2019年3月18日月曜日

野草とスルメの天ぷら


上の写真、ゴボウ、ふきのとう、ヨモギ、レンコン、雪の下、芹。ヨモギと雪の下は、我が家の庭から。ふきのとうと芹は、秩父の道の駅で買ったもの。

ヨモギがうまい。この時季、柔らかくて香りがいい。そしてほんのりとした甘味を味の奥の方に感じる。ふきのとうの苦味は春先の代表選手みたいなものだが、このヨモギのほのかな味も捨てがたい。ヨモギは天つゆがうまいが、何故か芹は塩がうまい。芹の香りをより感じられるからか。やさしく鼻腔を刺激する。歳を取るほど、柔らかな淡い味を好きになってるのを感じる。

写真の天ぷらの後、カミさんが出してくれたのは、スルメの天ぷら。初めてだ。


「へぇ〜」なんて言いながら食べたら、うまかった。熱いうちが、柔らかくていい。ふと、子どもの頃、駄菓子屋で、さきイカの天ぷらのようなものを売ってたのを思い出した。そんな記憶も相まって、うまいうまいと、やや食べ過ぎて、腹が膨れた。さて、こいつには、天つゆでも塩でもなく、菊之助さんの「カボ酢コ」がおいしい。(原材料:無農薬かぼす果汁・穀物酢・無農薬唐辛子・カンホアの塩) 本家のタバスコより酸味が柔らかい。毎年12月頃の発売で、もう在庫はないと思うが、2018年12月時点の情報は、コチラ


あー、どんどん春になっていく。気が早る。

2019年3月6日水曜日

ドブロクの失敗


先のエントリで、「この冬新たに、ドブロクの泡切り装置を作って」と張り切っていたが、失敗した。酸っぱくなってしまった。これまで、十数年、毎年仕込んできたが、こんなに酸っぱくなったのは初めてで、とってもショック。酒の酸味(乳酸)というより、お酢のような酸っぱさ(酢酸)が出てきてしまった。アルコール度数も去年より上がってない。

今年は2月の後半に、最高気温15℃〜20℃と暖かい日が続いた。その3日目。その前日まで順調に進んでいた味のモロミが、急に酸っぱくなってしまった。基本的なところでは、気温の上昇とともに、アルコール発酵が進みすぎ、酢酸が生成されちゃったんだと思う。

また、合わせて雑菌の繁殖もあったのかなと思う。なぜなら、過去にこのぐらいの気温でもおいしくなったことがあったからだ。完成まであと一週間というタイミングだったので、それら雑菌が繁殖する前に、アルコール度数がもっと上がっていたら、こんな失敗にはならなかったのかも知れない。なので、雑菌の混入をもっと防げたら、このぐらいの気温の上昇でも、大丈夫だったのかも知れないとも思っている。

まー、嘆くのは程々にして、こういうときこそ、次回の成功に向けて、冷静にその原因を整理して考えねばならない。無論、来年の成功のために。

この失敗の原因は、大きく分けて2つの面があると思っている。

ひとつは、温度管理の問題。もうひとつは、雑菌の混入の問題。この2つは表裏の関係だ。温度管理がしっかり出来ていれば、多少雑菌が入っても大丈夫だったろうし、温度管理が厳密に出来なくても、雑菌の混入を抑えられれば、大丈夫だったろう。全てうまくいくに越したことはないが、現実的に出来る範囲で、全体的にうまいくよう具体的な対策を考えなければならない。

1.温度管理と仕込み期間

ドブロクの仕込みから完成までは、およそ一ヶ月。雑菌の繁殖を極力抑えるため、その一ヶ月を一番寒いときに設定するのが望ましい。今年は1月末から2月末に行った。仕込み期間だけが失敗の原因ではないとは言え、一番低気温の、1月初めから2月初めの一ヶ月に仕込むことが、やはり望ましい。この期間だと、気温が20℃になることはまずない。

2.泡切り装置

先のエントリで書いた「ドブロクの泡切り装置」。これは今年新たに始めたことだったので、疑ってみた。これで確かに泡は溢れなくなった。溢れなくなったが、気になることがひとつあった。

毎日朝夕で2回、モロミを攪拌したが、その度に泡切り装置の羽を止めて、装置を瓶からはずした。当然ながら、装置の羽に、泡を切ったモロミが付着していた。私は、その少量のやや干からびたモロミをモッタイナイと思い、瓶のモロミに戻していた。無論、空気中には菌がたくさん浮遊している。少量とは言え、粘性のあるモロミが付着した羽が1秒間に1周回り続けていると、ハエ取り紙のように、多くの空気中の雑菌を集めていた可能性はなかったか。それを瓶に戻していたとしたら、それはわざわざ雑菌を加えていたことになっていなかったか。

羽を止める度に、羽に付着したモロミを綺麗に水洗いすること。熱湯消毒まですればなおいい。また今回は、羽の素材は(きれいに洗った)子供用の定規だったが、それをより清潔を保てる素材に変えるのも一手かも知れない。ゆめゆめ、羽に付着したモロミを瓶に戻すことはしない。

3.麹の選別

今年を含めこの数年、同じ味噌蔵さんから同じ米麹を購入していた。最初は気がつかなかったが、蒸し米と水と混ぜ合わさった真白なモロミの中に、黒っぽい粒がいくつも混じっていた。三段仕込みなので、段階的に瓶に入れる「蒸し米+米麹+水」の量が増えていくのだが、その黒っぽい粒も増えていって気になった。結局、留め添え(仕込みの最後段階)のときには、20〜30個ぐらいの黒っぽい粒をモロミの中からひとつひとつ取り出したが、おそらく全部は取り切れていなかった。もう数年間、同じ味噌蔵さんから購入していたのだが、こういうことは初めてだった。来年は、仕込み前に、色の変わった米麹を選別する。

以上3点を覚え書として、ここに残しておいて、来年の仕込み前に読み返す。

今年は、気張って1月に「泡切り装置」を作ったが、それが原因で仕込み期間が遅れた。そして、上に書いた通り、その「泡切り装置」自体が雑菌を集めていたかも知れないと思うと、「まさか?」の展開だった。自ずと来年の仕込みに気合いが入る。

2019年2月19日火曜日

ドブロクの泡切り装置


先週、自転車をこぎながら、近所の公園の梅の香りを嗅いだせいか、春が何となく近づいてきたような気がする今日この頃。今年は1月末にドブロクを仕込んだ。

何度もこのブログで書いてるが、夏の一番暑いとき、梅干しを干し、冬の一番寒いとき、ドブロクを仕込む。うだるような暑さの下、「この暑さだからこそ、梅干しがよく乾く」。そして、冷え込む1月〜2月に、「この寒さだからこそ、低温でドブロクが仕込める」。こう思うことで、暑さと寒さに向き合える私です。

ということで、今はドブロク仕込みの真っ最中。もう十数年、毎冬一回ドブロクを仕込んでいるが、毎回変えていることがある。原材料を固定して、仕込み方を変えてみたり、仕込み方を固定して、原材料を変えてみたり。今年は、主に後者で、仕込み方を去年と同じにして、原材料を変えてみた。去年まで3年連続して使っていた米(イセヒカリ)の生産者さん(農家)が栽培を止めてしまい、入手出来なくなってしまったためだ。イセヒカリは、何となく酒米に近い感じ(デンプン質が多い)がしてたので、ちょっと残念だが、その分、今年は精米歩合を83%から80%に上げてみた。

さて、このエントリでは、タイトルにもしている「ドブロクの泡切り装置」について。

ドブロクを仕込む私たち素人には共通した悩みがいくつかあると思う。原材料から温度(室温)調整などいろいろある中で、泡対策もあるんではなかろうか。発酵が進んでくると、米のデンプンが麹の酵素によって糖化された糖を、酵母がアルコールと炭酸ガスにする。モロミは多少の粘性があるので、炭酸ガスが出ると泡が水面にボコボコ出来る。それが続くと、泡が積み重なっていき、仕込んでいる瓶からあふれ出る。一日中、面倒をみれれば(2〜3時間に一度など)、その都度泡を切って、あふれ出るのを防げるが、現実はそうはいかない。

ちなみに去年までは、泡立ってきたところで、8割方入っていた瓶の3分の1ぐらいを別の一回り小さい瓶に移した。これで、2つの瓶にモロミが、半分ぐらいずつ入った状態になり、朝夕一度ずつ。瓶の中で立った泡を切れば、あふれ出なくなる。これでいいと言えばいいのだが、狭い我が家で瓶2つは場所をとるし、一番気になったのが、2つの瓶で、若干味が変わることだ。だいたい大きい方がおいしい。モロミの瓶(容器)は量が多い方が、気温の変化による温度の上がり下がりの幅が小さくなるため、発酵が安定するんではなかろうか。二つの瓶の味の違いは、それが原因なのではないかと思っている。だから、出来たら、最後までひとつの瓶で仕込みたーい。

何とか最後までひとつの瓶で仕込めないものか?

私は、20年ぐらい前に酒蔵さん(千葉・寺田本家)へ見学に行ったときのことを思い出した。モロミが入った大きな丸いタンクには、その中心の上にモーターが据え付けてあって、それを軸に半径の線に付いた羽が、水面スレスレのところをグルグル回っていた。少しでも泡が立ってくると、その羽が泡を切る。切り続ける。その後、直接目にはしていないものの、どうも他の酒蔵さんも、これと同じような装置を使っていることも知った。

この十数年の間、私は瓶を移す度に、「あー、こんなのがあったら、便利だなー」と思っていたのだが、今年1月に、「よーし、作っちゃえばいいんだ」と思い立った。実は、「こんなのがあったら、便利だなー」というとき、「それなら作ればいい」という発想をいつもしていた知人が、1月に亡くなった。十数年間、知識としては知っていながらも、今年、私が具体的な行動を伴う発想をしたのは、草葉の陰で彼が私の背中を押してくれたからだと思っている。そして、簡単な設計図のメモでイメージを作った後、ジョイフル本田へと向かった。

そして、出来たのが、コレ。回転してます。(金ちゃ〜ん、出来たよ〜)
十字に組んだ胴縁の中心に穴を空け、その穴にモーターの軸を通してある。胴縁の裏にビスをもんで、瓶に固定した。



中心にあるこのモーター(1分間に60回転)が1,814円(税抜き)とやや高価ながら、費用は3,000円には収まった。


私は大工仕事は好きなのだが(これも故知人の影響大)、こうして動くモノをあまり作ったことがなかったので、やや不安だったが、何度か調整を繰り返しているうちに、水面から1センチぐらいの高さを羽が回るようになった。だいたいこういうのはそうなんだけど、次に作ることがもしあれば、もっと上手に作れる気がする。いい経験になった。先の動画では、泡を切ってる様子までは分からないので、モーターのスイッチを止めて撮った写真が下。


子ども用の定規を流用した羽、それをバルサ材で固定しネジ留めしている。黒い部分は薄く柔らかいシリコンゴムのシート。ポイントは、モーターの軸が空回りしないようにすること、バルサ材を含めた羽が水面と平行の状態をキープしないとならないことなど。この羽はおよそ半径になってるが、平行状態をキープするには、直径にした方がバランスを取りやすかったな。それは来年の検討要素だ。

で、この羽にモロミが付いている。1周1秒の速さで回っているので、泡を切る瞬間はよーく観察しないと分からないが、泡が羽の高さに至った瞬間に切ってくれている。また、これは3日前のこと。今はもっと活発に泡立っているので、羽に付着するモロミの量が増えているが、今のところ順調。このドブロクは、あと一週間から10日ぐらいで完成なのだけど、まずは何とかそれまで壊れないでくれたら嬉しい。そして、来年以降も使えたら、もっと嬉しい。

素人の私でも、こんな装置作れちゃうんだよ(だから、貴方も・・・・)、ということを言いたいのだが、実は、先週末、ドブロク仲間にこの話をしたら、「もっと簡単な方法があるよ」と教えてくれた。それは、例えば、下水道に使う塩ビ管のぶっ太いの、または、空調や排気に使うダクトなど、太い筒状のもので、ドブロクを仕込んでいる瓶の口の径と同じぐらいの筒を瓶のフチにのせる(出来たら落ちない程度にちょっと内側に)。瓶のサイズにもよるが、私のように擦り切れ10リットルぐらいの容量だと、高さは20〜30センチぐらいか。これ以上説明は不要かも知れないが、これで、泡が積み重なっても筒の高さ分はこぼれない。私は実際にやってはいないので想像だが、気になるのは、瓶の口と筒の接合部分かな。ここがズレたらもちろん、隙間があると漏れるかも知れない。でも、モーター式泡切り装置より、ずっと簡単だ。

最後にひとこと。

これも以前書いたが、私が毎冬ドブロクを仕込むのは、自分で作ると(気のせいか)いくらかおいしく感じるから・・・・、というだけではない。それよりずっと大きな理由がある。私が、毎年必ず、原材料や仕込み方の何かを変えるのは、「少しでもおいしくするには」とそれなりに考え試みているからだ。その冬に完成すると、「次は、どうしよう」と考え始める。これを繰り返していると、市販されている(プロの酒蔵さんが作った)おいしいお酒を飲んだとき、私は「この味はどうしてこうなっているんだろう?」と具体的に考える。そして、自然とその酒蔵さんへ思いを馳せることになる。酒好きの私にとって、下手なりに毎冬ドブロクを仕込むのは、それによっておいしいお酒への尊敬・感謝の念がより深くなると感じ、それを心地よく思っているからなのです。

2019年2月6日水曜日

「半生(はんなま)白菜キムチ」のおいしさ


おそらく30年も前のこと。ある韓国人の演歌歌手(女性)が、日本のコンサートホールでたくさんの観客を前に歌っている姿が、日本のテレビで放映されていた。数曲歌った後、流ちょうな日本語で、「日本の歌はワサビの味、韓国の歌は唐辛子の味。ワサビはツンと辛い。そして韓国の唐辛子は甘いのよ〜。本当よ」と語っていた。

その後、韓国の唐辛子がある度に、私は味見するのがクセになった。韓国の唐辛子は、総じて日本の唐辛子より辛くない。そして、その抑えられた辛さの奥にあるほんのりとした「甘さ」。それを感じる度に、彼女が言ってた「甘いのよ〜」を思い出す。

今や白菜キムチは、季節を問わず、日本のどこのスーパーでもある。そんな普通に市販されている白菜キムチを食べると、辛さはもちろんながら、甘味が結構ある。でもこの甘さは「辛さの奥にあるほんのりとした甘さ」ではなく、砂糖などの強い甘味だ。また、化学調味料らしき旨味も強い。これでは、あの演歌歌手が語っていた「甘いのよ〜」を、なかなか感じることが出来ない。

さてさて、私は「カンホアの塩」を作っているのだが、3種類ある「カンホアの塩」の中に、【結晶のまま】というのがある。天日で作っているので、海水を濃縮する温度は最高で40℃ぐらい。このぐらいだと、塩がゆっくりと結晶するので、その間に粒が育って、結晶の粒が大きくなる。大きいのだと4〜5mm。その粒のままが【結晶のまま】なので、これは「カンホアの塩」の原型に当たる。自然に結晶した立方体の粒を、私は美しいとさえ思う。ただし、このままだと溶けにくい。だから、ほとんどは【結晶のまま】の粒を石臼で挽いて、粒の小さな【石臼挽き】というのになっている。

需要からすると、溶けにくい【結晶のまま】は商品にしなくてもいいのだけど、私としてはどうしてもこの結晶の姿を見てもらいたくて、【結晶のまま】を商品としてデビューさせている。そしてこの【結晶のまま】が、ほんのりとした甘さの日本の白菜キムチに出会った。新潟の農家、「ひかり畑」が作る白菜キムチ(ひかり母さんが育てたキムチ)だ。


日本の白菜の塩漬けは、葉の隙間まで塩をして重〜い重石をのせてしっかり漬け込むが、この白菜キムチは、半生(はんなま)な漬かり具合で届く。私の感覚では、「浅漬け」よりも「半生(はんなま)」という表現がふさわしい、いわば半サラダ感覚で、歯ごたえが実にいい。ひかり畑さんが自分たちで育てた食感のいいキムチ用の白菜が使われている点も見過ごせない。この白菜キムチに、溶けにくい「カンホアの塩」の【結晶のまま】が使われている。大粒の【結晶のまま】は溶けにくいが、その溶けにくさが故に浸透圧がゆっくり進み、半生状態で仕上がる。陰ながら、これもこの歯ごたえに繋がっている。

そして、肝心な原材料は以下のとおり。


和梨の柔らかい甘さと香りに、魚醤・アミエビ・煮干し・昆布などの旨味。玉ねぎ・にんにく・しょうが・小麦粉・砂糖・ねぎ。砂糖も入っているが、(多い順の原材料で)塩の前なのでかなり少量だ。砂糖の強い甘味や化学調味料の強い旨味とは無縁の白菜キムチ。

辛さをベースに、様々な柔らかい味が互いを尊重し合いながら、一体となっている。特に、和梨の柔らかな甘みと唐辛子の「辛さの奥にあるほんのりとした甘さ」のハーモニー。そして、抑えの効いた複雑な旨味。こういう味でないと、「カンホアの塩」の味も活きてこない。この白菜キムチを、半生の食感でバリバリ食らう。

それにしても、この半生の食感。本場、韓国ではどうなっているのか?
ひかり畑さんの話だと、

「家庭のキムチは年に1度、1年分のキムチを漬けるため、白菜の半生感はあまりなく、塩も少しキツメに漬けているのですが、韓国の食堂のキムチは、日々漬けているので塩味も少なく半生状態でのキムチを食べる事ができます」

ひかり畑さんは、この食堂のキムチを目指している。そして、この手の白菜キムチは、日々半生状態で旬の白菜を漬けることが出来る、この短い時期ならではのものであり、さらに漬かり始めだからこその食感なのだ。

さて、届いて短い間だけのシャキシャキの白菜キムチ。数日たった今は、少しずつポリ袋の中で漬かりが進んでいる。もう少しすると、乳酸発酵の酸味も出てくるだろう。しっかり漬かったタイプが好みの方は、冷蔵庫の中で好みの頃合いまで寝かせたらいい。こうして、届いた当初はシャキシャキの食感と酸味が出てない味を楽しみ、その後は、すこしづ進んでいく食感と味を楽しむ。漬物は生き物のよう。この白菜キムチの第二幕も楽しみだ。

「ひかり畑」さんのサイトはコチラ。
http://hikaribatake.com/

備考:私がこのサイト内の通販ページで白菜キムチ1kgを3個注文した際、送料が3倍になってカウントされました。でも、過剰分は後から返金されたので、念のため。webのシステムはややこしいからね。詳しくは、ひかり畑さんへ直接問合せてください。

2019年1月25日金曜日

VARよりベトナム代表


昨日の試合での日本のスタメン、私の予想はすっかり外れて、出場停止のFW武藤以外、サウジ戦と同じ。これは、次戦の出場停止のリスクをあえて負った森保監督の「走れるところまで、トップスピードで走るぞ」というメッセージに映った。しかし、終わってみれば、私にとっては、日本が勝ったというよりは、ベトナムが負けちゃった試合だった。つまりは、ちょっと残念。

ベトナムはGKを含めよく守った。そして、日本より、がむしゃらによく動いた。いくつかの思い切ったミドルシュートもよかった。前半、日本のGK権田とDF吉田の連携ミスによるベトナムの大チャンス。そこで、ベトナムは点を取れなかった。あれが痛かった。ああいう相手のミスから点を取れると、日本側の心理的なダメージも大きかったと思う。そして、最後は、やや動きが鈍くなっちゃったかな。日本には「固く勝ち切る」感覚があったろうから、日本としては、「うまくいった」ともとれるが、そんな日本に対してのベトナムチームの、がむしゃらなプレー。よかったな。

思い出すのは数年前。たしかザッケローニ監督の日本代表が、国立競技場でベトナム代表と親善試合を行ったことがあった。スコアは、1-0で日本だったが、あのときのベトナム代表もよかった。あのときは、昨日の試合ほどベトナムにチャンスはなかったと思うが、チーム全体で献身的に本当によく動くチームだった。その延長線上に今回のベトナム代表があるようにも映った。

それにしても、結果的にVARで勝負が決まっちゃったのは、何かスッキリしない。特に堂安へのファウルの際、レフリーはいったん流していて、しばらくした後にVAR。流さず、すぐさま笛吹いてVARならもっとスッキリしていたように思うのだが。レフリーも人間なので、迷うことはあろうが・・・・。よく片方にPKが与えられると、その後レフリーは他方へPKを与えやすくなると言われるが、それと似た力学がここでも働いたようにも思うのは穿った見方か。

ところで、吉田の幻ゴールのとき、ベトナム選手は誰一人ハンドをアピールしてなかったのではないか。また、堂安が倒れたとき、堂安はそれほど相手のファウルをアピールしていなかった。(少しはしていたが、決して見苦しいほどではなかった) これらは、両チームともにスマートで、とてもよかった。

冒頭は、今朝のホーチミン市発行の新聞の二紙の一面。

左の見出しは、「最後の1分までの献身」。
右は、「戦い終わって、上を向こう」。

真っ直ぐに、ベトナム代表の健闘を讃えている。ベトナム国民全体として「大健闘」という評価なんだと思う。『次はワールドカップ初出場だぁ〜』と、今頃ベトナムではなってるに違いない。

日本は優勝まであと二つ。次はイラン。中3日で、こっからイエロー累積が消えることもあるから、激しい試合になりそうだ。日本には、ベトナムのためにも、優勝してもらおうじゃないか。

2019年1月24日木曜日

きょう夢の対決、ベトナムvs.日本

『ベトナムのサプライズを待っている』
いよいよ、日本時間で今夜、ベトナム対日本。私にとっては、夢の対決だぁ〜。

もう20年通い続けているベトナム。通い始めた頃、ベトナムの人たちは「何とかタイぐらい強くなれないかなー」と思っていた。ベトナム戦争終戦は1975年。南ベトナム・アメリカ側だったタイは、その戦争で潤った。だから、ベトナム人にとって、「東南アジアの雄」とも呼ばれるタイの経済発展を見る目は、日本人とは違う。「何とかタイぐらい強くなれないかなー」という思いも、そう単純なものではない。それが、今回のアジアカップという公式戦では、タイも残れなかった準々決勝まで進んだ。そして、今やワールドカップ常連国の日本と当たる。この1〜2年でグッと強くなったベトナム代表は、何しろ選手が若い。そして、勢いがある。去年8月、アジア競技大会では、このベトナム代表チームは、U-23の日本代表に1-0で勝っている。無論、パク・ハンソ監督の指揮・采配も大きい。彼は日韓ワールドカップ、ベスト4の韓国代表監督ヒディング氏の下でコーチをしていた。現役時代は、木村和司氏いわく、「よく動く選手だった」。

この10〜20年のベトナムの経済発展もスゴイ。10年ぐらい前、建設ラッシュの町中を歩いていて、ふと私の幼少時代(1960年代)の東京下町を思い出すことがあったが、今はもうそれをすっかり通り越している。ベトナムの人たちもそれは自覚していて、その勢いと今のベトナム代表チームの勢いを重ねてみてる人がたくさんいると思う。

ちなみに、ベトナムのサッカー観戦の熱は、日本の比ではない。例えば、特にサッカー好きでもない「カンホアの塩」の現地担当者でも、プレミア・リーグの首位は今どのチームかを知っているぐらいだ。そのベトナムにとって、いよいよ自国の代表チームが、アジアカップという公式戦で強敵ヨルダンを圧倒しながら、PKで勝っての準々決勝なのだから、もー、並大抵の盛り上がりではない。これで日本に勝ちでもしたら、国中、狂喜乱舞となるのはいいが、怪我人が出やしないかと心配になるぐらいだ。

周りの人から私は、「どっちを応援するの?」ときかれる。が、どうしても私には「どっち」というふうには思えない。日本代表にも愛着はあるものの、国民の期待を背にがむしゃらに頑張ってる若いベトナム代表も応援している。私にとって、この準々決勝はまさに夢の対決であり、何年先までも語り草になるようないい試合をしてもらいたいと、心底思っている。

さて、きょうの試合、ベトナムは中3日、日本は中2日で迎える。ベトナムは中3日とは言え、日曜日に延長含め120分やっている。しかし、選手のほとんどが20歳前後と若いので、回復力は日本より上だろう。一方、日本も、月曜日のサウジ戦ではかなり消耗したはずだ。その消耗と、イエローもらってる選手が何人かいるせいで、スタメンの半分は、サウジ戦から変わるんじゃなかろうか。日本はベトナムに勝つと次はイラン・中国の勝者だが、日本はそこまで考慮する気がする。若いベトナムは、怪我のない限り、前戦のメンバーがそのままスタメンなのではなかろうか。セットプレーで1点取られたものの、守備はとても安定してした。詳しくはないが、ヨルダン戦はベストメンバーだったはずだし、私の勝手な印象として、リザーブの選手を含めたスタメンのバリエーションまでの余裕はないのではなかろうか。

ベトナムからすると、1-0で勝つか、延長含め0-0または1-1でPK戦に持込みたい。ヨルダン戦のように5バックで守りに守って、何とか取った虎の子の1点を死守する。それはまるで月曜日、日本がサウジの攻撃を守りに守り切ったように。また、ベトナムはヨルダン戦、20〜30メートルから果敢にミドルシュートを何本も打っていたが、あれは日本の脅威になろう。ただちょっと気になるのは、ベトナムの若さがマイナスに働くことだ。例えば、前半にベトナムが先取点を取ると、残り時間たっぷりの中、若い選手たちが「勝てるぞ」と思っちゃったりすると、油断に繋がる。これはまるで、先のワールドカップのベルギー戦の日本のように。だから、理想を言えば、ベトナムは前半は0-0で折り返し、後半、それも残り僅かの時間帯に1点とれたらベストだ。0-0で終盤を迎えると、日本の方は焦ってくる。そこにベトナムのチャンスがあるかも知れない。そしてPK戦になれば、前戦でも勝ってるし、今の勢いのあるチームにとっては、イケイケの雰囲気になるだろう。

逆に、そんなシナリオにはしたくない日本からすると、なるべく早い時間に先取点を取りたい。もしも先取点を取って、1-0で後半20分もすると、攻めるしかなくなったベトナム・ディフェンスの裏狙いやカウンターで、日本はダメ押しの2点目を狙う。高さで劣るベトナムには、セットプレーは大事だ。また、サウジ戦から半分スタメンが変わると、攻撃の起点は誰になるだろう? 試合の流れが攻撃的になると、柴崎あたりが少し前気味になりながら絡んでくるか。

まずは立上り、絶対に先取点を与えたくないベトナムが、どのくらい守備的に入るかが最初の見どころだ。ヨルダン戦では、そんなに守備的ではなかったので、きょうもそんなに守備的にはならない思うのだが。日本に対しての戦術もあろうが、ベトナムには、いつもの自分たちのプレーを思い切ってしてもらいたい。その上で、前半0-0で終わると、若くて勢いのあるベトナムは、試合の中で、益々自信を深めながらプレー出来るだろう。そして、後半勝負。結果として、PK戦になったら、精神的にはベトナム有利と思う。そんなベトナムに対して、果たして日本は、先取点を取れるか?

日本時間きょう22時キックオフ。この夢の対決が待ち遠しい。

2018年11月19日月曜日

タンドールへの道・その10(終わりに)


 先週の金曜日、近くまで行ったこともあり、ランチしに立川のムガルキッチンを再訪。「タンドールへの道・その1」でも書いたように、今回、モバイル・タンドールを作るにあたり、タンドールを見学させてもらったレストランだ。金曜日は、バイキング・スタイルとのことで(1,080円)、カウンターに白飯から3種類のカレー、スイーツまでがずらりと並んでいる。12時まで20分ぐらいあったせいか、客は私一人。ちょうどいいと思って、話かけた。

「こないだ、1〜2ヶ月前、タンドールを見せてもらった者ですが・・・・」

「あー、ナンね。もう少し待って」

「・・・・そうですか。えーと、1ヶ月前、私、キッチンの中に入れてもらって、タンドールを見せてもらったんですが・・・・」

「あー、タンドリーチキンね。もーちょっと待ってねー」

バイキング・スタイルのランチ時間が、まだ始まったばかりのタイミング。焼きたてがおいしい、ナンやタンドリーチキンは、最後にバイキング皿にのせるようで、私が催促してると解釈されたようだった。私が期待したように「あ〜、あのときの人ね」とはなかなかならず、料理中でもあるし仕方ない。入店後、私はすぐにタンドールに目が行ったが、やはり「巾着パンチ」が脇にあった。直径20〜25センチぐらいか。タンドールが大きい→ナンも大きい→「巾着パンチ」も大きい。

バイキングの料理を皿にとり、テーブルについて食べ始めた。やはり、ここの料理はおいしい。味付けや料理法に感じるデリカシー。3種類のカレーは各々特徴があって、何気に切られているチキンや野菜(ナス・じゃがいも)の大きさもちょうどいい。町中にインド料理店は増えたが、よくある店とは一線を画している。スイーツも食べ終わった頃、ナンやタンドリーチキンを出し終えたシェフのお兄さんが話しかけてきた。

「あー、思い出した。あなた、来たよね。きょうも来てくれてありがと」

「あー、思い出してくれましたか。よかったー。あのときは、タンドールを見せてくれて、ありがとうございました。近くで見せてもらったおかげで、私、このぐらいの小さいのですが、タンドールを作りました。それに、ここの料理をまた食べられて嬉しいです。とてもおいしい」

「そーですか」

と、微笑んでくれた。ただ、「私がタンドールを作った」ということについて、彼はピンと来てない様子。いくらモバイルだからと言って、ここへ持ってくるまでもないので、まあ仕方がない。最初は諦めかけたが、思い出してもらったおかげで、お礼も言えて、私個人的にはホッとした。

会計を済ました後、カウンター越しにキッチン内のタンドールの写真を撮らせてもらった。それが冒頭の写真。下の開閉式の空気孔も見える。「巾着パンチ」がタンドール左側に置いてある。お客さんも私の他に一人だったので、気になってたことをきいてみた。

「ナンを焼く前、脂を手に塗りますか?」

「ん〜、そうね」

「(打ち粉の)粉は?」

「粉、付けるよ」

「粉を付けると、タンドールから剥がれませんか?」

「そう、だから粉は片面だけ、ほんのちょっとね」

ちなみに、バイキングに出ていたナンは、生地自体に結構脂が含まれている。ナンというよりは、パラータに近い。これだけ脂が入っていれば、生地が手にひっつくようなこともないだろうし、もしかしたら、この脂ゆえに、タンドールから剥がれることもあるかも知れない。さすがにこれ以上詳しくはきけなかったが、2〜3ヶ月、彼に付いて研修(修業)させてもらえたら、きっと面白いだろうななどと、ふと思ったりもする。

また、上の写真は、シークを撮った。十数本が、換気扇のフード(向こう側)のフチに掛けてある。シークの片方の先っちょは、私がやったように尖らせてあるが、逆側は、「J」を逆さにした形に曲げてある。焼き上がったチキンが刺さったシークをタンドールから出すと、最初に「J」字の箇所を流水で冷やした後、換気扇のフード(手前側)に掛けた状態で、チキンを抜き取っていた。なるほど、これは抜きやすい。また、シークの太さは、私が作ったシーク(9mm)よりやや細かった。たぶん5〜6mmほど。

ところで、今さらながら、「タンドール」をwikiってみた。その「起源」の欄には、

タンドールの最古の例は古代インダス文明のハラッパーとモヘンジョ・ダロの遺跡に見られる。・・・(中略)・・・現在の形のタンドールはアフガニスタンで発生し、ムガル帝国のインド征服とともにインドに伝わった。 

とある。この記述を鵜呑みにすると、元々はインダス文明の産物で、インドへはムガル帝国のアーリア人が伝えたということになる。すると、チャパティは、ドラヴィタ文化のものなのか。インド北部からヨーロッパまでの地域の主食は小麦だと思うが、タンドールは現在、インド北部から中東までで使われているらしい。おそらく、タンドール(窯)がアフガニスタンから西に伝わっていく過程で、オーブンという天火の窯に変わっていったのだと思う。トルコあたりでは、普通にオーブン(天火)が使われている。

ところで、wikipedia「タンドール」には、下記のような記述も。

大きさは家庭用の小さなものから、人間の背丈より深い業務用の大きなものまで様々であり、・・・・

おっと、そっかー、「家庭用の小さなもの」もずいぶん昔からあるみたいだ。私が考えるぐらいだから、それもそうだよな。これじゃ、家庭用モバイル型タンドールをインドで販売という私の妄想は、やっぱり妄想に過ぎない。

閑話休題。

気がつけば、「タンドールへの道」のエントリも今回で「その10」を数えてしまった。この間、何度も書いているが、今回タンドールを作って使ってみて、つくづくタンドールってすごいなと思うのは、

「こんなに簡単に作れて、こんなに少ない燃料(炭)で、こんなにもおいしく焼ける」

ということだ。この根本には洗練されたシンプルで素直な構造にある。これが熱効率の良さ、施工のしやすさ、そしておいしさを生んでいる。ハラッパーやモヘンジョ・ダロの時代から今に至るまで、小麦を主食とする地域で使われ続けている理由はここにあると思う。

例えば、数十年前に考案された電子レンジは、百年後に存在しているだろうか? と、ふと想う。電子レンジではなくとも、きっとこれまでの長い間に、いろんな窯が考案されてきたことと思うが、タンドールは今でも使われ続けている。便利なもの、手軽なものはいつの時代でも人気があるのだが、それらとは異なるところで、何千年も役に立ち続けるものもある。ここに私はそこはかとない価値を感じてしまう。

1〜2時間前に点火しておかねばならないタンドールは、1分間のチンよりも時間がかかる。しかし、そのおいしさの違いは言うまでもない。何でもそうだが、おいしさには必要な時間があるものだ。また、分単位の時間に追われる暮らしの方が便利なはずもない。よーく考えてみると、電子レンジよりもタンドールの方が、本当は便利なんじゃないかと思えてくる。こういうものを考え出し、作り使い続けることが、今の私たちに最も必要なことなんじゃないかと、タンドールは私に語りかけているように感じる。