2012年12月18日火曜日
おでんの東西
昔、京都で暮らしていたとき、揚げた練り物を「天ぷら」と呼ぶのを初めて知った。そして関東で言う「おでん」のことを「関東煮(かんとうだき)」と呼ぶことも。当初、東京出身の私は、それらの意味が全く分からなかったし、意味を知ってからも違和感を持った記憶がある。
さて、うちのカミさんは、鳥取の出身。彼女の親御さんも鳥取。そして私は東京。私の親は、長野と秋田だ。まぁ、大きく分けて、カミさんは西日本の人間で、私は東日本の人間だ。こんな組み合わせの場合、おでんの鍋をつつきながらの話題は事欠かない。
まずはそのつゆ。
「最近は東京のおでん屋さんでも、こーゆー薄口醤油っぽくて昆布だしが効いた関西系のつゆの店が増えたよね。醤油の濃いのより、オレはこういう方が好きだよ」
「立ち食いのうどんもそうだけど、醤油の濃いつゆだと具に色が付いて汚れた感じじゃない? こっち(東京)の感覚って、全く理解出来ないわ」
「東京の立ち食い蕎麦屋のうどんのつゆはね、蕎麦のためのものなんだよ。蕎麦を頼む人の方が断然多いからね。限られたスペースで、2種類のつゆを仕込むのは大変なんだ。それにね。おでんはまた別だな。醤油の色が奥の方まで染み込んだ卵や大根を好むのさ。だからあの色は汚れというよりアメ色と表現して欲しいな。濃口醤油があんまり主張するのは確かにジャンクなところがあるけど、あの色には(煮込んだ)時間が表れているんだ。つまり『じっくり煮込まれた』時間を感じながら食べる。そーゆーこと」
おでんの東西の違いはつゆだけはない。
「だいたいアタシ東京来て初めて知ったけど、こっちで言うスジっていうのがあるでしょ? なんか練り物みたいの。これも信じられない。おでんでスジっていったら、牛スジに決まってるじゃない」
「んー、そーだな。スジ、最近ほんとんど見ないな。子供の頃、おでん屋さんでよく食べたんだけど。ちょっと魚の骨っぽさが残った練り物だったな。だいたい斜めにスライスされておでん種になってた。オレもあれを何でスジって呼ぶのか子供心に不思議に思ってた。でも言葉からして、東京のスジは、牛スジの代用品だったかも知れないな。つみれと似てるけど、つみれよりちょっと肉っぽさがあったような記憶があるから。牛スジじゃないけど、あれはあれでおいしかったよ」
「おっとー、きょうも里芋かー。おでんの芋つったらやっぱジャガイモでしょ〜。メークインじゃなくて、男爵系ね。」
「何言ってんのよ。おでんで芋と言えば、絶対里芋よー。この食感がいいじゃないのー」
「オレ、里芋は好物だよ。ただ、おでんの里芋はオレにとって新感覚よ。ジャガイモとは違うもの。ジャガイモに箸入れて切ると、ふわっ〜とジャガイモの香りが立ち上るのさ。それから煮崩れたジャガイモの破片がつゆに溶けかけたところにカラシを少し溶かして、一緒にズルズル吸うのもまたオツなものさ」
「きょうはチクワブ入れたから。でも、なんでちくわという立派なおでん種があるのに、わざわざニセモノ使うんだろうね。ちくわの麩という意味だろうけど、麩じゃなくてうどん粉の固まりじゃないの」
「え〜、それはチクワブに対して失礼だなー。チクワブはちくわのニセモノではないんだよ。落語の『時蕎麦』では、そんな風に語る噺家さんもいるけど、このちくわに似せた形には意味があるのさ。穴開けたり周りを波打たせたりしてその表面積を稼いでいるんだ。そうしてつゆの味を染みこみやすくしているのさ。あとこの形にはちょっとした洒落っ気もあると思うけどね。だからオレはさ、チクワブをこうして円柱状に輪切りにするんじゃなくて、斜(ハス)に切ってもらいたいんだよなー。そうすると、先っちょが薄くて段々厚くなるでしょ。つまり、ちょっと反り返った先っちょにはしっかりつゆが染み込んでて、厚くなるにつれて段々すいとんのようなモッチリした小麦のおいしさにグラデーションで変わっていくのだよー。分かるかなー」
「あれー、はんぺんないじゃん」
「あーあの、白くてフワフワしてるやつね。東京では入れるみたいねぇ〜」
こうして私は批判を受けると文句を交えながら言い訳もする。「ガタガタ言わずに黙って食え」と言われればそれまでだが、これらの違いは面白い。そんなあんなで、おでんの鍋をつつきながら、「まっ、文化が違うんだなー」ということになるのだけど、大事なことは、異文化を交えながら、「より旨い」と思う方向へ進むことだ。おいしさに決まり事はない。
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