写真は、今年のホームメイドのドブロク。
今年は、今までで一番うまく出来た。しっかりと辛口で酸味も程よく、アルコール度数も高め(たぶん12-13℃ぐらい)。このエントリを読んでくれてる方へも、写真だけで、飲んでもらえないのが残念なぐらいだ。うまく出来ると、ついついあげてしまい、我が家で飲む量が減ってしまうところが難しい。また、築54年の我が家(借家)に住む乳酸菌も頑張ってくれた。これは玄米豆乳ヨーグルトの経験から察しがついたことだった。
毎年、原料や仕込みを少しずつ変えている。自分用のメモも兼ねて、今年の特徴は、2点。例年以上に、酛(もと)作りをこれまで以上に時間をかけ慎重にやった。酵母はパン用を使ったものの、これまでは2〜3日ぐらいの酛作りを、今年は1週間かけてみた。来年はもっと時間をかけて落下酵母菌だけでやってみようかとも思う。もうひとつは、仕込み水を極力少なくした。発酵過程で米はどんどん分解され液化していくが、これまではかき混ぜやすいようにとついつい水を多めにしてしまっていたところをグッとこらえて、液化を待ちながら、三段仕込みした。三段仕込みというと、「へぇー、スゴイね」という人がいるが、ちょっと違う。一度にドカーンと仕込むより、一回一回の蒸し米が少なくなるので(留め添えで半量ぐらいか)、差ほど大きくない蒸し器で出来るし、狭い台所でも扱いやすい。もちろん、三段仕込みの方が発酵は安定する。スケジュールを組んだり、回数が増える分やや手間がかかるが、私にとっては一発仕込みより三段仕込みの方が現実的にやりやすいのだ。これもアスペルギルス・オリゼ(黄麹菌)のおかげということで、先のエントリに続き、麹菌の話しを続けよう。
種麹屋さんの俗称を「もやし屋」さんという。麹菌の芽が出るイメージからだろう。で、もやし屋さんの仕事は、種麹菌を培養して販売するだけではない。レクチャーをしてくれた河内源一郎商店の池田社長によると、河内源一郎商店が保有する種麹菌は、数百種類だか数千種類だかに及ぶと言うから驚いた。正確な数字を聞いたのだが、忘れた。でも、「えー」ってぐらい多いということは分かってもらいたい。その数を発見し、管理しているということだ。もー、ビックリ。
ビックリするぐらいの種類数を保有していて、その中から商品として販売しているのは10種類など(これも正確な数字を忘れたが、だいたいそのくらい)。つまり、保有しているほとんどの種麹菌は、「将来」必要になるかも知れない控え選手だ。
先に書いた、黒麹、白麹、黄麹の種菌と言っても、細かくはそれぞれ相当な種類があるということも言える。例えば、黄麹菌の「アスペルギルス・オリゼ」という学名は、「アスペルギルス」が属名で、「オリゼ」が種名なのだが、厳密には、この下にも名前があるということになる。そして無論、全ての麹菌にはそれぞれの個性があるのだ。
例えば、地球温暖化やプチ氷河期が到来したとしても、その環境により適した麹菌があるのかも知れない。また、同じオリゼ(黄麹)ひとつ取ってみても、日本酒、味噌、醤油、酢などなど用途やテイストに応じて、それなりの種類がある。また、麹は米麹だけでなく、麦麹や豆麹だってあるし。もやし屋さんは、日本に10社ぐらい点在してあるらしい。(これも正確な数は忘れたが、だいたいそのくらい) 各々のもやし屋さんはその地域の気候や用途に対する適性を持った様々な種麹菌を持っているのだろう。そう思おうと、心強くなるし、麹菌の多様性にも驚く。
さて、麹のレクチャーを聴いていて、ひとつの疑問が湧いた。
通常、同じ商品(例えば○○醤油)には同じ麹菌が使われる。ということは、「その醤油蔵で種麹菌を培養すればいいのではないか?」と思った。もしもそうすると、「その醤油蔵が、もやし屋さんから買う種麹菌は、初回とその後培養がうまくいかなかったときだけでいいのではないか?」と思ったのだ。そのレクチャーを聴いていたとき、たまたま隣の席に、八木沢商店の社長(若旦那)が座っていたので、きいてみた。すると、「それはしません。理由は、万が一だけど、リスクがあるからです」とのお答えだった。少し詳しく書こう。有用な麹菌に似た麹菌で、アスペルギルス・フラバスというのがいる。この麹菌は、アフラトキシンという発がん性物質を生成するらしいのだ。今の日本ではほとんどないらしいのだが、万が一でもその悪玉麹菌が入り込むリスクを避けるために、毎回、仕込みの度に、新しい種麹菌をもやし屋さんから購入するのだと言う。
麹菌または広く菌の世界は何と多様なことか。現役で活躍している多数の有用菌の他に、こうした悪玉菌もいる。そしてさらに、将来あるかも知れない出番を待っている麹菌もたーくさんいるのだ。そう思いを巡らすと、人間も決して画一的になってはいけないと、改めて思う。将来どんなことが起こるか分からないのだから、多様であることこそが大事だよなーと、麹菌の世界に触れて思うのであった。
2015年2月23日月曜日
種麹菌の味
さっき、先のエントリ、とりあえず3つの麹菌を読み返していて、ひとつ書きそびれたことに気がついた。それは「最近の黒麹」についてだ。先のエントリは、河内源一郎商店の池田社長のレクチャーを聴いて書いたものだが、その後、私は思った。「最近は“黒麹仕込み”と称した焼酎がたくさんあるよな。それって、“A. アワモリ(黒麹)”のことかな?」という疑問を持ったのだ。wikiってみると、「麹」のページに下記の記述があった。
「A. カワチ(白麹)」が使われるようになった後のこととして、
「河内源一郎商店二代目社長が白麹菌から更なる突然変異株を発見して新種の黒麹菌培養に成功する。昨今の焼酎ブームと相成り、黒麹焼酎が増えている。 泡盛黒麹と焼酎黒麹は、同じ属性だが種が違う為、学名も違う。遺伝的には、泡盛黒麹が祖、白麹が親、焼酎黒麹が子ともいえる。」
つまり、「最近の黒麹」は、「A. アワモリ(黒麹)」ともちろん近いが、異なる黒麹なのだ。話しがややこしくなってきたので、整理すると、上記wikiにあるとおり、順序として、「A. アワモリ(黒麹)」→「A. カワチ(白麹)」→「焼酎黒麹」となる。ここまで来ると、この「焼酎黒麹」の学名も知りたくなったが分からない。誰かおせーて。何しろ、「焼酎黒麹」も河内源一郎商店二代目社長が発見ということだから、現在の焼酎は、河内源一郎商店なくしては考えられない。
さて、前置きが長くなったが、きょうは、麹菌の味だ。
正直に言おう。私は、漠然と「麹は甘いもの」と思っていたが、「麹は甘いものもある」の方が正確だ。下は、先のエントリ冒頭の写真と同じもの。
そのレクチャーで配られた3種類の種麹菌。おさらいになるが、左から「黒麹(A. アワモリ)」、「白麹(A. カワチ)」、「黄麹(A. オリゼ)」。まずは、黒麹を一粒食べてすごく驚いた。酸っぱい。それもほんのりじゃなくしっかりと酸っぱい。米一粒だけなのに。黒麹の親戚でもある白麹、これも同様に酸っぱい。最後に、黄麹、これは私が知ってる甘さだった。
その酸味と甘味を舌の上に残したまま、講師である河内源一郎商店の池田社長の解説に耳を傾けることとなった。まず、酸っぱいのは、クエン酸とのことだ。レモンや梅干しの酸味だ。でも、泡盛や焼酎はちっとも酸っぱくない。それは、蒸留すると、アルコール・水は蒸発するが、クエン酸は母液(モロミ)に残るというのだ。つまり、クエン酸の沸点がアルコールや水より高いということだろう。そして何より、このクエン酸が、モロミの腐敗を防ぐのだ。連想するのは、日本酒のモロミの乳酸だ。生もと造りでは、乳酸菌が作る乳酸が腐敗を防ぎ、アルコール発酵へと繋げていく。速醸法では、乳酸自体をモロミに加えて腐敗を防ぐ。
焼酎用の黒麹や白麹は、デンプンを糖化する酵素だけでなく、クエン酸をも作り出すことによって、モロミの腐敗を防いでいるのだ。先のエントリでは、さらっと「泡盛のモロミが腐敗しない」と書いたが、それは「黄麹(A. オリゼ)」は作らないクエン酸を、「黒麹(A. アワモリ)」、「白麹(A. カワチ)」は作り出すからなのだ。そして、そのクエン酸は蒸留されると、モロミに残る。
そんな訳で、河内源一郎商店には「紅酢」という商品があるが、これは黒麹系の麹が作ったクエン酸の爽やかな酸味だ。通常の酢の酢酸の酸味とは違う。
もうひとつ。河内源一郎商店の池田社長のお話を聴いて驚いたことがあった。それはまたこの次。
「A. カワチ(白麹)」が使われるようになった後のこととして、
「河内源一郎商店二代目社長が白麹菌から更なる突然変異株を発見して新種の黒麹菌培養に成功する。昨今の焼酎ブームと相成り、黒麹焼酎が増えている。 泡盛黒麹と焼酎黒麹は、同じ属性だが種が違う為、学名も違う。遺伝的には、泡盛黒麹が祖、白麹が親、焼酎黒麹が子ともいえる。」
つまり、「最近の黒麹」は、「A. アワモリ(黒麹)」ともちろん近いが、異なる黒麹なのだ。話しがややこしくなってきたので、整理すると、上記wikiにあるとおり、順序として、「A. アワモリ(黒麹)」→「A. カワチ(白麹)」→「焼酎黒麹」となる。ここまで来ると、この「焼酎黒麹」の学名も知りたくなったが分からない。誰かおせーて。何しろ、「焼酎黒麹」も河内源一郎商店二代目社長が発見ということだから、現在の焼酎は、河内源一郎商店なくしては考えられない。
さて、前置きが長くなったが、きょうは、麹菌の味だ。
正直に言おう。私は、漠然と「麹は甘いもの」と思っていたが、「麹は甘いものもある」の方が正確だ。下は、先のエントリ冒頭の写真と同じもの。
そのレクチャーで配られた3種類の種麹菌。おさらいになるが、左から「黒麹(A. アワモリ)」、「白麹(A. カワチ)」、「黄麹(A. オリゼ)」。まずは、黒麹を一粒食べてすごく驚いた。酸っぱい。それもほんのりじゃなくしっかりと酸っぱい。米一粒だけなのに。黒麹の親戚でもある白麹、これも同様に酸っぱい。最後に、黄麹、これは私が知ってる甘さだった。
その酸味と甘味を舌の上に残したまま、講師である河内源一郎商店の池田社長の解説に耳を傾けることとなった。まず、酸っぱいのは、クエン酸とのことだ。レモンや梅干しの酸味だ。でも、泡盛や焼酎はちっとも酸っぱくない。それは、蒸留すると、アルコール・水は蒸発するが、クエン酸は母液(モロミ)に残るというのだ。つまり、クエン酸の沸点がアルコールや水より高いということだろう。そして何より、このクエン酸が、モロミの腐敗を防ぐのだ。連想するのは、日本酒のモロミの乳酸だ。生もと造りでは、乳酸菌が作る乳酸が腐敗を防ぎ、アルコール発酵へと繋げていく。速醸法では、乳酸自体をモロミに加えて腐敗を防ぐ。
焼酎用の黒麹や白麹は、デンプンを糖化する酵素だけでなく、クエン酸をも作り出すことによって、モロミの腐敗を防いでいるのだ。先のエントリでは、さらっと「泡盛のモロミが腐敗しない」と書いたが、それは「黄麹(A. オリゼ)」は作らないクエン酸を、「黒麹(A. アワモリ)」、「白麹(A. カワチ)」は作り出すからなのだ。そして、そのクエン酸は蒸留されると、モロミに残る。
そんな訳で、河内源一郎商店には「紅酢」という商品があるが、これは黒麹系の麹が作ったクエン酸の爽やかな酸味だ。通常の酢の酢酸の酸味とは違う。
もうひとつ。河内源一郎商店の池田社長のお話を聴いて驚いたことがあった。それはまたこの次。
2015年2月19日木曜日
とりあえず、3つの麹菌
今回は麹菌の話し。
先月のことだが、麹のレクチャーを聴いた。1月23日のエントリ神田「みますや」は、そのレクチャーに行く前に寄った店だった。という訳で、本題の麹菌。
講師の方は、鹿児島の河内源一郎商店の池田社長。こう言っては、プロの方々に対して失礼のような気もするが、麹の話しはあまりに面白い。
まずは、冒頭の写真だが、左から、
黒麹の種菌(学名:アスペルギルス・アワモリ)
白麹の種菌(学名:アスペルギルス・カワチ)
黄麹の種菌(学名:アスペルギルス・オリゼ)
まずは、写真で分かりやすい、色について。
黒麹の黒色は分かりやすいが、白麹は白色ではなく、茶色だ。白麹は、あくまで黒麹に対して、「黒くない」ということから、白麹と呼ばれるようになった。そして、一番右の黄麹は黄緑色。私たちが一番目にすることの多い、味噌や甘酒用の麹がこの黄麹なのだが、それって白いでしょ。私は、その白い麹が白麹だと思っていたが、それは全くの誤解であった。麹菌はどれも発芽すると最初はたくさんの胞子を作る(2〜3日後)。そしてやがてその胞子が新たな菌になるらしい(約一週間後)。味噌や甘酒用の麹が白いのは、それは黄麹の胞子の色であって、菌自体の色ではないということだ。だから、例えば黒麹の胞子の色も黒ではなく、うっすらとグレイがかった色らしい。冒頭の写真の色は、胞子ではなく、あくまで菌自体の色である。
次に、学名について。アスペルギルスとは、アスペルギルス属のカビ菌だというぐらいの説明にさせて頂き、その後についてる、種の名前「アワモリ」、「カワチ」、「オリゼ」について。
まず、「オリゼ(黄麹)」は、米についている麹菌として、イネの学名“Oryza”をつけたらしい。(←これは私がネットで調べた) 日本酒、味噌などに使われます。また、「アスペルギルス・オリゼ」は、日本の国菌として認定されているとのこと。そして順番としては次に、「アワモリ(黒麹)」。その名のとおり、沖縄で泡盛用の麹として使われる。そして、「カワチ(白麹)」。そう、「河内源一郎商店」という社名にもある、「アスペルギルス・カワチ(白麹)」は、河内源一郎さんが発見した麹菌だ。それが1924年(大正13年)。それまで九州で作られる焼酎には、日本酒用の黄麹が使われていたらしい。黄麹は、(10℃ぐらいだったかな)何しろ黒麹や白麹に比べて、醸造時の適温が低い。だから、気温が比較的高い九州では、いくら蒸留するといってもモロミが発酵というより腐敗することが多かった。そこで、河内源一郎さんは、泡盛のモロミが腐敗しないことに注目し、「アワモリ」(黒麹)を調べていたら、その突然変異種として、黒くない「カワチ(白麹)」を発見したというのだ。この「カワチ(白麹)」は、「アワモリ(黒麹)」よりまろやかな味の焼酎になるとのこと。しかし、その発見当時、九州では「オリゼ(黄麹)」から「アワモリ(黒麹)」に切り替わっていたため、「カワチ(白麹)」が注目を浴びるのはその発見の20年後(?不確かだがそのぐらい)だったらしい。
思えば、昔。昔って言ったって、私の若い頃、臭ーい焼酎というのがあった。想像だけど、その焼酎は、黄麹を使っていたのかも知れない。もう何年前か、焼酎ブームがあり、今も焼酎は大人気だ。あれは当時明らかに焼酎が格段においしくなったからだ。それはこの「カワチ(白麹)」の発見が大きかったことは確かです。すごいです、河内源一郎さん、そして河内源一郎商店。
ざっとここまで書いてみたものの、実はまだ私が書きたい核心に触れてない。次は、麹菌の「味」について書いてみたい。
先月のことだが、麹のレクチャーを聴いた。1月23日のエントリ神田「みますや」は、そのレクチャーに行く前に寄った店だった。という訳で、本題の麹菌。
講師の方は、鹿児島の河内源一郎商店の池田社長。こう言っては、プロの方々に対して失礼のような気もするが、麹の話しはあまりに面白い。
まずは、冒頭の写真だが、左から、
黒麹の種菌(学名:アスペルギルス・アワモリ)
白麹の種菌(学名:アスペルギルス・カワチ)
黄麹の種菌(学名:アスペルギルス・オリゼ)
まずは、写真で分かりやすい、色について。
黒麹の黒色は分かりやすいが、白麹は白色ではなく、茶色だ。白麹は、あくまで黒麹に対して、「黒くない」ということから、白麹と呼ばれるようになった。そして、一番右の黄麹は黄緑色。私たちが一番目にすることの多い、味噌や甘酒用の麹がこの黄麹なのだが、それって白いでしょ。私は、その白い麹が白麹だと思っていたが、それは全くの誤解であった。麹菌はどれも発芽すると最初はたくさんの胞子を作る(2〜3日後)。そしてやがてその胞子が新たな菌になるらしい(約一週間後)。味噌や甘酒用の麹が白いのは、それは黄麹の胞子の色であって、菌自体の色ではないということだ。だから、例えば黒麹の胞子の色も黒ではなく、うっすらとグレイがかった色らしい。冒頭の写真の色は、胞子ではなく、あくまで菌自体の色である。
次に、学名について。アスペルギルスとは、アスペルギルス属のカビ菌だというぐらいの説明にさせて頂き、その後についてる、種の名前「アワモリ」、「カワチ」、「オリゼ」について。
まず、「オリゼ(黄麹)」は、米についている麹菌として、イネの学名“Oryza”をつけたらしい。(←これは私がネットで調べた) 日本酒、味噌などに使われます。また、「アスペルギルス・オリゼ」は、日本の国菌として認定されているとのこと。そして順番としては次に、「アワモリ(黒麹)」。その名のとおり、沖縄で泡盛用の麹として使われる。そして、「カワチ(白麹)」。そう、「河内源一郎商店」という社名にもある、「アスペルギルス・カワチ(白麹)」は、河内源一郎さんが発見した麹菌だ。それが1924年(大正13年)。それまで九州で作られる焼酎には、日本酒用の黄麹が使われていたらしい。黄麹は、(10℃ぐらいだったかな)何しろ黒麹や白麹に比べて、醸造時の適温が低い。だから、気温が比較的高い九州では、いくら蒸留するといってもモロミが発酵というより腐敗することが多かった。そこで、河内源一郎さんは、泡盛のモロミが腐敗しないことに注目し、「アワモリ」(黒麹)を調べていたら、その突然変異種として、黒くない「カワチ(白麹)」を発見したというのだ。この「カワチ(白麹)」は、「アワモリ(黒麹)」よりまろやかな味の焼酎になるとのこと。しかし、その発見当時、九州では「オリゼ(黄麹)」から「アワモリ(黒麹)」に切り替わっていたため、「カワチ(白麹)」が注目を浴びるのはその発見の20年後(?不確かだがそのぐらい)だったらしい。
思えば、昔。昔って言ったって、私の若い頃、臭ーい焼酎というのがあった。想像だけど、その焼酎は、黄麹を使っていたのかも知れない。もう何年前か、焼酎ブームがあり、今も焼酎は大人気だ。あれは当時明らかに焼酎が格段においしくなったからだ。それはこの「カワチ(白麹)」の発見が大きかったことは確かです。すごいです、河内源一郎さん、そして河内源一郎商店。
ざっとここまで書いてみたものの、実はまだ私が書きたい核心に触れてない。次は、麹菌の「味」について書いてみたい。
2015年2月13日金曜日
タンソンニャットのタクシー、2015年
去年の3月、「タンソンニャットのタクシー」というエントリを書いた。ベトナム、ホーチミンのタンソンニャット国際空港のタクシー事情の変遷を、十数年前から去年3月まで書いた。なぜ書いたかというと、それで一段落と思ったからだ。しかし、現実は違った。
3週間前、私は成田からタンソンニャット国際空港へ降り立った。私は、すっかりそのエントリで書いたとおりの状況を想像していたので、去年同様、“Mai Linh”のタクシー乗り場へ向かった。すると、去年は誘ってくれた“Mai Linh”の案内役の人がいない。そして肝心の“Mai Linh”タクシー自体が乗り場にいない。何となく、不安を感じた。7〜8分ほど待っていると、一台の“Mai Linh”が来た。すると、どこからともなく、“Mai Linh”の案内役の男性が現れ、去年と同様に、タクシーの番号などか書かれた“Mai Linh”の緑色のカードを手渡された。そのカードをもらって、私は去年を思い出し、私の選択は間違ってなかったと思い直した。
しかし、そのタクシーに乗り、行き先を告げると、状況は一気に変わった。行き先は、この空港とホーチミンの中心地とのちょうど中間地点ぐらいだった。つまり、このタクシーにとって、平均的な乗車距離の半分だ。もちろん私はそれを承知しているから、こういうときは若干だがチップを渡す。去年3月のエントリでも少し触れたが、この空港の各タクシー会社の乗り場には、各社1台しか停められない。1台が客を乗せて出発すると、待機していた同じ会社の1台が乗り場へとつける。つまり、各タクシーは、一定の時間を待たなければ、この空港からの乗客を乗せられない。去年ぐらいから始まったこのシステムについて、私はもちろん知っている。
「ナッ、ニー、そんな近いのか!」
「オレは何時間、あっちで待機してたのか知ってるか!」
「あー、おれは何と不幸なんだ!」
「きょうは最悪の日だ!」
「そしてお前は、何と悪いやつか!」
「そんな近くに行くのに、タクシーなんか乗るな、バカやろー!」
その罵声は止まらない。実は私は、ここまでのベトナム語は分からない。でも、この運ちゃんがこう言ってることは、手に取るように分かった。最初は、私も「悪いね」という気分だったが、15分ほどの乗車時間の間、ずぅーと、信号で停まっては、後部座席にいる私に振り向き、怖い顔して親指を下に向ける。走り出しても、口は止まらない。そして、目的地に着いても、車を降りて罵声を飛ばし続ける。6万ドンぐらいの料金だったところを、8万ドン払っても何も変わらない。最後は、「この野郎、お前の都合に合わせて、オレの行き先を変えろって言う気か!」と、さすがにむかついてきた。
まー、確かにボッタクリではない。
去年3月のエントリを読んでもらえれば分かるが、昔は、涼しい顔して10倍のボッタクリが横行してたこともあったのだから、いくらかマシか。それにしても、6時間飛行機に乗ってベトナムに着いて、「あー、やっと着いたー」ってところで、これだからね。気も滅入る。
その2〜3日後、地元民にこの“Mai Linh”タクシーのことを話すと、その理由を教えてくれた。去年の初め頃までは、紳士なタクシー会社の筆頭の“Mai Linh”だった。客にも人気になり、台数はどんどん増え、業績をどんどん伸ばしたと言う。そこまではよかったのだが、去年の中頃になって、その“Mai Linh”の経営者が不動産や株に手を出して失敗したことが明るみになったらしい。その経営者は、会社を手放した。その後は、紳士なサービスを売りにするようなことはなく、“Mai Linh”タクシーの車両は、各運転手たちに引き継がれ、彼らは“Mai Linh”という会社の統率なく、個人営業のようになったらしい。だから、緑色のカードに書いてあるタクシーの番号で、“Mai Linh”に苦情を電話しても、去年までのように反映されることはなく、「はいはい、気をつけます」と言われるだけで、何の意味もないらしい。まるで漫才のネタのようだ。
そう言われて、ホーチミンの町を走っているタクシーを眺めると、確かに緑の“Mai Linh”の数は圧倒的に減った。変わって台頭したのが、“Vinasun”だ。去年の3月に書いたエントリでも触れているが、数年前から“Vinasun”も決して悪くない。実際私もよく使う。
という訳で、去年書いた「タンソンニャットのタクシー」からはすでに事情が変わった。今は、“Vinasun”ということで。ベトナム・ホーチミンに行かれる方は、間違わないでくださいね。
で、1週間のベトナム滞在が終わる頃(今から2週間前)、“Vinasun”タクシーに乗ってて、妙なものに気がついた。それが下の写真。
これは“Vinasun”の後部座席左側のドアの内側。写真右側の白い部分は私の左太もも。写真中央にポチッとしたの分かりますか? こっから赤外線が出ているらしく、この反対側の右側のドアの内側にも同じポチッとしたのがある。つまり、これによって、客が乗っているかいないかが分かる仕掛けになっている。これは何のためにあるのか、分かりますか? ・・・・これはタクシーの運ちゃんの不正防止のためだそうです。客が乗っているにもかかわらず、メーターを倒さずして走り、それなりの金額を客からもらってポッケにしまう。これは雇われの運ちゃんの常套手段とも言えよう。あくまでベトナムではです。つまり、あまりに悪さをすると、この赤外線はメーターと連動していて、会社にばれる、ということらしい。会社の管理が行き渡り過ぎているのもどうかというケースもあるので、手放しで「すばらしい」とは言い切れないが、まー、これも“Vinasun”タクシーです。
最後に、誤解しないでもらいたいこと。冒頭で、今回の“Mai Linh”の運ちゃんの悪態を書いたけど、気をつけなくてはいけないのは、あくまでタンソンニャット空港を出発するタクシーです。普通に町中を走っているタクシーにああいう運ちゃんは稀だということです。先日の出張時でも、長距離で乗ったタクシーの運ちゃんなんかは、途中でガイドをしてくれたり(ベトナム語だけど)、休憩中に飲み物をおごってくれたりなど、笑顔も素敵な運ちゃんでした。
それにしても、タンソンニャット空港のタクシー事情は、また一年すると変わっているのかなぁ〜。万物流転。物事は決めつけちゃいけない。決めつけることが、間違いの始まりだ。
3週間前、私は成田からタンソンニャット国際空港へ降り立った。私は、すっかりそのエントリで書いたとおりの状況を想像していたので、去年同様、“Mai Linh”のタクシー乗り場へ向かった。すると、去年は誘ってくれた“Mai Linh”の案内役の人がいない。そして肝心の“Mai Linh”タクシー自体が乗り場にいない。何となく、不安を感じた。7〜8分ほど待っていると、一台の“Mai Linh”が来た。すると、どこからともなく、“Mai Linh”の案内役の男性が現れ、去年と同様に、タクシーの番号などか書かれた“Mai Linh”の緑色のカードを手渡された。そのカードをもらって、私は去年を思い出し、私の選択は間違ってなかったと思い直した。
しかし、そのタクシーに乗り、行き先を告げると、状況は一気に変わった。行き先は、この空港とホーチミンの中心地とのちょうど中間地点ぐらいだった。つまり、このタクシーにとって、平均的な乗車距離の半分だ。もちろん私はそれを承知しているから、こういうときは若干だがチップを渡す。去年3月のエントリでも少し触れたが、この空港の各タクシー会社の乗り場には、各社1台しか停められない。1台が客を乗せて出発すると、待機していた同じ会社の1台が乗り場へとつける。つまり、各タクシーは、一定の時間を待たなければ、この空港からの乗客を乗せられない。去年ぐらいから始まったこのシステムについて、私はもちろん知っている。
「ナッ、ニー、そんな近いのか!」
「オレは何時間、あっちで待機してたのか知ってるか!」
「あー、おれは何と不幸なんだ!」
「きょうは最悪の日だ!」
「そしてお前は、何と悪いやつか!」
「そんな近くに行くのに、タクシーなんか乗るな、バカやろー!」
その罵声は止まらない。実は私は、ここまでのベトナム語は分からない。でも、この運ちゃんがこう言ってることは、手に取るように分かった。最初は、私も「悪いね」という気分だったが、15分ほどの乗車時間の間、ずぅーと、信号で停まっては、後部座席にいる私に振り向き、怖い顔して親指を下に向ける。走り出しても、口は止まらない。そして、目的地に着いても、車を降りて罵声を飛ばし続ける。6万ドンぐらいの料金だったところを、8万ドン払っても何も変わらない。最後は、「この野郎、お前の都合に合わせて、オレの行き先を変えろって言う気か!」と、さすがにむかついてきた。
まー、確かにボッタクリではない。
去年3月のエントリを読んでもらえれば分かるが、昔は、涼しい顔して10倍のボッタクリが横行してたこともあったのだから、いくらかマシか。それにしても、6時間飛行機に乗ってベトナムに着いて、「あー、やっと着いたー」ってところで、これだからね。気も滅入る。
その2〜3日後、地元民にこの“Mai Linh”タクシーのことを話すと、その理由を教えてくれた。去年の初め頃までは、紳士なタクシー会社の筆頭の“Mai Linh”だった。客にも人気になり、台数はどんどん増え、業績をどんどん伸ばしたと言う。そこまではよかったのだが、去年の中頃になって、その“Mai Linh”の経営者が不動産や株に手を出して失敗したことが明るみになったらしい。その経営者は、会社を手放した。その後は、紳士なサービスを売りにするようなことはなく、“Mai Linh”タクシーの車両は、各運転手たちに引き継がれ、彼らは“Mai Linh”という会社の統率なく、個人営業のようになったらしい。だから、緑色のカードに書いてあるタクシーの番号で、“Mai Linh”に苦情を電話しても、去年までのように反映されることはなく、「はいはい、気をつけます」と言われるだけで、何の意味もないらしい。まるで漫才のネタのようだ。
そう言われて、ホーチミンの町を走っているタクシーを眺めると、確かに緑の“Mai Linh”の数は圧倒的に減った。変わって台頭したのが、“Vinasun”だ。去年の3月に書いたエントリでも触れているが、数年前から“Vinasun”も決して悪くない。実際私もよく使う。
という訳で、去年書いた「タンソンニャットのタクシー」からはすでに事情が変わった。今は、“Vinasun”ということで。ベトナム・ホーチミンに行かれる方は、間違わないでくださいね。
で、1週間のベトナム滞在が終わる頃(今から2週間前)、“Vinasun”タクシーに乗ってて、妙なものに気がついた。それが下の写真。
これは“Vinasun”の後部座席左側のドアの内側。写真右側の白い部分は私の左太もも。写真中央にポチッとしたの分かりますか? こっから赤外線が出ているらしく、この反対側の右側のドアの内側にも同じポチッとしたのがある。つまり、これによって、客が乗っているかいないかが分かる仕掛けになっている。これは何のためにあるのか、分かりますか? ・・・・これはタクシーの運ちゃんの不正防止のためだそうです。客が乗っているにもかかわらず、メーターを倒さずして走り、それなりの金額を客からもらってポッケにしまう。これは雇われの運ちゃんの常套手段とも言えよう。あくまでベトナムではです。つまり、あまりに悪さをすると、この赤外線はメーターと連動していて、会社にばれる、ということらしい。会社の管理が行き渡り過ぎているのもどうかというケースもあるので、手放しで「すばらしい」とは言い切れないが、まー、これも“Vinasun”タクシーです。
最後に、誤解しないでもらいたいこと。冒頭で、今回の“Mai Linh”の運ちゃんの悪態を書いたけど、気をつけなくてはいけないのは、あくまでタンソンニャット空港を出発するタクシーです。普通に町中を走っているタクシーにああいう運ちゃんは稀だということです。先日の出張時でも、長距離で乗ったタクシーの運ちゃんなんかは、途中でガイドをしてくれたり(ベトナム語だけど)、休憩中に飲み物をおごってくれたりなど、笑顔も素敵な運ちゃんでした。
それにしても、タンソンニャット空港のタクシー事情は、また一年すると変わっているのかなぁ〜。万物流転。物事は決めつけちゃいけない。決めつけることが、間違いの始まりだ。
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