2016年12月20日火曜日

大阪のふぐ

私は東京生まれの東京育ち。関西は京都界隈に2年ほどいたことがあるが、大阪は全く知らない。そんな大阪に、先月、出張した。一人で夕方以降に時間が出来て、その日は泊まり。これはどっかで一杯やらないとと思って、なんば駅から戎橋筋のアーケードを抜けて道頓堀へ。繁華街をしばらくウロウロした。冒頭写真の「道頓堀」というネオンが、大衆的な懐かしさを醸し出していて、「これ大阪っぽいな」と、勝手に思った。

歩きながら、「昔、『道頓堀川』っていう映画があったよなー」とか、「道頓堀劇場っていうストリップがあったよな、あ、あれは渋谷かぁ」とか、「大阪八百八橋って言うよなー」とか、「阪神が優勝すると、飛び込むのはこの橋からなんだな」とか、すっかりお上りさん気分に浸りながら、歩いていると、やや古びたように見える、ふぐ屋さん。店構えからこの店に決めた。ふぐ料理「与太呂」東店。
「一人なんですが」と入り、様子をうかがっていると、「こちらのカウンターでも、奥のテーブル席でも、どちらでもいいですよ」と声を掛けてくれた。入口すぐの細長いスペースに5〜6人のカウンター。広くなってる奥には、テーブル席が10ほどあっただろうか。テーブル席は常連客で埋まっている雰囲気だったし、「東京から来た心細い一見のひとり客」ということ、そしてテーブル席より仲居さんと少しは話しがしやすいかもと思い、他の客がいないカウンター席についた。

目の前に壁に「ふぐ料理」と題したメニューがかかってる。
ちりなべ 5,080円
お造り 2,480円
おぢや 390円
清酒 白精上撰 350円
ビール(中) 500円

何とこれだけ。
「ちりなべ、お造り、それとビールお願いします」。
それを仲居さんが厨房に注文を通すのだが、ひとこと、「両方!」。(笑)
そうだなー。メニューこれだと、選択肢は「なべ」、「お造り」、「両方」の3つしかない。

ビールを飲み終わった頃、てっさが出てきてた。あわててお燗を注文。「ヒレにしますかー?」と言われたが、ふぐ自体を味わうには、ヒレにしない方がいいように思って、普通のお燗。
すごいボリューム。お造りにしても、トウトウミにしても、東京の1.5倍から2倍はあるような・・・・。そして、薄くない薄造り。鯛や平目より少し薄いぐらいだ。ん〜、うまい。薄いと少しのふぐを大事に食べる感じになるが、この厚さだと「うまいものをしっかり食う」という感じになる。「スッゲーなー、これが大阪のふぐってことか」とちびちび飲んでると、なべ登場。
これがまたスゴイ量。(写真がどれも食べかけです)
脇役のポン酢・アサツキ・紅葉おろしが、上品な感じじゃなくていい。甘味がほとんどなくて出汁なんかが利いてないシンプルなポン酢に、アサツキ・紅葉おろしをドサッと加える。「大阪では、ふぐは高級品じゃなくて、みんなのものだよ」と主張している気がする。うまいが、なべの後半は、何とかこれを平らげないと、「おぢや」に行けないという思いでいっぱいだった。

そして、何とか「おぢや」を注文。
おぢやを作ってもらうとき、化学調味料が使われることが多いので、よそ者とは言え、そこだけは言わせてもらった。

「あのー、化学調味料が苦手なので、塩だけで味付けしてもらえますか?」
「そうなのよね。私も家では使わないんだけど、ここでは(何も言われなければ)使うのよね。(あなたの言うこと)分かりますぅー」

あー、よかった。そして、何とか「おぢや」まで食べ尽くした。しばらく動けない。

それにしても、この上ないシンプルなメニュー。カウンター席だったので、一応きいてみた。

「メニューが分かりやすいですね。余計なこときくようですが、まさか、頼めば白子や唐揚げがあるなんてことないですよね?」
「ありません。うちはこれだけなんですよー、すみませんねー」
「やっぱり、そうですよね」

まー、何しろ、ふぐ屋さんというと、東京では敷居が高いし、値段も高い。(最近は、安いチェーン店があるが、それも高いことの裏返しだ) 「大阪のふぐ」と話しには聞いていたが、本当に食い倒れた。

お会計は、ちょうどメニューを全部ひとつずつ頼んで、8,800円也。ただ、これは二人でちょうどいい量だということを言っておかねばならない。

会計の際、「東京から来たんですけど、東京の倍の量ですね」と言うと、「みなさん、そうおっしゃいますぅー」と軽く返された。「たらふくご馳走になりましたぁー」。これで私の慣れない上方の会話が成り立ったんであろうか。

ええかっこしいの東京のふぐ。「うまいもんは腹一杯食う」大阪のふぐ。しょっちゅう食べる訳ではないので、ちまちま頂く東京のふぐもいいのだけれど、もっと身近で気軽に腹一杯食うふぐの方が王道だな。

ところで、このふぐ屋さん、夏場も同じメニューでやっているのだろうか。それ、聞くの忘れた。でもやってそうな気がする。同じメニューで。

2016年12月16日金曜日

ベトナム人で、日本を想う

 外国に行くと、「日本(の特異なところ)が見えてくる」なんてことが、よく言われる。私自身の経験からしても、それは本当にそう思う。これは、普段、「当たり前」と(空気のように)意識もしていないことが、外国へ行くと「当たり前」でも何でもないことに気がつき、「あれー」となって、「日本の特異なところ」として認識する、というようなことだと思う。いい意味でも悪い意味でも。それは外国人が日本に来ても同じこと。外国に行かずとも、それを感じた外国人と接っすると、それを経験できるときがある。

先のエントリで、ベトナム人の知人と、一週間日本旅行したことを書いた。

京都の町をタクシーで走っていると、「あれー、道路にゴミが落ちてない」とベトナム人は驚く。たしかに、ベトナムの町にはゴミが散らかっている。夜になると、人々は、ポリ袋に入ったゴミをポンと道路に捨てる。何度かそんな光景をを見た私は、最初は「ん?」と、思ったものだ。それから何年かして、夜中に車でベトナムの町を走っていると、すっかり道路のゴミがなくなっていて、驚いたことがあった。もう少し走ったら、その訳が分かった。その先で、清掃車が道路のゴミを回収しながら走っていた。

ベトナムの町では、日本のようなゴミ捨て場がない。人々はどこにゴミを捨てるかというと、大きな道路なのだ。いわば大きな道路は、公のゴミ捨て場なのだ。そこにもちょっとしたマナーがある。真夜中の回収がしやすいように、ポリ袋などに入れて、道路の端に、夜寝る前などに、ゴミを捨てる。だから、朝は道路がキレイになっているのだが、それまでは景観はあまりよくないかも知れない。でも、そのシステムを知ってからは、これはこれで効率的なゴミ回収システムだと思った。人通りが多い真っ昼間にはあまりゴミを捨てないが、捨てるときもあろう。そんな緩〜いシステムなのだ。この緩さ故に、ベトナムの南国的なおおらかさがあるのだと思う。また、粗大ゴミなどのリユース・リサイクルは促される。

さて、一週間の日本旅行に話しを戻そう。京都から東京に移動した私たちは、東京の町をタクシーで走っていた。するとそのベトナム人は、「あれ、京都では道路にゴミが落ちてなかったが、東京は落ちているな。これはどうしてだ?」と質問した。窓の外を見ると、イチョウなど色づいた街路樹の葉が道路の端に吹きだまっていた。11月半ば過ぎのことだ。「京都では、あまり風がなかったけど、東京では夕べ強い風が吹いたでしょ。それで木の葉が落ちただけだよ」と、当たり前のような答えをしたが、それに納得する様子もなく、「京都の方がきれい好きだ」と思ったようだった。落ち葉はこの季節の風情に感じるが、考えてみると、熱帯のベトナムでは秋になって葉が落ちるということはないのだ。

我が家に来たときも似たようなことがあった。すっかり葉が落ちて草花も静かになった庭(冒頭の写真)を見て、「もっと、こんもり植木を植えた方がいい。これじゃあまりに寂しい庭だ」とアドバイスをくれた。「いや〜、もう冬だからね。今はこのぐらいがいいと思っているんだけど・・・・」と答えたが、その意味は伝わったのかは分からない。松の木や椿はないので、たしかに寂しいかも知れないが、晩秋の枯れかけの小菊や真っ赤な葉が何枚か残ってたブルーベリーの木など、量からすれば少しだけど、この季節なりの表情は見せてくれている。私にとっては、それもまたこの季節の趣なのだが、こういったことを一週間の滞在で分かってもらうのは難しいことだと思った。「これでも春から夏の草取りは大変なんだよ」と言えばよかったか。

「東京のエスカレータは、左側に立ってね」、「日本の町中では、煙草はどこでも吸えないよ」、「車は左側通行だから、道を渡るときは、右から見てね(ベトナムは右側通行)」などなどは、一言で説明がつくが、食べ物を含んだ季節感については、説明が難しい。

四季の中で暮らしている人間は、知らず知らずのうちに、それなりの感覚が根付いているんだなあ。それは雨期と乾期の熱帯の人たちに根付いている感覚があるのと同じように。そう思うと、まだまだ私が知らないベトナムのことがたくさんあるように思えた。

きっと、広く、人と人の間の誤解なんて、こんなことなんじゃないかと思う。

2016年12月13日火曜日

旅の土産は、400〜500人分

旅行に行って、義理土産を探し回るほど、煩わしいものはない。

こないだ、長らく世話になった「カンホアの塩」生産者の代表が退職間近ということで、彼と彼の鞄持ちの二人のベトナム人を日本に招待し、一週間の旅行を一緒にした。初めての日本ということで、京都→富士山→東京。コース・内容ともに超ベタだったものの、紅葉ど真ん中の京都や、部屋から富士山がでーんと一望できる旅館などに泊まった。こんなこともないと、こんな旅行は私にはないだろうと思った。

近頃、日本への外国人観光客が多いことは、知っていたものの、一緒に行動すると、「へぇー」ということがあるものだ。3年ほど前、イタリア人の旧友と日本を旅行したことがあったが、「外国人観光客」と言っても、イタリア人とベトナム人ではずいぶん違う。それもまた、いとおかし。

1.外国人観光客で、京都の一番人気スポットは、伏見稲荷

ネットでちょっと調べれば分かることだが、そういうことだったので、連れて行った。私にとっても初訪問。訪問者の8割方が外国人。あの千本鳥居と呼ばれる朱色の鳥居のトンネルが印象的なんだと思う。でもそのベトナム人二人は、途中で飽きてしまって、ちょうど中間地点ぐらいで、「もう、鳥居はいらない」と言い出した。すごい人数が列になって歩くので実質的に一方通行。ただ進むしかなかった。それにしても、

観光地、どこへ行っても、外国人

「今や外国人観光客がいないと、京都(の観光産業)は潰れます」とは、タクシーの運転手さんのお話だが、本当にそうだ。

2.河口湖畔の旅館の宿泊客の9割は外国人

旅館の方に質問したときのお答え。「週末は半分以上日本人になることが多いが、平日は9割は外国からのお客様です」とのこと。外国人観光客は、わざわざ料金割高な週末なんかに泊まらない。週末は、その日しか休みの取れない日本人が多くなるということだ。平日の五合目にも行ったが、8割は外国人観光客(アジア系多し)だったなぁ。

3.なんつったって、お土産がスゴイ

中国人観光客の「爆買い」と言われて久しいが、今回連れだったのは、ベトナム人。それもホーチミンなど都会のベトナム人ではなく、田舎のベトナム人だった。冒頭の写真は、彼らのお土産リストなんだが、リストになるのは、親しい人向けのお土産だけなので、これはほんの一部ということになる。私は、質問した。

「あなたたちは、いったい何人分のお土産を買おうとしているの?」
「全部でだいたい400〜500人ぐらい」

ぶったまげた。
最近、驚くことが少なくなってきちゃったなと思っていたが、これには久しぶりに驚いた。ぶったまげたが、その答えをにわかに信じられなかった私は、さらに質問。

「それは例えばどんな人たちなの?」
「会社の全従業員(およそ300人、詳しくは同じ会社でも、親しい人、遠い関係の人といろいろだが)、家族・親類はもちろん、自宅の近隣の人たち、知人・友人・・・・。周りの人たちを、幸せにしたいんだ」とは、この旅行の主役であるその代表者の話。

無論、お土産にもランクがあって、それがピラミッド型になっている。その底辺の300〜400人ぐらいの人たちには「(お印程度の)ちょっとしたもの」でいいらしい。しかし、大変なのは、(不公平感が出ないように)同じものということ。例えば、キーホルダーにしても、全く同じもの300個となると、ひとつの店にはなかなかない。そして、「made in Japan」と明記されてないとならない。「えー、そんなお印程度の安いもので、日本製なんかあるのかなー」と思ったが、これがあるのだ。

秋葉原のヨドバシカメラなど、外国人客の多い量販店に行くと、一膳100〜200円ぐらいの箸で、パッケージにでっかく「made in Japan」とか印刷されたものがあったりする。売る側も、買う側の事情をよく知ってて、その手の商品が並んでいるコーナーがあったりするのだ。見るからに、中国で作って日本で袋詰めしたかのような体裁で、とても「ちゃち」なものだけど、それを買うベトナム人は、その「ちゃち」さは十分承知していながらも、「これでないといけない」ということなのだ。お土産は、それがたとえどんなものであっても「せっかく日本に行ったのだから、中国製のものを買って帰っては馬鹿にされる」ということらしい。「同じ中国製でも、日本への輸出品と、中国国内向けの品物は違うと思うよ」と言う私の意見は通らない。

そして、家族など特に親しい人たちへのお土産も、これはこれで大変だ。その要求にはかなりのこだわりがあって、例えば、化粧品。「○○堂のコレ」などピンポイントで商品の外観写真などの指定があって、ちょっとでも違うといけないらしい。「そんなの発売時期がずれているせいで、少しパッケージが変わってるだけだよ」と言う私の意見は通らない。

この旅行に招待したのは、退職間近の代表者(主役)とその鞄持ちさん(脇役)なのだが、鞄持ちさんが必要なのがお分かり頂けたと思う。慣れない土地で青ざめながら奮闘してた彼が一番大変だった。彼は、京都や富士山など旅行の前半からお土産のことで頭がいっぱいで、そんな彼に私は「荷物になるから、お土産は最後の東京の二日間で買えばいいよ」と言っていたが、最初の二日間ぐらいでお土産ショッピングを済ませた方がよかったように、結果的に思った。写真のリストは、東京に着いてから見せてもらった。

まー、そんなあんなで、一週間の最後の二日間の東京滞在は、54年ぶりに降る11月の雪もあって、苦行のようだった。見渡す限りの見事な紅葉の清水も、雨に濡れて色っぽかった竜安寺の庭も、そして日の出前のぼんやりとした光の中に薄っすらと浮かび上がった窓枠いっぱいの富士山もぶっ飛ぶような、二日間の買い物でした。ジャン、ジャン。


2016年11月16日水曜日

ベトナム原発計画白紙

 きょうも、新聞の記事についてです。
日本は、官民一体となって、ベトナムに原発を売ることになっていたが、それが白紙になったという内容です。

11月10日の東京新聞に、上の写真の記事が載っていた。(クリックすると大きくなります)

2010年、当時の首相菅直人氏が、陣頭指揮を執る形で、日本の原発メーカーとともに、ベトナムに原発のプラントを売り込んだ。他国とも競合したが、ベトナムは、日本とロシアから2基ずつ「買います」となった。

2011年、東日本大震災。ベトナムは態度を保留し続けた。
その後、私は何度かベトナムを訪れていて、「原発は止めといた方がいいよ」と言っていたのだけど、ベトナムは慢性的な電力不足に悩んでいたし、政府の態度は変わらなかったしで、ベトナムの人たちは、口を閉ざしていた。日本では考えられないけど、ベトナムは共産党の一党独裁で、人々は国の方針には決して逆らわない。そして、急遽11月10日のこの記事になった。

私が「あれ」っと思ったのは。この記事だけでなく、この3日前にも似たような記事(こちらは「延期」という見出しの記事)があったことだ。(リックすると大きくなります)
「延期」にしても、「白紙」にしても、理由は「現時点で多額の投資は非常に困難」と全く同じ。また、2つの記事のソースは、両方とも【ハノイ=共同】。ハノイにある日本の共同通信社だ。ベトナムの要人は、たった3日間をあけて、日本の通信社に小出しに情報を提供したことになる。

アメリカ大統領選挙でトランプ氏の当選が確実になったのが、11月9日から10日ぐらいだから、それも関係していたのだろうかと疑いたくなるタイミングだ。

ベトナムは、多額のODAを日本から受けているから、あまり日本政府のご機嫌を損ねたくはないだろう。そのせいか、福島の原発事故以降、態度を曖昧にし続けていた。が、ここにきて、グッと「このままではマズイ」と、やや焦りながら「白紙」へと急に動いたように見える。慎重なベトナム政府だから、もうこの「白紙」は戻らないだろう。ベトナムは、原発回避を前提として、今後のエネルギーを模索していく方向に舵を切ったということだと思う。やれやれ。

2016年11月11日金曜日

「学校でうんちしない」こと

写真は昨日の東京新聞(夕刊)の記事。(クリックすると大きくして見られます)
私は、この記事にひとつ、もの申したい。ということで、このエントリを書きます。

まず、この記事の内容をざっと説明します。
  • 家庭のトイレは、ほとんど洋式だが、小中学校は56.7%が和式で、その多くは洋式に変えたがっている。
  • ただ、おカネの使い先として、トイレよりも耐震化という優先課題があって、なかなかトイレまで手が回らないのが実情である。
  • そして、「学校でうんちしない」児童は三割もいて(特に男子は39%と多い)、有識者からは、我慢することで便秘につながるといった健康面の懸念、(和式だと)床が汚れやすいなど衛生面の問題が指摘されている。
  • 例えば、東京・豊島区では子供から「古くて汚くて行きづらい」との声。また豊島区長は、「和式トイレは自動生徒のストレスになっている」と、向こう三年で13億円を充て洋式に変えようとしている。
  • 学校施設で改善が必要性と回答されているのは、第一位がトイレ(59%)で、第二位のパソコン・電子黒板を大きく上回る。
以上が記事の内容だが、この記事の主語である文部科学省や自治体が「本当に分かっているのか?」と私が心配して思うことがある。上記の記事内容の中の、特に下記の部分に注目して欲しい。

「学校でうんちしない」児童は三割もいて(特に男子は39%と多い)

なぜ、「特に男子は39%と多い」のか?

私が小中学校の男子生徒の頃、少しうんちを催す気分になったとき、うんち用の個室に入りたくなかった。この手のことは、気持ちの問題も大きくて、「学校ではうんちしないぞー」と意識すると、身体もそれなりに順応してきて、ほとんど学校ではうんちしないようになった記憶がある。

学校でうんちする気が起きない理由は、他でもない。休み時間などにトイレの個室に入りうんちしてて、それ誰かに察知されると、だいたいからかわれるからだ。

「おっ、誰かうんちしているぞ。誰だ?」となって、扉をドンドン叩く輩。手を濡らして、グーからパーにしながら個室の開いた上部から(少量だが)水を撒く輩。個室の床と仕切り壁の少し開いたところから覗いて、上履きの名前を見て、「あー、○○のやつ、うんちしてやんのー」と騒ぎ立てる輩などなど。さんざんからかわれるからなのだ。「いじめ」に近い感じを受ける方もいると思うが、私の小中学校時代これは、特定の児童生徒が受けることではなく、肩で風切って歩いてたような男子もやられてた記憶があるので、単なる「からかい」なのだけど、それにしても、困った習慣だった。ちなみに、もちろんその頃の個室トイレは全て和式。洋式に慣れていなかった私(を含めほとんど)は、和式の方がうんちしやすかったことを、忘れずに記しておこう。洋式の方が足に負担が少ないが、和式の方がふんばりやすかった。

ちなみに、私自身が、この「からかい」をした側か、された側かは、無責任のようだが、覚えていない。何度かしたような気もするが、されたような気もする。うんちをすると、臭いは拡散するし、遠回しに、「臭せえぞー」と迷惑がってからかっていたのかも知れないが、健康第一なのは言うまでもない。

だいたい小さな子供ほど、「うんち」「おしっこ」という言葉が好きなものだ。高校や大学では、こんな「からかい」は自然となくなっていたから、小中学生という微妙に子供な年代のことだと思う。

想像だが、その点、女子は、おしっこするにもうんちするにも個室だから、おしっこするついでにうんちもすることもきっとあるでしょう。私は、小中学生時代、そういう女子を羨ましく思った記憶がうっすらある。

この話しを、夕べ、現役の小学校三年生の息子に話したら、同じような「からかい」状況を笑いながら話していた・・・・やっぱ、そうか。そして、カミさんや小学校六年生の娘には、「男子は男子なりに大変なことがあるのね〜。初めて知ったわ」と同情された。

さて、新聞記事の話しに戻そう。

そりゃあ、慣れてない・古くさいという理由で、和式トイレ(個室)を使わない男子もいるでしょう。でも、いくらトイレを和式から洋式にしても、この「からかい」がなくならない限り、「4割の男子が、学校でうんちしない」の数字は大きくは変わらないのではないだろうか。順序からしたら、この「からかい」は全く無用なものだということを、小中学生に浸透させることが先だと思うのだが、どうだろう。

そういう意味も込めて、最後に、今年4月に「ウンチマン」と撮った写真を載せます。「ウンチマン」の話をし始めると長くなるので、また改めて。
 子供たちよ(特に男子)。学校のトイレでうんちしているお友だちをからかうのは、幼い子供のすることよ。自分だって、うんちしたくなったとき、不自由でしょ。

2016年10月27日木曜日

アルモン・デ・ブラザース

 1リットル紙パック入りの豆乳。使い切って紙パックをハサミで切って洗おうとすると、へばりついた豆乳のカス(固形物)が気になった。しかし、使い切る前によ〜くシェイクすると、豆乳カスが激減。アワアワの豆乳ラテも飲める。その喜びを書いたのが前のエントリだった。

そのエントリ書いてて、最後に思いついた「シェイクする前に折り目を伸ばすこと」(上の写真)。やってみたら、見事に大成功。下の写真のように、すっかりカスはなくなった。あー、気分がいい。あんまり気をよくしたのでまた書きたくなった。

昨今、どんどんいろんなものが便利になってるように見えるけど、その分、「工夫しなくなっちゃったな」とつくづく思う。例えば、出掛ける際、ネットの乗り換え案内なんてなかった昔はちっとも不便を感じてなかったのに、今じゃチェックしないと心配になる。携帯電話なんかなくても何とかなった。車のナビも同じだ。

この「なんちゃってクリーマー」は大したことないが、○○器がなくたって、他の「あるモン」でちょっと工夫すればいいじゃないか。と、しばしば思う。これを称して、

「アルモン・デ・ブラザース(またはシスターズ)」

というのは、どおだろう?
これは昔、友人が言ってた言葉。
最近、よく思い出す。

「アルモン・デ・ブラザース」だと、モノが売れなくなるのかも知れない。
「アルモン・デ・ブラザース」だと、経済は沈滞するかも知れない。
でも、いいじゃないか。それよりこっちの方が面白いぜ。

2016年10月13日木曜日

豆乳カスと、なんちゃってクリーマー

 3年ぐらい前までは、冷蔵庫の中にいつも牛乳があったのだが、ここんところはすっかり豆乳に替わってしまった。私の場合、かつての牛乳や今の豆乳は、主に朝のコーヒーに注ぐためのものだ。かつては低温殺菌の牛乳じゃないとおいしくないと思っていたにもかかわらず、豆乳にしてからは、不思議と牛乳だとやや抵抗感を覚えるようになってしまった。

思えば、牛乳から豆乳に切り替えたキッカケは、「想いやり生乳」だった。

★関連エントリ:
「想いやり生乳」と母乳(2013年10月8日)

「想いやり生乳」を飲んで、普段飲んでいた牛乳との違いを思い知った私は、とてもすんなりと普通の牛乳には戻れなくなってしまった。とは言え、「想いやり生乳」は我が家にとってはなかなか高価だし(送料もかかるし)、たまに飲むにしても身近に購入出来るものではないので、「想いやり生乳」には切り替わらなかった。そこで豆乳を常備して使っているうちに、「これでいい」となった。

最初は、小出しに使える200ml入り紙パックの豆乳を常備していたのだが、最近はもっぱら写真の1リットル入りにしている。無論大きい方がコスパがいいという理由もあるが、別の理由もある。

それは豆乳を使い始めて、ずぅっと気になっていたことがあったからだった。容量が小さくても大きくても、使い切った後、ハサミで紙パックを切って内側を水ですすぐとき、必ず固形化した豆乳がカスのようにへばりついていることだった。「んー、なんかもったいないなー。これもおいしいだろうにな」と思いつつも、その都度スプーンでこそいで食べるのも面倒だし、毎回ただただ水に流して洗っていた。

しかし1ヶ月ほど前、たまたま半分ぐらい使い終わった1リットル入り豆乳の紙パックを手にしていたとき、パックの内側の固形物(豆乳のカス)のことが気になり意識した。そして、「あ、そうだ」と、これをしっかりシェイクしてみた。その直後に、コーヒーに加えたところが下の写真。
泡立った豆乳ラテだぁ〜。ただしこれは出来損ないのクリーマーを使ったよう。そう、ちゃんときめ細かな泡が立っているわけではないので、ちゃんとしたクリーマーとは言えず、「出来損ない」のなんちゃってクリーマーだ。でも、これで、豆乳カスは激減した。

それまで多用していた200ml入りのパックはハサミで開封して使うのだが、1リットル入りのパックは、スクリュー式フタ付きなので、しっかりフタを閉めて心置きなくシェイク出来ることを付け加えておく。まっ、少し使った後でないと空間がないので、シェイク出来ないけど、それは後からしっかりシェイクすればいいだけさ。

また、その紙パックには上下に折り目がついていて、シェイクしてもその折り目の中には豆乳カスがたまってしまうのだが、そこ以外にはたまらなくなった。しかも、少しだけど泡立った豆乳ラテになる。めでたし、めでたし。

・・・・ん、いや、今思いついたのだけど、もしかしたら、使い切る前に、折り目を伸ばしてからシェイクすればいいだけかな。帰宅したら試してみよう。