2018年11月13日火曜日

タンドールへの道・その7(タンドリーチキン編)

 先のエントリ、「タンドールへの道・その6(ナン)」のお次は、タンドリーチキンだ。まず、タンドリーチキンの漬け汁はこんな感じのレシピ。5〜6時間漬けた。
  • ヨーグルト
  • ニンニクと生姜(すりおろしたもの)
  • カレーのスパイス(クミン・コリアンダー・ガラムマサラ・ターメリック・チリ)
  • レモン汁
  • 塩少々
タンドリーチキンがしばしば赤いのは、パブリカだと思うが、それはあいにく家になかったので省略。あと、チキンは、その日冷凍庫にあったモモ肉を使った。「タンドールへの道・その1」で見学させてもらったパキスタン料理店のシェフの説明では、「シーク(串)1本で、鶏一羽分の肉を刺す」と語っていた。いいですね。ちょうど一羽分が1本というのは。一物全体的でもあるし、余すところなくというのが。鶏一羽の命を食べという実感がより湧くように思う。ただ、このモバイル・タンドールの場合は、小さいので一羽分というわけにはいかない。シークの長さは45センチ。実際にチキンを刺しておける幅は15センチほどになる。

ということで、鶏のモモ肉の塊を2つ刺したシークをタンドールに入れたところが下の写真。ひとつの塊の大きさは、鶏の唐揚げ2つ分ぐらいの大きさ。このタンドールでは、このぐらいが適量と思う。これをシーク2本はいける。


ナンと違い、タンドリーチキンは、焼いている間、鶏の脂が落ちるので、ケムケムになる。したがって、タンドリーチキンを焼きながらナンを焼くのは止めといた方がいいと思う。フルサイズの本物のタンドールではどうしているのだろう。大きいと大丈夫なのだろうか。何しろ、タンドリーチキンを焼いているときの、タンドールはこんな感じで、煙モクモク。


蓋を取るとこんな感じのモクモク。


そして、焼き上がったタンドリーチキンは下。


ナン同様、とてもいい焼き上がり。火の通り具合が実にいい。この串刺しになったモモ肉を見て、お気づきであろうか。全体的に火が通っていて、焦げ目も片方に寄っているということもない。このシーク(串)は、タンドール内で立った状態でで焼かれている。つまり、上の写真で言うと、右がタンドール内の下の方で、左が上の方。私は焼く前、直火に近い下の方と、上へ行く熱気とで、どっちの方が温度が高いものだろうか? と考えていた。答えは、だいたい同じなのだ。私の想像になるが、下の方は、炭火に近いから熱く、上の方は、熱気が溜まるから熱い、そしてこの焼き上がったタンドリーチキンを見ると、同じぐらい熱いことが分かる。すばらしい。ただ、炭火に近い下の方は、炭火から10センチは離した方がいいと思う。例えば5センチとかだと、さすがにそこだけ先に焦げる気がする。

いや〜、改めて思う。タンドールとは、何と素直な窯なんだろう。今回、これを作り、使ってみて、素直さが魅力の素敵な人に出会ったような気分になった。

タンドールへの道・その1」でも書いたように、タンドールを見学させてもらって、非常に熱効率がよさそうと思った。その理由は、熱気が上に向かう性質をそのまま利用した窯の構造にある。・・・・と言うか、窯ってのは、元々はこれだったんじゃないかと思った。タンドールには煙突がない。(煙突を内包している構造とも言えるのだが) おそらく煙突のないタンドールが先で、その後、発展型として、窯の床に素材を置けるように、煙突を付けた薪窯やオーブンが考案されたのだと思う。その発展(便利)の分、燃費は悪くなる。薪窯や薪ストーブを焚くと、煙突も熱くなるが、その熱もタンドールは自分の熱にしてしまっている。薪窯や薪ストーブの煙突には、通気量を調整する弁(ダンパー)が付いてることがある。タンドールの場合、その弁は蓋そのものになので調整が非常に容易だ。薪窯やオーブンは、焼きたいパンの形や料理に合わせて作られた窯。一方、このタンドールってやつは、窯にパンの形や料理法を合わせる。だから、熱効率が断然いいとなる。

人間で言えば、素直な人ほど魅力的だ。いろんなことが出来る人の魅力というのもあるが、素直さの魅力にはかなわない。今回私は、タンドールを作って、使ってみて、タンドールのような人になりたくなってしまった。

2018年11月12日月曜日

タンドールへの道・その6(ナン編)


タンドールが出来ると、すぐにでも使ってみたくなるってぇのが人情ってもんだぁな。上の写真は、焼きたてナン。タンドールが小さい分、ナンも小さくなるものの、とてもうまく焼けた。大きさは、男性の手の平ぐらい。子供たちもパクパク食べてた。

タンドール完成に至った日は、日曜日。朝からカミさんにお願いして、ナンの生地とタンドリーチキンの漬け汁を作ってもらった。ナンは、酵母で発酵させるし、タンドリーチキンも、汁に漬けとく時間が長い方がいいので、仕込みは数時間前が望ましい。

さてさて、まずは、タンドールに点火。

炭起こしで、炭に火を点けて、ロストルの底網の上にせる。炭の量は、炭起こし1杯分、男の両手で一杯分ぐらい。炭は、ホームセンターで売っているバーベキュー用。「日持ちがいい」と外箱に書いてあるが、だいたい日本の楢の炭に近いか劣るぐらいの火持ち。日本の楢炭と違うのは、ちゃんと炭化してないので、焚き始めに、煙がモクモク出ることと炭の大きさが極端にバラバラなこと。でも、タンドールには全く支障がない。煙モクモクもしばらくすると落ち着いた。

まずは、下の空気孔の窓を2センチぐらい開けて、上の蓋を1センチぐらい開けた。上の蓋の1センチは横長になるので、概ね下の空気孔2センチの面積と同じぐらいと思った。焚き始めなので、本当は、下の空気孔は全開でもよかったかも知れないが、実はこの後、私はプールへ泳ぎに行ったので、時間稼ぎで2センチにしてみた。1時間ほどして帰宅すると、タンドール君はしっかり熱くなってくれている。そして、中の炭火を覗くと、まだ半分も燃えてない。これはさすがタンドール様だ。立川のパキスタン料理店のタンドールを見せてもらった折に思ったとおり、燃料の量に対しての熱効率(燃費)が極めていい。これだけ炭が残っていればと思い、もう1時間、このままタンドール様を温め続けることにした。

そしてさらに1時間後。貝殻を貼った上面の耐火モルタル、米びつの胴体、米びつの底も熱くなっている。よ〜しと、ナンを焼き始める。焼いてる写真が下。焚き方は、今後の研究課題だ。もっと効率のいい焚き方があると思っている。


種明かしすると、これは実はうまく行きだした3枚目。1枚目は、ただただテキトーにやってみたのだが、生地をタンドールの内壁にくっつけたつもりが、バラバラになって炭の上に落っこちて、炭まみれになってしまった。また焼く前に生地をのばすとき、手に生地がくっついてうまくのばせず、生地の厚みにムラが出てしまい、バラバラになりやすくなっていた。

課題は2点。
うまく壁にひっつかない。生地がうまくのばせない。・・・・考える。

少し考えたら、アンコ(中身)を布にくるんだ巾着を平たくしたようなものを、タンドール料理人が使っているのを思い出した。「アンコ(中身)を布にくるんだ巾着を平たくしたようなもの」とは、下の写真のようなもの。


これは、半分ぐらいの古タオルをアンコ(中身)にしてサラシ布でくるみ、巾着状にしたもの。(仮にこれを「巾着パンチ」と呼ぶことにする) 本当は、もっとアンコが硬めの方がいいと思うが、とりあえず、この日は即席でこれを使う。で、この使い方。まず、平らにのばしたナンの生地を、手で一度タンドールの内壁にくっつける。1回目は、この数秒後、少しずつナンが壁から剥がれ始め、バラバラになりながら、炭の上に落っこちたのだが、今回は、手で内壁にくっつけた直後に、この「巾着パンチ」で生地をポンポン何度か押して、タンドール内壁に押しつけた。最初っから、「巾着パンチ」に生地をのっけて内壁にポンとひっつければよさそうなものだが、慣れない私は、狙いを定めないとならず、狙いを定めていると、手の甲が耐えられないほど熱くなった。なので、手がタンドールの中に留まる時間を最短にするため、最初はパッと素手で内壁にくっつけるだけにし、その後すぐに「巾着パンチ」で、フォローして3度ぐらいポンポンと押して内壁にひっつけた。ただし、この2回目は、生地をムラなくのばすため、生地の両面に打ち粉をしていた。

打ち粉をしたので、手にひっつくことなく、生地は確かにうまくのびたのだが、タンドール内壁にも、ひっつかず、再び生地が炭火に落下して失敗。でも、「巾着パンチ」は、使えそうと感じた。あとは、いかに生地をうまくのばすかだ。私は、麺棒を使って、チャパティの生地を丸く均一にのばすのは得意な方と思っているのだが、このナンはちょっと勝手が違う。チャパティは、ノシ板にも麺棒にも生地がひっつかないように、(蕎麦やうどんのように)生地の両面に打ち粉をして、麺棒でのばす。チャパティは基本的に両面を鉄板で焼くからこれでいい。だが、ナンは、チャパティのように両面に打ち粉をしてしまうと、ノシ板や麺棒にひっつかないと同時にタンドールの内壁にもひっつかなくなる。片面は「巾着パンチ」で押すので、打ち粉をした方がいいのだが、タンドールの内壁にひっつかせる面は、打ち粉をしてはならない。打ち粉をしないで、どうやって生地をのばすか。

また、・・・・考える。

油だ。と思った。何となく、タンドール料理人の手が、油でテカっているような気がしてきた。勘違いか? まあ、やってみよう。最初に、ノシ板に打ち粉をして、その上に生地を置き、薄っすら油を塗った両手で生地の上面をのばす。下面は打ち粉で台にひっつかない。上面は油で手にひっつかない。チャパティは麺棒でのばすから、円形になるが、ナンは大概、長い二等辺三角形の形をしている。その理由が分かった気がした。麺棒を使わず、(油を塗った)両手でのばすとこの形になるんだ。その説に確信はないものの、「巾着パンチ」と両手に薄っすら油を塗って生地をのばした3回目からは、上手に焼け始めた。サイズは、本家のタンドール・ナンより小さいものの、この日は計8枚焼いた。また、1枚焼く時間は、2分〜3分ぐらい。これは無論、タンドールの温度にもよる。1枚焼き始め、それが焼き上がる前にもう1枚焼くのも可能。試してないが、タンドールの内壁の面積からすると、3枚まではいけると思う。

あと、焼いている間、下の空気孔は1センチ開けて、上の蓋もそのぐらいの面積開けた状態にしていた。温度を上げたければ、下の空気孔をもっと開けた方がいいだろう。一時的に上の蓋を100%閉めてしまって、陶芸の窯で言うところの還元状態にして、グッと温度を上げるのも手かも知れない。このへんは今後の課題。

また、いいことばかりではない。タンドールが小さいせいで、ナンのサイズが小さくなることは仕方ないにしても、先ほども少し触れたが、もう一点。ナンをタンドール内壁にひっつける際、小さいせいで、チンチンに熱くなっている炭火と手の距離が必然的に近くなる。つまり手が熱い。溶接用の革手袋でもするか。いやいや、いちいち手袋を付けたり取ったりは煩わしい。それよりは、今は、熱さに慣れ、また作業にも慣れて手際よくなり、素手で出来ちゃうようになる方向でいこうと思う。

と言うわけで、課題は残るものの、めでたく、おいしいナンが焼き上がった。輻射熱ということだろうか、火の通り加減が実にいい。全体的に火が通っていると同時に、外がパリッとで、中がフワッとということです。焼き上がりの様子は、次のエントリでも触れる。

ナンの次は、タンドリーチキンだ。

2018年11月9日金曜日

タンドールへの道・その5(施工#3完成まで)

先のエントリでは、タンドール本体の下部分にあたる植木鉢を米びつ内に固定した。きょうはタンドール施工のいよいよ最終段階だ。

まずは、下の写真のように、固定したタンドール本体の下部分の植木鉢を、真ん中が高くなるようポリ袋で覆って、米びつと植木鉢の間にバーミキュライトを流し込む。


9割方流し込んだところで、はんぺんレンガの切れ端の駒(幅3センチぐらい)を等間隔に3箇所、米びつ内側と植木鉢外側の間にはさんで固定する。写真では分かりにくいが、このとき駒の下半分が植木鉢にかかっている。上半分は、この後この上にのっかる植木鉢にかかることになる。つまり、この駒で、上下の植木鉢両方を固定させる。次に、耐火モルタルを植木鉢のフチに盛る。駒の上半分の部分にも盛る。この部分は結構高温になるので、ここで盛った耐火モルタルは硬く固まり、駒は固定されると想像している。(下写真)


この後、上写真の耐火モルタルの上に、もう一つの植木鉢をのせることになるのだが、ここで注意しなきゃ〜ならないことがある。のせる前に必ず、ロストル底網を下の植木鉢に入れておくことだ。私は、うっかり入れ忘れた。逆山椒魚状態で「入れない〜」。上の植木鉢をしっかり設置したにも関わらず、外さねばならない事態に陥った。このときはさすがに凹んだ。本当にアホ。アホ過ぎの失敗談なので、わざわざ注意喚起するほどのことではないかも知れないが、せっかくの失敗なので、役に立つようなことがあれば幸いだ。

でまぁ、くどいが「底網を入れた後」、上の植木鉢をのせて、グッと押しつけて密着させ、上下の植木鉢の境目の内側と外側を耐火モルタルをなでるようにこすりつける。必要に応じて耐火モルタルを足す。


そして、この上にさらにバーミキュライトを充填したところが、下の写真。バーミキュライトは、18リットル入り袋で500円なのだが、1袋ではちょっと足りなかった。1袋と1/4使った。


この上に、耐火モルタルを盛ってコテで平らにして完成。というのが当初の予定だったのだが、まーた気がかりなことを発想してしまった。このタンドールを使い始めると、その平らにした耐火モルタルは、乾燥してヒビだらけになるだろう。そして、そのヒビだらけの耐火モルタルはやがて、ボロボロと取れまくるんじゃないかとの想像が私の頭ん中を駆け巡った。耐火モルタルを厚く塗ることも考えたが、重くなるのも嫌だ。

どうしよう。

しばらく考えて、「タイルみたいなもの」を貼れば、いくらかいいように思った。タイル? 最初に思いついた「タイルみたいなもの」は、目の前に転がっているレンガだった。レンガをスライスすれば「タイルみたいなもの」になると。でも、仕上がりとして、ここにスライス・レンガを貼ると、素焼きの植木鉢の色と似ているのであまり美しくないと思ったし、レンガをスライスするのは、レンガの粉が舞うのもちょっと嫌だ。カインズホーム昭島店では、「タイルは置いてません」と言われるし、ジョイフル本田瑞穗店には、貼りたいようなタイルはなし。

再び、どうしよう。

そこで思いついたのが、石。私は数十個の石のコレクションがある。でも「タイルみたいな」石はないし、そもそも、石は重い。次に考えついたのは、貝殻。これもいくらかベトナム・カンホアで集めたコレクションがある。でもやはりなかなか「タイルみたいなもの」がない。そこでカミさんに相談すると、「それなら、私がこないだ鳥取の海岸で拾った二枚貝の貝殻がある」とのこと。試しに、バーミキュライトの上に並べてみたら、大きさと数がちょうどいい。ちょっとフェミニンな感じの貝殻なのが気になったが、ここは彼女に敬意を表して、これにした。あと、ひとつ四角い飾りレンガを空気孔の位置に置いたが、これもカミさん所有のもの。

そして、空気孔の反対側の米びつの上端に数センチの切り込みを入れた。これは上面の掃除の際の吐き出し口。あと、植木鉢を1センチほど出っ張らせているのは、余計なゴミが中に入りにくくしたのと、平らな蓋がピッタリと閉まるように。

ということで、これで完成。


タンドールの蓋(セラミックの取っ手付き)をのせると、こんな感じ。今どきは、こんなシャレオツな取っ手が売ってる。カインズホーム昭島店で、500円ぐらい。ウラに細いボルトが埋まってて、ナットで止めるように出来ている。米びつの蓋を閉めるとき、この真鍮の蓋は裏返して、高さ3〜4センチの取っ手がタンドールの中を向き、1センチ出っ張ったボルトの裏面が上になる。


次に、米びつの蓋を閉めると、こんな感じ。この米びつ、少々高かったが、ちゃんとデザインされていて、今さらながら、見てくれもペール缶よりよかったように思うのだけど、いかがでしょう?


細かいことだが、この蓋の取っ手の周りが1センチほど凹んでいる。この凹みのすぐ下には丸い蓋の裏のボルト(1センチ高)。その間隔は1センチないぐらい。ここをピッタリにするために、「タンドールへの道・その4(施工#2)」で、先行して蓋を作ったり、植木鉢の上端を1〜2センチ削ったりしたというワケです。全体の重さは、持った感じでは、25キロぐらいか。

あと、大事な備品を忘れていた。インドではシークというらしいが、タンドリーチキンを焼くときにチキンを刺す串だ。これは、ジョイフル本田瑞穗店。直径9mm・長さ91センチの鉄製の丸棒。1本176円を2本購入。ちょうど半分に切った45センチぐらいがこのタンドールにちょうどいい長さで、4本になる。イメージとしては、2本ずつ焼いて、残り2本はスタンバイ用。この先っちょをグラインダーで鉛筆のように削って、刺しやすくする。


あと、この直径9mmを、やけに太いと感じるかも知れない。私がこの太さを選んだのは、「タンドールへの道・その1」で見学させてもらったパキスタン料理店のシーク(串)が、ちょうどこのぐらいの太さだったからなのだが、このぐらいがいいようだ。なぜなら、このシーク(串)は、普通のバーベキューのように、寝かせて使うのではなく、立てて使う。つまり、立ててもチキンなどが下にずり落ちないことが肝要だ。それにはこのぐらい太い方がいいということなのだ。たぶん、ある程度細くても、魚なんかはずり落ちないかも知れないが、チキンは落ちると思う。

長さ45センチのシークをタンドールに突っ込んでみた状態が下。


これで、ようやくこのモバイル・タンドールが使えるようになった。次のエントリでは、ナンとタンドリーチキンを焼いてみる。

2018年11月8日木曜日

タンドールへの道・その4(施工#2)


しばらく更新がおろそかになったが、タンドール作りの実況中継、前回の「その3(施工#1)」に続き、「その4(施工の#2)」。

前回のエントリでは、ロストルから空気孔のトンネルを、型紙で空洞を作ってその周りに耐火モルタルを盛り、耐火モルタルが乾いたところで、型紙を抜くと、最初に考えた。がしかし、耐火モルタルがしっかり固まるぐらい高温にならないんじゃないかとの考えがよぎり、そりゃぁ止めとこ、となった。で、はんぺんレンガで工作してトンネルを作ることにするぞー、というところまで書いた。

それでやってみて出来たのが冒頭の写真。いや〜、これはなかなか大変でした。でもまぁ私みたいな素人でも出来た、とも言える。何が大変だったかと言うと、立体的に丸くなってる植木鉢の面に四角いレンガを切って繋げるという作業に、立体感覚を必要としたところだ。どうも私はその感覚が乏しいらしい。逆に言えば、その感覚に優れている人だったら簡単なんだと思う。「その3(施工#1)」で、植木鉢の底近辺に、空気孔の長方形の穴を開けるのが大変だったというのがあったが、コッチもそれに負けず劣らず大変という感じ。したがって、この2点が、このタンドール作りの山場と言える。

混乱した私は、部品毎に簡単な図面を描いて、「これがこーなって、こーなるから、こういうことかな」などと確かめながらレンガを少しずつ削った。丸い植木鉢と四角いレンガの接面をピッタリつけるのが大変なんだけど、さらに、私は欲をかいて、トンネルのレンガに切り込み入れて、床・横壁・天井を組んだ。このレンガのトンネルの周りには耐火モルタルを盛って固定させるので、切り込みなんか入れずに積木のようにただトントンとのせればそれでよかったのかも知れない。

前にも触れたが、一番簡単に作ってしまいたい人は、このロストルから空気孔自体をを作らないこと。(→温度が上がりにくくなるとは思うが、それなりに使えるだろう) 二番目に簡単にするには、トンネルにはレンガを使わず型紙を使って耐火モルタルだけで作ること。(→温度があんまり上がらないと、次第に耐火モルタルがポロポロ崩れてくる可能性がありそうだが、耐火モルタルは成形が楽だから作りやすい) 三番目には、レンガに切り込みなんか入れないで、ただ積木のようにのせて耐火モルタルで固定。というところだろうか。今、思いついたが、ただ積み木のようにのせると、ずれる可能性があるが、こういうときこそ、型紙を使えばずれにくい。

後からいろいろ思うものの、せっかくやったのだから、もう少し詳しく、このレンガのトンネルをどんな風に作ったかを説明します。前のエントリで、米びつの底にレンガを敷いて耐火モルタルで固定した写真があるが、まずは、トンネル床のレンガの両側の耐火モルタルを、はんぺんレンガの厚み(幅30mm以上)削った。(下写真、クリックすると大きくなります) この削ったスペースに横壁が来る。トンネル床の上に横壁がのっかるんだったら、こうして削る必要はない。


そして、ここにトンネルの側面が来ると、こうなる。


次に、天井のレンガは下の写真。これ、裏返した状態。つまり、切り込みがある見えている面が天井の下面(内面)になる。この写真の下側の弧は、米びつに接する面で、上側の弧は、植木鉢に接する面。これを裏返して、側面の壁にのせると、冒頭の写真のようになる。


さて、空気孔はこのぐらいにして、次はロストル。「その2(準備編)」では、フルイ(金網)にしているが、そのエントリにもあるとおり、ちょっとそれでは心配になってきたので、ダッチオーブン用の底網(ステンレス製)に変更した。それが下の写真。(500円ぐらい) 大事なことして、この丸い網よりもタンドールの口は小さい。つまり、交換がきかない。もしもこの網が、取り出せるぐらい壊れたら、替わりに華奢なフルイ(金網)を折って、中で広げて使ってみようかと思っている。空気孔があるので、最悪、この底網がなくても、それなりに温度は上がるだろう。「タンドールへの道・その1」で見せてもらったパキスタン料理店のタンドールには、この底網はなく、そのまま空気孔になっていた。


ただ、このままでは隙間が開きすぎて、炭がボロボロ落ちそうなので、私の道具箱にあった、ステンレスの針金でを使って隙間を減らした。それが下。


最初の1〜2本はうまくいかなかったが、3本目ぐらいから慣れてきて、ピンと張れるようになった。

と言うわけで、仮にだが、さっきのレンガのトンネルに穴の開いた植木鉢をセットし、このロストルの底網も置いてみる。(下写真) 小技ながら、底網が接する植木鉢の内側には、円形にグラインダーで少し(1〜2mm)削って溝をつけた。これでグラグラしてた底網が何となく安定して置けるようになった。このロストル部分の掃除の際は、この底網を縦にするなどして外すから、固定させてはいけない。


この次に、タンドールの蓋を作った。(この時点での写真を撮り忘れた。完成時の写真で見てください) 空気孔の蓋と共通の材料(真鍮板)を金切りバサミで円形に切ったもの。この中心にセラミックの取っ手を付けた。セラミックの取っ手は、ボルトと一体化してて、ウラをナットで止めるようになっている。

蓋なんか最後に作ればよさそうなものだが、このタイミングで作ったのは、ひとつ気になってたことがあったから。この蓋に付く取っ手と裏側に出来るネジの突起の様子を見たかった。まず、この米びつには立派な蓋が付いている。使用後、このタンドールをしまうとき、いろいろな部品を重ねた末に、蓋が閉まるよう確認したかったということです。測ってみると、案の定、このままだとギリギリで閉まるか閉まらないかという感じ。

ギリギリはマズイので、植木鉢を2つ重ねる際に接する部分を平らに削った。元々は、丸くなってたところ。これで1〜2センチ低くなった。これで米びつの蓋はちょうど閉まりそうだ。無論、この部分は、後からでは削れない。後から削るとしたら、上部の植木鉢の一番上になる部分(タンドールの開口部)。ただし、ここを削れば削るほど、開口部は低くなると同時に大きくもなる。


次の工程は、タンドール本体の下の部分の植木鉢の固定だ。ここは慎重にやりたい。2つ上の写真(ロストル底網を置いてみた状態)から、いったんその植木鉢をどけて、まずはレンガのトンネルの周りを耐火モルタルで固定する。そして、トンネルのレンガと植木鉢が接するところにも耐火モルタルを塗る。さらに、植木鉢(窯の下半分)を置くはんぺんレンガの床にも耐火モルタルを多めに盛る。最後に、トンネルと穴を合わせながら、植木鉢をグッと押し、平らに固定する。(下写真は、固定した翌朝のもの) これでもう植木鉢は動かせないので、耐火モルタルがどうついているかは手て探って確かめるしかない。植木鉢の水が出る真ん中の穴もここで埋めて平らにしておく。


トンネル部分の周りに耐火モルタルを盛った箇所が少しだけ見えるので、そこを撮った写真が下。


これで一段落。数日間、乾燥させた。

あと、オマケ的に、空気孔の真鍮の蓋を作り直した。先のエントリ、「その3(施工#1)」では、いったん完成させているが、購入した真鍮の板でそれを作って、上記のタンドールの蓋を作ったら、真鍮の板が余った。その余りを眺めてたら、空気孔の蓋をもう少し改良出来そうに思えた。ということで、改めて作った空気孔の蓋が、下の写真。


全開したとき、蓋が取れないように、先を丸めて引っかかるようにしてあるのが分かりますか。この写真の右手になる。また、先に作ったのよりやや大きめにした。材料余らすのももったいないし、大きめの方が閉めたとき、いくらかでもより空気を遮断するように思えた。

完成までもう少しか。この後は、次のエントリで。

2018年10月23日火曜日

タンドールへの道・その3(施工#1)

 数年前のこと、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が、蚊対策の研究を始めると宣言した小さな新聞記事が載っていた。それを思い出すニュースを、昨日ラジオで耳にした。日本の塗料メーカー、関西ペイントは、壁や天井に塗るだけで、蚊を退治できる「カンサイ・アンチモスキート・ペイント」なる商品をアフリカで販売開始したらしい。マラリアやデング熱対策として画期的。と思うと同時に、人間(特に小さな子供)が誤ってその壁をなめちゃったりしても大丈夫なのかな。とちょっと心配もした。こうしてニュースになるのだから、その国の安全基準に達した結果だとは思うのだが。

さて、先のエントリに続いて、タンドール作り。実況中継的に、エントリを書いてます。もしも、これからモバイル・タンドールを作ろうという人が、この実況中継を読んだら、

「そんなまどろっこしいことはどーでもいい。こーすりゃいいという結論だけ、書いてくりゃあいいんだ」

きっとこう思うことでしょう。でも、私は「こーすりゃいいという結論」まで究明するつもりはないし、その答えもきっと複数あると思ってます。そして私は今のところ、タンドールをひとつ作る予定なので、そのひとつが辿った道の痕跡から複数の「こーすりゃいい」を見つけてもらうことの方が、文字数は多くなるものの、より実り多いかと思っています。出来りゃあいいというより、いろいろ考えることや失敗が面白いものとということで、悪しからず。

さてさて、前置きはこのぐらいにして、きょうのエントリから施工が始まる。

先のエントリの最後にも書いたが、完成をイメージして、一番作るのが難しそうなのが、ロストルから空気孔のところだ。逆に言えば、簡単に作ってしまいたいと思っている人は、ロストルと空気孔を作らない方がいい。空気孔ナシだと、火力の調整は難しくなるだろうし、温度は上がりにくいだろうが、ナンやタンドリーチキンを焼けなくはないと思う。

まずは、植木鉢に穴を空けてみた。これが想像以上に大変だった。失敗すると鉢を買い直さないとならないので、慎重にもなったってこともある。グラインダーで削れるところは削ったが、結局はちょっとずつハツって、下のような穴になった。サイズは、6cm x 3cmほど。

鉢を逆さにして、穴の外側
鉢を正位置にして、穴の内側
 次に、外の囲い容器、ブリキ製の米びつの穴開け。横長の長方形に穴を開ける。サイズは、7cm x 3.5cm。(鉢の穴よりちょっと大きくした理由は、中に溜まる灰を外に出しやすそうだから)

真鍮板を切って作った扉が閉まってるところ
扉を開けたところ
(内部には、トンネル予定地の床のはんぺんレンガが見えてる)
 最初にこの長方形の左右のタテ辺の真ん中にドリルで穴を空け(計2箇所)、そこから金切りバサミで切ったのだが、ここには私の工夫がひとつある。穴の部分のブリキを切り取ってしまわずに、水平方向に真ん中を切った上下半分ずつを米びつ本体に付いたままにしておいて、それを折りたたんで、その穴の扉の枠にしたところだ。事前に、いくつか紙で試作した。その試作の最終形では、枠が外から見えない方がスッキリした見栄えになるという安易な理由で、ブリキの折りたたみを米びつの内側にした。そして実際にそうしてみたのだが、いざやってみると、2点の不都合があった。まず、内側に枠や(動く)扉があると、鉢の穴へのトンネルが作りにくいこと。気密性を保つのが難しい。もう一点は、工夫した枠を扉がスムーズに動くように作るのが難しかったこと。現実的には、開け閉めが渋くなったら、枠の形をちょこちょこ調整出来る方がいいと思った。内側になるといじれなくなるので、調整するためには、外側になきゃならない。したがって、一度内側に折り曲げた枠を外側に折り曲げ直した(汗)。写真の枠部分がやけにデコボコしているのは、反対側に曲げ直したせいもある。こんな粗い作りで、気密性も何もないか。後は、実際に焚いてみた後に考えるとする。

それで、この穴とさっきの先の鉢の穴をトンネルで繋げるのだが、その前に、上側の鉢の底の穴を空けた。コンクリートやレンガ切断用の刃がついたグラインダーがあれば簡単。


これでほぼ、2つ重ねた植木鉢製窯部分の正確なサイズが決まった。米びつ内部との高さの違いは、およ4cm。で、何となく、熱くなる鉢を米びつに直にのせるのは抵抗感があったので、米びつの底部に、はんぺんレンガ(厚さ3cm)を敷いて、その上に鉢を置くことにした。はんぺんレンガは中で動かない方がいいので、耐火モルタルで固定。トンネル部分の床になるはんぺんレンガは、灰が外に出やすいよう、鉢側から米びつ側へ5mm程の傾斜をつけた。この5mmは、鉢の底の厚みと同じ。後で鉢をレンガの上で固定する際、若干の耐火モルタルをつけるので、結果的に鉢の方が若干高くなるだろう。鉢の方が低くなっては、灰が出にくくなる。

トンネル予定地の床のレンガの手前側を5mm高くしている
上写真の5mmの段差は鉢の底部の高さと合わしているので
これでレンガと鉢の床の高さが揃う
 で、さっき書いたとおり、米びつと鉢の穴をトンネルで繋げるのだが、最初、下の写真のように、厚紙で作ったトンネル型を両穴に通して、その周りを耐火モルタルで固めて、乾燥したら、トンネル型を抜こうと思った。

米びつの外側から見た、トンネル型を通したところ
中の鉢の穴まで通したトンネル型
「カンホアの塩」の【石窯 焼き塩】用の石窯を作った経験上、耐火モルタルは高温(500℃など)になればカチカチに固まってくれるのだが、この部分はどのくらい温度が上がるか。この空気孔は、主に外の空気を中に入れるものなので、基本的にあまり熱くならないはずだが、空気孔の蓋を閉めて外の空気を遮断したときに、200〜300℃ぐらいになるぐらいか。だとすると、耐火モルタルのトンネルは、しっかり固まりそうにない。時間とともにボロボロ崩れてくる可能性がある。とすると、この厚紙の型で成形した耐火モルタル製トンネルは、考え直した方がいいと思い至った。やり直しだ。では、どーしよう。はんぺんレンガをトンネルの主構造にして、耐火モルタルで固定するのが確実なように思えてきた。タンドールにピッタリの鉢の曲線せいで、そこにくっつけるトンネルのはんぺんレンガを工作するのが面倒だ。でも、これはきっと、やりゃあ出来ることか・・・・。

遅々として進まない、タンドール作り。でも、これで施工作業の半分は終わっているように思う。次の週末が待ち遠しい。

2018年10月16日火曜日

タンドールへの道・その2(準備編)


先のエントリで、小さな家庭用のタンドール(窯)を作る気になった私。その後、構造を考えたり、ネットで実際に作った方のサイトを見たり、材料を見繕いにホームセンターへ行ったりの一週間を過ごした後、大まかな材料を入手した。それが上の写真。(写真をクリックすると拡大されます) きょうは、材料の準備編です。

主たる材料は、タンドール本体とその入れ物(ケース)。

まず、タンドール本体に選んだのは、下記。

テラコッタ鉢(カインズホーム・昭島店)
直径270mm・高さ180mm、1,080円/個(タイ製)

最初のイメージでは、この鉢の倍程の大きさで、肩のある壺のような形を逆さにして使うことを想像したのだが、その形のものがなかった。その後、ネットを見ると、普通の和風の植木鉢を2つ合わせて作っている方がいらした。そのアイデアを拝借し、2つ合わせることを想定して改めて探したところ、この鉢を見つけた。下は、2つ合わせたところ。これがホントの鉢合わせ。(ウソです)


普通の和風の鉢は斜めの側面が直線だが、ご覧のとおり、この鉢はややカーブしている。和風の鉢より値は張るが、このカーブがちょうどよさそうに思えて、これを選んだ。もちろん、この後の入れ物のサイズとも考え合わせて。

次に、タンドールの入れ物。

米びつ(ジョイフル本田・瑞穗店)
直径370mm・高さ(内側)390mm、5,950円

最初に思いついたのは、ペール缶だった。ジョイフル本田で、新品のペール缶が単品が売ってたので(1,350円)、ほとんどそれを買うつもりになっていたが、レジへ向かう途中で、この米びつを見つけてしまった。ペール缶よりずいぶん値が張るが、やや太い(直径が長い)形が気に入った。ペール缶の直径は、先のテラコッタ鉢がギリギリ入るか入らないかだったが(入らなければ鉢を削って入れようと思っていた)、この米びつなら、鉢の一番太いところで周囲に5cm程の余裕があった。値段の差もあり、さんざん悩んだが、熱を保つことを考えると、5cmぐらいあった方がいいと考え、こっちに切り替えた。冒頭の写真では蓋がないが、木製の取っ手が付いた蓋付き。

下は、2つ合わせたテラコッタ鉢をこの入れ物に入れてみたところ。だいたいこんなのになる感じ。米びつの上端より鉢の上端の方が3cm程低い。


それで、この隙間を埋める材料として、

バーミキュライト(カインズホーム・昭島店)
18L、498円

あと、

フルイ(金網)中目(ジョイフル本田・瑞穗店)
直径20cm、198円

これは、下の写真ように置いて、ロストルに。華奢なところが気がかりだけど、網目のサイズのちょうどよさに惹かれた。また壊れても、200円なら交換しやすいと思って気軽に買ったのだが、よくよく考えると問題があった。


焼く材料を出し入れするタンドール上部の口を、鉢の底だけを抜いたサイズにすると、このフルイが入らなくなることだ。買って帰宅してから気がついた、マヌケな私。出し入れ可能な範囲で口はすぼんでいた方が熱効率がいい。壊れたフルイを取り出すには、折りたためばいいが、新しいフルイはそのままでは中に入らない。井伏鱒二「山椒魚」の逆状態。少し曲げて入れて、中で平らに直せるかなぁ。一方、しっかりした作りのものなら、ダッチオーブン用の底網(500円ぐらい)っていうのがあった。これは焼く材料をのせるためのものなので、炭をのせるには網目が広すぎと思った。太めの針金で網目を追加する必要がある。気軽に安い方のフルイを買ったが、どっちにするかは未だ懸案事項なり。

それと、

真鍮の板(ジョイフル本田・瑞穗店)
0.5mm x 200 x 300mm、1,100円

これは、タンドール自体の蓋とタンドール底部の空気孔の扉になる予定。

その他、冒頭の写真にないものとして、耐火モルタル。これは、以前ピザ窯を作ったときの余りが数キロあるので、それを使う。(数年前にジョイフル本田・瑞穗店で買ったものだが、1袋、20kgか25kgぐらいで3,500円ぐらいしたように思う)

これでほぼ材料は揃ったのだが、果たしてどうなることやら。具体的な材料を目の前にして、細かなところを詰めて考えないとならない。特に、タンドール底部のロストルから空気孔をどう作るか、かな。

2018年10月12日金曜日

タンドールへの道・その1


私が唯一録画予約して見ているテレビ番組が、タモリ倶楽部なのだが、先週の10月5日放送分を見ていたら、インド料理店でタンドリーチキンの真っ赤なソースに漬けた秋刀魚、レンコン、厚揚げなど和食の食材をタンドール(窯)で焼いて試食するという企画をやっていた。

私にとってタンドールとは、結構贅沢な調理器具だ。30年も前のことだが、インドを旅行中、タンドールで焼かれたナンを食べることはほとんどなかった。一年以上滞在した中で、3回あったかな。インドの主食は、大ざっぱに、北部が小麦で南部が米。つまり、インドでナンは主に北部のパンなのだが、大げさなタンドールがないと焼けないナンは、北インドとは言え、そんじょそこらにあるもんじゃない。また、南に比べ北インドの人たちは、あまり外食の習慣がない。家で食べるか、外で食べるときもお弁当を持って出ることが多い。私も、北インドを旅行中は、自炊が基本だった。

だから、大都市は別にして、北部にレストランは決して多いとは言えず、さらにその多くないレストランでタンドールを持っているレストランは一部。したがって、ナンを食べる機会も少なかった。(高価なレストランのことはよく知らない。念のため) 多くの北インドの人々はチャパティを主食としている。チャパティは、タンドールといった大がかりな調理器具は不要。日々各家庭で食べられている。私も自炊時によく食べた。

ただ、ナンではなくチャパティが主食となっているのは、タンドールの問題だけではないと思う。ちなみに、チャパティは、アタと呼ばれる細かく挽かれた中力の全粒粉、ナンは、マイダ(とかマエダ)と呼ばれるフスマを除いた白い小麦粉が使われる。日本で全粒粉はやや特別な感があるが、チャパティとナンを比べると、スパイスが効いた料理と一緒に日常的に食べるには、私はチャパティの方が好みだ。全粒粉のチャパティの味わいは奥深く、飽きない。ナンはたまに食べるにはいいのだけど、日常的にとなると、何となく物足りなく感じる。おそらく、多くの北インドの人たちも同じように感じていて、結果として、日常的にはチャパティということなんだと想像している。ちなみに、インドの人たちが、マイダ(白い小麦粉)をチャパティのように、鉄板で焼いたり、炭であぶったりして食べるところを私は見たことがない。

今、日本にたくさんあるインド料理店には、ほとんどと言っていいほど、タンドールが据え付けてあるが、昔と違って今ではインドでもそうなっているのだろうか、私には分からない。ただ、私は今でもタンドールと聞くと、贅沢というか敷居が高いと反射的に感じてしまう。

そんな私は、そのタモリ倶楽部の録画をカミさんと昼前に見た。すると彼女は「なんだか、インド料理が食べたくなっちゃった」とのたもうた。今やインド料理店はうちの近所のあちこちにあるものの、どーも、「おいしい」と素直に言える店がなかなかない。ネットでまだ行ったことのない店を探していたら、パキスタン料理の店が目に留まった。私にとって、パキスタン料理と言えば、まずはビリヤーニである。「よし、ビリヤーニ食べに行こ」と早速なり、向かった。東京・立川、ムガルキッチン。

そこで食べたビリヤーニが冒頭の写真。(食べかけ&ピンボケでごめんなさい) 祝日の月曜日だった。いざ行ってみたら、(チキン)ビリヤーニは毎週月曜日のみとのことで、ラッキーにもビリヤーニにありつけた。そして、おいしかった。ビリヤーニは、やはりこのバスマティライスでないと。スパイスの配合・味付けに感じるシェフのデリカシー。付け合わせのライタ(ヨーグルトとスパイス・塩が効いたサラダ)もスパイスのレシピをききたくなるほどおいしく、食後のチャイのスパイスはカルダモンのみ。私の好みだ。それにしても、多くのインド料理店でついてくる、市販のフレンチドレッシングがかかってるキャベツの千切りサラダは頂けない。インド界隈ではこんなの絶対にないのに、何故日本にあるインド料理店の多くがこれを付け合わせにしているのだろう。あまりに安易なんじゃないか。インドなら、アッチャール(レモンや青いマンゴの辛い漬物)か、紫タマネギのスライスと青唐辛子2〜3本といったところだが、日本じゃ難しいということか。

あと、ボヤキついでに加えると、日本にある多くのインド料理店のナンは甘過ぎ。砂糖多過ぎ。インドではあんなに砂糖入れない。砂糖を多くした方が発酵しやすいというせいもあるのだろうか。このムガルキッチンでは、ビリヤーニを食べたので、ナンはどんな味だったか不明なのだが、何しろあの多くの甘過ぎナンは頂けない。

さてさて、ボヤキはこのぐらいにして、タンドール。この店にも当たり前のように据え付けてあった。

食後のチャイを頂いた後、客は私たち二人だけだったので、パキスタン人のシェフに、タンドールを見せてくれないか頼んだ。快諾を得て、厨房に入らせてもらい、一通り使い方・掃除の仕方などを教えてもらった。それにしても、何とシンプルな窯だろう。間近に見てみて、しみじみそう思った。一口に言って、熱が上に向かう性質をそのまま使った素直な構造だ。そのせいで、目の前のタンドールは思っていたほど、燃料(炭)を使いそうにないと感じた。敷居が高いと思っていたタンドールがグッと身近に迫って来た。

先述のとおり、インドでは、一般の家庭にタンドールはまずない。あってもレストランだ。レストランには、次から次へと注文が入るから、無論大きなタンドールがある。しかしだ。こんな大きなものじゃなくて、家庭用に小さく、さらに言えば、持ち運びも出来るぐらいのタンドールは作れないものか。大きい方が温度は安定するのは当たり前。でも小さいなりに・・・・。そんなタンドールを私はインドで見たこともなかったし考えたこともなかった。が、初めてそう思った。

ところで、数年前、ピザ窯を庭に作ったことがあった。そのエントリは下記。

ピザ窯、完成(2011年12月27日)

このピザ窯の設計で一番考えたのは、上へ向かう熱気をいかに下に引っ張るかだった。最近増えたナポリ・ピザの店のピザ窯は結構現代的で、電動の換気扇が付いているのを見たことがある。そうして窯内の熱が上部ばかりに溜まらないようにして窯の床にあるピザを熱していた。ピザ(パンも同様)は、どうしても窯の床に置かねばならない。熱は上方に向かうのだから、それを下へ引っ張るなどの工夫が必要になる。しかし、タンドールの場合、ナンは窯の上部に貼り付けるし、チキンなどは長い鉄串の中半に刺して窯の中空で焼く。窯の底部にある炭の熱が上方へ向かい熱する。タンドールでピザは焼けないのであるが、タンドールの単純さがだんだん愛おしくなってきた。

今は、そのピザ窯を作った借家から引っ越してしまったため、そのピザ窯のレンガはバラして今の借家の庭の敷石になっている。今の家は建て込んで建っているため、焚き始めに煙がモクモク出るピザ窯を置けなかった。でも、小さなタンドールならそんなに煙も出ないし、さらにモバイルならば、どっかへ持って行っても使える。

タモリ倶楽部から始まったタンドールへの道。
まずは、ネットでいろいろ見始めた。
そして、適当な材料を見繕いに、ホームセンターをうろつき始めた。
出来そうな気がしてきた。(このぐらいのときが一番楽しい)

ここからは、準備や作業を進めながら、実況中継的にエントリーを書こうと思う。

2018年10月11日木曜日

ホワイトアスパラとグリンピース、そしてマメ(赤エンドウマメ)

きょう、知人が「ホワイトアスパラの缶詰が食べたい」とfacebookで書いていた。率直に言って、実のところ、私は缶詰のホワイトアスパラが苦手だ。短くしか書けないfacdbookの書き込みをすると、単純な否定になってしまうので、このブログに書こうと思う。

以前に一度、関連したことをこのブログのエントリで書いた。

ホワイトアスパラとグリンピース(2013年4月19日)

私の幼少時代(50年も前のこと)、ホワイトアスパラとグリンピースと言ったら缶詰しかなかったのだが、苦手な食べ物だった。また当時、それらは「そういうもの」と思っていた。しかし、それから20年も経った頃か、初めて生から調理したものを食べたときは、そのおいしさに身震いした。ゼロからプラス10へは10の差だが、マイナス10からプラス10へは20もの差があるということのように思える。何しろ、私の中で、ホワイトアスパラとグリンピースは、生から調理したものに限る。

しかし、先のエントリにも書いたとおり、幼少の私が缶詰のホワイトアスパラを食したのは、おじいちゃんが好物だったからだ。おじいちゃんの思いが私と違っていたように、それぞれ人の思いは違っていて(例えば、それぞれの状況や経験は違っていて)、その人の好みが出来上がっていくのだ。

そんなことを考えていたら、きょうもう一つ、私にとって、缶詰とのギャップが大きく、感動した食べ物を思い出した。それは、浅草の「梅むら」の豆カンだ。豆カンまたはあんみつの缶詰のマメ(赤エンドウマメ)は、子供の頃からどうしても好きになれなかった。

大人になったある日に、知人に連れられ浅草の「梅むら」へ入った際、「ここのマメは特別だよ」と薦められ食べた豆カンは、全くの別物だった。プックリと炊かれ、はち切れそうな皮。クリームの様な滑らかな赤エンドウマメの餡のおいしさがジンワリと口の中に広がった。そしてちょうどいい甘さ。酒飲みの大人になった私は、普段あまり甘い物を食べないのだが、このときばかりはそんなの吹き飛んでいた。

食べ終わってしばらくして、缶詰のマメのことを思い出すが、どうしても同じマメとは思えない。その後、他の甘味屋さんに何度か入る機会があり、「梅むら」の幸せをうっすらと期待しつつ豆カンを注文したが、期待どおりの豆カンに出会ったことがない。

ホワイトアスパラとグリンピースの場合は、缶詰と生から調理したもののギャップだが、豆カンについては、今のところ、「缶詰プラス一般のマメ」と「梅むらのマメ」のギャップということになる。

「そういうもの」と思うことは、無意識に思い込んでしまうことだ。しかし、そういう思い込みの陰に、未知の幸せが潜んでいることがある。それを、ホワイトアスパラとグリンピース、そしてマメ(赤エンドウマメ、そして梅むらさん)が教えてくれた。だから、今度はそれを意識する。さて、他に思い込んでることは何だろう。食べ物の他にだってあるはずだ。

2018年9月13日木曜日

「飴色」のアカシア酒


この春、5月7日のエントリ、ニセアカシヤを想う人間の気持ちで、「アカシア酒を仕込み、3ヶ月寝かせて完成(予定)」というところまで書いた。すっかり忘れていたが、昨日のこと、「このやたらと暑かった夏も終わりだな」などと思っていたら、床下に仕舞っておいたアカシア酒を思い出した。4ヶ月と少し経過していた。

残念ながら、4ヶ月前の味を今は完全に忘れているのだが、そのエントリをみてみると、「(25度の麦焼酎に)ほのかに甘い香りがついている程度」と書いている。しかし、今はとてもその表現だけでは物足りない。4ヶ月前のと比べたいが、そうもいかないのが歯がゆいところだが、「ほのかな甘い香り」は残っていて、ドライ(辛口)な麦焼酎の味に複雑さが増して柔らかくなっているように思う。こういうのを、滋味深いというのでしょう。

さて、次に色です。冒頭の写真が4ヶ月経ったきょうのもの。ちなみに、下が4ヶ月前のもの。


こういうの、「飴色(あめいろ)に変わった」と言うんでしょうか。薄い黄色から茶色になりました。ウイスキーやブランデーを琥珀色と表現するが、それの少し薄めか。

「飴色」という色または表現について、私は以前から気になってたので、改めて調べ、考えてみた。私が一番よく耳にするのは、料理レシピで、「タマネギを飴色になるまで炒めて・・・・」という表現なのだけど、

広辞苑(第七版)では、
「水飴のような色。透明な黄褐色。」

岩波国語辞典(第七版)では、
「水あめのような(透き通った感じの)黄色。」

wikipediaでは、「飴」のページに、
「食物を加熱した際の色合いの表現として「飴色(あめ色)」というものがある。これは麦芽水飴のような透明感のある琥珀色を意味している。」

上記3つに共通するのは、「(麦芽)水飴の透明感」だ。色自体は、黄褐色・黄色・琥珀色とそれぞれ。私が、秀逸と思ったのは、下記Webサイトの「飴色」の説明だ。「飴色」だけでなく、どの色の説明も興味深い。とてもいいWebサイトです。

飴色(あめいろ)とは?:伝統色のいろは
https://irocore.com/ame-iro/

詳しくは、是非、上記Webサイトにアクセスして直接その説明をお読み頂きたいが、「飴色」の説明を抜粋すると、

飴色(あめいろ)とは、水飴に由来する、深みのある強い橙色のことです。現在の水飴は無色透明なものが一般的ですが、古くからの水飴は麦を原料とした麦芽水飴で、透明感のある『琥珀色 』をしています。ちなみに、古くは飴といえば「水飴」を指しました。・・・・(中略)・・・・(使い込まれた家具・革製品、甘味が出るまで炒めたタマネギのように)「時間の積み重ねを表す色」ともいえるでしょう。

辞書よりずっと説得力がある。さすが。またここにも「透明感」という言葉が出てくる。そして何しろ「飴色」の飴は、麦芽水飴だということだ。

このWebサイトには、まずRGB・CMYK・Webカラーと、光の色・インクの色などの記載があって、とっても具体的。もちろん画面での飴色も見られる。これらの番号(数字)に麦芽水飴の透明感を表現する術はないが、ちゃんと元になった麦芽水飴の説明が、日本書紀も引用されつつ添えられている。実用的な具体面と、それだけでは足りないところに曖昧な人間の感覚をバランスよく共存させている。また、その色の名前の由来・背景を知る度に、その頃の人がどんなことを感じて暮らしていたかがうかがえ、それを感じるとき、まるで万葉の韻文を読むような感覚に囚われる。

そして、「時間の積み重ねを表す色」という表現。この表現は一見メタファー(隠喩)のように感じるが、どうなんだろう。はたして人間は、「時間の積み重ね」を色で感じるのだろうか。きっとそれは正確には、色というより広く「見た目」なんだと思う。インクの色・光の色だけではなく、その「見た目」をした物から人間は「質感」を感じるものだ。

麦芽水飴が透明感のある飴色に出来上がるまでの時間、昔の人は「早くできないかな〜」と待ち焦がれたような気がしてきた。その思いが、麦芽水飴の「質感」にこもっているのではないか。また、使い込まれた家具や革製品には、「質感」や深い色だけでなく、微妙なテカリがある。表現は乱暴ながら例えて言えば、使い込まれた水屋箪笥には麦芽水飴を薄く塗ったようなテカリがある。そのテカリを麦芽水飴の透明感に重ねたのではないか。新品の透明塗料とは異なると瞬時に人間は感じるのだ。そういった微妙に人間が感じる「質感」を含めた色の名前が「飴色」なんだと。

琥珀色なんかも似ているし、レモン哀歌の「トパーズ色」というのも思い出す。考えてみれば、人間は何かの物の色を見て、その色の名前を決めただろうから、どんな色の名前にも元来は、その物の「質感」が含まれているように思えてきた。

・・・・とまぁ、話が色の話になっちゃったけど、4ヶ月経過したアカシア酒。すっかり忘れていたとは言え、4ヶ月の「時間の積み重ね」の色ではあるし、透明感もあるので、「飴色」と呼んじゃいます。

日が暮れるのがずいぶん早くなった。この飴色を眺めながらチビチビと、夜長にやってみようかと思っている。

2018年8月28日火曜日

よく分からないことに歩み寄ってみる


世の中、よく分からないことがたくさんある。
上の写真は、私が住む東京・昭島市のゴミ収集車の後ろ姿。
黄色の背景で目立つ、何か貼り紙のようなものが貼ってあるのが気になった。

写真をアップにしてみると下。


文字を書き出してみる。

なくそう 食べ残し!
30・10(さんまる・いちまる)運動 実施中!


上記のヘッドコピーの下に説明書きがある。

宴会や食事会の開始から30分と終了前の10分間は 席について料理を楽しもう!


私には、この感覚が全く分からない。これってどういうこと? 余りにも分からないので、ここはひとつ歩み寄って、考え、想像してみようと思った。 

その前に、ちょっと話は脱線するが、二十歳の頃、サンフランシスコでメキシコ人の友人と食事をしていたときのことを少し。彼と食事をするのはそのときで数回目だった。彼はそれまでいつも注文した料理を残して食事を終えていたので、そのとき、私は彼に質問した。

「お前さん、いつも残すけど、無駄(モッタイナイ)じゃない?」
「だって、残さないと、これを食べる人が困るじゃないか。そぉ言ゃあ、お前はいつも残さないな」
「これを食べる人?」
「そうさ、ここの皿洗いや掃除の人など、これを食べる人がいるだろ。オレはその人たちのために、いつも残すようにしているのさ」

つまり、残すのは親切だと。メキシコの彼の家で働く人たちも、雇い主が残した食事を食べるのが習慣とのことだった。子供の頃から「残さず食べなさい」と言われてきた二十歳の私にとって、ショッキングな出来事だった。そのレストランで、『これを食べる人』がいたかどうかまでは確かめてはいない。ただ、自分の質問が浅はかだったことは思い知らされた。後日、共通の友人であるイタリア人にその話をすると、「彼んちはかなり金持ちだからな。そういうことは十分あり得る。オレは残さないけどね」とのことだった。

数年前読んだ、辺見庸の著書「もの食う人々」の中で、バングラデシュで著者が食べた食事が残飯だと、口に運んだ後に知らされ、反射的に吐き出すシーンが出てくるが、それを読んだときも、このメキシコ人の友人の話を思い出した。

さて、脱線した話を戻す。ときは2018年。ところは日本、東京・昭島市だ。

「食べ残し」はよくない。これは、分かる。ただし、分かるのはここまでだ。

まず第一に、宴会や食事会で食べ残しが目立つ事実があるということだろう。食べ残しが出たら、折り詰めなどにして、持って帰ればよさそうと思えるが、最近はいわゆる衛生上の問題でそれが出来なくなっている、なんて背景もあるのだろうか。またこれは、昭島市清掃センターが作成したステッカーだろうから、その食べ残しがゴミとして大量に出されているとも読める。清掃センターの人が、その食べ残しの多さを見るに見かねて、この「30・10運動」をしようと発案したとも。

そして、分からないなりに、ちょっと私の興味を惹くのが、「開始から30分と終了前の10分間」というところだ。なんじゃ、この特定された時間帯は、いったい。

まずは前半の「開始から30分」。

宴会や食事会の開始時、大概は空腹だろう。だから、「開始から30分」にまずは食べよ、と。考えられるのは、その裏側の現実。宴会開始から、料理が並んだ自分の席を立って酒類ばかり飲んだり、「どーも、どーも」とか挨拶したり、くっちゃべっていて、料理をたいして食べない。そしてそれは最後まで続く。だから、「食べ残し」がなくならないんだ、と。私からすると、「開始から30分」でしなきゃならない挨拶などが済んだら、それ以降に食べれば、それでよさそうなものに思えてならないのだが・・・・。きっとそこには開始から30分以降は食べられなくなる何かしらの事情があるのだろう。参加型の催しなんかがあるんだろうか。そのぐらいしか私には想像出来ない。

そして、後半の「終了前の10分間」。

終了前の10分間は、最後だから、残った料理がないかを今一度確認して、あったら食べましょう、または食べるよう周りに促しましょう。たとえ宴たけなわでも、最後の10分間ぐらいは冷静になって、しっかり残さず食べるようにしましょう、と。こういうことだろうか?

「30・10運動」というほど、昭島市では、そんなにしょっちゅう、宴会や食事会が催されているのだろうか。「開始から30分」、「終了前の10分間」の特定は、誰がどんな根拠で行ったのか? もう一度触れるが、この2つの時間帯以外だって、料理を食べることは出来るはずなのに、それが難しい理由は何だろうか?

こうして公金(税金)使ってステッカーまで作っているのだから、昭島市には説明責任がある、なんて野暮なことを言っているのではない。私が知らないだけで、きっとこういうことがあるんだろうと思う。むしろ私は、このステッカーを見て、

「あー、何て昭島市は平和なんだろう」

と、思ってしまうのだが、それはマズイのか。それほど「食べ残し」が問題になるならば、用意する料理を半分にしたらいい。手間・費用も減るし、最も「食べ残し」を減らすのに効果的だ。「客人をもてなすのに、足りないがあってはマズイ」ならば、「食べ残し」は出るものだ。

私が知らないだけで、世の中にはきっといろんな事情がある。いっぱいある。そういうことの中で、縁のあることについては、まずは歩み寄りが大切と思い、いろいろ考えてみたが、やっぱり世の中、よく分からないことがたくさんある。

後記:このエントリを書いた後、ネットで調べてみると、「30・10運動」は、長野県松本市で始まったとありました。また、私が自分の食べ物が、誰が残したか分からない「食べ残し」しかなくなったときのことを想像してみる。間違えなく、その「食べ残し」を食べるだろう。最初は少しの抵抗感があるだろうが、しばらくすると慣れると思う。

2018年8月7日火曜日

公営プールの石鹸使用


ここ2〜3ヶ月、私は近所の公営プールに週に3〜4日通っている。その公営プールの更衣室に入ると、目立つ壁に冒頭の張り紙がある。

「シャンプー・リンス・せっけんは使用できません」

そして、更衣室の隣にあるシャワー室の入口には、下記の張り紙。


「石鹸及びシャンプー禁止です」と、黄色背景に赤色の枠がついて、さっきの「使用できません」より強い言い方になっている。その脇には、「利用光熱費(¥290)の設定額を検討せざるをえなくなります。・・・・」と具体的な金額にも触れられている。(画像をクリックすると大きくなります)

さらに、今度はシャワー室内部、つまりシャワーを浴びる場所に入ると、下記の張り紙。


今度は、「床がすべって大変危険」、「カビの繁殖など不衛生」と改めて踏み込んだ理由も記され、かなり強く「禁止」が訴えられている。

実は私はこの公営プールには、20年以上前にも通っていた。細かく言えば当時は、東京都の管轄で、今は昭島市の管轄になっているのだが、当時も「シャンプー・石鹸は禁止」だった。でも、こんな三段階にしてまで「禁止」を訴えてはいなかったと記憶している。

当初、私は、この禁止の理由は、金銭的な点において、銭湯との関係にあると思っていた。銭湯の入浴料は400〜500円、このプールは290円(回数券利用で260円)。子供は140円。このプールのシャワー室の隣には、足を思いっきり伸ばせるほどの湯船もあるので、銭湯のような設備でもある。もしも、シャンプー・石鹸を使えたら、銭湯代わりに使う輩(やから)が出てきて、公営プール本来の目的に反するというのが、私が思っていた銭湯との関係の理由だ。そして、当時、自宅のアパートに風呂がなく、銭湯通いをしていた私は、「プールで石鹸使えたらいいのにな」と思っていたが、同時に、それでプールで泳がない輩に湯船やシャワーが占領されたら困るので、それは適切な判断だとも思っていた。

しかし、最近のこの三段階の「禁止」の張り紙を見て、かつて思った銭湯関係の理由ではなく、本当に「床がすべる」、「カビの繁殖」というのが真の理由なのではないかと思うようになった。銭湯代わりに使う輩対策の方便として、ここまでは言わないと感じたということだ。もう一歩踏み込むと、「床がすべる」、「カビの繁殖」を解決するためには、きっとより頻繁に掃除をしないとならないだろう。そうなると人件費もかさむ。また、石鹸で身体を洗うと、シャワーの使用時間も増え、水道光熱費もかさむだろう。というあたりが本当の理由かと。(公営ではなく)民間のプールやフィットネスクラブでは、石鹸禁止はないだろうから、こうした金銭的な理由が大きいのではないか。公営だから、いくら少額でもそれが大きな問題であることは分かる。

私は、東京の下町育ちで、子供の頃は銭湯通いが当たり前だった。だから余計に銭湯との関係を意識していたが、時代背景として、今どき、いくら安上がりだからといって、公営プールを銭湯代わりにする輩がいったいどのくらいいるだろうか? そう考えると、私が思っていた銭湯関係の理由は時代錯誤のように思い直した、ということもある。

改めて、公営プール本来の目的は、

「市民が水泳というスポーツにより親しみ、健康に繋げる」

ということだと思う。そういう本来の目的として使っている私は、「ここで石鹸が使えたらより便利で、よりプール通いが頻繁になるんだけどなー」と思ってしまう。どうも、プールでシャワー浴びた後にうちでシャワー浴びようという気になれない。つまり「きょうは石鹸使いたいから、プールに行かずにうちでシャワー浴びよう」という日がなくなる。そうなれば、より泳ぐ機会が増え、健康に繋がるというものだ。

先述の「利用光熱費(¥290)の設定額を検討せざるをえなくなります。・・・・」の張り紙を改めて見てみる。私としては、その設定額を検討してもらいたく思っている。石鹸使用可の新しい設定額を計算&発表してもらって、それを市民に問いたい。この場合、賛成半数では少なすぎだろう。賛成9割を越えるのならば、石鹸使用可にしてみてはどうだろうか? それとも、10円でも値上げは公の利益に反することになるだろうか? 350円ぐらいまでだったら、みんな(9割以上)が喜ぶんじゃなかろうかと思うのだが、どうであろう?

2018年7月18日水曜日

梅干し、土用前の土用干し(まとめ編)


 「梅干し、土用前の土用干し(土用干し編)」に続き、今回はそれが終わった時点でのエントリ。私なりの結論を書こうと思う。

昨日、3日目の土用干しが終わり、梅干しの仕込み作業は全て終了。あとはこれを瓶に移して、冷暗所に保存するだけ。私の場合、この次の作業は、来年春の「瓶替え」となる。

瓶替え(2012年4月12日)

さて、今年の梅干しの仕込みでの新たな試みの筆頭は、このエントリのタイトルにもあるとおり、「土用前の土用干し」だ。土用干しのタイミングを、本来の土用(7月末から8月初旬)よりも、およそひと月早い7月初旬に早めたということだ。

これは私に残っている印象なのだが、私が住む関東地方では、ここ数年、梅雨明けが7月初旬から上旬のことが多かった。その梅雨明け直後の数日は、真夏のピーカンの日が続くのだが、いざ土用の頃になると、天気予報は晴れでも、短時間の夕立やゲリラ豪雨があったり、雨こそ降らなくても、薄曇りの日が続いたりした。したがって、土用の頃の土用干しを想定して段取りしていた私の「3日間の土用干し」は延びに延びて、結局8月末になることが続いた。さすがに8月末になると、徐々に真夏の陽差しではなくなってくるし、そろそろ秋の雰囲気も漂ってくる。9月でも干せなくはないが、どうせなら、真夏のピーカンの日に干したい。それなら、あの7月上旬の梅雨明け直後がよかったではないか。よし、今度の土用干しは、土用の頃ではなく、7月上旬を想定して、それまでの準備をしよう・・・・、ということで、今年の新たな試み、「土用前の土用干し」とあいなった訳だ。

ご参考まで、気象庁発表の、1951年以降の梅雨入りと梅雨明けの「関東甲信」は、下記のページ。(このページから、他の地域のデータへもリンクしています)


ん〜、ここ数年やや早まっているかな。
また、もう少し細かく、Yahooの「過去の天気」を調べてみると、意外にも梅雨明け後は大ざっぱに「晴天マーク」になっている日が多い。データを見ると、こうなるのだが、現実問題として、私の記憶または印象は異なる。それは「梅雨明け」になっても終日晴天の日があまりなかったり、先述のとおり、「晴天マーク」の日でも一時的に雨が降ったり薄曇りだったり。ここ数年、私はスッキリと土用干しが出来ていなかった。
そして、今年の関東の梅雨明けは、何と記録史上最も早い6月29日だった。実際に私が行った土用干しは、7月3日・4日、そして昨日(17日)の3日間。思いっきりピーカンの陽差しの下で土用干しが出来た。冒頭の写真は、昨日の最終日のもの。そして、アップの写真が下。梅干しから塩が粉吹いてしっかり干されている。ちなみに、これが数ヶ月保存すると、ゆっくりと湿気を吸って塩は消え、赤い梅干しになる。


無論、7月上旬に土用干しするためには、土用干し前までの段階を早めに踏んでないとならない。短くても、梅の塩漬けに一週間、赤ジソ加えて一週間は欲しいところだ。土用干しを7月5日と想定すると、逆算して、梅の塩漬けは、6月20日頃までには行いたい。私の場合、最近梅はサムライ菊の助さんから送ってもらっている。九州なので、関東より1〜2週間早い。それが功を奏して、6月15日頃に塩漬けを行った。

そろそろ、まとめます。

6月20日頃までに熟れた梅干し用の梅を入手して塩漬けが出来るという前提条件はあるものの、それで「土用前の土用干し」、つまり7月上旬に土用干し出来る段取りにした方がいいと思う。

このエントリをリアルタイムで読んでる人は分かると思うが、6月末の梅雨明け以降、この二週間の関東地方の暑さは尋常ではない。雨も降らず、連日35℃以上だ。梅干しの土用干しには文句なく、うってつけ。塩漬け→赤ジソ投入後、なかなか土用干し出来ないと、カビの可能性が高まるが、7月上旬に土用干しが終わると、その心配はほとんどない。たとえ天気がよくても(個人的都合で)7月上旬に土用干し出来ない場合も、あと一ヶ月の間に干せばいいので、心に余裕が持てる。

あとこれは人にもよるが、8月中旬はお盆で、何かと用事があったりする。その間ピーカンでもなかなか干せない現実がある。それで「カビは大丈夫かな〜」と憂いながら、何とか8月末に何となく土用干しした、というよりも、「土用前の土用干し」の方が気楽だ。

さてさて、皆さんお気づきと思うが、「土用前の土用干し」の段取りで、たったひとつ欠点がある。梅雨明けが、7月末から8月上旬になった場合だ。赤ジソ投入後から土用干しまでが一ヶ月ぐらいになり、カビの可能性が高まる。それでも、私は、「土用前の土用干し」を前提とした仕込みがいいと思う。梅雨明けが7月末から8月上旬になったとしても、それでちゃんとピーカンになってくれさえすれば、しっかり干せるからだ。無論、梅雨明け宣言前でも、ピーカンの日があれば、干せばいい。

要は、ちゃんと干せるピーカンの日の候補日を出来るだけ多く確保すること。いつその日が来るかは不確かながら、幅広く待った方がいいというのが私の考えだ。土用干しスタンバイOKの段階を早めにしておけば、その分その幅が広がることになる。したがって、「土用前の土用干し」、つまり7月上旬に土用干し出来る段取りにした方がいいと、私は思う。

きょうは、7月18日。まだ土用になっていないのだから、こう言い切るのも時期尚早かも知れないが、土用以降の天気がどうなろうとも、「幅を広げておく」という意味で、私は来年も「土用前の土用干し」の段取りで梅干しの仕込みをしようと、もうすでに思っている。口の中に唾液が溜まってきた。

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