2016年8月22日月曜日

とろ、トロ、長い瀞


渋滞で車がトロトロ走る。
とろ〜りハチミツ。
仕事がとろいヤツ。
岩畳の長瀞(ながとろ)。

「とろ」という音には「ゆっくり・緩い」といった響きがある。

先日、家族で埼玉の長瀞へ行ってきた。
長瀞が観光地になっている理由は、かき氷だけでなく、その地質学的な名所である、岩畳だ。ライン下りの船にのって、船頭さんにこの岩畳の話を聞いた。

この岩畳は、通常なら地下のずっと深いところにある岩盤が広く隆起したものであるとのこと。したがって深く掘らなくても深い岩盤の研究が出来るので、地質学的に希少な場所とのことだ。横に広く平らな岩盤が隆起したのだから、その地表は平らになる。その平らなところに川(荒川)が流れているから、その川の流れは緩やかになる。川が緩やかな流れのところを「瀞」と言うらしい。そして、ここは、この「瀞」が長く続く場所なので「長瀞」という地名になったとのお話だ。へぇ〜。

「瀞」の文字をよく見ると、「三水(さんずい)」に「静」みたいな字。水が静かに流れるとも読める。

数十年前、私が今の息子ぐらいの歳の頃、親父に連れられ、長瀞へ行ってライン下りをしたことがある。そのときは川のしぶきがじゃばじゃば船に入って来てスリル満点だった記憶があるのだが、今回、スリルはほとんどなし。夏場は水量が少ないのが理由らしい。子供の頃行ったのは雪解け水が流れていた春だったか。

ただ考えてみると、長い瀞でライン下りとは、トロトロのはず。乗った船のコースでは、長い瀞の少し上流からスタートし、少しのじゃばじゃばの後、あるときを境に一粒の水しぶきもない穏やーかな長い瀞になって船はゆっくり進んだ。そのメリハリがいい。瀞がよりとろく感じた。所要15分〜20分。猛暑の中、瀞の穏やかさと木々に囲まれた静けさ中の渓流の涼しさは爽快であった。もう少しその静けさの中にいたかった。一緒に行ったうちの子供たちにとって、長瀞のライン下りは、私と違って、動的スリルよりは静的涼しさの印象が残ったような気がする。

ライン下りの後は、流しそうめん。こちらの流れは本当に急で早かった。


流しそうめんの順番待ちの間、岩畳近くの河原に座って子供たちと石拾い。私は畳のような岩のかけらを見つけたので、記念撮影。

2016年8月19日金曜日

骨付きもも肉の照り焼きと舌ビラメのムニエル

先日、小学3年生の息子の誕生日にあたって、子供たちはカミさんから「何が食べたい?」ときかれ、「鶏の骨付きもも肉の照り焼き」との答えだった。傍らでそれを聞いていた私はちょっと意外だった。

なぜかというと、40〜50年前にもなる私の子供の頃も「鶏の骨付きもも肉の照り焼き」に憧れがあったからだ。「こんな何十年経っても同じようなのが食べたいだなんて」とちょっと意外だったわけだ。

私の子供の頃、近所の鶏肉屋さんや焼き鳥屋さんの店先で、鶏の骨付きもも肉や鶏の丸焼きがグリルされながらゆっくりとグルグル回っていた。照り焼きだったから、照明に照らされたその表面はテカテカと赤黒く光っていた。香ばしい香りをかぎつつ、グルグル回っているその様をを眺めて、「あー、いつかこれ食べてみたいなー」という憧れの食べ物だった。また、焼き終わって並べられていたもも肉の突き出た骨の部分にはアルミホイルが巻かれていた。その鶏皮の赤黒いツヤとアルミホイルのキラキラのコントラストがたまらなかった。ただし、憧れだったので、実際のところ、子供の頃、それを食べた記憶はない。うちの子供たちにとっては、手が届くものなのだから、その点は異なるな。

また、トムとジェリーなどアメリカのアニメだったと思うが、ご馳走というと、骨付き肉。そして、手で持つところの突き出た骨の根元には赤いリボンが巻かれているイメージだ。当時の私にとって、このテレビの虚構の世界が、近所の鶏肉屋さんでグルグル回っている現実の世界に繋がっていて、単なる憧れ以上のものがあったと思う。

今の子供たちは、私のような経験はないだろうし、どうして「鶏の骨付きもも肉の照り焼き」に辿り着いたのだろうか。例えば、ワンピースのルフィーが、骨付き肉をかじって「この肉、うっめー」というシーンがしばしばあるが、そのへんか。今度、子供たちにきいてみよう。

ところで、私の子供の頃の話しは、東京の下町でのことだ。鳥取の田舎で幼少の頃を過ごしたうちのカミさんは、また違う。彼女は、近所に住む祖母の家にたまに招かれ、ご馳走になった「舌平目のムニエル」が忘れられないと言うのだ。いろいろ聞いてみると、どうもそれが私の「鶏の骨付きもも肉の照り焼き」に近いようだった。私のように手が届かなかったわけではなく、実際に食べた体験としての思い出としてだけど。数十年も前の田舎で、「舌平目のムニエル」とは何ともハイカラだ。それもバターをたっぷり使ってムニエルにし、仕上げに青じその千切りを散らすというのが、その祖母がお気に入りのスタイルだったらしい。青じそもハイカラぁ〜。田舎といっても海に近いので、舌平目もときどき手に入っただろう状況を付記しておく。

さて、私が初めてこの古典的な「舌平目のムニエル」を食べたのはいつの頃か。私の両親では考えつかなかっただろうから、たぶん子供の頃ではない。二十歳頃、ウェイターとしてアルバイトしていた渋谷のレストランのメニューに「舌平目のムニエル」があった。「おめぇら、知らねぇだろうが、フランス料理といやぁ、この舌平目のムニエルだぁ。ソール・ムニエルってんだー、覚えてとけ」と、私と同じ東京の下町出身のシェフの下町訛りの口癖だった。私はお客さんにいつもサーブしていたものの、そこでは一度も食べたことがなかった。しかし同じ頃、表参道の交差点際にあった「Fish Market」というレストランに入ったとき、メニューに「舌平目のムニエル」があり、ここぞとばかりに思わず注文した記憶がある。味は覚えていないものの、レストランの名前・場所を覚えているのが不思議だが、だぶんそれだけ特別なものだったのだろう。最近は意識したことはないが、今どきのフランス料理のレストランではもうメニューにないのではなかろうか。

さてさて、息子の誕生日に話しを戻す。

子供たちには「鶏の骨付きもも肉の照り焼き」、自分と私には、青じそを散らした「舌平目のムニエル」を、カミさんは料理してくれた。冒頭の写真は、私の皿の「舌平目のムニエル」がそろそろ食べ終わるところ。縁側は小骨が多くて食べにくく思っていて、最後に片側だけ残ってしまった。それを見たカミさんは「この縁側がパリパリしてうまいのよー」との年季の入ったアドバイス。言われるままに、残った縁側を食べると、魔法がかかったように、小骨も気にならず、うまかった。この「舌平目のムニエル」はバターたっぷりで、縁側の小骨もパリパリなのだ。

そんなわけで、子供たちの「鶏の骨付きもも肉の照り焼き」の骨には、私はアルミホイルを巻き、その上に去年のクリスマスで余った赤いリボンを結んでみた。

2016年8月12日金曜日

「日光天然かき氷」の穴場

猛暑が続く。
こんなときは、プール、冷やし中華、かき氷。

ということで最近は、ふわっとした口溶けの「日光天然かき氷」なんてのが流行っている。練乳やシロップ類も自家製の有名店も数あれど、この猛暑の中、とても一時間もの行列なんか並んでられない。でも、天然氷のかき氷、一度は食してみたいなーなんて思ってはいた。

で、先日、うちの子供たちの「夏休み、どっか連れてってー」に応えて、東京スカイツリーに行ったときのこと。展望台の後、プラネタリウム、水族館とまわって、涼しくなった後、隣接のソラマチをぶらぶらしていると、「日光天然かき氷」(750円)のポスターが目に入った。カウンター越しにお姉さんが二人、客待ちをしているほどで、行列はなく、一人も待っていない。

この「日光天然かき氷」のシロップは、とちおとめ製の、いわゆるプレザーブタイプ(イチゴが大粒で残っている)のイチゴジャムソースのみ。ということで、上から下まですっかり栃木県。ここは、栃木県のアンテナショップだった。このお店の前がちょうどベンチが数個あるちょっとした休憩場所になっていて、そこに座って、家族四人で頂いた。

初めて食べた「日光天然かき氷」。冒頭の写真のように、粗めに削られたように見える氷は、口の中でフワッと溶けた。なるほど、この感じ、とてもいい。四人で食べたせいもあろうが、あっという間に食べ終えた。流行る理由が分かる気がした。

ところで、以前、鵠沼にある、とある有名天然かき氷店の店主がラジオに出演していて話してたことを思い出した。氷の温度がポイントらしい。通常の冷凍庫の温度は、マイナス17℃だか18℃。したがって、氷もその温度。しかし、天然氷のかき氷は、マイナス3〜4℃ぐらいと言っていたような記憶がある。かき氷にする前に、マイナス3〜4℃になるまで氷を外に置いて、適温の氷をかき氷にするらしい。夏場の行列についてその店主、「夏場以外なら、並ばなくて済みますよ」。それを聞いて「夏場以外にかき氷なんて」と思ったが、時季に合わせて、氷の温度を変えているということだから、そんな単純な話しではない。

さてさて、マイナス3〜4℃の氷だと、口の中ですぐ溶ける。これがフワッとした口溶けだ。頭が痛くならないのも、あんまり冷たくないからだろう。きっと、マイナス17℃なんていう冷たさは、そもそも人間にとって生理的に冷めた過ぎるのだ。だから頭が痛くなる。実際に食べてて、この3〜4℃の温度が心地よい。心地よく受け入れているから、身体は警戒することがない。そして心地よく受け入れられた「冷たさ」は、冷凍庫製の氷より「冷たく」感じてしまうところが妙なるところだ。

「日光天然かき氷」、一度は食べてみたいけど、有名店で並ぶ程ではなく、一度ぐらい東京スカイツリーに行ってもみてもいいかなと思う人にとっては、このアンテナショップの「日光天然かき氷」は、穴場かも。まだまだ暑そうだしね。


2016年7月21日木曜日

カフェ・チョンの幸せ

先週末、ベトナムからの来客があり、お土産に「カフェ・チョン」を頂いた。ベトナム語のチョンは、日本語ではジャコウネコ。この「ジャコウネコ・コーヒー」ついて、ベトナムで語られる有名な話しがあるので、ちょっと説明します。

まず、(野生の)ジャコウネコは、コーヒーの実を「選んで」食べる。その実はやがてウンチになるが、硬いコーヒーの種は未消化のまま。コーヒー園の中に落ちているその未消化のコーヒーの種を集め、洗って乾燥させる。そのコーヒーの種だけを焙煎したコーヒーということだ。ベトナム人に「カフェ・チョン」のことを質問すると、人によってディテールが微妙に違うのだが、だいたいこういうこと。

だから、「カフェ・チョン」には独特のおいしさがあり、大変希少なコーヒーということになっている。17〜18年前だったか、私がこの話しを初めて聞いた当時でも、町中のコーヒー豆屋さんには高価だが「カフェ・チョン」がさほど珍しくなく売られていた。

ところでベトナムには、この手のストーリーがときどきある。どの鳥だったかは忘れたが、ある特定の鳥が食べた唐辛子(チリ)の糞から集めた種を育てた唐辛子、とかね。その唐辛子を生でかじったことがあるが、外見は小ぶりで、青唐辛子の緑色とともにうっすら赤味がかったものもあった。かじると他のベトナムの唐辛子よりやや鋭い辛さだった記憶がある。

なんかね、こういう動物にまつわるストーリーは、人間至上主義ではなく、動物へのリスペクトにもとれるところがいい。(でも、現実はそんな甘〜くはない。その話は後で)

さて、そんな「カフェ・チョン」なんだが、今年3月、ベトナムへ行ったとき、空港でも売っていた。ジャコウネコのイラストがパッケージにあったので、写真に撮った。
ちなみにこの写真の箱入りの「カフェ・チョン」は、200g入りでVND550,000。およそUS$25。決して安くないが、空港価格だし、「そんな希少なカフェ・チョンが」と思うと安くも感じる値段だ。

で、お土産に頂いた「カフェ・チョン」は、ダラット周辺にあるコーヒー園で直接購入されたものだった。ベトナム最大のコーヒーの産地は、バンメトート周辺。客人は、ダラットとバンメトート両方の、今どきの「カフェ・チョン」の違いを説明してくれた。

バンメトートの方は、広いゲージの中にジャコウネコが何匹も放し飼いにされていて、そのジャコウネコにコーヒーの実の餌を与え、糞を収穫する。広いゲージだし、ジャコウネコはある程度は、コーヒーの実を選ぶことが出来る。一方、ダラットの方は、小さなゲージでジャコウネコを一匹一匹飼育していて、各ジャコウネコには、それぞれ特定のコーヒー種(アラビカ種、ロブスタ種など)の実だけを与える。だからジャコウネコは食べ残す以外に実を選ぶことが出来ないが、「カフェ・チョン」を、はっきりとコーヒー種別に得られるということだ。

いずれにしてもジャコウネコは商業ベースで、ゲージの中で飼育されているのだから、ジャコウネコからしたら、リスペクトなどという甘〜い話しなんかではない。

さて、頂いた「カフェ・チョン」をまずは袋から出してみる。
多くのベトナムのコーヒーのように深煎りで、豆の表面が浸み出した油なのかテカテカしている。そして粒の大きさがずいぶんとバラバラだ。コーヒー店によっては、粒のサイズを揃えるために一粒一粒選別するが、そんな店からしたら、怒られそうなバラバラさだ。そして、この「カフェ・チョン」はダラット産なので、品種が特定されている。「Cherry種」というちょっと珍しい品種。リベリカ種系の品種らしい。

いつもより丁寧にこの豆のコーヒーを入れた。

ジャコウの香りがするわけではなかったが、朽ちた木のような香りがする。決して悪い意味ではなく。そして深煎りの苦味の後味にうっすらと独特の酸味がある。この香り・味がジャコウネコの体内を通過したせいなのか、それとも「Cherry種」という珍しい品種のせいかのかは分からない。この土産を持ってきてくれた客人は、この香り・味をクセと感じていて、あまり好みではないらしかった。ただ、私にとってそれらは、好みのもので、おいしゅうございました。

最後に、ジャコウネコのウンチから採るコーヒー豆のことをネットで調べてみたら、世界では差ほど珍しくないと分かってしまった。残念。代表的なのは、インドネシアの「コピ・ルアク」。インドネシア語で、コピはコーヒーで、ルアクはマレージャコウネコ。そう言われると、そんなのあったなーという気になった。

そして、wikipediaの「コピ・ルアク」には、こんな記述も。

かつて、ベトナムでは同種のジャコウネコによるものが「タヌキコーヒー」(英語ではやはり Weasel coffee)と呼ばれて市場に出ていたが、現在は流通経路に乗る機会が乏しくなり、人為的に豆を発酵させたものが「タヌキコーヒー」と称して販売されている。

「人為的に豆を発酵させた」・・・・だましているからタヌキなのか? まさか。しかし「タヌキコーヒー」には思い当たるフシがある。私に初めて「カフェ・チョン」の話しをしてくれた日本語通訳のベトナム人の人は、チョンのことをタヌキと訳していた。単なる誤訳だと思うのだが。空港で売られていた「カフェ・チョン」の箱をよく見ると、“Weasel coffee”と書いてあるのに気がついた。“Weasel”を辞書で引くと「イタチ」となっている。また、俗に「ずるい人」の意もあり、苦笑い。それにしても、「人為的に発酵」だとー。ジャコウネコが食ってもいないのか。この土産の「カフェ・チョン」は、ダラットのコーヒー農園まで行って買ったものだから、いくらなんでもそれはないと思うが・・・・。ジャコウネコ、タヌキ、イタチと、もう何が何だか分からない。(笑)

wikipediaで、このインドネシアの「コピ・ルアク」のページを読んでいると、ベトナムの「カフェ・チョン」のストーリーは、インドネシアから渡ってきたものと思えなくもないが、ベトナムの場合は、ジャコウネコが「実を選ぶ」という点が加わっている。まさかベトナムが先なんてこともあるのかなぁ?

さらに、wikipediaの「コピ・ルアク」のページには、下記の記述も。

好き嫌いがはっきりと分かれやすい。豊かな香りと味のこくを高く評価する向きもある反面、「ウンチコーヒー」("poo coffee")と茶化す向きもある。

「おいしい・おいしくない」は、あくまで個々の問題だ。それは幸せもしかり。幸せならそれでいい。なんてことを改めて思わせてくれる「カフェ・チョン」でした。

2016年7月6日水曜日

梅の塩漬け・失敗の巻

2週間ぐらい前、梅干しを仕込むにあたっての、最初の段階である、塩漬けに失敗した。結果、3キロ仕込んだ梅が半分になってしまった。

毎年梅干しを仕込み始めてから、18年たつが、これほどの失敗は初めて。(赤ジソを加えた後の)本漬け時に、若干のカビが生えたことは2〜3度あったが、今回は仕込んだ梅の半分がダメになってしまったので、規模が違った。「正統派・梅干しレシピ」なんてのを書いてる者としては、何とも格好悪く、ショッキングな出来事ではあるが、こういう事ほどネットに上げておかねばと思い、パソコンのキーを叩く。

どんな失敗かというと、梅の塩漬けの段階で、梅酢がなかなか上がらず(2〜3日で上がって欲しいところ一週間かかってしまった)、その間に重石と自重で梅が傷み、カビが生えてしまったのだった。

しかし、大事なこととして、2点。まず無農薬の「完熟梅」というちょっと珍しい梅を使ったということ。もうひとつは、「せっかく無農薬なのだから」ということで、「水洗いせずに塩漬け」をしたということがある。私としては、チャレンジの意味もあった。とは言うものの、2年前には「水洗いせずに塩漬け」で成功していたので、今回は軽い気持ちのチャレンジであった。

さて、2年前の梅干しに関するエントリで、以下を書いた。

●洗わない「完熟手もぎ梅」(2014年6月16日)

で、今年も、希少品である「完熟梅」で仕込んだ。ただし今年のは、2年前購入した大分の菊の助さんの「完熟手もぎ梅」ではなく、他の農家さんの(手もぎかどうかは不明な)「完熟梅」。どちらも無農薬だ。この「完熟梅」も以前2度使ったことがあるし、仕込むときに、「手もぎ」との大きな違い(主に見た目と香り)は感じなかった。が、今思い返すと、菊の助さんの「完熟手もぎ梅」は、送られて来た箱の中で、すでに数個の梅が使えないぐらい傷んでいた記憶がある。一方、今年の「完熟梅」はそれがなく、全部使えた。・・・・ということは、同じ完熟梅でも、「手もぎ」か否かだけでなく、厳密にはその完熟度に違いがあったかも知れない。

そしてもうひとつの大きなポイントは、「水洗い」工程の有無。ここで誤解してもらっては困るのは、「水洗い」するときれいになる、ということではなく、私の考えでは、「水洗い」することで、塩の浸透圧を促せるという点だ。

この「水洗い」を少し説明しよう。

梅干しの最初の段階で、通常は、主にアク抜きのために、塩漬け前に一度水に浸す。あんまり熟してない青みがかった梅は3〜5時間、完熟ものは浸しても1〜2時間、浸さず水洗いして陸上げでもいいと思う。いずれにしても、水を通すことになるので、(ある場合は)農薬や汚れもある程度落とすことにもなるのだが、それよりも大きなことがあると思っている。

我が「カンホアの塩」の「正統派・梅干しレシピ」では、こうして水に浸して水切りした後、「まだ梅の表面が乾かぬうちに塩をまぶす」と書いている。これはその表面に残った水分が呼び水になって、塩が梅に絡みやすくなるからだ。こうすることで浸透圧がより促され、梅酢が出やすくなり、傷んだりカビたりしにくくなる。

したがって、逆に「水洗いせず」の場合、塩が梅に行き渡りにくくなり、梅酢が上がるのにより時間がかかる。2年前の「完熟手もぎ梅」もそれを心配しながらだったのだが、3日目に梅酢が上がり、「あー、なんだー、心配するほどじゃなかったなー」と思った経緯があった。それで、今年も「まー、完熟なら大丈夫だろう」と高をくくっていた。

ところがドッコイ。

今年の「完熟梅」は3日たっても一向に梅酢が上がってこない。「あれ〜?」とは思ったものの、3日目まで来て今さら塩にまみれた梅を水洗いすることも出来ずに、時間は過ぎていった。そして、ちょうど一週間後(7日後)、ようやく梅酢が上がった。さらに一週間、不安はあったものの、赤ジソの入手までそのまま放置。(この時点で一度重石をはずして梅をチェックした方がカビは少なかっただろう) そして赤ジソの塩もみが終わったところで、恐る恐る重石を外して梅酢に漬かった梅を瓶から取り出した。それが、下の写真。左側が傷んでしまったりカビが生えたりしてしまった梅で、右側が辛うじて救出した梅。あー、ショックです。18年目にして初めてだし。これを育てて、完熟するまで待って収穫してくれた農家さん、ごめんなさい。半分になってしまいました。
決していい見た目ではないが、傷みカビが生えた方の写真をアップで撮ったものがこれだ。
 さー、ここから気を取り直して、現実的に、次は何をすべきかだ。

まず、梅酢自体、やや濁っていたので、茶漉しで漉した。コーヒーフィルタの方がより漉せたが、気持ちに余裕がなかったな。また、カビは確実に梅酢の中に混じっているので、茶漉しで漉した梅酢を、火に掛けた。ゆらゆらと湯気が立って、沸騰する前に火を止めた。(温度計を差すのを忘れたが、だいたい70〜80℃ぐらいだったと思う) そして、一晩置いて冷ました後、通常の梅干しの工程に戻り、塩もみしたシソの葉を挟みながら、残った梅を本漬けした。現在、それから10日ほど経過したが、カビは発生していない。

そして、つい2〜3日前、同じ「完熟梅」をハチミツに漬けたのに若干だがカビが発生しているのに気がついた。ハチミツ漬けにカビが生えたのは初めてだった。ハチミツに漬けたのは(ドサッと塩を撒いて)塩漬けしたのと同じタイミング。んー、やはりこの梅自体が、「完熟手もぎ梅」よりもカビが生えやすかったということが言えるかも知れない。同じ「完熟梅」でも、これが「手もぎ」か否かの違いなのか。

1.(手もぎではない)「完熟梅」の場合は、(手もぎと違い)水洗いした方がいいようである。ただし、完熟なので、時間は短めに。
→見た目は概ね同じだが、2年前に一度だけだが、「手もぎ」は「水洗い」しなくてもよかったので、(手もぎではない)「完熟梅」の場合は、それが無難そうだ。くどいようだが、それは洗浄の意味ではなく、呼び水という意味だ。

2.厳密な完熟度が影響している可能性
→今年の「完熟梅」だって、見た目は完熟だった。一年をまたいで厳密に比べることは難しいが、完熟度が高いほど、梅酢が上がるのは早いハズだ。今回のカビの原因は、この点も大きく影響したように思っている。

3.品種・産地の違いはあるのか?
→梅の見た目からして、それはないように思っている。

来年は、改めてもう一度、菊の助さんの「完熟手もぎ梅」で、あえて「水洗いせず」にやってみようと思う。

2016年6月23日木曜日

外国人技能実習生の光と影

私がベトナムで塩を作り始めて18年ほど経つ。毎年1〜2度はベトナムを訪れるので、とても親しみのある国だ。そして、こうしてベトナムで仕事をしてこれた理由の一つに、ベトナム人が持つ日本のイメージのよさがあると思っている。ベトナムから見た日本は、「戦後、焼け野原だったところから見事に復興、そして経済発展を成し遂げ、今や世界でも有数の豊かな国」といったものだ。

そんなベトナムも、昨今の経済発展は著しく、毎年多くのベトナム人が来日しているのだが、その中で、「外国人技能実習生(研修生)」というのがある。詳しくは下記のサイト。

●公益財団法人・国際研修協力機構(JITCO)

この外国人技能実習生(研修生)という制度とは、国をあげて日本が行っている事業で、その趣旨は、「諸外国(主に発展途上国)の青壮年労働者を一定期間産業界に受け入れて、産業上の技能等を修得してもらう」というもの。しかし受け入れ側の日本にとっては、労働力不足(特に、建築業・農業)を補うことに使われているのが現実だ。

それがうまくマッチして、実習生は帰国後、日本で得た技能を発揮してうまくいっているケースもあるが、そうでないケースもある。その後者が、冒頭の新聞記事だ。(2016年5月7日朝刊、東京新聞)クリックすると拡大されます。

そして、それからおよそひと月後、下記の記事が同じ東京新聞に載っていた。これもクリックすると大きくなります。その実習生はおそらく先の記事の人と同一人物のようだ。経緯が酷似している。(2016年6月1日夕刊、東京新聞) 記事の中の専門家のコメントで、「(法務省の)極めて画期的な判断だ。・・・・」とあるが、本当にそう思う。

それにしてもこの問題はとても複雑だ。

現実的に、深刻な労働力不足を補わなくてはならない日本側。中には、最初の記事にあるようなヒドイ業者もいるのだが、一方、実習生の中には、日本入国だけを目してこの制度を使う人もいると聞く。実習生の賃金は一般より安い。その手の人たちは、入国後、(極端な場合はその空港で)逃亡し、不法滞在しながらカネを稼ぐ。いくらこの制度があっても、自費は必要だ。例えば最初の記事で取材に応じているグエン・チー・タンさんの場合は、「60万円」とある。多くの場合、(親御さん含め)借金してその費用を捻出しているから、そう簡単には帰国出来ない事情もある。さらに、日本の業者と実習生を繋ぐ存在として、その国のブローカー(斡旋業者)がいる。最初の記事の中に「(グエン・チー・タンさんは)ベトナムの送り出し団体に手数料60万円を支払って来日した」とあるが、「ベトナムの送り出し団体」がブローカー(斡旋業者)であり、無論ビジネスとして行っている。

冒頭に書いたとおり、ベトナム人が持つ日本のイメージはとてもいい。これは私の仕事に限らずとても大切なことだと思う。何とかそれが悪い方向に進まないようにせつに願っている。例えば、ベトナムには日本で技能を習得したい人が多くいるだろう。そして、日本には人手不足に悩む建築業・農業の業者が多くいるだろう。でも、こうしてこの制度を悪用する日本人・ベトナム人もいる。この絡まった状況が続くと、両国にとってよくない。この外国人技能実習生の制度をもっと現実に即すように、変えていかなくてはならないと思うのだが・・・・。

2016年5月24日火曜日

ホーチミン日本町の「同じようなもの」と「同じもの」

 上の写真は、この3月、ベトナムへ出張した際に撮ったもの。この紫色と赤色のライトを基調とした雰囲気に包まれた私は、何となく、昔みた「ブレード・ランナー」という映画の中に出てきた、未来のアジアの繁華街のシーンを連想した。

ここは、ホーチミン市、レタントン通りから南側に一本露地を入ったところ。この界隈は、日本人ビジネスマンが多く居住していて、日本の食材店が何軒もあったり、日本の漫画喫茶があったりと、日本人向けの店がたくさんある特異なエリアだ。この照明の色のせいか、何となく「子供は来ちゃいけませんよ」的な、怪しげな雰囲気がいい。ぶら下がっている提灯をアップで見ると、
 この日本人が書いたものではない「日本町」の文字が、異国情緒をさらに醸し出している。実際、日本にはこんなところはないんだけど、このベトナム人が作ったと思われる日本のイメージが、私には新鮮で、ここにしかないというオリジナリティを感じる。

このあたりがこんな風になったのは、ここ何年かのことだと思う。私も日本人ビジネスマンといえばそうなのだが、日本人ばっかりのところに行っても面白くないなと、ずうっと思っていて、これまであまりこの界隈に立ち寄ることはなかった。でも今はこんな風に不思議な空間になっていて、最近になって、行くようになった。

さて、この界隈の焼き鳥屋さんに入った。5〜6人いる店員さんは、全てベトナム人の若い女性。注文したり会計したりなど、無論日本語が通じる。座ったカウンター席はちょうど炭火で焼くところの前。炭火で熱い中、丁寧なその仕事ぶりは、さすがベトナム人という感じだ。
 日本のブロイラーの鶏よりおいしい。そして店内の様子はというと、
 メニューはもちろん日本語で、客は仕事帰りの日本人ビジネスマンばかり。時間は7時か8時ぐらいだった。すっかり新橋あたりの焼き鳥屋さんに迷い込んだような雰囲気だ。この焼き鳥屋さんで一杯やった後、次にラーメン店に入った。注文したラーメンはこれ。
 去年行った台北のラーメン店もそうだが、ここサイゴンのラーメン店も豚骨が圧倒的だ。日本のチェーン店の豚骨ラーメンよりおいしい。
 このラーメン店の客も日本人ばかりかと思いきや、若いベトナム人女性の二人連れ客もいた。二人で一つのラーメンや料理を注文していて、各品を二人の真ん中に置いて吟味しながら食べていた。若い人たちの間では、世界中で、日本モノが結構もてはやされているみたいだが、これもその一つなんだろうか、と思ったりする。

この界隈のこの雰囲気の中にいると、「これはいつの時代なのか? またここはどこなのか?」と、時間と空間の感覚がゴッチャになってしまう。日本のようでもありベトナムのようでもあり、現代のようであり一昔前のような、そして未来のような気もする独特なものだ。それが何とも不思議で刺激的。そして「このゴッチャになった感覚はいったい何だろう?」とふと思った。

グローバル化と言うが、だんだん世界中が混じり合っているんだと思う。それは、浸透圧の実験のように、国境という名の膜で仕切られたコップの中に濃い液体と薄い液体があるようなものだ。それは平衡状態になるまで混じり合う。

豚骨ラーメンは、日本の地方の国道沿いのラーメン店でも食べられるが、ホーチミンでも、ニューヨークでも食べられる。ちょっと前までは、ベトナムで(日本の)ラーメン店に入るのは、日本人ぐらいだったと思うが、今やベトナムの若い人たちも気軽に食べに来る。ちなみに、上の写真のラーメンは、8万ドン(400円ぐらい)。たぶん、東京で食べると600円ぐらいかな。そんなに大きな差ではない。一方、日本の百均ショップでは、ベトナム製陶器がいっぱいあり、「あっ、これベトナムの市場で見たことある」ということも珍しくない。ネットや交通・運搬手段がどんどん世界中で普及して、どんどん世界中が混じり合っている。近い将来は、世界中のどこでもだいたい「同じような」ものが食べられ、「同じような」サービスが受けられるようになるような気さえする。

ただそれらは「同じような」であり、「同じ」にはなり得ない。そこに見直されるべき価値がある気がする。「同じような」ものは、珍しくなく世界中にあるようになるのだから。

どこにでもある「同じようなもの」と、ここにしかない「同じもの」。

この2つは今でも身の回りにたくさんあるが、混じり合うことがもっと進み、「同じような」が多くなればなるほど、「同じ」の希少価値が高まるのだ。

紫と赤のライトに包まれたサイゴンの裏露地を歩いていて思った。