機会もない。

それに、戦後生まれの日本人である私は、知らず知らずのうちに、いわゆる旧西側諸国の価値観に偏っているかも知れない。そしてその裏側には、ロシアなど旧東側諸国の人たちが持ってる、私の知らない何か大事な感覚が存在するかも知れない。そして私にはそれが欠如しているかも知れない、という薄っすらとした思いもある。もしかしたらあるかも知れないその欠如を補うために、私が興味あるのは、生身のロシアの人たちの感覚だ。書物などで知るロシアもあろうが、直接のコミュニケーションの中で、体温を感じるようにそれを感じたいと思っている。

でまぁ、ニャチャンで、ロシア料理レストランがあると聞き、行ってみた。この1ヶ月で、「スンガリー」に続き2つめのロシア料理レストラン。続くときは続くものだ。

まずは外観から。下の写真は店の看板だが、全てロシア語。きっと店の料理のことが書いてあるんだろうが、忘れちゃいけない、ここはベトナムだ。ロシアではない。それも外国人ツーリストが多い地域なんだから、せめて「Russian Restaurant」ぐらい隅っこにかいてあってもよさそうなものだ。しかしながら、「ロシア人にだけ分かればいい」という何とも強いポリシーだ。こうこられると私の好奇心は、かえって刺激され、ゾクゾクしてしまう。


そして、下の写真が、きっとお店の名前。「P」のような文字と三角形みたいなロシア文字。どんな意味なんだろう? お店の名前でこんなに短くていいのか、と余計なことを考えてしまう。んで、面白いのは、その下にある、「14-20」。最初は番地かと思ったが、営業時間だった。20時閉店は分かるにしても、14時開店とはどういうことなのだろう? ロシア語は分からないが、この「14-20」という表示の仕方にさり気なさを感じる。店内は5〜6テーブル。木製の椅子とテーブルが見える。


上の写真は開店前(14時前)だったが、その日の夜に行ってみた。店に入ると、当然のようにロシア人で賑わってて、ラッキーにもテーブル席がひとつだけ空いて座れた。賑わってはいるものの、満席にしては話し声などどこか静けさを感じた。これもロシアなことなのか?

そして注文したのが下の写真。


右上がボルシチ。ベトナムでもたくさんあるディルがたっぷりのっている。左がポテトサラダのようなもの。手前がキュウリの漬物だ。ここまでを前菜にして、次の写真がメイン料理。


そう、ロールキャベツ。右上にちょこっと写ってるけど、パンはライ麦パンじゃなくてベトナムのバインミー(バゲット)だった。私にとっては、先のエントリで書いた、新宿の「スンガリー」での料理の記憶が新しかったので、ついついその線で注文し、比べてみたくなった。

で、そのお味はというと、新宿「スンガリー」同様、ほんとうに素朴で家庭的な味なんですねー。「スンガリー」の方が、やや味つけは繊細だったが、誰が食べてもおいしいって感じの、安心出来るような、心温まるようなお味でした。まだ2軒しか経験ないが、この素朴さがロシア料理の特徴のように思える。

ところで、写真にもあったように、この店、20時閉店なんだけど、私たちがメインのロールキャベツを食べ終わったのがちょうど20時頃だった。その10分前ぐらいになると、60歳ぐらいのロシア人男性店主は、従業員に片付けを指示し始め、私たちのテーブルの上の皿やグラスは淡々とどんどんかたづけられちゃった。「うちは20時に閉店なんだから」と念を押されるように。これも社会主義の名残りなのか? ただ、それがちょっと強引に感じたので、私が驚いた仕草をすると、隣のテーブルの若いロシア人カップルの女性の方が、クスクス笑ってた。もちろん、自分たちだって閉店間際までいる、私たちの仲間なんだけど。仕方なく「早く会計して店を出よう」って雰囲気になって、一緒に店を出た。

まぁ、その店主のぶっきらぼうな態度も、このレストランの味のうち。サービスが悪いとかじゃなく、きっとそんなもんなんだろう。決まった時間になれば、閉店して、従業員を帰らせるという、やさしいオジサンとも言える。隣のテーブルの女の子がクスクス笑ってくれたのには、ホッとさせられた。私たちも「そんなに悪いことをしている訳ではない」と思えたので。ん〜、何とも楽しい探検、いや食事でした。

先に書いたとおり、この店の名は「P」と「三角」の文字。
住所は、ニャチャンの、14A Hung Vuong通り。

もしかしたら、10年後には、ベトナムのどこかに、リトル・モスクワみたいなものがあるかも知れない。