一ヶ月ほど前の朝一番で、我が借家の一階にある客間に泊まっていた義姉が、「夕べ、でっかいクモがいてビックリした」と、やや慌て気味に言った。10cm以上は優にあったらしく、彼女は自分でネットで調べ、「おそらくだけど、アシダカグモではないか?」ということだった。アシダカグモは、しばしば家の中に住み、ゴキブリなど家の中の虫を食べるらしい。益虫と言える。ただ、10センチ以上となると、存在感が結構あって、単純に益虫と思うのも、人によっては難しいかも知れない。
そして、その1〜2週間後の早朝5時頃、高3の娘が「でっかいクモがいるよ。起きてよ」と熟睡中の私を起こした。普段、彼女はゴキブリを発見すると、すぐに私に知らせる。つまり私は退治役なのだが、「こんな時間に退治かよ」と思った私は、これくらいで起きたくなかったので、「んー」と気のない返事をして、再び眠りに落ちた。
そして本格的な起床後、彼女にそのクモの話を詳しくきいた。二階に寝ていた彼女は、朝方トイレに起きたついでに、喉が渇いたからと、一階のキッチンの冷蔵庫へ向かったらしい。すると、キッチンの床に、そのでっかいクモ。もちろん、一ヶ月前の義姉が見たアシダカグモらしきクモの話を思い返していたが、義姉の話より、足が太く身体はモコモコしていたらしい。そこで、このチャンスを逃したら次はいつになるか分からないので、(退治して欲しいということではなく)まずは私に見せたいということだった。
「ん? 足が太くて、身体がモコモコ?」
私はタランチュラを思い起こした。タランチュラとなると、私が真っ先に思い起こすのは、昔観た映画のワンシーンだ。映画の名前や内容は覚えてないのだが、1分間ぐらいのそのシーンだけが忘れられない。たぶん西部劇だったと思う。
靴を履いたまま仰向けにベッドに横たわっている屈強なガンマン。はたと気づくと、タランチュラが彼のスネに乗ろうとしている。彼は金縛りにあったように、身体を微動だに出来なくなる。額には玉の汗が吹き出し、タラリとしたたる。タランチュラは至ってゆっくりとしか動かない。無音の時間がやたらとゆっくり流れ、30秒が1時間のようだ。すると、タランチュラは、スネの上からベッドのシーツの上へとゆっくり降りる。と、その瞬間。彼はベッドのサイドテーブルにあった拳銃を素早く掴み、そのタランチュラを撃つ。もちろん一発で命中。彼は大きく息をひとつつき、額の汗を拭う。
この話を家族にすると、みんな怖がり始めた。最近は、日本にいない爬虫類や虫など、近所には内緒でペットとして飼ってる人がいるから、そのクモがタランチュラである可能性も100%否定することは出来なかった。益虫のアシダカグモか? それとも、もしかしたら猛毒のタランチュラか?
しかーし、今どきだからネットで検索。すると、そのイメージに反して、タランチュラはたいした毒ではないらしいことが分かった。「死亡例はない」という記述も。
ということは、たとえ逃げ出したペットのタランチュラであっても恐れることはなく、無論、アシダカグモの可能性の方がよっぽど高いが、アシダカグモはゴキブリを食べてくれる。という結論に至った。カミさんからは「事実無根の脅かす話をするあなたが悪い」と怒られるし、普段ゴキブリを恐れている娘も、「いくらでかくても、ゴキブリ食べてくれるんなら、全然オッケーじゃん。むしろ、ウチに住んでて欲しい」と言い出し、これからはそのクモ様を守っていこうということになった。
こうしてすっかり風向きが変わった2〜3日前、カミさんが洗面台のすぐ横で、でっかいクモ様を見つけた。それが冒頭の写真。大きさは、だいたい広げた足の先から先までが15センチぐらいか。私はこのとき就寝前の歯磨きをこの洗面台でしたかったのだけど、どういう訳か、クモ様は動かない。しびれを切らした私は、20センチぐらいしか離れてないところに立って、歯を磨きながら、「頼むから、オレのスネの上に乗ってくるなよ」と心の中で呟いた。