2018年9月13日木曜日

「飴色」のアカシア酒


この春、5月7日のエントリ、ニセアカシヤを想う人間の気持ちで、「アカシア酒を仕込み、3ヶ月寝かせて完成(予定)」というところまで書いた。すっかり忘れていたが、昨日のこと、「このやたらと暑かった夏も終わりだな」などと思っていたら、床下に仕舞っておいたアカシア酒を思い出した。4ヶ月と少し経過していた。

残念ながら、4ヶ月前の味を今は完全に忘れているのだが、そのエントリをみてみると、「(25度の麦焼酎に)ほのかに甘い香りがついている程度」と書いている。しかし、今はとてもその表現だけでは物足りない。4ヶ月前のと比べたいが、そうもいかないのが歯がゆいところだが、「ほのかな甘い香り」は残っていて、ドライ(辛口)な麦焼酎の味に複雑さが増して柔らかくなっているように思う。こういうのを、滋味深いというのでしょう。

さて、次に色です。冒頭の写真が4ヶ月経ったきょうのもの。ちなみに、下が4ヶ月前のもの。


こういうの、「飴色(あめいろ)に変わった」と言うんでしょうか。薄い黄色から茶色になりました。ウイスキーやブランデーを琥珀色と表現するが、それの少し薄めか。

「飴色」という色または表現について、私は以前から気になってたので、改めて調べ、考えてみた。私が一番よく耳にするのは、料理レシピで、「タマネギを飴色になるまで炒めて・・・・」という表現なのだけど、

広辞苑(第七版)では、
「水飴のような色。透明な黄褐色。」

岩波国語辞典(第七版)では、
「水あめのような(透き通った感じの)黄色。」

wikipediaでは、「飴」のページに、
「食物を加熱した際の色合いの表現として「飴色(あめ色)」というものがある。これは麦芽水飴のような透明感のある琥珀色を意味している。」

上記3つに共通するのは、「(麦芽)水飴の透明感」だ。色自体は、黄褐色・黄色・琥珀色とそれぞれ。私が、秀逸と思ったのは、下記Webサイトの「飴色」の説明だ。「飴色」だけでなく、どの色の説明も興味深い。とてもいいWebサイトです。

飴色(あめいろ)とは?:伝統色のいろは
https://irocore.com/ame-iro/

詳しくは、是非、上記Webサイトにアクセスして直接その説明をお読み頂きたいが、「飴色」の説明を抜粋すると、

飴色(あめいろ)とは、水飴に由来する、深みのある強い橙色のことです。現在の水飴は無色透明なものが一般的ですが、古くからの水飴は麦を原料とした麦芽水飴で、透明感のある『琥珀色 』をしています。ちなみに、古くは飴といえば「水飴」を指しました。・・・・(中略)・・・・(使い込まれた家具・革製品、甘味が出るまで炒めたタマネギのように)「時間の積み重ねを表す色」ともいえるでしょう。

辞書よりずっと説得力がある。さすが。またここにも「透明感」という言葉が出てくる。そして何しろ「飴色」の飴は、麦芽水飴だということだ。

このWebサイトには、まずRGB・CMYK・Webカラーと、光の色・インクの色などの記載があって、とっても具体的。もちろん画面での飴色も見られる。これらの番号(数字)に麦芽水飴の透明感を表現する術はないが、ちゃんと元になった麦芽水飴の説明が、日本書紀も引用されつつ添えられている。実用的な具体面と、それだけでは足りないところに曖昧な人間の感覚をバランスよく共存させている。また、その色の名前の由来・背景を知る度に、その頃の人がどんなことを感じて暮らしていたかがうかがえ、それを感じるとき、まるで万葉の韻文を読むような感覚に囚われる。

そして、「時間の積み重ねを表す色」という表現。この表現は一見メタファー(隠喩)のように感じるが、どうなんだろう。はたして人間は、「時間の積み重ね」を色で感じるのだろうか。きっとそれは正確には、色というより広く「見た目」なんだと思う。インクの色・光の色だけではなく、その「見た目」をした物から人間は「質感」を感じるものだ。

麦芽水飴が透明感のある飴色に出来上がるまでの時間、昔の人は「早くできないかな〜」と待ち焦がれたような気がしてきた。その思いが、麦芽水飴の「質感」にこもっているのではないか。また、使い込まれた家具や革製品には、「質感」や深い色だけでなく、微妙なテカリがある。表現は乱暴ながら例えて言えば、使い込まれた水屋箪笥には麦芽水飴を薄く塗ったようなテカリがある。そのテカリを麦芽水飴の透明感に重ねたのではないか。新品の透明塗料とは異なると瞬時に人間は感じるのだ。そういった微妙に人間が感じる「質感」を含めた色の名前が「飴色」なんだと。

琥珀色なんかも似ているし、レモン哀歌の「トパーズ色」というのも思い出す。考えてみれば、人間は何かの物の色を見て、その色の名前を決めただろうから、どんな色の名前にも元来は、その物の「質感」が含まれているように思えてきた。

・・・・とまぁ、話が色の話になっちゃったけど、4ヶ月経過したアカシア酒。すっかり忘れていたとは言え、4ヶ月の「時間の積み重ね」の色ではあるし、透明感もあるので、「飴色」と呼んじゃいます。

日が暮れるのがずいぶん早くなった。この飴色を眺めながらチビチビと、夜長にやってみようかと思っている。

2018年8月28日火曜日

よく分からないことに歩み寄ってみる


世の中、よく分からないことがたくさんある。
上の写真は、私が住む東京・昭島市のゴミ収集車の後ろ姿。
黄色の背景で目立つ、何か貼り紙のようなものが貼ってあるのが気になった。

写真をアップにしてみると下。


文字を書き出してみる。

なくそう 食べ残し!
30・10(さんまる・いちまる)運動 実施中!


上記のヘッドコピーの下に説明書きがある。

宴会や食事会の開始から30分と終了前の10分間は 席について料理を楽しもう!


私には、この感覚が全く分からない。これってどういうこと? 余りにも分からないので、ここはひとつ歩み寄って、考え、想像してみようと思った。 

その前に、ちょっと話は脱線するが、二十歳の頃、サンフランシスコでメキシコ人の友人と食事をしていたときのことを少し。彼と食事をするのはそのときで数回目だった。彼はそれまでいつも注文した料理を残して食事を終えていたので、そのとき、私は彼に質問した。

「お前さん、いつも残すけど、無駄(モッタイナイ)じゃない?」
「だって、残さないと、これを食べる人が困るじゃないか。そぉ言ゃあ、お前はいつも残さないな」
「これを食べる人?」
「そうさ、ここの皿洗いや掃除の人など、これを食べる人がいるだろ。オレはその人たちのために、いつも残すようにしているのさ」

つまり、残すのは親切だと。メキシコの彼の家で働く人たちも、雇い主が残した食事を食べるのが習慣とのことだった。子供の頃から「残さず食べなさい」と言われてきた二十歳の私にとって、ショッキングな出来事だった。そのレストランで、『これを食べる人』がいたかどうかまでは確かめてはいない。ただ、自分の質問が浅はかだったことは思い知らされた。後日、共通の友人であるイタリア人にその話をすると、「彼んちはかなり金持ちだからな。そういうことは十分あり得る。オレは残さないけどね」とのことだった。

数年前読んだ、辺見庸の著書「もの食う人々」の中で、バングラデシュで著者が食べた食事が残飯だと、口に運んだ後に知らされ、反射的に吐き出すシーンが出てくるが、それを読んだときも、このメキシコ人の友人の話を思い出した。

さて、脱線した話を戻す。ときは2018年。ところは日本、東京・昭島市だ。

「食べ残し」はよくない。これは、分かる。ただし、分かるのはここまでだ。

まず第一に、宴会や食事会で食べ残しが目立つ事実があるということだろう。食べ残しが出たら、折り詰めなどにして、持って帰ればよさそうと思えるが、最近はいわゆる衛生上の問題でそれが出来なくなっている、なんて背景もあるのだろうか。またこれは、昭島市清掃センターが作成したステッカーだろうから、その食べ残しがゴミとして大量に出されているとも読める。清掃センターの人が、その食べ残しの多さを見るに見かねて、この「30・10運動」をしようと発案したとも。

そして、分からないなりに、ちょっと私の興味を惹くのが、「開始から30分と終了前の10分間」というところだ。なんじゃ、この特定された時間帯は、いったい。

まずは前半の「開始から30分」。

宴会や食事会の開始時、大概は空腹だろう。だから、「開始から30分」にまずは食べよ、と。考えられるのは、その裏側の現実。宴会開始から、料理が並んだ自分の席を立って酒類ばかり飲んだり、「どーも、どーも」とか挨拶したり、くっちゃべっていて、料理をたいして食べない。そしてそれは最後まで続く。だから、「食べ残し」がなくならないんだ、と。私からすると、「開始から30分」でしなきゃならない挨拶などが済んだら、それ以降に食べれば、それでよさそうなものに思えてならないのだが・・・・。きっとそこには開始から30分以降は食べられなくなる何かしらの事情があるのだろう。参加型の催しなんかがあるんだろうか。そのぐらいしか私には想像出来ない。

そして、後半の「終了前の10分間」。

終了前の10分間は、最後だから、残った料理がないかを今一度確認して、あったら食べましょう、または食べるよう周りに促しましょう。たとえ宴たけなわでも、最後の10分間ぐらいは冷静になって、しっかり残さず食べるようにしましょう、と。こういうことだろうか?

「30・10運動」というほど、昭島市では、そんなにしょっちゅう、宴会や食事会が催されているのだろうか。「開始から30分」、「終了前の10分間」の特定は、誰がどんな根拠で行ったのか? もう一度触れるが、この2つの時間帯以外だって、料理を食べることは出来るはずなのに、それが難しい理由は何だろうか?

こうして公金(税金)使ってステッカーまで作っているのだから、昭島市には説明責任がある、なんて野暮なことを言っているのではない。私が知らないだけで、きっとこういうことがあるんだろうと思う。むしろ私は、このステッカーを見て、

「あー、何て昭島市は平和なんだろう」

と、思ってしまうのだが、それはマズイのか。それほど「食べ残し」が問題になるならば、用意する料理を半分にしたらいい。手間・費用も減るし、最も「食べ残し」を減らすのに効果的だ。「客人をもてなすのに、足りないがあってはマズイ」ならば、「食べ残し」は出るものだ。

私が知らないだけで、世の中にはきっといろんな事情がある。いっぱいある。そういうことの中で、縁のあることについては、まずは歩み寄りが大切と思い、いろいろ考えてみたが、やっぱり世の中、よく分からないことがたくさんある。

後記:このエントリを書いた後、ネットで調べてみると、「30・10運動」は、長野県松本市で始まったとありました。また、私が自分の食べ物が、誰が残したか分からない「食べ残し」しかなくなったときのことを想像してみる。間違えなく、その「食べ残し」を食べるだろう。最初は少しの抵抗感があるだろうが、しばらくすると慣れると思う。

2018年8月7日火曜日

公営プールの石鹸使用


ここ2〜3ヶ月、私は近所の公営プールに週に3〜4日通っている。その公営プールの更衣室に入ると、目立つ壁に冒頭の張り紙がある。

「シャンプー・リンス・せっけんは使用できません」

そして、更衣室の隣にあるシャワー室の入口には、下記の張り紙。


「石鹸及びシャンプー禁止です」と、黄色背景に赤色の枠がついて、さっきの「使用できません」より強い言い方になっている。その脇には、「利用光熱費(¥290)の設定額を検討せざるをえなくなります。・・・・」と具体的な金額にも触れられている。(画像をクリックすると大きくなります)

さらに、今度はシャワー室内部、つまりシャワーを浴びる場所に入ると、下記の張り紙。


今度は、「床がすべって大変危険」、「カビの繁殖など不衛生」と改めて踏み込んだ理由も記され、かなり強く「禁止」が訴えられている。

実は私はこの公営プールには、20年以上前にも通っていた。細かく言えば当時は、東京都の管轄で、今は昭島市の管轄になっているのだが、当時も「シャンプー・石鹸は禁止」だった。でも、こんな三段階にしてまで「禁止」を訴えてはいなかったと記憶している。

当初、私は、この禁止の理由は、金銭的な点において、銭湯との関係にあると思っていた。銭湯の入浴料は400〜500円、このプールは290円(回数券利用で260円)。子供は140円。このプールのシャワー室の隣には、足を思いっきり伸ばせるほどの湯船もあるので、銭湯のような設備でもある。もしも、シャンプー・石鹸を使えたら、銭湯代わりに使う輩(やから)が出てきて、公営プール本来の目的に反するというのが、私が思っていた銭湯との関係の理由だ。そして、当時、自宅のアパートに風呂がなく、銭湯通いをしていた私は、「プールで石鹸使えたらいいのにな」と思っていたが、同時に、それでプールで泳がない輩に湯船やシャワーが占領されたら困るので、それは適切な判断だとも思っていた。

しかし、最近のこの三段階の「禁止」の張り紙を見て、かつて思った銭湯関係の理由ではなく、本当に「床がすべる」、「カビの繁殖」というのが真の理由なのではないかと思うようになった。銭湯代わりに使う輩対策の方便として、ここまでは言わないと感じたということだ。もう一歩踏み込むと、「床がすべる」、「カビの繁殖」を解決するためには、きっとより頻繁に掃除をしないとならないだろう。そうなると人件費もかさむ。また、石鹸で身体を洗うと、シャワーの使用時間も増え、水道光熱費もかさむだろう。というあたりが本当の理由かと。(公営ではなく)民間のプールやフィットネスクラブでは、石鹸禁止はないだろうから、こうした金銭的な理由が大きいのではないか。公営だから、いくら少額でもそれが大きな問題であることは分かる。

私は、東京の下町育ちで、子供の頃は銭湯通いが当たり前だった。だから余計に銭湯との関係を意識していたが、時代背景として、今どき、いくら安上がりだからといって、公営プールを銭湯代わりにする輩がいったいどのくらいいるだろうか? そう考えると、私が思っていた銭湯関係の理由は時代錯誤のように思い直した、ということもある。

改めて、公営プール本来の目的は、

「市民が水泳というスポーツにより親しみ、健康に繋げる」

ということだと思う。そういう本来の目的として使っている私は、「ここで石鹸が使えたらより便利で、よりプール通いが頻繁になるんだけどなー」と思ってしまう。どうも、プールでシャワー浴びた後にうちでシャワー浴びようという気になれない。つまり「きょうは石鹸使いたいから、プールに行かずにうちでシャワー浴びよう」という日がなくなる。そうなれば、より泳ぐ機会が増え、健康に繋がるというものだ。

先述の「利用光熱費(¥290)の設定額を検討せざるをえなくなります。・・・・」の張り紙を改めて見てみる。私としては、その設定額を検討してもらいたく思っている。石鹸使用可の新しい設定額を計算&発表してもらって、それを市民に問いたい。この場合、賛成半数では少なすぎだろう。賛成9割を越えるのならば、石鹸使用可にしてみてはどうだろうか? それとも、10円でも値上げは公の利益に反することになるだろうか? 350円ぐらいまでだったら、みんな(9割以上)が喜ぶんじゃなかろうかと思うのだが、どうであろう?

2018年7月18日水曜日

梅干し、土用前の土用干し(まとめ編)


 「梅干し、土用前の土用干し(土用干し編)」に続き、今回はそれが終わった時点でのエントリ。私なりの結論を書こうと思う。

昨日、3日目の土用干しが終わり、梅干しの仕込み作業は全て終了。あとはこれを瓶に移して、冷暗所に保存するだけ。私の場合、この次の作業は、来年春の「瓶替え」となる。

瓶替え(2012年4月12日)

さて、今年の梅干しの仕込みでの新たな試みの筆頭は、このエントリのタイトルにもあるとおり、「土用前の土用干し」だ。土用干しのタイミングを、本来の土用(7月末から8月初旬)よりも、およそひと月早い7月初旬に早めたということだ。

これは私に残っている印象なのだが、私が住む関東地方では、ここ数年、梅雨明けが7月初旬から上旬のことが多かった。その梅雨明け直後の数日は、真夏のピーカンの日が続くのだが、いざ土用の頃になると、天気予報は晴れでも、短時間の夕立やゲリラ豪雨があったり、雨こそ降らなくても、薄曇りの日が続いたりした。したがって、土用の頃の土用干しを想定して段取りしていた私の「3日間の土用干し」は延びに延びて、結局8月末になることが続いた。さすがに8月末になると、徐々に真夏の陽差しではなくなってくるし、そろそろ秋の雰囲気も漂ってくる。9月でも干せなくはないが、どうせなら、真夏のピーカンの日に干したい。それなら、あの7月上旬の梅雨明け直後がよかったではないか。よし、今度の土用干しは、土用の頃ではなく、7月上旬を想定して、それまでの準備をしよう・・・・、ということで、今年の新たな試み、「土用前の土用干し」とあいなった訳だ。

ご参考まで、気象庁発表の、1951年以降の梅雨入りと梅雨明けの「関東甲信」は、下記のページ。(このページから、他の地域のデータへもリンクしています)


ん〜、ここ数年やや早まっているかな。
また、もう少し細かく、Yahooの「過去の天気」を調べてみると、意外にも梅雨明け後は大ざっぱに「晴天マーク」になっている日が多い。データを見ると、こうなるのだが、現実問題として、私の記憶または印象は異なる。それは「梅雨明け」になっても終日晴天の日があまりなかったり、先述のとおり、「晴天マーク」の日でも一時的に雨が降ったり薄曇りだったり。ここ数年、私はスッキリと土用干しが出来ていなかった。
そして、今年の関東の梅雨明けは、何と記録史上最も早い6月29日だった。実際に私が行った土用干しは、7月3日・4日、そして昨日(17日)の3日間。思いっきりピーカンの陽差しの下で土用干しが出来た。冒頭の写真は、昨日の最終日のもの。そして、アップの写真が下。梅干しから塩が粉吹いてしっかり干されている。ちなみに、これが数ヶ月保存すると、ゆっくりと湿気を吸って塩は消え、赤い梅干しになる。


無論、7月上旬に土用干しするためには、土用干し前までの段階を早めに踏んでないとならない。短くても、梅の塩漬けに一週間、赤ジソ加えて一週間は欲しいところだ。土用干しを7月5日と想定すると、逆算して、梅の塩漬けは、6月20日頃までには行いたい。私の場合、最近梅はサムライ菊の助さんから送ってもらっている。九州なので、関東より1〜2週間早い。それが功を奏して、6月15日頃に塩漬けを行った。

そろそろ、まとめます。

6月20日頃までに熟れた梅干し用の梅を入手して塩漬けが出来るという前提条件はあるものの、それで「土用前の土用干し」、つまり7月上旬に土用干し出来る段取りにした方がいいと思う。

このエントリをリアルタイムで読んでる人は分かると思うが、6月末の梅雨明け以降、この二週間の関東地方の暑さは尋常ではない。雨も降らず、連日35℃以上だ。梅干しの土用干しには文句なく、うってつけ。塩漬け→赤ジソ投入後、なかなか土用干し出来ないと、カビの可能性が高まるが、7月上旬に土用干しが終わると、その心配はほとんどない。たとえ天気がよくても(個人的都合で)7月上旬に土用干し出来ない場合も、あと一ヶ月の間に干せばいいので、心に余裕が持てる。

あとこれは人にもよるが、8月中旬はお盆で、何かと用事があったりする。その間ピーカンでもなかなか干せない現実がある。それで「カビは大丈夫かな〜」と憂いながら、何とか8月末に何となく土用干しした、というよりも、「土用前の土用干し」の方が気楽だ。

さてさて、皆さんお気づきと思うが、「土用前の土用干し」の段取りで、たったひとつ欠点がある。梅雨明けが、7月末から8月上旬になった場合だ。赤ジソ投入後から土用干しまでが一ヶ月ぐらいになり、カビの可能性が高まる。それでも、私は、「土用前の土用干し」を前提とした仕込みがいいと思う。梅雨明けが7月末から8月上旬になったとしても、それでちゃんとピーカンになってくれさえすれば、しっかり干せるからだ。無論、梅雨明け宣言前でも、ピーカンの日があれば、干せばいい。

要は、ちゃんと干せるピーカンの日の候補日を出来るだけ多く確保すること。いつその日が来るかは不確かながら、幅広く待った方がいいというのが私の考えだ。土用干しスタンバイOKの段階を早めにしておけば、その分その幅が広がることになる。したがって、「土用前の土用干し」、つまり7月上旬に土用干し出来る段取りにした方がいいと、私は思う。

きょうは、7月18日。まだ土用になっていないのだから、こう言い切るのも時期尚早かも知れないが、土用以降の天気がどうなろうとも、「幅を広げておく」という意味で、私は来年も「土用前の土用干し」の段取りで梅干しの仕込みをしようと、もうすでに思っている。口の中に唾液が溜まってきた。

正統派・梅干しレシピ(top) | 天日海塩 カンホアの塩

2018年7月17日火曜日

暑さで一緒になりそうな別件

先週のこと、東京のJR御茶ノ水駅のプラットホームを歩いていて、五千円札が落ちていた。先を急いでたので、「これを駅の事務室に届けに行って、状況説明して連絡先を書いたりなんかしていると、待ち合わせ時間に遅れちゃうな。どうしようかなー」と、足下の五千円札を眺めつつ思案してたら、横から来たオジさんが、腰をかがめてサッと拾い、下から私を見上げて一瞬無言で睨んだ後、そのまま足早に雑踏へと消えていった。もちろん、振り返ったりはしない。

これで待ち合わせに遅れる心配はなくなったものの、「トンビに油揚げさらわれた」感が残った。が、まぁ、気持ちを切り替えて、待ち合わせの秋葉原駅へと向かう電車に乗った。

ところで、私は今月6日に、新幹線で関西へ出張した。その日は、記録的な西日本豪雨。大変な被害なので、私の不便など取るに足らないものの、東京から新神戸へ向かっていたのだが、その広島行きの新幹線は新大阪止まりとなってしまった。新幹線はじめ、多くのダイヤは大きく乱れ、降り立った新大阪駅の構内は、払い戻しをしようとする人の何本もの長蛇の列と、行き先を失った大勢の人で、混雑していた。アナウンスは繰り返し、「本日の払い戻し分は、一年間有効です。改めての際にお願いします」と鳴り響いた。

そして帰京後3日たった、東京・JR秋葉原駅。先の御茶ノ水駅の直後、改札での待ち合わせ時間まで10分あったので、みどりの窓口をのぞいてみた。待ってる人が誰もいなかったので、先日の払い戻しを試みた。すると、対応した窓口の人は「この新幹線が新大阪止まりになった確認を取りますので、少々お待ちください」と奥に引っ込んでしまった。10〜15分過ぎ、待ち合わせの時間を過ぎてしまった。窓口に戻ってきたその人いわく、

「乗車券は、新大阪から新神戸までの分、そして、特急券は東京から新神戸までの分(5千数百円)が払い戻しになります」。

新幹線は3時間遅れたものの、新大阪までは行ったのだから、特急券も新大阪から新神戸までだけが払い戻しになると思っていたので、意外だった。

「えー、特急券は東京からの全線分が払い戻しになるんですか?」

と思わず質問。
するとその窓口の人も不安になったみたいで、再び「少々お待ちください。もう一度確認してまいります」。即座に私は、「今、実は待ち合わせの時間になってしまったので、いったんここを離れて、5分後に戻って来ます」と了承を得て、待ち合わせ場所へと向かった。5分後、窓口に戻ると、

「やはり、特急券は全線払い戻しと確認が取れました」。

まぁ、決まり事とは言え、5千円得した感じ。御茶ノ水駅の五千円と相殺されるような気がしなくもないと一瞬脳裏をよぎったが、いやいや、これは全くの別件だ。

そしてまたその数日後の先週末、私は知人と酒を飲んだ蕎麦屋に、帽子を忘れた。店に入ったときは陽差しが強かったが、出るときは日が暮れていたんだ。その帽子は、たしか五千円ぐらいで買ったもの・・・・。いやいや、これも全くの別件だ。

その2日後の月曜日(祝日)。

私は自宅近所の体育館にあるプールに行った。5枚綴りの回数券(1300円)を1枚ずつ切り取って使うのだが、入場の際、その券のウラに入場時間が印字される。(2時間まで追加料金なしなので) 30分泳いだ後、窓口で渡す印字された券が見あたらない。なくしたのだ。仕方なく、そのまま窓口へ向かうと、窓口の手前の廊下に100円玉が落ちているのを見つけ拾った。窓口はすぐそこだ。まずは自分が券をなくしたことを話すと、「何時頃、入場しましたか?」。「5時半ぐらいだったと思います」。「回数券でしたか?」。「はい」と、1枚だけ残った自分の「1番」の回数券(5枚綴りの最後の1枚・・・・冒頭の写真)の回数券を見せた。「2番」(5枚綴りの最後から2枚目)の回数券を持った窓口の人は、「あ、間違いないですね。更衣室に落ちてたみたいで、届けてくれた人がいました」。

「ええっと、別件ですが、これ、さっきそこの廊下に落ちてたものです」と、100円玉を渡した。

ホームに落ちてた五千円も、意外な新幹線の払い戻しシステムも、蕎麦屋に忘れた帽子も、プールでなくした券も、拾った100円玉も、みんなみんな、別件だ。でも、それらが皆、この夏の暑さに取り込まれた、ひとつの夢のようだっだ。あ〜、暑い。

早く蕎麦屋へ電話しなきゃ。

2018年7月3日火曜日

梅干し、土用前の土用干し(土用干し編)


先のエントリ、「梅干し、土用前の土用干し(準備編)」に続き、今回はその「土用干し」そのもの編。

6月29日に東京が梅雨明けとなった。「関東甲信でこれまで最も早い梅雨明けは2001年の7月1日だった」らしいので、記録更新とのこと。今年の新たな試みである、「土用前の土用干し」を昨日から始めた。上の写真は、2日目の今朝のもの。

予想より2〜3日早かったものの、概ね予想どおり。今年もやはり、梅雨明けのタイミングは、ここ数年と同じように早かった。というより、私の中では、7月20日過ぎの梅雨明けは過去のものとなった感がある。夏の土用とは、立秋直前の18日程度を示すが、今夏の土用の天気はどうなるだろうか。よ〜く成り行きを見ていたいと思う。

さて、今年新たな試みとして、土用干しのタイミングを早めたことの他に、赤ジソの量を少し減らした。去年までは、梅の重量の20%にしていたが、それを15%に減らしてみた。

去年初めて行った試みは、赤ジソ投入後、土用干し前の一週間、重石をはずしたことだった。(これを「重石はずしの術」と呼ぶことにする)重石がのってると、梅と梅がくっついて、赤梅酢が梅に染み込みにくい。重石をはずすと、赤ジソや梅が梅酢の水面から出てしまうので、そこがカビのキッカケになりやすいというリスクはあるのだが、「重石はずしの術」を一週間と限ってやってみた。すると、それはそれは真っ赤になった。それが下の写真。去年、土用の頃の天気が悪く、困ってた様子も下記のエントリに書かれている。

きょうしかない、梅干し土用干し(2017年8月9日)


冒頭の今夏の梅干しの写真とは日光の加減が違うので、そのまま比較は出来ないが、明らかに20%と15%とでは異なる。あと詳しくみれば、本漬け(赤ジソ投入後)の日数が去年の方が2倍ぐらい長いので、その点も違いはあるかも知れないが、赤ジソの成分・色をしっかり梅にしみ込ませたいなら20%、程々になら15%ぐらいがいいだろう、と思うに至った。

それでまぁ、梅雨は明けたとはいうものの、東京の天気予報を見ると、明日以降から怪しくなる。ただ、去年は、8月下旬まで干し終わらなかったので、ずいぶんヤキモキしたが、今年それはない。たとえ明日から天気が悪くなったとしても、まだ7月3日なので、まだまだカンカン照りの日はあるだろうなーと、心に余裕を持てるからだ。

今年はどんな夏になるのだろう。

と客観的にもなれるのは、土用干しを土用前に始めたせいと思う。今後ひと月からひと月半ぐらい様子をみることになるが、梅干しの土用干しは、「土用前に」。鬼に笑われそうだが、これは来年もそうなりそうなりそうと、すでに思っている。

次エントリ:梅干し、土用前の土用干し(まとめ編) (2018年7月18日)

2018年6月27日水曜日

梅干し、土用前の土用干し(準備編)

 梅干しの仕込みのクライマックス、「土用干し」。カンカン照りの下、3日間行うのが一般的だ。梅を天日干しするタイミングが土用の頃が適していると、そもそもこの名前がある。しかし、私が感じるに、ここ数年の土用の頃の天気が差ほどよくなく、土用干しに苦労している。私が住む東京でのことだ。

これまでの私の感覚では、7月20日から25日ぐらいの学校の夏休みが始まる頃、梅雨が明け、7月末から8月初旬ぐらいまでの間、カンカン照りの日が続くというものだった。概ねこの頃が暦の上で夏の土用と重なる。しかしここ数年、梅雨明けが滅法早くて、7月初め。その後2週間ぐらいカンカン照りが続いて、「え〜、こんなに早く梅雨が明けて、この夏は暑い日が長くなりそうだ」との心配とは裏腹に、その後は結構雨や曇りが多くてそんなに暑くならない。カンカン照りが何日も続くことがほとんどないので、なかなか土用干しが出来ない、または途切れ途切れの土用干しとなる。東京では、7月末から8月初めに大きな花火大会が多いが、雨の中の決行もしばしばだ。

土用干しが出来ない、または長くかかるということは、梅が瓶の中に漬かったままになる時間が長くなるということ。そうなると、カビの心配が増すこととなる。

・・・・という訳で。

今年2018年は、思い切って、7月上旬に梅雨が明けるとの予想の下、7月上旬に干す計画を立ててみた。つまりは、その前段階の梅の塩漬け、そして赤ジソ投入のタイミングを少し早めた、とういことだ。

先週金曜日、しっかり白梅酢が上がったところで、赤ジソを投入し、赤ジソと梅が梅酢にギリギリ浸かる程度の重石をした。その5日後の今朝の状態が、冒頭の写真だ。しっかり赤ジソの成分・色が梅酢に移っている。一週間後ぐらいに、土用前だが土用干しをする予定なので、完全に重石を外した。それが下の写真。
こうすると、ご覧のように、赤ジソと梅が梅酢の水面から出てしまうので、その箇所がカビのキッカケになりやすくなるのだが、重石がのった状態だと、梅と梅がくっついて、そのくっついたところに赤梅酢がしみ込みにくくなる。だから、去年から土用干し前の最後の一週間に限って、重石を外すことにしている。こうすると、梅に赤ジソの成分がしっかり染みこみ、真っ赤になる。

これで、「土用前の土用干し」の準備は整った。

去年の最後の一週間の「重石外し」、そして、今年の「土用前の土用干し」。今年で、18年目になる私の梅干し仕込みだが、毎年、いろいろと試してみたくなることがある。もちろん、その梅干しを食べるための仕込みなのだが、試したいことがあるので、止められないという側面もある。

ちなみに、今年2018年の(夏の)土用は、7月20日から8月6日。この「土用前の土用干し」を、何と呼べばいいのか? うまい言葉が見つからないので、ちょっと長いけど、「土用前の土用干し」と呼ぼうと思う。

今年は、一週間後(7月初旬)の梅雨明けを前提にここまで来たが、そうなるとも限らない。一週間後に、改めて報告のエントリを書きたいと思っている。

次エントリ:梅干し、土用前の土用干し(土用干し編) (2018年7月3日)

参考:正統派・梅干しレシピ | 天日海塩 カンホアの塩