2013年11月11日月曜日

「乳を飲む」ということ

先のエントリ、しゃぶりつき生乳の続き・・・・。

「乳を飲む」ということはどういうことなんだろう?
子どもは、「乳飲み子」から、いつしか「乳離れ」する。そして一度「乳離れ」した後は、拒絶するものだ。しかし、牛乳は大人になっても飲み続ける。

私は、想いやりファーム、長谷川氏と話していて、思い出したことがあったのできいてみた。

「牛乳は、牛の赤ちゃんのための飲物なのだから、人間には合わない(飲まない方がいい)という話を聞いたことがありますが、どうなんでしょう?」

すると、(昼食中だったこともあり)目の前のご飯を指さして、

「では、お米は誰のためのもの(植物)でしょう? 特に決まってこの世にある訳ではありませんね。乳もそれと同じで、特に誰のものと決まってこの世にある訳ではないですよ」

なるほど。そりゃそうだ。ハチミツだって同じことが言えよう。

ところで私は、25年ほど前、インドを旅行したことがキッカケで、2年間ほど、(インド流)ベジタリアンだったことがある。インドのベジタリアンは、ミルク、乳製品(非レンネット)を食すベジタリアンだ。そのインドの旅行中に知った、インドのミルク・乳製品については、以前このブログでも書いたが(下記参照)、今思えば、「想いやり生乳」と関係深く感じる。

●牛を語らずしてヨーグルトは語れず(2013年3月19日)

上記エントリで、インドのミルクが日本より格段にうまい理由は、「最低限の加熱」と「(放し飼いで)ストレスが少なく、(変な飼料ではない)いい食生活をしている牛」と書いた。上記エントリの時点で、私は「想いやり生乳」を知らなかったが、「想いやり生乳」はそれはと繋がった。

「想いやり生乳」は、「最低限の加熱」さえしてないし、長谷川氏曰く、

「牛にストレスを与えないんです。牛小屋へ入らせるにも、お尻を叩いたりしない。自分で入るまで待つんです」

そして、食べ物。「想いやり生乳」の牛の食べ物については、冒頭の写真にもあるが、そのビンにある記載を下記に引用します。これ以上のものはないかも知れない。

「牛への配合飼料・遺伝子組み換えや動物性飼料、牧草への農薬や肥料は使用していません」

この点、インドの牛は、草だけでなく新鮮な野菜くず(おそらく農薬使用)なども食べるから違う。ただ、日本の一般の乳牛の飼料と比べたら、かなりマシだとと思う。

だから、インドのミルクは日本の一般の牛乳より格段にうまいのだ。そして、だからインドの町では、牛が放し飼いにされているのだ。

改めて、「乳を飲む」ということを考える。

子どもは、「乳飲み子」から、いつしか「乳離れ」する。そして一度「乳離れ」した後は、拒絶するものだ。

私は、毎晩二人の子どもの仕上げハミガキをしている。6歳の息子は、つい先日初めて乳歯が1本抜け、その永久歯が生え始めているところ。そして、9歳の娘は前歯が全部永久歯になったところだ。ほとんどがまだ乳歯の息子は、母乳のような「想いやり生乳」を飲んで、「おいしい! もっとないの?」と言う。そして、半分永久歯になった9歳の娘は、「嫌じゃないけど、もう要らない」と言う。9歳の娘は母乳から大人の食べ物へと移行しているのかとも思える。

しかし、牛乳は大人になっても飲み続ける。

大人になると、牛乳を飲む飲まないは好みの問題だ。しかし、ここで言う「牛乳」とは、一般の殺菌された牛乳だ。フランスやイタリアでは、生乳は日本よりずっと身近なものらしいが、今の日本で、一般の牛乳と生乳の違いを知っている大人は、いったいどのくらいいるのだろう。私は、つい先日知ったばかりだ。

先述の「牛乳は、牛の赤ちゃんのための飲物なのだから・・・」という、私が長谷川さんにした質問は、私の質問が間違っていた。主語の「牛乳」が間違っていたのだ。正しくは、「生乳は、牛の赤ちゃんのための飲物」。もうこの時点で、「牛乳は、牛の赤ちゃんのための飲物なのだから」という理屈は通用しない。

生乳(想いやり生乳)と母乳は酷似している。そして、その両者と(加熱された)牛乳は、別物だ。つまり、私が飲んだうちのカミさんの母乳と一般の牛乳で、私が感じた違いは、人間の乳と牛の乳の違いなのではなく、非加熱の乳と加熱された乳の違いだったのだ。それは3つを飲めば分かる。

生乳と牛乳の違いを体感してしまった私にとって、大人にとっての「乳を飲むこと」は、純粋に好みの問題だ。ただ一つ、付け加えておきたいこととして、「生乳を飲んだことのない大人は、まずは生乳を飲んでから、その好みを判断すべし」と言いたい。

★関連エントリ: 「想いやり生乳」と母乳(2013年10月8日)
★関連エントリ: しゃぶりつき生乳(2013年10月18日)

2013年10月18日金曜日

しゃぶりつき生乳

先のエントリでは、「想いやり生乳」を飲んで「感じたこと」を書いたが、きょうは、「思ったこと」を書きます。ちなみに、冷蔵庫の中の次の1本はまだ飲んでない。

「母乳は、乳房の中では血液で、乳首から外へ出る直前に母乳になるんです」

私が偶然居合わせて聞いた、想いやりファーム・長谷川氏の話だ。つまり、母乳とは血液のようなものだというお話。先のエントリで私は、「想いやり生乳」を飲んだ感想として、「体液のように身体の隅々に染み込んでいくよう」と書いたが、その体液(栄養)とは、血液のようなものなのだ。

「身体の隅々に染み込んでいく」

私は塩を作っているが、塩でも「身体の隅々に染み込んでいく」ような感覚がある。私にとって、おいしい塩とは、まさにその感覚がある塩で、身体が欲しがっているものを摂って喜ぶおいしさだ。だから、身体が感じる「身体の隅々に染み込んでいく」感覚にはとても興味がある。

しかし、「身体の隅々に染み込んでいく」と言っても、塩と乳(または血液)ではレベルが違う。何と言っても、乳には「生っぽさ」、または生きている「動的」な感じがあり、塩はいたって「静的」だ。もっと言えば、乳は生物で、塩は無生物な感覚がある。塩は無機物(=ミネラル)だけが成分で、母乳または血液は、様々な無機物とともに様々な有機物の栄養素の集まりだ。

数年前、コップに搾ってもらったカミさんの母乳を飲んだとき、何となくドキドキしたことを憶えている。その一種の興奮とも言える心境は、その母乳がとても「生々しいもの」に感じたからだった。例えば、生きてる魚介類を食べたときのような興奮。生きてる白魚やエビが口の中で暴れて感じるような興奮。この手の興奮があると、その味が分かりにくくなるものだ。乳の「生っぽさ」っていうのは、それにも似た気がする。

そして「生っぽさ」は通常、腐敗する。しかし、長谷川氏曰く、

「1日の瓶詰め作業は、機械の組み立てなどの準備に1時間、瓶詰めに2時間、そして機械を分解しての掃除に6時間なんです」

これで、「想いやり生乳」は、いけない菌(大腸菌群など)が入り込まずに、生のまま瓶詰めされる。「ただ、乳酸菌はいるので、そのまま置いて置くと、ヨーグルトにはなりますが」とのこと。「ふっ、へー」。裏返せば、通常の牛乳が、加熱殺菌せねばならない理由はここにある。そして加熱されることで、様々な成分も変わっちゃうということだ。それは飲めば分かる。

つまりは、です。

簡単に言って、「想いやり生乳」って、「しゃぶりつき生乳」、つまり母牛の乳首にしゃぶりついて飲むようなことなんじゃないか。母牛の体温があるかないかの違いはあれど、外から雑菌が入らないように、直接乳首にしゃぶりついて、非加熱の乳を飲むということなんじゃないか。

それにしても、「乳を飲む」ということはどういうことなんだろう? 子どもは、「乳飲み子」から、いつしか「乳離れ」する。そして一度「乳離れ」した後は、拒絶するものだ。しかし、大人になっても、牛乳や乳製品を飲み食べ続ける・・・・。

改めて考えさせられる。

★関連エントリ: 「想いやり生乳」と母乳(2013年10月8日)
★関連エントリ: 「乳を飲む」ということ(2013年11月11日)

2013年10月8日火曜日

「想いやり生乳」と母乳


2週間ほど前、知人宅にて偶然、ある生乳の生産者の方とお昼ご飯を一緒に食べながら、お話しをする機会があった。その方は、想いやりファームの長谷川さん。私はド素人な質問をいくつもしたが、それらにとても的確に答えて頂いただけでなく、妙なる生乳についての話を聞いたのだった。そして、すっかりと「その生乳、まずは飲まなきゃ」という気持ちになった。

実はその知人宅の冷蔵庫にも、その「想いやり生乳」があり、「持って来ようか?」とお誘いを受けたのだが、きくまでもなく高価なもののように思えたので、その場では遠慮し、その数日後、仲間と一緒に取り寄せて飲んだ。

スゴイ牛乳だった。
いや、「牛乳」ではなく、「生乳(せいにゅう)」と呼ばなくてはならない。

「生乳」それはつまり、牛から絞ったままの生(なま)の乳で、加熱などの殺菌もされていない。長谷川さんには、その牧場の話、工場の話、もちろん牛乳や生乳の話。いろいろ聞いて驚いたのだが、一番驚いたのは、それらの話しを聞いた数日後にそれを飲んだとき。衝撃的でさえあった。ややその興奮がまだ残ってさえいる。なので、いろいろな説明に先だって、まずは飲んで感じたことをこのエントリで書いてみたーい。

その名は、「想いやり生乳」。ちょっと上の写真では見にくいが、ピンク地に白抜きの文字で、「想いやり生乳」。そして、右側のビン、ウラ面には「生乳(無殺菌)」と記されている。

1本(180cc)を、家族4人で分けて飲んだ。1本525円(送料別)なので、貧乏くさいが、チビチビ飲んだ。チビチビと、心して飲んだ。

さーて、私のひと口目。

最初に「えっ?」って感じ。この「えっ?」は、意表を突かれた「えっ?」だ。うかつにも私は牛乳を口にしたつもりだったのだ。なので私は「別のモノ」を口にしたような感覚に陥った。そう、これは(加熱殺菌された)牛乳ではなく、「生乳」であり、その両者は「別のモノ」なのだ。私は動揺した。

少し冷静さを取り戻して、ふた口目。

感じたというか思い出したのは、「母乳」だった。「あっ、母乳だ」と思った瞬間、口に入ったその生乳は少しずつ、体液のように身体の隅々に染み込んでいくようだった。スゴイ。何だこのスムーズさは。

それは数年前のこと。うちの子どもが毎日ゴクゴク母乳をむさぼるように飲んでるのを見ていて、「母乳ってどんな味がするんだろ? うまいのかな?」と思ったことがあった。数年前のことながら、その記憶はまだハッキリとある。カミさんに頼んで、10ccほどコップに絞り出してもらった母乳は、半透明からやや薄めの乳白色だった。そのときの私の先入観として、粉ミルクと牛乳があった。ひと口目を飲んだときは、「えっ(何だコレ)?」って感じで、少し冷静になったふた口目は、身体の隅々に染み込んでいくようだった。母乳と粉ミルクはずいぶん違うことを実感した。

さて、もうお気づきと思います。最初の「えっ?」にしても、その味自体にしても、「想いやり生乳」と母乳は酷似している。強いて違いを言えば、人間の母乳の方が若干甘かったことぐらいだ。ちなみに粉ミルクはもっと甘い。

そのへんの微妙な違いについて、カミさんに尋ねると、

「母乳って毎日味が変わるのよ。これ(想いやり生乳)は母乳(または母親)が、いい(健康的な)状態のときの味がするなー」

「へぇ〜」と、関心する私。

でまぁ、ですね・・・・。
まだ飲んだことのない人にとって、それが「おいしいのかどうか?」、きっと興味あるところと思います。でも、どーも私には、それを一口では言えないのです。奥歯にモノが挟まった言い方だけど、それは「いい状態の母乳」とまで言うカミさんも同じような感想だった。

「おいしい」とか「おいしくない」とかいうのではなく、体液を摂ってそれが身体に染み込んでいってるように感じたのです。飲物という感覚だと、「おいしい・まずい」みたいなことがあると思うのだけど、飲物というより、「栄養」って感じなのです。通常の食品・飲物は、消化器官が消化し、やがてそれが身体の栄養になるが、これは直接身体の栄養になっている感じ、と言ったら伝わるかな。何しろ「おいしい」という表現ではどーもピタっとこない。やっぱり私の感想は、「スゴイ」が一番ピッタリなのだ。

こういうときは、子どもです。アレコレ言わない子どもです。うちの二人の子どもに、50ccぐらい飲んでもらい感想をきいてみた。9歳の女子とは6歳の男子。お姉ちゃんの方は、「嫌じゃないけど、もう要らない」。そして、弟の方は、「おいしい! もっとないの?」。ずいぶん違う反応だ。その違いは何だろう?

何しろ、私はこの「想いやり生乳」を50ccほど飲んで、新たな経験をした気になった。高価だけど、この味を、ガブガブ飲む気にはならない。高価な珍味のように、週に一度、100ccぐらいを飲めば、身体には十分なような気もしている。

でも、それは、私が1本525円という値段にビビッて、余計な緊張があっただけなのか。何しろ、まだ50ccしか飲んでない。我が家の冷蔵庫には、あと2本眠っている。この次は、もっとリラックスして飲めるだろう。そう、取り寄せてからもう10日以上経つのだけど、この「想いやり生乳」は悪くならない(腐敗しない)。「無殺菌」なのは、腐らせる菌がいないからなのだ。

ここまで書いたが、まだ書きたいことが残っている。「想いやり生乳」を飲んで、私の中のいろいろなことが思い起こされた。それらを改めて書きたいと思う。

★関連エントリ: しゃぶりつき生乳(2013年10月18日)
★関連エントリ: 「乳を飲む」ということ(2013年11月11日)

2013年10月2日水曜日

カマキリ大好き

カマキリ、何と格好いいんだろう。
全くもって、ホレボレする。
「一番好きな虫は? 」ときかれたら、迷わずそれはカマキリだ。

何と言っても、まずはそのフォルム。

全てが計算され尽くしてしるかのように洗練されている。機能美という面もあるが、それだけでは決して言い尽くせない。6本の足一本一本の形、身体の線。そして何とも愛らしい逆三角形の頭とそこから飛び出した思い切り長い触角。それら全体の妙なるバランス。完璧だ。

さらに、その動き。

前後に揺れながら進むその動きには思わず見とれてしまう。このゆっくりな動きで、獲物に近づき、最後の一瞬で素早く飛びつく。10年ほど前、庭に張り出たデッキで洗濯物を干していたら、何やらバリバリと妙な音がした。それが洗濯物を干している間、つまりは5分ぐらいしても休むことなく鳴り続けていたので、その音源の方をよーく見たら、5メートルほど離れた草むらで、カマキリが殿様バッタをバリバリ音を鳴らして食べているではないか。スゴイ音だった。

たしか交尾の後、メスはオスを食べて滋養をとり、産卵する。この食べちゃうっていう行為。昔それを初めて知ったとき、私はオスなせいか、「え〜」とゾッとした記憶がある。でも最近、それは変わり、オスはそれで幸福感を得るような気がするようになった。ちょっと考えてみれば、それでそのオスは、子孫の繁栄に貢献しているのだ。春先によく見かける小さなカマキリの子供たちは、見るからに、か弱そうだ。あの中から一匹でも多く大きくなって欲しいとオスは望んでいる。

それにしても何て格好いいんだろう。

庭で見つけると、嬉しくなる。保護色だから視界に入っていても気づかないことがほとんどだと思う。それだけに、見つけたときは、いつも突然で、毎回ハッとする。そして「あー、うちの庭にいてくれている」とラッキーな気分に浸る。

下の写真は、2週間ほど前、草刈りしていたときに庭で見つけたカマキリさん。捕まえて、デッキの上にのせても堂々としている。そんなカマキリさんも枯葉色になったこの頃。しかし、腹部の羽部分だけはまだきれいな若草色。そのコントラストも美しい。こうして身体をねじりながら振り向いたお姿もまた一興。あー、何て格好いんだろう。


2013年9月27日金曜日

パルミジャーノ・レッジャーノの手土産


先月、イタリアから古い友だち夫婦が日本に観光に来た。先のエントリ、築地のマグロの競りもその観光の一貫で、同行したのだが、一緒に京都、奈良にも小旅行に行った。

さて、上の写真は、彼らが手土産に持ってきたくれた、パルミジャーノ・レッジャーノ。24ヶ月もの。うまい。文句なくうまい。この2年もの熟成を経た味と香りは独特だ。

写真の状態は放射線状に薄めに一切れ切った後で、もらったままは8分の1だった。手土産にしてはやけにデカイし重いので、計ってみたら4キロ。これにワイン、グラッパ、ビール、カカオ豆のロースト。うちのカミさんにはフェラガモのスカーフ等々。これをウチだけでなく、もう一家族分なので、全部で2倍をトランクに入れて持ってきた。有り難いのはもちろんながら、その気合いに圧倒された。半年前から、日本を楽しんでもらおうと、私はいろいろ画策したので、そのお礼を兼ねている。

うちの9歳の娘いわく、「パパのお友だちの中で一番のお金持ちだね」。
飲みかけたビールを思わず吹き出した。そーかも知れない。

およそ30年ぶりの再会だった。お互い歳はとったが、時間を一緒に過ごすと、相変わらず。何となく、お互いぐるっと一周して再会した気分になった。

ところで、イタリアが誇るこのパルミジャーノ・レッジャーノの使い方・保存法などを、彼らが説明してくれたので、それを少し。

「まず、チーズというものは(パルミジャーノ・レッジャーノに限らず)、丸い状態で買わねばならない。なぜなら、チーズの一番おいしいところは、その中心部にあるからだ。四角くカットされたチーズは、中心部をはずした外側あたりをカットしたものがほとんど。だからオレらは丸のまんまか、このように放射線状にカットされたものしか買わないんだ」

(私)「へぇ〜」

次に保存法と使い方。

「まず家に持って帰ったら、湿らせたタオルに包んだあと、ポリ袋に入れ、冷蔵庫で保存すること。この状態は、まだナイフで切りやすい。その状態がしばらくはキープできる」

「パルミジャーノ・レッジャーノの食べ方は主に2通り。一つは、カットして食べる。そのまま食べることはもちろん、カットしたそのままをパンにのせたり、それをオーブンで焼いたりもあるだろう。もう一つは、あえてコチコチに乾燥させてから、おろし金でパウダー状にすること。パスタなんかには最高だ。そして、外側の黄色いところも食べられるから絶対に捨てるなよ。また、表面にカビが生えてもナイフで削ったりしないで、乾いたタオルでそおっと拭いて食べればいい。カットしたらもったいない」

(私)「よーし、じゃあ一番おいしい中心部から切って食べる。半分以上食べて外側部分になってきたら、冷蔵庫から出して放置。乾いてきて硬くなったところで、今度はおろし金でおろして、パウダー状にしてパスタなど料理に使ったるわ」

「それでいい」

現在のところ、チビチビカットして主にそのまま食べてるところだが、2年熟成したパルミジャーノ・レッジャーノ。その旨味には、独特の強さと包み込むようなやさしさがある。半分食べて乾燥の予定だけど、果たして日本の湿度に耐えられるかな。冬場の東京なら大丈夫か。様子を見ながらだなー。

パルミジャーノ・レッジャーノ。何か、ひと財産が冷蔵庫に入ってるような気分になった。

2013年9月19日木曜日

築地・マグロの競り見学


一回飛んじゃったけど、8月29日のエントリ(マグロの競り見学は何時に行くか?)の続きです。8月に、築地のマグロの競りの見学に行った話。

そのエントリでも書いたとおり、朝3時半に市場に着き、2時間待合室で待った後の5時半、ガードマンさんたちの引率によりいよいよ見学が始まった。ほとんどの見学者が外国人なので、待っている間や見学スタートの際に、ガードマンさんたちに言われる注意事項は全て英語。「写真はいいが、フラッシュは禁止」とか、「通ってもいい場所は限られている。それ以外は立ち入り禁止」など諸々の注意事項が何度かにわたって言い渡されたが、毎度最後のフレーズ(または決め台詞)は決まっていて、少しの笑顔と共に「And enjoy.」。見学者の人たちはほとんど気にしてなかったみたいだけど、私にとっては、それは噺家さんの「お後がよろしいようで・・・・」みたいな感じがして、忘れられない。まぁ、さんざんうるさく注意事を言ってるけど、本当は「楽しんでね〜」と思ってるんだよ、いう感じが私には伝わってきた。

思えば、何年か前までは、「見学者が競りや市場で働く人たちの邪魔になって問題になってる」というニュースを耳にしたことがあった。その後、こうして見学がシステム化されたという経緯があるから、それら注意事にうるさくなるのは自然のなりゆきでもある。

さて、マグロが並んだ競り会場に着くと、当然のことながら、冷凍室だった。8月という暑い時期には心地よい。そうだな、150〜200尾ぐらいの大小のマグロが、10〜20尾ぐらいの各店のグループ別に行儀よく並んでいた。各グループの近くの柱にはお店の名前が貼ってある。サイズは、平均150センチ、デカイので2メートル以上といったところか。

メモ帳とペンを持った仲買人は、輪切りになってるマグロの尻尾部分の肉を、「尖った金属がついた道具」(下写真参照)でかき出し、それを手の平で何度もクチョクチョ握ってはその様子を見たりしている。これで脂のノリ方などが分かるのだろう。仲買人同士はすれ違いがてらに二言三言会話をしたり、次々とマグロを品定めしながらメモっている。全てのマグロにはでっかく番号が書かれている。

一番手前の人が細い鎌のような「尖った金属がついた道具」を持ってます
私たち見学者は指定された場所で10分ほど様子を眺めていると、お店の前で踏み台にのった競り人(?)が、手持ちの鐘をガランガラン鳴らす。この店の競りが始まりますよの合図だ。それは競り独特の発声法だが、日本人なら一度は聞いたことがある市場声だ。発声法は独特だが、何を叫んでいるかと言うと、ほとんどが数字だ。つまり、今、何番のマグロの競りを始めているか。そして、仲買人は、寡黙に片手を挙げて、その指で1から9までの数字で値段を示す。人差し指一本で「1」などだが、「6」は親指だけ(thumb up状態)になったりなど、決まり事がある。ただ、「一桁だけで、分かるのか?」という疑問が湧く。でも、相場を熟知している間柄で、「桁を間違えることは絶対ない。一桁で十分わかる」らしい。つまり、10万円と100万円を誤解するようなことはない、ということだ。しかし、120万円ということはないのだろうか。それは 「2」になるのかな。分からない。

仲買人から値段の提示があると、競り人の叫ぶ番号は、マグロの番号からその値段へと変わる。そしてそれ以上の値段を示す者がいれば、更新された値段を叫ぶ。しばらくいなければ、それで落札。次の番号のマグロの競りが始まる。

その様子は、以下の動画で。


30分ほどの見学が終わると、その冷凍室を出て、市場の中を通り、最初に見学の受付をしたあたりまで、戻ることとなったが、このあたりで気がついた。全員が男性ではないか。市場の中には見事に女性が一人もいない。築地では常識なのかも知れないが、ここは男だけの仕事場なのだ。

今回は、イタリアから日本に観光に来た友だちのリクエストによって、このマグロの競り見学をした。なぜか外国人の評判はすこぶる高い。そのイタリア人に「何が面白かった?」ときくと、「競りの雰囲気やあの声(発声法)だよ〜。独特だね」と答えた。私はそれ以上突っ込んできく気も起こらず、慣れない早起きにボォーっとしながら、場外へ向かって一緒に歩き始めた。「さっ、朝飯は何食おうかな」。

2013年9月3日火曜日

四つ股のネコジャラシ


このエントリは、前のエントリ、マグロの競りの続きと思っていたが、昨日の夕方、ちょっとしたことがあったので、それを先に。

帰宅した私の車の音を聞くと、9歳の娘は大きな声を出して走り寄ってきた。

「ねぇー、ねぇー、スゴイもの見つけたよ! 何だかわかる?」
「それだけじゃ、分からないよ」

後ろ手に持ってたものを前に出す。

「ジャ〜ン」
四つ股のネコジャラシだった。

「へぇ〜、珍しいねぇ〜。どこで見つけたの?」
と言いながら、私は実は変な気分。

「うちの庭だよ。今車が停まっているところのすぐ後ろぐらい」
と指を差す。

この四つ叉のネコジャラシを見てすぐに連想したのは、スリーマイル島だったか、チェルノブイリだったかで撮られた二叉のタンポポの写真。その写真のカメラマンの意図は、「これこそ放射能の影響」だったが、昔のことだし、写真を見ただけだから、その二叉が本当に放射能の影響だったか否かは定かでない。

また、「スゴイもの見つけた」と満面の笑顔で喜んでいる娘の表情と、私の心情のコントラストに、やや嫌な感じが残った。

早速、ネットで検索・・・・。

・・・・ありました。

「二股以上のエノコログサ」というサイト。
(ネコジャラシ、正式にはエノコログサというらしい)
きれいな四つ股の写真まで載せてくれている。
撮影は、「2007年」8月とある。
あーよかった。今夜もグッスリ眠れそう。

2013年8月29日木曜日

マグロの競り見学は何時に行くか?


今月の8月3日(土)、築地のマグロの競りの見学に行った。

実は、イタリアの友だち夫婦が日本に旅行に来ていた。事前に、「東京で行きたいところはどこ?」ときいたら、「築地のマグロの競りだ」と返ってきた。

かねがね外国人に人気だとは聞いていたが、東京で行きたいところときいて最初の答えがこれだとは思いも寄らなかった。まっ、そんなことが理由で、行き方など調べた。詳しくは、下記ページなのだが・・・・、

●東京都中央卸売市場 | 築地市場マグロ卸売場の見学について

・・・・なのだが、簡単に説明しよう。時間をずらして、1日2回。1回60人の定員だから1日120人が見学出来る。受付は「午前5時より」となっているが、何時であっても定員になり次第、受付終了というのがミソだ。

「まっ、4時半頃着いたらいいや〜」と思った。

そして行く予定日の1〜2週間前のこと。車の運転中、たまたまラジオを聞いてたら、来日中の外国人のミュージシャンがインタビューを受けていた。「日本に来て、どこを訪れましたか?」の質問に、「今朝、実は築地のマグロの競りに行ったんだけど、満員で見学出来なかったんだ」なんて話しているではないかぁ〜。思わずボリュームを上げた。「お前さんはいったい何時に行ったんだ?」と聞きたくなったが、彼はその後、「日本滞在中にもう一度行けるチャンスがあるので、そのときはちゃんと早く行くから大丈夫」と、やけに自信たっぷりな態度で(行くべき時間を知ってそうでありながら)、具体的な時間には一切触れず、また彼にインタビューしていた別所哲也も具体的な時間には一切触れず、インタビューは終わってしまった。なんてことがあった。

少しあわてた私は、ネットでちょっと調べてみた。どうもこの夏休みシーズンは見学希望者が多いらしいことが分かった。

そのイタリア人夫婦は銀座のホテルに宿泊、そして私は、その朝のために新橋のビジネスホテルを予約。前夜に、神田・新八にておいしい料理と酒を飲みながら相談した。珍しく個室を予約したのだけど、部屋の外から聞こえた東京風のゆったりとした三味線がとても心地よかったことが忘れられない。さて、相談の内容だが‥‥、

「行ってみないと、正解(何時に行くのがベストか)は分からない。これはギャンブルみたいなものだ」と切り出す私。

「こんな朝早く、行ってみてダメだと最悪だ。オレたちゃイタリアから来てるんだぜ」

「そりゃ、そーだけど、だからって、あんまり早く行って延々と待つのも辛い」

「3時か4時だな」

「じゃ、間とって3時半にしよう」となった。

予定どおり着くと、すでに20人ぐらいがすでに列を作っていた。想像以上だった。「おぉっと、危ねぇ〜、危ねぇ〜」。列の最後尾に加わった途端に、行列はどんどん長くなっていく。4時頃がボーダーラインだったと思う。あのミュージシャンも4時半頃着いたのかな。それでは遅いことを確信した。また当初は想像もしなかったが、列に並んでみて思ったのは、冬場に1時間以上ここで待つのは辛いだろーなーということ。夏に混むのも頷ける。

4時頃だったろうか、ガードマンの人たちが、「写真撮影はいいが、フラッシュはダメ」「決められたコース以外は立ち入り禁止」など注意事項が書かれた紙(日本語/英語/中国語/ロシア語)を配りながら、待合室のようなところへ案内してくれた。それが冒頭の写真。真ん中で半分に仕切られていて、左側の(配られた)黄色いベストを身につけているのが1回目の60人で、右側の青いベストが2回目の60人だ。

さて、この写真を見てお気づきだろうか。8割方が西洋人。残り2割も、東洋系外国人がほとんどで、日本人は私のように知人としてついてきてる程度で1割以下。1時間以上この部屋に一緒にいたので、話し声でだいたいわかった。まー、何でこんなに外国人に人気なのだろう? と素朴に思った。

そして5時半頃、私たち1回目の見学がスタートした。
それはまた後日改めて。(下記のエントリ)

●築地・マグロの競り見学(2013年9月19日)

2013年8月22日木曜日

710円の水筒パッキン


先日、小学3年生の娘の水筒が漏れていた。彼女はしおらしく「横にしなければ、大丈夫だけど・・・」なんて言ってる。見てみると、あるハズのパッキンがなくなっていた。「横に出来ない水筒なんて、水筒じゃない」と、水筒を洗う流し台周辺や保管する引出など、落ちていそうなところを探したが見つからない。

そして私はパッキンを探しに、まずはその水筒を購入した量販店に行ってみた。購入は3年ほど前だったが、その売り場に、同じ水筒は消えてきた。水筒売り場に隣接した水筒の付属品の売り場には、そのとき売り場にある水筒の交換用キャップなどは少しあったが、どの水筒用でも、パッキンまではなかった。店員さんに尋ねると、

「パッキンは、お店には置いてないんです。でもネットなんかでメーカーに直接注文できます。送料を含めて500円ぐらいするかも知れませんが・・・・」

とのこと。
帰宅後、改めてパッキンのないその水筒をよくよく眺めてみた。3年使っているから、肩にかける紐は薄汚れ、水筒本体の所々もキズが目立っていた。でも、パッキン以外、水筒としては立派に機能を果たしているから、とてもこれを捨てる気にはならない。

「よーし」と、気を取り直して、私はパソコンに向かった。その水筒のメーカーは、サーモス。最初は、楽天やamazonをみたが、あまりにパッキンの点数が多くて、どれが欲しいものだか分からない。

次に、サーモスのサイト。
トップページから、「交換部品販売」のタグが見つかり、クリック。思いの外、簡単に目当てのパッキンにたどり着いた。値段は、210円とある。

「おっ、思ったより安いな」と思ったのもつかの間、購入のための住所入力など進んで行くと、別途送料が350円かかることが分かった。

「ん〜、560円かー、これが店員さんが言ってた『500円ぐらい』ってことだな」と
さらに支払い方法のページなった。クレジットカード等々あったが、560円のものに自分のクレジットカードの番号を打ち込むことに抵抗を覚え、コンビニ決済にした。すると、コンビニ決済の手数料150円がさらに加算された。締めて710円也。

30秒ほど考えた末、購入を決定した。
数日後、手紙のような封筒に入ったパッキンが宅配便で届いた。
メール便で十分のように思えたが。
それが冒頭の写真のパッキン。

----------------------------------------------------------------------------

たぶん2,000円ぐらいの水筒だったと思う。
いろいろな思いは交錯するが、710円でパッキンが入手出来たことに、私は喜んでいる。それを最初に言いたい。

ただ、愚痴もある。それは、「パッキンごときになんで710円も払わなにゃならんのだ!」ということだけでなく、今の世の中、(水筒に限らず)新しい商品が出過ぎていることに対してだ。

その新商品がちゃんと進化を遂げていての新商品ならいい。水筒を例に挙げてみよう。私が子供の頃、まずはキャップが甘い「少し漏れる水筒」からちゃんと密封できる「漏れない水筒」へと進化した。そして「魔法瓶」の登場。当初の「魔法瓶」は中がガラス製だったから落とすと割れた。そして表れたのが中が金属製の「魔法瓶」。そして今に至る。このぐらいの進化なら立派な新商品だと思う。

しかし、最近の新商品は、大して使わない機能が付いたり、商品に付いた絵柄や色が変わっただけだったり、「これでわざわざ新しくしたの?」としか思えない新商品が何と多いことか。そう感じたことはありませんか? この水筒もそうだが、家電品なんかもその代表例だと思う。たとえちょっとした違いでも、新商品が出ると、ちょっと前の多数の商品は、「古い商品」になっていく。そして今回のように、簡単な交換部品でさえ、購入したお店で求められなくなる。

メーカーにとって、たとえ「大して使わない機能」にしても、新しくすればそれなりのコストがかかる。その分は折り込み済みだとしても、やたらと新商品を出す理由は何だろう?

メーカー側にも言い分はあるだろうが、たいした進化はなくとも、「新商品」のラベルが付くと、売り場に並びやすい、またいい場所に並びやすいなどの理由があるのだろうか、また「新商品」のタグが付いた商品を、消費者はその意味は分からずとも好んで買うのだろうか、などと勘ぐりたくもなる。もしそうだとしたら、それはメーカーの「商品開発の努力」というより、「何とか売るため」という理由に過ぎないのではなかろうか、と思ってしまうのだ。

710円は、パッキン単品の妥当な価格とは思えないが、そのせいで、新しい水筒を買う人が少なからずいたとしたら、また交換部品など手に入りにくい世の中にどんどんなって行くとしたら・・・・そう想像するとゾッとする。それは歪んだ世の中と思う。私の愚痴は、その懸念だ。

そういう愚痴を発する消費者側の私がとれる策は、この手の交換部品が必要になりそうな商品の場合は、あらかじめ下調べするなどだ。とは言え、水筒ぐらいのことで、現実的にそこまで気が回せるだろうか・・・・自信がない。となると、やっぱりメーカーに頼らなくてはならないのか。

「この商品の交換部品は電話一本で安価で入手できます」
「このモデルは、絶対の自信作。10年以上の定番保証」

みたいな宣伝文句の現実性はあるのだろうか? もしあれば、10%ぐらい割高でもそれを選ぶんだけどなー。聞こえてますか?

2013年8月1日木曜日

夏は、ブルーベリー狩り(無農薬・除草剤不使用)


先週末、自宅の隣町・立川へ、ブルーベリー狩りに家族で行った。初体験だった。近頃、珍しくなくなったブルーベリー。でも、実際にブルーベリー狩りしてみて、想像していたよりも、面白く、しかも安かった。

うかがったのは、東京立川・萬田農園
無農薬・除草剤不使用。さらにバリアフリーです。

さて何しろ今は夏のド真ん中。この時期に、ブルーベリーは最盛期を迎える。行く前は、「暑くて大変だなー」との思いが先立ち、正直言って私は気持ち的にやや消極的。そして当日はカンカン照りで、どうなることかと思って家を出た。

でも、です。下の写真のような、オシャレ〜な休憩処があって、休み休みできたし、冷たいお茶も出してくれたしで、お陰さまで暑さは気にならなかった(ただ帽子は必須)。ありがとうございます、萬田農園さん。この写真で、囲っている白いネットが見えますか? これは鳥避け。大きな蚊帳みたいなネットでブルーベリーの木々が覆われていた。


初めてブルーベリー狩りしてみて、数あるフルーツ狩り(ぶどう、梨、ミカン、イチゴなど)の中でも、ブルーベリー狩りがとてもいいものだと思った。その理由は以下のとおりだ。

○理由その1: 数摘み、数食べることが出来る

ぶどう、梨、ミカン、どれも実際はそんなに数食べられないでしょ。でも、ブルーベリーなら、10粒や20粒はたやすく食べられる。(ただし、この萬田農園さんは、「食べ放題」ではありません。「味見程度」までです) また、収穫(ブルーベリー摘み)は、仕事となると大変だが、「ブルーベリー狩り」となると、摘む回数が多い分、楽しい。品種、熟れ具合、大きさ、色などによって一粒ずつ味が違うから、摘む回数が多い方が断然楽しいのだ。

○理由その2: 無農薬、除草剤不使用

フルーツで、完全に無農薬、除草剤不使用はなかなかない。ただし、毛虫がたまにいます。刺されても腫れたりかゆくなったりはしないけど、刺されたとき痛いら しい。でも、それも薬を使ってないからこそ。皮ごと食べるブルーベリーだから特に重要だ。薬を使って刺されないよりずっといい。

○理由その3: (たぶん)農園の方にとってもいい

これは理由その1の、「数摘む」こととも関係している。例えば、ぶどうの粒も小さいけど、摘むときは一房ずつですね。梨やミカンは一個でそれなりの大きさ・重さがある。それらに比べ、ブルーベリーはパチンコ玉ほどの大きさ。それを一粒ずつ摘まないとならない。しかも、一本の木で、熟れてる実と熟れてない実があるから、選別しながらの作業だ。それをこの一番暑い時期にやらねばならない。慣れてる人でも、一時間摘んで何キロになるんだろう? もちろん、熟した実は柔らかく潰れやすいから、デリケートに扱わなければならない。それはそれは手がかかる。萬田農園のご主人が、ボソッとしみじみおっしゃってました。

「摘むのが大変なんです」

そのご苦労は大変なものだ。だからこそ、ブルーベリーは「狩り」が向いていると思うのだ。

ところで最初に、「安かった」と書いたが、この萬田農園さん、入園料は無料で、自分たちが摘んで持って帰る分だけ買うというシステム。「500gで1,000円」と最初に 聞きはしたが、自分たちで摘んだせいか、帰り際、家族4人分計量してもらったら、1,600円と言われ、「えー、こんなにあって1,600円でいいの〜」 と思ったほどだった。

 

最後に、ここの娘さん(10歳ぐらい)が、名脇役でした。写真がないのが残念。私が私の娘(8歳)と一緒に、ちまちま摘んでたら、突然表れました。そして人が入らないような、繁ったブルーベリーの木の中心部へゴソゴソと入っていきました。「どーしたのかな?」と二人で様子をみていると、彼女は繁みの中から出てきて、ビックリするぐらいの大きな実を5〜6個手の平にのせて私たちに見せてくれました。「なかなか人が入らないようなところには、大きなのが残っているのよ。どうぞ」と、その実をさりげなくくれました。「すっげぇ〜!」。私たちの目は丸くなっていたでしょう。たくましさを備えた優しさ、そして野性味さえ感じさせてくれる女の子でした。

さ、夏はブルーベリー狩りに行こう!
無農薬・除草剤不使用のところみつけて。

2013年7月24日水曜日

梅干し雑記:土用干し待つ間


上の写真は、きょう3日目の土用干しをしたかったけど出来なかった、ザルの上の梅干し。このザルの梅には痛いぐらいの陽差しが似つかわしいが、写真は室内だ。カンカン照りを待っている。空が厚い雲に覆われ、そぼ降る霧雨のきょうみたいな日。同じような境遇の方もいることでしょう。きょうは7月24日だ。

待っている時間というのはどこか特別な感がある・・・・。この際に、梅干しの仕込みについて、普段思っていることをメモのように書き連ねたいと思う。

今年(2013年)の梅雨明けは、7月6日と記録的に早かった。そしてその直後は、カンカン照りが数日続いた。私の経験上、こんな夏は、天気が不安定なことが多い。そんな夏は、土用干しのために気を揉むから、私の印象に残りやすいのだ。

私にとって、梅雨明けは、梅干しの土用干しのためにやって来る。だから、7月6日に梅雨明けしてその直後にカンカン照りが続いても、あまり嬉しくない。なぜなら、その頃はまだ、梅の塩漬けに赤ジソを仕込んだばかりで(あと2週間ぐらいはこのまま置いて置きたいので)、土用干し出来ないからだ。

近頃、巷の店頭では、6月中旬頃から、やや未熟の梅干し用の梅と一緒に赤ジソも並んでいるのを見かける。でも、本来梅が熟するのはやはり6月の終わり頃、そして赤ジソがちょうどいいのはその1〜2週間後の7月の上旬のことが多い。この両者、自然のタイミングには元々ズレがあるのだ。やや未熟の梅が店頭に並ぶのは、未熟な方が日持ちするし傷みにくい、また早めに店頭に並んだ方が売れるなど、流通の事情だと思う。そして、早熟ながら早めに収穫して並べた赤ジソは、買い物が(梅とともに)一度で済むことが好都合なんだと思う。

本来、梅干しの仕込みは、6月終わりに収穫したての熟した梅を塩漬けし、その1〜2週間後の赤ジソの時期に、ちょうどよく育った赤ジソを塩もみして梅に加える。つまり、この自然のズレに合わせて工程を進めるのだ。

現在(平均的には今頃梅雨明けなのだが)、その赤ジソを加えて2週間が経過し、そろそろ土用干ししたくなったのだが、7月6日の梅雨明け直後数日間のカンカン照りの後、なかなか天気が安定しない。土用干しは、丸一日カンカン照りになる日が適している。それでも、午前中はカンカン照りだった昨日と一昨日は、土用干しした。が、午後から雲行きが怪しくなったので両日とも半日で取り込んだ。昨日の夕立(ゲリラ豪雨)なんかは、熱帯のスコール以上の降り方だった。危ない、危ない。結果的に、「延べ丸1日分の土用干しはした」ぐらいだろうか。

まだ7月の下旬なのだから、気長にカンカン照りの日を待てばいいのだが、私にも都合というものがある。あいにく、8月の前半2週間は、何かと予定が続き、忙しいので、その期間は土用干しできそうにない。つまり、残されたのはこれからのあと1週間。この間に「3日間」の土用干しの残りを終わらせたいのだ。

冒頭の写真のザルにのった梅干しは、概ね乾燥しているので、とりあえず一安心。過去には、私の都合とお天気の巡り合わせで、全く土用干し出来ず、赤梅酢に漬かったまま1ヶ月以上経過してしまい、カビに苦労した経験があるからだ。ただその対処法も考え、経験したので、それは公開しているレシピに反映させることが出来た。

●(梅干し仕込んでて)もしもカビが生えたら

ところで、梅干しの土用干しの目的は、乾燥(濃縮)、滅菌、味の熟成などだと思うが、昔から「3日間」と伝説のように言われている。この「3日間」には、どういう根拠があるんだろう。

私が載せている梅干しのレシピでは、「3日間」としてあり、「梅雨明けがハッキリしないときは、8月中〜下旬になってでも晴天の続きそうなときまで待ちましょう」とも書いている。

●正統派・梅干しレシピ | 天日塩 カンホアの塩

しかし、私はその「3日間」の根拠を明確に説明することは出来ない。その「3日間」のカンカン照りの度合いもあるし、日を追うごとに乾燥が進むこと、お日様の力が注がれる時間が、どのくらいが適切なのかの説明は難しい。

でも、結論的に、「3日間」でいいと思っている。ただ、気象条件や諸般の都合などで、「2日間」または「1日だけ」になってもそれはそれでいいではないか。昔の人だってそうだったはずだ。「3日間」の根拠を私が明確に知っているかいないかは、重要ではない。だから「3日間」でいい。

・・・・なんてことをあれこれ考えながら、次の土用干しのチャンスを待つのであった。

★追記★
結局、この夏の土用干しは、あと1日だけ8月9日に、行っておしまいにした。下の写真はその日、仕舞う直前のもの。冒頭の写真のものを(終日カンカン照りの)1日干したものだ。写真では分かりにくいかも知れないが、確かに水分が減って、シワクシャ度が増し、薄っすらと白い塩が粉ぶいてきた。私は、この土用干しの後、梅酢にくぐらせずにドライなまま保存するが、それでもその粉ぶいた表面は、保存している間にはシットリとしてくる。やはり、土用干しは「3日間」(を目安として)。あとは、様子を見ながら、お好みがいいんだろうなー。

2013年7月18日木曜日

オッサンはステテコ・ブームに動揺する


この2〜3年、ステテコがブームみたいだ。昔は、ステテコと言えば白しかなくて、オッサンの専売特許だったけど、今どきのは、いろんな色柄などあってオッシャレ〜になってる。

夏の日に、オッサンが真っ白なステテコに前ボタンの薄手の丸首シャツ、ときにはらくだの腹巻き姿で、ウチワであおぎながら、軒下の長椅子で将棋を指してる・・・・なんて光景が昔は本当にあった。あのオッサンの「余計なことを気にしない(洗練された)」自由な姿はよかったなー。暑いときは涼しい格好をする。とてもシンプルだ。ただ、「余計なことを気にする」お年頃(二十歳頃)の私は、ステテコを部屋着としてこっそり愛用していた。涼しかったし、色はともかくとして(白しかないので)、デザインも好きだった。ただ、それで外に出るまではしなかった。

そして、10年ほど前の夏の日、ステテコがこんなブームになる前、私は忘れかけてたステテコを思い出し、近所の(東京郊外の)ホームセンターで探したことがあった。後から思えば、昔ながらの洋品屋さんだったらあったかも知れないが、ホームセンターではなかった。と、ちょうどそのとき、田舎に住む、カミさんのお父さんと電話で話す機会があったので、思わずきいてみた。

「最近、ステテコが欲しいと思って近所探したんですが、売ってないんですよね。お父さんいつも夏履いてましたよね? ご近所で売ってます?」

「そりゃ売ってるさぁー、東京で売ってないの? それなら今度送ってあげる」

と、有り難くも2枚の真っ白なステテコを送ってもらった。
もちろん、グンゼの綿100%。タグを見るとちょっとビックリ。「日本製」となっていた。10年前でも珍しかった。今でもそうなのかな。


さて、届いた真っ白なステテコ。20年ぶりだった。このスースーした薄手感がいいんだよなー、と手にとって見たが、「これ履いたら本当にオッサンになっちゃうな」と思った。二十歳の頃の私はそんなことちっとも思わなかったのに、オッサンの入口ぐらいの歳になってみるとかえって意識してしまい、「このままじゃいかん」と思うのだった。そこでオッサンは、ダイロンで染めることを思いついた。それまで、ときどき、シャツや座布団カバーなんかも染めてたってこともあって。これが年の功というものであろうか。

そしてただ染めたんでは面白くないからと、一度水洗いしたステテコを、グチャグチャに丸めて茶色のムラ染めにしてみた。それが冒頭の写真。撮影は最近なので、ちょっとくたびれた感じです。真っ白だったステテコでは、近所への買い物にも行けない感じだったが、これだとステテコとは見えないので行けた。我ながらこのオリジナリティに満足していた。また、こういうちょっとした欺(あざむ)きが好きなのだ。

するとどうだろう、その数年後。あちこちでステテコ売ってるではないかー。真っ白なのはひとつもない。ステテコの「コ」が「CO」とかになってやがる。こうなると、冒頭の写真のステテコが、オリジナリティというよりは、ずいぶん貧相に、またはさらに「オッサン度」が増したように見えてきた。

ん、何かがおかしい。

こんなステテコ売ってないし、実際に私はもう十分オッサンだ。「余計なことを気にせず」、これ履いて買い物に行くんだ、と呟くオッサンであった。あ〜、きょうも暑ぢぃー。

2013年7月9日火曜日

手動アイドリングストップの現実


前々回のエントリ(6月24日・手動アイドリングストップとハイブリッド車の燃費)、そして前回のエントリ(7月2日・燃費計の誤差)と続いた、エコ(セコ)ネタ車編の続きだ。

繰り返しになるが、代車でフィット・ハイブリッドに乗った私は、自分の車(ホンダ・モビリオ・2003年式)で、アイドリングストップを「手動で」やることを思いつき、それをこまめに実践。その際の燃費を出した数字が以下。

燃費計表示:15.2km/l
(実測値、13.20km/l)
※496.2km(走行距離) ÷ 37.58リットル(消費ガソリン) = 13.20km/l

次に、あえてアイドリングストップをしないで、この2週間ぐらい走ってみた。これら2つのデータを比較して、まずは手動アイドリングストップの効果測定をしてみようと思う。その非アイドリングストップの数字が冒頭の写真であり、以下が詳細だ。ジャ〜ン!

燃費計表示:14.2km/l
(実測値、11.91km/l)
※385.7km(走行距離) ÷ 32.38リットル(消費ガソリン) = 11.91km/l

実測値のみを比較すると、約11%の燃費アップ。これが手動アイドリングストップの効果測定結果だ。そんなら、手動アイドリングストップすりゃぁ11%エコ&チープだぁ〜。

・・・・という単純な問題ではないのが、この問題の問題点だ。

++++++++++++++++++++++++++++++++++

前回のエントリを書いた後、友だちからメールが来た。
「手動アイドリングストップは、1分以上だとストップの効果大、以下だと故障のリスクの方が大だとか・・・・」

そーなんだよねー。故障のリスクがある。また、ちょこっと停車はともかくとして、信号待ちの「1分以上」はかなり長い方だ。それをどう考えたらいいのだろう?

6月20日のエントリ(オート・アイドリングストップの恐怖)でも書いたとおり、私は、その恐怖に対するトラウマを克服した。しかし、エンジンをかける頻度が多くなって、新たな不安を感じ始めていた。

「こんなにエンジン止めたりかけたりしてて、バッテリーの負担はどーなんだろ?」

実は、つい先日も、ちょっとした故障でホンダを訪れる機会があり、そのとき、一緒にバッテリーの検査をお願いした。結果は「良」で一安心だったが、ついでに、私の手動アイドリングストップについてきいてみた。

「最近、信号待ちなんかのとき、エンジンをマメに切ってるんですよ。そしたら、燃費がいいような気がして。でも、これってバッテリーにとって負担じゃないかとちょっと心配になって、一緒にバッテリーの検査をお願いしたんですよ」

そしたら、ホンダの工場長曰く、

「それは程々にした方がいいと思いますよ。最近、自動でアイドリングが止まる車がありますが、それはそれなりのバッテリーを積んでるので・・・・(お前さんのは違うだろ)。頻繁にエンジンかけてると、セルの消耗も早いし・・・・。まぁ、燃費はいくらかいいでしょうが、(手動アイドリングストップは)程々にした方が・・・・」

そんなこと言われた日から、セルを回すときに感じていた「不安」は、「心の痛み」に変わっていった。あー、何と私は小心者なんだろ。昔、30年ほど前、(バッテリーとは無関係に)セルが回らなくなる故障をしたのを思い出した。バッテリーも結構高いし。

さーて改めて、燃費アップ率、11%。

この数字をどう見るか。セルやバッテリーの負担のリスクがその裏側にある。それらのリスクは、「車のエンジンがかからなくなる」という、故障の中でも大きな方だ。

また、手動アイドリングストップを実際にやってみて分かった、ちょっと困ったことは、ストップすると同時に、ウィンカーとエアコンが止まっちゃうこと。ウィンカーは交通法規上よくはない。またエアコンは、あまり頻繁にエンジン切らない方が、バッテリーの消耗を抑えられる気がする。先週末、東京も梅雨明け宣言で、現在猛暑中だ。

ん〜、もう少しハードルを下げた方がよさそうだ。

夏場・冬場のピーク時は、手動アイドリングストップはやめといた方が無難。そして、春秋の穏やかなシーズンは、「信号待ち1分を目安に、手動アイドリングストップ」。かわいくこれぐらいがいいだろな。東京郊外で車通勤している私は、片道20〜30分だが、信号待ちは10回以上で、そのうち1分級は、2〜3箇所だけだ。

手動アイドリングストップを思いついた当初からすると、ちょっとテンション下がっちゃったけど、このへんが現実的と溜飲を下げるのであった。

2013年7月2日火曜日

燃費計の誤差


冒頭の写真。前のエントリ(手動アイドリングストップとハイブリッド車の燃費)と酷似している、が、違う。前のは、長距離を走った後の燃費計で、「18.0km/l」。一方これは、町中ばっかり走っての燃費計で、「15.2km」を示している。どちらも容量45リットルのガソリン満タン(すり切れ一杯)からだいたいなくなるまで。またどっちも、手動アイドリングストップを実施しつつ、エアコンは全く使っていない。搭乗者は、厳密ではないが、全てのデータで、9割は私一人で、1割は私プラス大人一人+子供二人だった。

さて、この燃費計というもの。精度はちゃんとしているのだろうか?
誤差があるとすると、それは一体どのくらいなのだろうか?

そう思ったことのある人は少なくないと思う。
そこで、我が愛車、ホンダ・モビリオ(2003年式)で実験してみた。

この場合、走行距離は信じることとして、その走行距離に対して、満タンに入れることで、ガソリンの消費量を計ってみた。

まず、上記の写真が示している、「15.2km/l」。このときの走行距離は、496.2kmで、すり切れ一杯入れたガソリンの量は、37.58リットルだった。つまり、

496.2km ÷ 37.58リットル = 13.20km/l
15.2km/l ÷ 13.20km/l = 1.1515

約15%、実際よりもよく(長く)表示されていたことになる。

そして、もうひとつ。前回エントリでの、(町中は少なく)長距離ばっかり走った際の燃費計の表示は、「18.0km/l」。そのときの走行距離は、572.9kmで、すり切れ一杯入れたガソリンの量は、37.06リットルだった。つまり、

572.9km ÷ 37.06リットル = 15.46km/l
18.0km/l ÷ 15.46km/l = 1.1642

約16%、実際よりもよく(長く)表示されていたことになる。

これら15%とか16%という数字は、誤差として仕方のない数字なのだろうか?
ちと多すぎやしないか。走行距離については、車検などの際、一定以上の精度を検査されてる気がする。でも、燃費計にはそれがあるのだろうか? 素人の私には、単に、ガソリンの残量を量って走行距離と計算すればそれで正確な数字が出そうに思うが、どうなんだろう? チャッポンチャッポン動いているガソリンの量を量るのは難しいのだろうか? 疑問は深まるばかり。

燃費計の精度はこのへんにしよう。
次は、手動アイドリングストップの効果測定だ。上記の数字は手動アイドリングストップを実践してのもの。現在、アイドリングストップしないで走ってます。この2つの数字を比べるのだ。

●追記(2013年7月24日): エアコン使用時(非アイドリングストップ)のデータ

上記の燃費計算はエアコン不使用のデータだが、(町中走りの)エアコン使用時の数字が出たので、追記する。この間、湿気を含めかなり暑かった。アイドリングストップ時はエアコンも切れるものだが、こうして猛暑中、エアコンをしっかり使っているときは、車内の暑さとバッテリーへの負担の心配で、とてもアイドリングストップをする気になれない。

燃費計の表示: 10.5km/l

実測データは、走行距離が、380.4km、すり切れ一杯いれたガソリン量は、38.34リットル。つまり、

380.4km ÷ 38.34リットル = 9.92km/l
10.5km/l ÷ 9.92km/l = 1.0585

約6%、実際よりもよく(長く)表示されていたことになる。エアコン不使用時の15〜16%と比べかなり差異が圧縮されている。これはエアコンの影響なのか、非アイドリングストップの影響なのか、定かではない。

2013年6月24日月曜日

手動アイドリングストップとハイブリッド車の燃費


前のエントリ「オート・アイドリングストップの恐怖 」では、ついつい私の30年前のトラウマのことを書き綴ってしまったが、問題は、燃費なのである。使うガソリンが少なければ、懐にもいいし、CO2の排出量も少なくなる。

私は、フィット・ハイブリッドで、東京・長野の往復をした。もちろん、高速道路が9割方を占める条件になった。東京に戻り、この車の燃費計を見ると、

20.0km/l

ちょうど20km。フィットは、ハイブリッド以前でも、「燃費のいい車」というイメージがあったので、正直、期待はずれだった。おそらく非ハイブリッドのフィットでも、高速だったら、17〜18kmは走るだろう。私のイメージでは、ハイブリッドならその1.5倍は走って欲しかった。そんな思いを持ちつつ、代車のフィット・ハイブリッドをホンダへ返し、自分の車に戻った。

前のエントリでも書いたように、この代車で私は、アイドリングストップのトラウマを克服した。もう、交差点でエンジンが止まり、車内に静けさがたちこめても、怖さはなくなった。そして、ほとんど高速道路でのフィット・ハイブリッドの燃費は期待はずれの20km/lだった。最近は、路線バスでも信号で停まるとエンジンを切っているのを思い出す。いろいろな思いが交錯した後、ふと思いついた。

「そうだ、手動でアイドリングストップすりゃ〜いいんだぁ〜」

何も今どきの車のようにオートでなくたって、停まったら手動でエンジンを切ればいい。そう思うと、アイドリング時、エンジンは毎分800回転もしていることがやけに気になった。手動で、燃費とCO2の排出量を抑えられれば、そりゃーいいことだ。ちょっと面倒臭そうだけど。

そう思い立ったら、たまたますぐにガソリンを入れるタイミングとなり、たまたまその後は、100kmぐらいの長距離運転が二度続いた。高速道路中心ながら、一般道で手動アイドリングストップは結構まめに行った。つまり、アイドリングの状況も概ねフィット・ハイブリッドと同じようになり、

【フィット・ハイブリッド】 vs. 【モビリオ(2003年式)】

の燃費合戦とあいなった。
1300ccのフィット・ハイブリッドは、先述のとおり、20km/lちょうど。そして、1500ccのモビリオ君はというと、冒頭の写真。そう、

18.0km/l

ちょうど18kmなのだった。この違いをどう取るか?
数字では、「20対18」で、フィット・ハイブリッドの勝ちだが、フィット・ハイブリッドの燃費、やっぱそれほどでもないんじゃないの〜、というのが私の率直な感想だ。

新車のフィット・ハイブリッドは、中古のモビリオに比べ、かなり高価だ。その割高分を、購入後、燃費という形で補填してくれるのだろうか? それが「20対18」、つまり1割の差では、とても補填しきれないというのが現実なのではないか。

しかし、このエントリでの話だけでは、まだ私が気になっていることがまだ以下の3つ残っている。

1.私がかねがね感じていた燃費計の不確かさ。
2.手動アイドリングストップの効果測定。
3.そして私が実際に手動アイドリングストップを行っていて、どうしても拭えなかった不安感のようなもの・・・・。

まーた、長くなっちゃった。また後日に。

2013年6月20日木曜日

オート・アイドリングストップの恐怖


我が愛車は、ホンダ・モビリオ(2003年式)。
先日、修理があり、代車でホンダ・フィットのハイブリッド車をホンダのディーラーから渡された。ちょうどそのとき、(東京から)長野まで一泊で行く用事があり、慣れないハイブリッド車で、初めて長距離を運転することになった。

ちょっとワクワクぅ〜♪

フィットと言えば、ハイブリッド以前から燃費のいい車という印象があったから、燃費はどんなもんだろう? というのが最大の関心事。あとは、その燃費での車の走りはどんなんかなー、と思いながら運転を始めた。

走りは、思ったよりいい。早い。加速もいいし、ステアリングも滑らかかつ反応もいい。しかし実際に乗ってみて一番驚いたのは、停車するとエンジンが自動で止まることだった。そして、発進の際、ちょっとアクセルを踏むとエンジンがすぐにかかる。まーこれだけ町にはハイブリッド車が走っているのだから、「そんなの常識」なんだろうけど、私にとって、信号待ちでエンジンが止まっての静けさは、「あっ、再びエンジンかかるかな」という恐怖にも似た不安をよぎらせるのだ。

30年ほど前。私は、スズキ自動車の雑用のアルバイトをしていた。ある日、そこの修理工の人に頼まれて、古い軽自動車を引き取りに電車で行き、勤務先の江東区までその車で帰る、という仕事があった。

それは忘れもしない、九段にある大妻女子大際の交差点。片側一車線(両側で二車線)の道路の交差点だが、昔から歩道もあって、東京で運転する方にはご存じの方も多いと思う道。靖国通りの方から坂を下ってきた。信号が赤になり、信号待ちの先頭で停まった。少しすると、なぜか古い車のうるさいエンジン音が突然止まり、静かになった。「えっ?」。たしかセルボ(クーペタイプ)の当時で10〜15年ぐらい前の型。カッコいいのだが、何せ古い。もちろん、キーをまわしセルをかけようするがウンともスンとも言わない。信号は青に変わった。後ろの車からはクラクション鳴らされるし、私はどうしていいか分からないし、しかもちょうど午後の学校がひけた時間だったから、群がって歩いている女子大生はみんな足を止め「どーしたんだ?」と、私の車はいぶかしげな視線に囲まれた。もー、パニック。

とにかく、後ろの車には、私の車がエンコしていることを知らせなきゃならない。まずは外に出て、頭を下げながらの交通整理だ。ひとしきりしたところで、エンコした車のギアをニュートラルにして、運転席のドアを開け、ハンドル持って押した。何度か切り返して、歩道に沿って、なんとか駐車し、やっと一息。「あー、しんどー」。よりによって、何でこんなところで・・・・。

当時はもちろん携帯電話などない。公衆電話を探し、バイト先の修理工の人に電話した。今どきなら、携帯片手に・・・・といったところだろうが、「まずは(後ろ置きの)エンジンを見て見ろ」と言われても、公衆電話からはエンジンが見えないし、「えー、エンジン後ろなの?」ぐらいの私だったから、エンジンだけ見てもサッパリ分からない。もちろん動揺もしている。結局、工場長に来てもらうことになった。

当時二十歳ぐらいのお年頃の私だから、多くの女子大生が行き来する中で心細ーく車の横で待った時間は長かった。たぶん40〜50分後だったろう、工場長到着。早速みてもらうと、ヒューズをとめてたビスが緩んでいて取れかかっていた。たったそれだけだった。ヒューズっつったって、太さ2ミリぐらいの剥き出しの線。当時の私にとっても骨董的ヒューズだ。「コイツが原因かー」と見つめた変に傾いてたヒューズの画像は今でも私の脳裏に焼き付いている。工場長は、ドライバー1本で緩んでるビスをとめると、エンジンはいとも簡単にかかり、マフラーからはやや濃くなった煙が巻き上がった。

「大変だったな」、工場長がねぎらってくれた。
私は、「こんな車をバイトに運転させないでくれよ」と心の中でつぶやいた。
でも、ヒューズが緩んでたぐらい、気がつかなきゃいけなかったのか。えー、そんなの思いも寄らなかった。

さて、フィット・ハイブリッドに話を戻そう。

信号待ちで、エンジンがオートで止まり、車内に静けさがたちこめると、私は怖くなるのだ。もちろん、それでエンジンがかからなくなることはなかろう。しかし、そのとき私の脳裏には、30年前の大妻の交差点がよぎるのだ。

私が変わらなくては・・・・。
車が、時代が変わったのだから・・・・。

結果的に、代車のフィット・ハイブリッドを数時間、二日間運転することで、私はトラウマを克服するトレーニングを積むこととなった。

あー、燃費のこと書こうと思ってたのに、すっかり脱線してしまった。それはまた改めて。

2013年6月10日月曜日

玄米豆乳ヨーグルト〜時間と乳清


3月13日のエントリで、玄米豆乳ヨーグルトを作り始めた話を書いたが、あれから3ヶ月ほどたった今、軌道に乗った感のある我が家です。これにともない、先のエントリに付け加えたいことがいくつか出てきたので、きょうはそれを書きます。

まずは、「35℃で8時間」について。これは「35℃で12時間」に訂正します。これは使う豆乳の違いや、そのときたまたま玄米についていた乳酸菌にもよりますが、8時間だと固まり方があまいときがしばしばありました。12時間ならほとんど問題なしです。

そして、実際に作っている方はすでにお気づきと思いますが、この豆乳ヨーグルトが出来ると同時に、必ず「乳清(ホエイ)」と呼ばれる、ほとんど透明な液体が出来ます。

「こいつをどうしよう?」

と思って、「乳清」でwikiってみたら、

なお、大豆由来のものは「大豆ホエイ」と呼称され、タンパク質に富む

と書いてありました。飲んだ方がいいようです。私は飲んでます。それで、それを全部飲まないで、半分から3分の1ぐらい残しておいて、それを次回の種菌として使います。そして、それは3〜4回ぐらいは続けて使えます。

冒頭の写真は、乳清を種菌として2回目か3回目の玄米豆乳ヨーグルト(ヨーグルトメーカーの容器の中)なんだけど、オリジナルより滑らかな舌触りになりました。豆腐で言えば、絹ごしな感じ。玄米もより柔らかくなってて食べやすい。なかなかこれもいいです。

とまぁ、いろいろやってます。
が家です。

2013年5月30日木曜日

バジルの種・タピオカ風


先週、「食の学校」の人たちと一緒にベトナム旅行に行ってきた。私がプロデュースしている「カンホアの塩」の塩田見学が主な目的だったけど、その他、ホイアンの有機栽培の農場なんかにも寄った。

その農場に着いて、入れてくれたお茶の中に妙なものが浮いていた。小さめのタピオカのような(サイズは一粒1〜2mmぐらい)、しかし半透明の玉の中心には黒い粒があるので、カエルの卵のような・・・・。食感はタピオカのようにプルプルしていた。味は、少量だしよく分からない。

「このお茶のツブツブは何ですか?」
と迎えてくれた農場のご主人に尋ねると。

「バジルの種です」

「え〜」と私たち一同は驚いていると、目の前で、コップの水にバジルの種をパラパラと落とし、「5分待ってください」。

5分待つまでもなく、1分ほどすると、下の写真のように、黒いバジルの種の周りに半透明のプルプル状のものが膨らむように付き始めた。ちなみに、ここで言うところのバジルは、スウィートバジルではなく、いわゆるオリエンタルバジルだ。


そして、これが5分ほど経過して冒頭の写真になった。

何でこんなになるんだろう?
と、当然の疑問が湧いたけど、ちょっと考えただけでは分からない。きっとスウィートバジルも同じようなものだろうから、日本へ帰っても出来そうだ。すっかりいいこと教えてもらった気になった。ハーブティはもちろん、みつ豆系のスイーツ類や、ジュース、スープにも、ちょとした演出に使えそうだ。

そして帰国後。

ちょうど2〜3週間前に庭に撒いたスウィートバジルの種の残りがあったので、コップに水を注いで20〜30粒落としてみた。ベトナムの農園よりも若干長くかかったものの、10分ぐらいで、冒頭の写真と同じようになった。

そして、その種が入っていた袋の表示を改めて見てみた。



な、な、何と・・・・。

●ご注意:この種を食用、飼料用にしないでください。

とあるではないか。薬つかってんのかな。というか、たぶん「食品」として販売してませんよ〜ぐらいのことで、問題ないようにも思ったが、一粒だけ食べてみて、ベトナムで感じた食感だけを舌の上で確認するに留めた。

ま、2〜3ヶ月もすれば、庭のバジルから山ほど収穫できるから、それで本格的に使ってみることにしよっと。何てことないって言えばそれまでだけど、例えば、白いボリジの花を白ワインに浮かべると、酸に反応してピンク色になりますね。あんなような感じですぅ〜。

2013年5月17日金曜日

プロペラ機で伊豆大島へ

こないだの連休、一泊二日で伊豆大島へ、家族で旅行に行ってきた。
我が家は、東京西部・多摩なこともあり、調布飛行場から飛行機で往復した。この小型飛行機搭乗が今回の旅行のメイン・イベントだったかも知れない。

この旅行の話が決まった当初は、「自宅から調布飛行場へは車で30分だから、だだっ広い駐車場に一日停められていいや」という安易なイメージを持っていた。が、搭乗する一週間前に、飛行場に電話したら、何と「駐車場は50台分だけです。連休中は一杯になることが多いので、公共の交通機関をご利用ください」とのこと。ガーン!

調布から飛べるメリットがちょっと減っちゃったけど、気を取り直して、電車&タクシーで向かった。初めての調布飛行場。着いてみると、周辺にたくさんの飛行機関係の会社があって、駐車場はたくさんあるのだが、一般利用者が使える駐車場は50台ほどだった。

そんで、午後1時半ぐらいの便だったので、昼食を飛行場近くの「プロペラ・カフェ」でとった。そう「飛行場近く」なのだ。これも私の早とちりだったんだけど、飛行場の小さなターミナル(乗り場)に着いて、「プロペラ・カフェ」を探すが、どうも見あたらない。警備員の窓口に尋ねに行くと、窓口脇に「プロペラ・カフェへの道順」のチラシが置いてあった。私みたいな人がたくさんいるのだ。つまりは、ターミナルから徒歩10分ほど。どうもターミナルではなく、とある飛行機会社が経営している店だった。

最初にお断りするが、この「プロペラ・カフェ」、食べ物は期待しちゃいけない。しかーし、まずは下の写真をご覧あれ。プロペラ・カフェに入ると、こんなでっかい文字が目に入った。


「飛行機販売中。ここで飛行機免許取得できます」

「へぇ〜」と思って、下の写真のプライスカードを見る。


一番高いのは、一番上の、シャイアンという飛行機で、¥262,200,000也。
しかし、一番安いのは、一番下の、セスナ150で、¥1,200,000。

「120万円? これなら、オレでも買えるんじゃないの?」

と、ふと思った。そして、窓の外を見ると、このカフェに隣接した格納庫にこの値段のついた飛行機の現物が、並んでいた。


「へぇ〜、これが120万円で、これが320万円かー」、「どうせ買うなら、320万の方がいいかなー」などと、5分間ほど「自分が飛行機のオーナーになったらどうなるんだろう?」と夢想した。目の前の滑走路には、15分おきぐらいに、いろいろな小型飛行機が離着陸を繰り返していて、その度につい拍手したくなった。ただ眺めていても、結構楽しい。

そして、「飛行機販売中」の窓口の横には、本格的そうに見えるフライト・シミュレータなんかが置いてあった。何しろ、飛行機をこんなに身近に感じたことはなかった。

 

まー、5分の夢想の後は、維持・管理費はもちろん、一回のフライトでいくらかかるんだろう? などと、どんどん冷めていって、結局は「買える訳はない」。

さーて、そんなことしてるうち、搭乗時間が迫ってきた。今回の飛行機はコチラ。19人乗りのプロペラ機(ドイツ製)。


そして驚くなかれ。調布から伊豆大島まで、何と25分。私は、飛行機の、あの胃袋がキューとなる揺れが苦手なので、心配だったけど、いい天気だったせいか、多少揺れはしたものの、胃袋はキューとはならずに済んだ。

そして、飛行機会社の宣伝文句にもあったが、可視飛行のため、鳥になったような窓からの景色がとってもよかった。「鳥になったような」は過剰宣伝ではない。まるで地図の上を飛んでるみたい。飛行高度は、1000mぐらいだったんじゃなかろうか。

飛行機に乗る前までは、25分間、離陸から着陸までのドキュメンタリー動画を撮ろうと思ってたんだけど、「離着陸のときは、デジカメなど禁止」だったので、離陸後しばらくしてから、動画を撮った。調布から大島までほとんど最短の直線で飛んでいた。その川崎の内陸から横浜中心部、横浜港が地図のように見える、3分ほどの動画です。

video

2013年5月14日火曜日

親子ドッジボール大会


天気に恵まれた先週末、3年生の娘の小学校の校庭で、町会対抗のドッジボール大会があった。午前中は、子供たちだけで各町会のチームに分かれてリーグ戦。午後は自由参加で、大人も混じって、ドッジボールと大縄跳びから選んで遊ぶ企画だった。

お弁当を食べ終わったとき、アナウンスが流れた。

「これから、大人も参加のドッジボール、大縄跳びになります。参加される方は各場所へお集まりください」

私は娘にきいた。
「午後は何するの? ドッジボールと大縄跳び、選べるみたいじゃない?」
すると、彼女は、「何もしない」と言う。
私は彼女がドッジボールを好きなことは知っていたので、意外だった。
「え〜、ドッジボールとかやんないの?」
「んー、いいや〜」とモジモジした感じ。

彼女のそのモジモジした様子を、私は「何かがおかしい」と感じた。そして、「もしかしたら、自由参加のドッジボールをパスして、とっとと家に帰ってビールでも飲みたい」と思っている私の気持ちを感じて、遠慮してモジモジしたんだろうか? と考えてしまった。

私は、子供の頃、ドッジボールは大好きだったが、今この場で、小学校3年生を相手に、そんなにドッジボールをやりたいとは思ってなかった。また、私は51歳。8歳児の親としては高齢で、「まー、こういうことは、若い親御さんに相手してもらった方がいいだろうなー」とも思っていた。何となくとは言え、そんなことを思ってる私が、いとも簡単に見抜かれた気がした。

これじゃ、いかん。

そこで、「父ちゃんは、ドッジボールやるよ。曜子も一緒にやらない?」と誘った。すると、彼女は驚いたように「えー、パパやるのー?」とモジモジが満面の笑顔に変わった。私の思ったことが当たっていたかも知れない。しかし、大事なことはその理由よりも笑顔に変わったことだ。「さっきは、父ちゃんがドッジボールやりたくないと思って、遠慮したの?」ときいてみようかと思いはしたが、きかなかった。

とまぁ、こうなって、二人でドッジボールのコートへと向かった。集まってる人は、私たち合わせて4人だけ。しかし5分ぐらい待っていると、どんどん人が集まってきた。この午後の親子ドッジボールは今年初めての試みらしい。慣れてない中、私たち親子のようなやりとりが、他の親子でもあったのだろうか。

そして、親子ドッジボール。小学校3年生の子供たちが中心なので、親側は母親がちょうどよく、母親と子供たちで盛り上がった。父親は(51歳の私さえ)力加減が必要になってしまう。加減すると子供たちもそれを感じるし、盛り上がるようで盛り上がらない。

それにしても、あえて言葉で確認しなかったが、彼女はやはり遠慮してたんだろうか気になった。だとすると、親としてはちょっと辛い。でもまー、そんなに品行方正な父親じゃないけど、これからもよろしくね〜、と言いたくなった。

2013年4月24日水曜日

本当の天然ボケ


二週間前の4月の半ば、信州の標高1000メートルぐらいのところにある、友だちの家へ遊びに行った。この地では、春が一気にやってくる。コブシと山桜が一緒に咲き、ウグイスが鳴いていた。

で、その広い庭を歩いていたら、足下にボケの花を見つけた。町では、盆栽や庭木なんかで見ることがほとんどだが、このボケは背丈がやけに低い。植えたようでもないので、家主に聞いたら、「植えてないんだよ。自然に生えてきててね」という。

これがホントの天然ボケ。

おしまい。

2013年4月19日金曜日

ホワイトアスパラとグリンピース


「缶詰と生でこんなに違っていいのか!」

と、私が感じる双璧が、ホワイトアスパラとグリンピースだ。
それは時代もありました。

私の幼少時代(45年前頃)、私のおじいちゃんはホワイトアスパラが大好物だった。今のように生では売ってない。缶詰だ。缶切りで細長い缶を開け、トロトロ のホワイトアスパラを箸でとってそのままを旨そうに頬張っていた。「タケシ、お前も食べろ」と言われて何度か食べたが、ダメだった。その臭いがダメだった。たぶん缶の臭いだったと思う。だから、「何でおじいちゃんはこんなのが好きなんだろう?」とずぅーっと疑問だった。おじいちゃんちでなくても、当時アスパラと言えば、イコールこの缶詰のホワイトアスパラだった。おぼろげな記憶だけど、グリーンアスパラさえ生はなかったように思う。

また、その頃の我が家の家業は、中華料理店だった。缶詰のグリンピースは、チャーハンの中に混ざっていたり、またあるときは芙蓉蟹のあんの上にポツンと2〜3粒、飾りでのってたりしていた。そのグリンピースがあまりに味気なく嫌いだった。これはホワイトアスパラと違って、特に誰かがおいしいと言っていたワケではない。ただ、当時としては、ホワイトアスパラと同様、グリンピースも「こういうもの」だと思っていた。

しかし、おそらく20年ぐらい前からは、どちらも普通に生で買えるようになった。昔の缶詰とのギャップも手伝ってか、どちらも何とおいしいこと。初めて生を調理したホワイトアスパラやグリンピースは、まさに「目から鱗」のおいしさだった。45年前との比較だから、今の缶詰はもっとおいしいのかも知れないけど。

チャーハンのグリンピースは安易な飾り程度のものだったと思う。でも、缶詰のホワイトアスパラについては、ふと考えるときがある。もしおじい ちゃんが、缶詰より先に生を調理したものをどこかで食べてて、後から缶詰を食べるときにそれを思い出しながら食べてたかも知れないと。でなければ、あんなに旨そうに食べただろうか? と思うからだ。さらに、もしそうだとしたら、当時としてはそれはかなりレアなことだったハズだから、それはどんな特別な事情があった んだろう・・・・、と妄想するのだ。

こないだ、一週間前、デパ地下でホワイトアスパラを見つけて、思わず買ってしまった。缶詰とのギャップもあるが、おじいちゃんのことを思い出すこともある。

グリンピースもそろそろだな。何とか、死ぬ前までに、少なくとも缶詰で食べた以上の量の、生から調理したものを食べないと、ホワイトアスパラとグリンピースに失礼だ・・・・なんて食い意地を張りたくなるぐらい、今は好物だ。

2013年4月12日金曜日

アシナガバチの巣


二十歳頃読んだ本で、こんな話があった。

その日本人著者は、インドで汽車にのっていた。インドの汽車はヨーロッパにあるようなコンパートメントタイプだ。同じコンパートメントの乗客とは同部屋感覚になる。

その窓から蜂が1匹入って来た。その著者は当惑した。が、さらに驚いたことに目の前に座っている初老のインド人男性は、そっと自分の手をその蜂に差しのべた。すると、蜂はその手にとまり、初老の男はその手をそおっと窓の外に出した。蜂は何事もなかったかのように、飛び去った。それを見ていて驚いていた著者に、初老の男は、微笑みながら、こう語る。「蜂は人を刺したりはしない。ただ自分(たち)が危険を感じたときにだけ刺すのだよ」。

私は、この下りを読んで、ちょっと感動した。そして、その数年後、私はインドにいた。そこはヨガで有名なリシケシという町の、ヴェドニケタンというアシュラム(ヨガの修行場)だった。そこの回廊式の宿舎には広い中庭があり、その真ん中に共同の水場(水道の蛇口)があった。自炊してもいたし、暑いしで水場は頻繁に使う。だた、日中、明るいうちは、その水場付近には必ず数匹の大きな蜂(日本のアシナガバチより少し大きかった)が、水を求めてブンブン飛んでいた。

そのとき、私は先の本の初老のインド人男性のことを思い出していた。「蜂が危険を感じなければ大丈夫なのだ」と自分に言い聞かせた。そして、そのために私は気持ちを落ち着かせ、集中し、自分の中に恐怖感がなくなったことを確認した後、蛇口に手をのばし、ひねった。すると本当に蜂は刺さなかった。そして一週間ぐらいたつと、私は特に集中しなくても蛇口をひねられるようになっていた。ときどき、他の人から水汲みを頼まれもした。ヨガの修行はたいしてしなかったが、この蜂たちのことは今でも忘れられない。

そしてその5年後、私は東京で塗装屋(ペンキ屋)で働いていた。ペンキ屋というのはペンキを塗るのが仕事と思っている人も多いだろうが、実際は、ペンキを塗るまでの準備が半分だ。場合によっては準備が半分以上だ。

ある日私は、一般の一軒家の外壁の塗装の仕事をしていた。ちょうど今の時期、春爛漫の気持ちのいい日よりの中、足場を組んで、水をジェット噴射しながらまずは外壁の汚れを落としていた。水が激しく壁にあたる音とコンプレッサーの騒音の中、はたと気が付くと、足場に乗っていた私の顔の真ん前、距離にして20センチぐらいのところに蜂の巣があった。10匹ほどのアシナガバチがブンブン飛んでる。「あっ」と思った瞬間、目の前の1匹のアシナガバチが私に向かってまっすぐに飛んできて、眉間を刺した。

どういう訳か、私はそのアシナガバチの動きをスローモーションで記憶している。例えようもなく痛かった。両手で柄の長いジェット噴射器を持ったまま私は足場の上で一瞬呆然となったが、我に返り、仕事を続けた。そして巣から5〜6メートルほど離れて、水をジェット噴射し、巣を落とした。他の方法は考えつかなかった。親方は、腫れ上がった私の額を見て笑った。

さてさて、話を今に戻そう。

春たけなわのこの頃、アシナガバチが、我が家の軒下に必ず巣を作る。その軒下は、居間から庭に出てすぐのところなので、私たちがとても頻繁に通るところだ。冒頭の写真は、3日前に発見したのもの。まだ作り始めて2〜3日目ぐらいのものだろう。数年前、数匹のアシナガバチがブンブン飛んでいるのにやっと気が付いたときは、この巣より数倍大きかった。巣の場所は全く同じ軒下だった。そうなると、巣を落とすのに数倍の緊張感を要する。

アシナガバチは何も悪くない。
全くこちらの都合だ。
私は、築51年のこの借家に滞りなくちゃんと家賃を払ってはいるが、それは人間の都合だ。このアシナガバチからすれば、この軒下に巣を作る自由は十分にある。

小さい子供が2人いるし、頻繁に通るところだし・・・・。初老のインド人男性のように、「大丈夫だよ、刺さないから」と私は家族に言うわけにはいかない。そこで、私は巣の駆除にあたる。夜、懐中電灯をかざしながら、長い棒で素早く落とし、さっと部屋に入って引き戸を閉める。

翌朝、下に落ちている巣を確認すると、たった8個の巣穴の全てに、小さな白い卵が一つずつ入っていた。

8個の巣穴に8個の卵
そして、その日の夜、帰宅後もう一度軒下に懐中電灯を当ててみた。何と全く同じ場所に巣穴が4つぐらいの巣をアシナガバチが抱きかかえるようにじっとしていた。私は、前の晩と同じことをし、翌朝下に落ちた巣を確認した。4つの巣穴に小さな白い卵がやはり一つずつ入っていた。今度は木酢液をその軒下にスプレーした。

4つの巣穴に4個の卵
もちろん、きょうも帰宅して軒下を覗く。何度でもする。私に罪悪感がないワケではない。しかし、蜂が他の場所を見つけるための時間を少しでも長く稼いでもらうために、私は出来るだけ早く、出来るだけ巣が小さいうちに落とすことが、私にとってせめてもの出来ることなのだから。

2013年3月19日火曜日

牛を語らずしてヨーグルトは語れず

前回のエントリで、玄米豆乳ヨーグルトを仕込むのは、「35℃で8時間」と書いた。それは特に豆乳ヨーグルトというより、普通の牛乳のヨーグルトの適した温度と時間だ。この「35℃で8時間」。ちょっと思い当たることがあった。豆乳ヨーグルトからはちょっと脱線するが、冒頭の写真はそれに関係している。それは、インドだ。

私は昔しばらくインドを旅していたことがあったので、個人的に「インドだ」なんだけど、ヨーグルト文化が色濃い中央アジア界隈も似たようなことだと思う。しかし、インドが中央アジアと違うのは、ヨーグルトを作るミルクを出してくれる牛は、インドでは神格化されるぐらいとても特別な存在だということ。平たく言えば、とても大事にされていて、ご存じのとおり、町中でも自由にたくさんの牛がウロウロ歩いている。

テーマはヨーグルトなんだけど、「牛乳を語らずしてヨーグルトは語れず」、さらに「牛を語らずして牛乳は語れず」ということで、牛、それもインドの牛のことを書いてみたい。

インドの町でウロウロしている牛は、一見、野良牛のようだが、全て飼い主が決まっている。つまりは放し飼い。日中は町をうろつき、例えば、野菜市場へ行き、残った野菜の端切れを食べたり、例えば、大八車のバナナ屋へ行き、客が食べ終えたバナナの皮を食べたり、もちろん好きな草が生えてるところへ行って、草を食んだり。変な話だけど、飼い主が飼料をあげてるところを見たことがない。喉が渇けば、水たまりの水を飲むこともあるけれど、例えば町中の水道の蛇口の脇へ行き、物欲しそうな目で辺りの人間を見る、なんてこともある。例えば近くを通りかかった私は、蛇口を開けて水を出す。牛は太い舌をベロベロ出して水を飲む。私は蛇口を開けた責任があるから、牛が飲み終わるまで待ち、飲み終わったら蛇口を閉める。町中をウロウロする間、当然ウンチもする。牛は草・野菜しか食べないせいか、そのウンチはたいして臭くもなく繊維質豊富。子供たちはこのウンチを集めて、素手で平たい円形に形を整え、陽当たりのいい壁などに貼り付ける。炎天下でカラカラになったウンチは、よく燃える炊事用の燃料として七輪で焚かれる。また、その煙は、蚊取り線香にもなる。

スペインでは闘牛があるが、きっとそれは無理矢理そこまで牛を怒らせないとああはならないと思う。インドの牛はとても温厚な性格で、普段人間に危害を加えるようなことはない。しかし、私にはこんな経験があった。

インドのある町のとても狭い路地でのこと。正面から牛が私の方へ向かって歩いてきた。私も牛の方へ歩いている。道幅は1メートルぐらいだったから、お互いがやっとすれ違える程度。普段なら、そのまますれ違うのだけど、そのとき私は一瞬だが、「怖い」と思った。その瞬間、牛は頭の角を私に向けて一振りした。攻撃というより牽制だ。牛が本気なら私なんかひとたまりもない。角がちょっと手にぶつかったぐらいのことだったが、それで私は何かを学んだ気持ちになった。地元の人たちはどうしているかというと、いくら狭くても(怖がることなく)普通にすれ違うか、やや気性の荒い牛だなと感じると、その頭や角を手で軽く押さえながらすれ違う。実に自然な振る舞いだ。何しろ一番大事なことは、「怖がらないこと」。よっぽどでない限り、不思議とそれで問題ない。自分が怖がるとそれを感じた相手も警戒する。自分が怖がらなければ、相手も警戒しない。私はこれを「学び」と感じた。

ヒンズー教で、牛は神様(シバ神)の乗り物であり、牛自体を神様とあがめている人も少なくない。また、ヒンズー教徒は、ベジタリアンが多いので、ミルクや乳製品は重要な動物性タンパク源という面もある。

それにしても、インドの牛と人間の関係は、何と見事なのかと思う。今どきの言葉で言えば、見事な「持続可能&循環型」だし、この関係においては、あの忌々しい狂牛病とも無縁の世界。(ヒンズー教徒はそもそも牛肉を食べないが、イスラム教徒など他の宗教の人たちは牛肉を食べることもある) 本来草食の牛に、肉骨粉や牛の汁をエサとして与えたのが原因とも言われる狂牛病の発祥地となったイギリスは、つい数十年前までインドを統治していたという歴史も何の因果かと思ってしまう。

いや〜、脱線しまくっちゃったけど、「35℃で8時間」のヨーグルトだよ。

かなり大ざっぱだけど、インドの気温は35℃ぐらいだし、暮らしの中で牛の乳を使う方法からしても、8時間というのはピタッとくる。

日中町中をウロウロしていた牛たちは、日が暮れると自分ちへ帰る。そして、朝、飼い主は乳を搾る。そのミルクは自家用の他は、極めてローカル(ご近所)に売られる。主な用途はチャイのミルク。そして、パニールと呼ばれるカッテージチーズ(牛は神様だから、レンネットは使わない)、ギーと呼ばれるバターのようなもの、そしてもちろんダヒ(ヨーグルト)にも。

インドでは、ミルクを冷たくしては飲まない。加熱したとしても、それを冷やして飲みもしない。チャイなどで、飲む直前に必ず加熱しアツアツで飲むか(まれにホットミルク)、ヨーグルトやパニールなど発酵食品に使われるかどちらかです。日本のインド料理店では、冷たいチャイがメニューにあったりするが、インドでチャイは季節を問わず必ずホットだ。

35℃で8時間。

朝絞った乳は、最初はミルクとしてチャイなどに使われるが、その日の夕方など「きょうはもうミルクとしては使わない」となると、素焼きの鉢に入れ、ヨーグルトの種菌(前回の残ったヨーグルト)を加え、よーく混ぜ混ぜする。北インドの冬は平地でも冷え込むが、一番涼しい時期でも日中は25℃ぐらいにはなる。一年を通じて、平均で30℃から35℃ぐらいだろう。そして、夜仕込まれたヨーグルトは、翌朝にはヨーグルトになっている。その時間がだいたい8時間。素焼きの鉢に入っているから、気化熱でヨーグルトは冷たくなり、余計な水分も抜けしっかり固形化する。当然のことながら、ヨーグルトになれば、しばらく日持ちする。

こうした結果、放し飼いでストレスが少なく、(人工飼料などではない)いい食生活をしている牛のフレッシュな非加熱のミルクが毎日入手出来ると同時に、冷たくしっかり固形化したヨーグルトが毎日どこかで出来上がっている。ヨーグルトはもちろん、ミルクの加熱も最小限だから、日本で食するミルクとはひと味もふた味も違う。

以前のエントリで、冷蔵庫のないベトナムの食生活について(下記リンク参照)書いたことがあるが、ここでも同じ。おいしいものを飲み食いするには、冷蔵庫はかえってない方がいいかも知れない。

●ベトナムの普通の市場(2009年6月5日)

最後に、冒頭の写真のステンレスの容器について。これは私がインドを旅していたときに使っていたミルクポット。容量が、すり切れ1杯でちょうど1リットルなので、簡易計量カップにもなっていた。これを持って生ミルクやヨーグルト、パニールを買いに行くのはもちろん、自炊しながらの旅だったので、あるときは鍋になったり、飯ごうになったりもしてた、超スグレモノだ。

あ〜、またインドをゆっくり旅したくなってしまった。

2013年3月13日水曜日

玄米豆乳ヨーグルト


先日、このブログのリンクにもあるブログ、サムライ菊の助「畑日記」の2月10日のエントリ、パジャマ突き(好き)&玄米豆乳ヨーグルトを見てビックリした。

「うちと同じことやってる」

ちょうど同じ頃、知人から聞いて、我が家でも玄米豆乳ヨーグルトを作っていた。「離れた複数の場所で、同じ頃に、猿が海水で芋を洗って食べ始めた」みたいな話があったが、これもそんなことなのだろうか。何の申し合わせもなしに、同じ頃に同じようなことを、九州と東京でしていたのだ。

・・・・なーんてことはさておき、玄米豆乳ヨーグルト。おいしいです。そしてなかなかクセになります。植物性アッサリ感と「畑の肉」的な旨味をベースに、豆乳の淡い甘さと乳酸発酵した微妙な酸味が絶妙です。パクパク食べてしまいます。玄米は、さらっと洗った生米を使います。この生玄米は、時間とともにふやけてきて、24時間ぐらい浸かっていると、アーモンドを砕いたぐらいの固さになり、ヨーグルトに混じってポリポリとアクセントになります。この玄米豆乳ヨーグルトを食べ始めてからは、普通の牛乳のヨーグルトを食べたいとは思わなくなってしまいました。冒頭の写真がそれですが、コイツはやや濃い目の豆乳を使ったときのもので、ほとんど寄せ豆腐のような食感でした。

作り方は、先述のブログ、サムライ菊の助「畑日記」にて、やさしくも詳しい説明があります。要は、豆乳を玄米の周りに付いてる乳酸菌で発酵させるということです。

1.豆乳を湯煎して作る簡単な方法として
●パジャマ突き(好き)&玄米豆乳ヨーグルト

2.豆乳を大豆から作る方法として
●秘伝、生玄米大豆ヨーグルトの作り方、一挙公開!

また、さらに詳しいのは、上記、ブログにもリンクがありますが、下記のページ。玄米の代わりに、米のとぎ汁やお茶やハーブなどなどの種菌も登場してくる。深く行きたい方はコチラをどうぞ。

●米のとぎ汁で乳酸菌を培養です(13)--〔探求編7〕玄米で作る豆乳ヨーグルト

で、まあ、我が家はどうしているかと言うと、最初は湯煎してたんですが、カミさんは「面倒だし、こっちの方が失敗がない」ということで、ヨーグルトメーカーなるものを購入してお手軽に作っております。(メーカー名:TANICA、amazonで5,909円) ヨーグルトメーカーとは、スイッチひとつで一定の温度と、その時間数を設定できるというもの。カミさんが調べたところによると、乳酸菌が好きな温度が35℃で、時間は8時間ぐらいがいいらしい。つまり、豆乳500ccに玄米をカレースプーン3杯ぐらい入れてかき混ぜる。そして、35℃で8時間に設定する。これで8時間後出来上がりです。(下の写真は、冒頭の器に入った写真のものがヨーグルトメーカーで出来上がった状態です)


ん、35℃で8時間。

こう聞くとちょっと思い当たることがあります。
それはこの次のエントリにでも。

●次エントリ
牛を語らずしてヨーグルトは語れず

まずは、玄米豆乳ヨーグルト、簡単だし、おいしいですよー。

●関連エントリ
玄米豆乳ヨーグルト〜時間と乳清

2013年3月5日火曜日

ホットカーペットのコタツ


きょうは啓蟄。
ずいぶん春めいてきたこの頃としては、ふさわしくない話題のような気もするが、秋になったら忘れそうなので、今のうちに書いておこうと思う。

2ヶ月前の冬の終わり頃、我が家に新型コタツが登場した。ホットカーペットに座卓の、「ホットカーペットコタツ」。略して、「ホタツ」。(←ちょっと言いにくい) 上の写真がその外観です。

冬の始まり、我が家の居間は、ホットカーペットの上に絨毯、その上に座卓が置いてあった。2ヶ月ほど前のある寒い日、私が帰宅したら、その座卓に毛布と布団が掛かってコタツになっていた。カミさんの仕業だった。「へぇ〜、新しい発想だねー」と、その布団に膝を入れてみると、これがなかなか暖かい。

実はこうなる1〜2ヶ月ほど前、友だちの家でコタツ初体験をした8歳の娘が、「コタツが欲し〜い」と言い張っていた。でも、「コタツは狭い我が家にゃガサ張るし、これ以上暖房器具を増やすのもなー」と、私はぐずぐずと応えていた。そんな中、カミさんのこの発想につながった。

一年を通して我が家で使っている座卓は、長方形。そして、毛布も布団(夏掛け)も長方形じゃあないかぁ。ちょうどいい。しかし、天板がなかったので、ここは私の出番と、とりあえず、納屋に余ってた12mm厚のコンパネを切って天板にした。これでお味噌汁がこぼれない。何しろ天板以外は、元々我が家にあるものだから、特別ガサ張ることもないし、新たに暖房器具を買ったワケでもない。

★コタツが欲しいなー、という貴方。
★でも、家が狭くてガサ張るしなー、と思っている貴方。
★そして、ホットカーペットならあるんだけどなー、という貴方。

この3つすべてにあてはまる人。え〜ものあります、「ホ・タ・ツ」。

しかし、やや問題が発生。布団が結構ずれるのだ。本家コタツと違い、座卓の表面はツルツル。そして布団の横幅がピッタリだったため、そこに座ると、布団を引っ張りがちになる。そして、反対側に穴が空くというワケだ。それなら、ということで、私は、天板に枠をつけて、布団がずれない「はめ込み式」天板を作ることにした。

まずは、下の写真。3畳のホットカーペットの上に座卓が置いてあるところ。ホタツ設置前の状態だ。


この座卓に、毛布と布団、さらにありあわせのシマシマのカバーの布をかぶせ、天板をのせる、というか「はめる」。それが冒頭の写真。天板の素材は、厚さ20mmぐらいのベニヤ板(1,800円ぐらい)。それに柿渋塗って、ビーワックスを湯煎しエゴマ油を混ぜたのを塗ってある。

通常、コタツの天板は、ずれにくいように接触面がフェルト状になってるが、この場合、さらにずれない「はめ込み式」にしたというワケだ。使う座卓のサイズや毛布・布団の厚さは決まっているから、ちょうどのサイズに作れば「はまる」ことになり、全くずれる心配がない。

下の写真は、はまる部分が見えるようにと、天板を裏返しにして置いた状態。垂木で高さ4cmの枠が作ってある。


この枠をつけたせいで、12mm厚のコンパネでは下の写真のような木ネジの頭を隠すのには心許なくなり、20mm厚のベニヤを天板にしたというワケ。このへん素人にしてはやや手が込んでます、はい。


・・・・と、ここで気が付いた。

この枠つき天板はガサ張る。
次の冬が来るまで、どこにしまっておいたらいいのだろうか・・・・。

2013年2月15日金曜日

息子のマラソン大会


昨日、5歳の息子が通う保育園で、マラソン大会があって、それを観戦してきた。
親バカなエントリながら、滅多にない面白いレースだったので、ブログにアップしてみたーい。

彼が属する5歳児クラスは、25人ほど。この人数で、700メートルぐらいを走る。去年も同じマラソン大会があったが、一年前4歳の頃はどの子もさほど競争という意識は薄く、みんな何となく走った感じ。とは言え、息子は先頭の2人のうちの1人として走り、ゴール地点が分かりにくかったアクシデントも手伝って、一番になった。

実は去年、彼は走る前、「オレは一番になる」と言っていた。そして私は、「ホンマかいな〜」といぶかしげだった。しかし、やってみて本当に一番になったので、見くびったことを彼に謝り、最大限の賛辞をおくった。

そして今年。競争の意識もやや強くなり、去年一番を争った○○君との決戦という意識も持っていた。保育園でも1ヶ月ほど前から、練習で同じコースを走っていたから、私は、「どうだい、今年も一番になれそう?」と、今年はその可能性を感じながら尋ねた。「ん〜、分からない。(練習では)○○君に負けることも多いから、半分ぐらいかな〜」と言いながら、「筋肉つけるぞー」と毎日保育園まで走っていった。ライバルがいるというのは、すこぶる大事なことだとつくづく思う。

そして、昨日。マラソン大会が行われた。

スタート前、息子はやや緊張した面持ち。気合いが入っているとも言える。「よーい、ドン!」の声とともに、25人は一斉にスタート。我が息子は、3番手ぐらいのまずまずのスタートダッシュ。陸上競技場の外周がコースなので、スタート後50メートルぐらいで、私たちの視界からは消える。そして、ラスト200メートルぐらいから再び視界に入る。

どーかなーと思いながら、私は、ビデオを回し続けた。

すると、見えてきた。それは私の予想を上回る早さ(私より早い)。先頭は、去年2着のライバル○○君。そして、息子は、彼に10メートルぐらい遅れて走ってる。私の目の前がラスト50メートルぐらいだったが、ちょうどその前後で、息子はぐんぐん○○君との差を縮める。10メートルの差は3メートルに。私も思わず声援に力が入る。

「頑張れ、もうちょいだ!」

そして、何と、ラスト10メートル地点で並び、さらに身体一つ前に出た。
「よし、差した」と、私は心の中でつぶやいた。

と、その瞬間・・・・。

こけた。

大きく派手にこけた。
それはそれは見事なこけ方だった。
その決定的瞬間が、冒頭の写真というワケ。
私が撮ったビデオでは、私の「あ”〜、あ”〜」という声が録音されている。

何とか起き上がった彼は、ゴールまでの3メートルを、すりむいた足を引きずりながら、2着でゴール。待ってた先生に肩を抱かれて、保健の先生のところへ連れていってもらった。ゴールするまではしかめてた顔も、ゴールしてからは、膝の傷の痛みと一番になれなかった悔しさとで満面の泣きっ面になった。

息子よ、そりゃ泣けるぜ。
しばしの間、私は遠目に見て、ゆっくり息子のところへ歩み寄り、肩を抱いた。

このレース、競馬で例えれば、ですよ。

いいスタート切って、中盤以降飛び抜けた2頭の争いの2番手。4コーナーまわって、先頭とは10メートル。直線入って、ぐんぐん伸びて先頭に迫る。ゴール直前、クビでかわした!・・・・と、その瞬間に落馬。

ってなもんです。

しかし、いいレースだった。無論、我が息子には、一番になった去年よりもずっと大きな賛辞をおくり、そして一番になった○○君にも賛辞をおくった後、私は仕事に戻った。

その日の夕方、保育園へお迎えに行き、「きょうは頑張ったなー」と声をかけると、「頑張ったから、なんか買ってー」と、すっかりちゃっかりモードの5歳児。「きょうは、まぁ、いっかー」と、630円の仮面ライダーの指輪(変身グッズ)をセブンイレブンで買った。

2013年2月12日火曜日

ヌクマムと飛行機搭乗・その2

このエントリは、前回の「ヌクマムと飛行機搭乗・その1」の続き。ヌクマムをベトナムの飛行機でいかに無事に運ぶことが出来るか。それがテーマです。

上の写真は、先月のベトナム・ニャチャン空港(=カムラン空港)。この空港の入口を入ったところに、この写真のお兄さんはいました。元々ヌクマムの入っていたガラス瓶から、ミネラルウォーターのペットボトルに、ヌクマムを移してるところです。

先月ベトナムへ行ったとき、ニャチャンのヌクマム会社の社長さんと話をする機会があって、そのとき私は「ヌクマムは飛行機で運べないじゃない?」と質問したら、「いやいや、今は(ニャチャンの)空港の入口で、発砲スチロールの箱に詰めてもらえるから(有料)、運べるよ」と教わりました。

どれどれと空港へ着いたら、いました。いました。それが写真のヌクマムの梱包屋さん。早速、カバンに入ってたヌクマムを梱包してもらいました。値段は忘れたけど、箱代込みで人の足下見るような金額ではありませんでした。先のエントリでも触れたとおり、通常、ヌクマムは手荷物でも預ける荷物でも飛行機にはのせられない。しかし、先月初めて知ったのだが、公に認められている方法として、

・ガラス瓶ではなく、ペットボトル入り(キャップはガムテープでしっかり封)
・さらにそのペットボトルが発砲スチロールの箱入り(フタもガムテープでしっかり封)

この2つが条件で、堂々と手荷物検査が受けられる。もちろん、このお兄さんに梱包してもらわなくても、自分で同じことをやっていれば大丈夫です。このお兄さんは、何もニャチャン空港公認の梱包屋さんというワケではないので。

「ヌクマムをベトナムの飛行機でいかに無事に運ぶことが出来るか」

その答えとして、まず上記のような方法があります。しかし、これはニャチャン空港での話で、他の空港、ましてや日本への国際便が飛ぶ、サイゴンやハノイの空港では未確認です。少なくとも、先月のタンソンニャット(サイゴン)空港の入口には、このような梱包屋さんは見かけませんでした。

でも、先月私は、ヌクマムを日本へ持ち帰っている。

それは上記のような胸を張って検査を受けられるような方法ではないが、「何となく、こうしておけば大丈夫なんじゃないかな」という程度の認識があって、それが成功に結びついていたのです。

まず最初に、一番ヤバイ、つまり必ずと言っていいほど、ダメなことから。

よくベトナムの町中でも売っている、小さめのガラス瓶(100ccぐらい)に入ってて、それが5〜6本、シュリンクフィルムで包まれてるのがあるが、これは絶対ダメ。小さい瓶がまとまってるし、瓶もちょっと変わった形をしているから、お土産にちょうどいいと思うところなんだが、これはX線を通したとき、「絶対ヌクマム」と分かるので、即絶対ダメになる。私はこれで2度没収になった経験があります、はい。

この小瓶のように、ヌクマムはしばしばちょっと形の変わったガラス瓶に入っていることがあります。例えば、冒頭の写真にあるヌクマムの瓶(赤いラベル)の形は、エッフェル塔や東京タワーのような四角錐。サイズはいろいろあれど、この変わったガラス瓶の形は「これはヌクマムです」と主張しているので、ダメになることがある。私は大きめの変わった形のガラス瓶でダメになった経験が1度あります、はい。

そして、その後、ある人から次のようなアドバイスをもらった。

「ヌクマムでも、ちょうどワインぐらい(750cc)のサイズのガラス瓶またはペットボトルで、変わった形ではなく、プレーンな形なら大丈夫」

ベトナムではワインも作られています(主にダラット産)。そのワインは問題ないのだから、その瓶の形に似ていれば大丈夫なのではないか、というのがその理由でした。私は、そんな形の瓶に入ったヌクマムを(手荷物ではなく)預ける荷物にこっそり入れて、タンソンニャット→成田の便に5回は乗りましたが、全ておとがめナシでした。

まとめてみましょう。

●鉄則●
変わった形のガラス瓶に入ったヌクマムは避けた方がいい。特に小瓶入りは絶対ダメ。

●オススメ●
ワイン瓶の形のような瓶に入ったヌクマム、できたら容量も750cc程度。またはそんな瓶に移したヌクマムを、(手荷物ではなく)預ける荷物に入れる。

●ニャチャン空港での新情報●
タンソンニャットでは試してないが、もしも堂々と胸を張って手荷物のX線を通したければ、ヌクマムをペットボトルに入れ、キャップをテープで封をし、さらに発砲スチロールの箱に入れて封をする。ここまでやれば、タンソンニャットでも通用する「可能性」がある。

だいたい以上になりますが、上記の●オススメ●は「オススメ」というだけで、特別それで公認されているワケではありません。「預けた荷物の中に、ヌクマムが入っているのですが、大丈夫ですよね?」なんて、くれぐれも航空会社の人や空港の職員に質問しないこと。もしそこまで質問して100%大丈夫の確信を得たい人は、●ニャチャン空港での新情報●を元に、自己責任の下、果敢にトライしてみてください。そして、私にその結果を報告して頂けると、私はそのときのエントリにアップいたします。

さらにもっと安全性の高い方法を見つけ出していくためには、情報収集とあわせて自分でもいろんな方法を試してみないとなりません。情報として、曖昧さがずいぶんありますし。過去に私は何度も没収にあってますが、それは本当に無知だった頃のこと。それ以降は、確信まではないけど、●オススメ●の方法で何とかくぐり抜けてきてます。そうなると、どうしてもリスクを冒してまでいろんな方法を試したくなくなってきており、自力でさらにいい方法を開拓するまでには至っておりません。それが、やや残念です。

まぁー、ですね。

決して悪いことをしているんではないんですよ。没収される理由は、先のエントリのとおり、こぼれたときの「その臭い」ということだから、飛行機に載せたヌクマムがこぼれちゃったりしたら、悪いことになるんでしょうが・・・・。

要は、絶対に漏れないような手を施した上で、ヌクマムを荷物に詰める。これが一番大事なことです。あとは運を天に任せましょう。ときには人間そんなことも必要だ、と私は思っています。Good Luck!

2013年2月7日木曜日

ヌクマムと飛行機搭乗・その1

上の写真は、ベトナムはニャチャンで作られているヌクマム。
ベトナムへ旅行に行って、このヌクマムをお土産に買う。
これは何の変哲のないことのように思う、でしょ。日本に旅行に来た外国人が醤油をお土産に買うようなもの・・・・と。

だが、それはそんな単純なことではないと、飛行機の搭乗にあたって思い知らされる。

事実、私はそんな経験が何度もあったので、最新情報を含めここで紹介しようと思う。

私がベトナムへ通い始めた1998年頃、それは「何も変哲のないこと」だった。普通にお店で買ったヌクマムの瓶を(割れやすいので)手荷物のカバンに詰めて、サイゴンで飛行機に搭乗し、日本へ飛んだ。

しかし、その数年後、それ以前と同じように手荷物のカバンに詰めてたら、X線を通した際、「このカバンを開けろ」と言われ、開けて出てきたヌクマムの瓶が取り出され、「これは何だ?」「ヌクマムだ」と短い会話の後、「これは飛行機に持ち込んではいけないことになっている」と有無を言わさず没収になった。

そしてその翌年頃、「手荷物だったからいけなかったんだ」と軽く解釈した私は、今度は預ける荷物の中に、ヌクマムの瓶を入れ搭乗した。すると、いざ搭乗するというとき、搭乗券の半券を切りますね、そのとき「あなたは私についてきてください」と、私の預けた荷物のところへ連れて行かれ、「このカバンを開けろ」と言われ、前年の手荷物のときと同様に、没収された。そのときは搭乗直前だったので、私にもやや焦りがあり、「え、え、え・・・・」と、不満を抱きながらも承諾し、搭乗した。

さらにその次の渡越時、私は果敢にも、再びヌクマムを持っての搭乗を試みた。当然、没収は覚悟してたので、その分、心に余裕もあり、検査官に直接質問した。

「ヌクマムは、ベトナムではどこにでもあるこの国特有の代表的なすばらしい調味料だ。何も危険はないにも関わらず、手荷物にも、預ける荷物にもそれを入れられない、つまりはベトナムから外に持ち出せないというのはおかしな話ではないかと思います。それは何故ですか?」

すると検査官は、こう応じた。

「あたなはヌクマムが好きで、ベトナム人もヌクマムは好きだ。しかし、一部だけれど、外国人でヌクマムのこの臭いを非常に嫌がる人たちがいる。もしも瓶が割れたり漏れたりすることによって、その人たちに迷惑がかかってはいけないので、預ける荷物でも手荷物でも飛行機へのせることは禁止となっているのです」

つまり、問題はこの「臭い」だと。検査官は、“flavor”ではなく“smell”という言葉を使っていた。あくまで想像だが、これまでに割れたり漏れたりの事故が度々あってクレームが相次いだのかも知れない。タイのナプラーでは、(少なくとも私は)こういう話は聞いたことがない。もちろん、この検査官が決めた規則ではないので、これ以上議論しても何も変わらない。

この状況は、概ね今も大きくは変わっていない。しかし、先月、2013年1月、私はベトナムへ行き、ヌクマムを日本へ持って帰ってきている。それにはある程度、相手を知り、こちらも準備することが必要だ。長くなったので、その方法論は、次回のエントリに。

もったいぶってるようで、すみません。そろそろ仕事に戻らないといけないのです。

2013年1月31日木曜日

生の蓮の実を食す

2週間前のこと、サイゴンの町の中心あたりを歩いていたら、上の写真のおばちゃんがいました。生の蓮の実の露天商さんである。ベトナムに通い始めて15年経つが、初めてだった。あんまり珍しいんで、迷わず買った。

きょうのエントリでは、この生の蓮の実の食べ方など、詳しくレポートしようと思います、って役に立たないだろうけど、何しろ、珍しいので。忘れないように自分のメモ替わりでもあります、はい。

でまぁ、このおばちゃん、ここで売ってるのだけど、お客さん待ちながら、このきれいな緑色の蓮の実の皮を小さなナイフを使って、見事な手さばきできれいに剥いていました。それが下の写真。
そしておばちゃんの商品はというと、下の写真。
 
まず、シャワーの口のような蓮がありますね。その外側の殻を剥いて出てくる、オリーブの実のような緑色の粒がポリ袋に入って積まれてます。さっきの写真では、おばちゃんはその緑色の皮を剥いていて、剥くとその手前にあるポリ袋の白い粒になるのです。右側にはもう1袋出来上がりそうな口の開いた袋があります。さらに、その白くなった実をさらに剥くと中心に芯があるんです。その芯を乾燥させたものが、さらに手前の深緑のポリ袋です。これは蓮茶になる。

でまぁ、緑色した皮を剥くおばちゃんの見事な手運びをしばらく観察させてもらい、緑色の蓮の実のポリ袋を買いました。おばちゃん曰く、「(その緑色の蓮の実は)3日ぐらい日持ちするよ」とのことでした。私は、ちょうどその日の夜の飛行機で日本へ帰る予定だったので、日本に持ち帰って食べることが出来ました。

さて、こっからは日本で撮った写真。改めて、蓮の実です。よく見ると、ラグビーボールのような形。長い方の直径が2センチぐらい。ここからスタートして、おばちゃんのやっていた剥き方を紹介します。
まず、長い方の直径の上部と下部の皮をちょっとだけナイフで切ります。片方は、中身の白さが見えるだけですが、もう片方は、やや茶色。この種はこっから発芽するのでしょう。その上下を変えて撮った写真が下。
そして、皮の上下が切り取られた胴体部分を縦方向にナイフで皮を剥きます。そうすると、緑の皮がポロッと剥けて、中の白い部分が露出します。それが下の写真。
次に、さっき、「やや茶色」と書いた部分だけをナイフで切り取ります。その切り口には種の中心部の芯(緑色)がちょこっと顔を出します。
それで、この白い実。実は白い薄皮があります。この薄皮を、ペロペロっと剥きます。(下の写真)
薄皮をむき終わったところが、下の写真。
以上、ここまでが、私が観察させて頂いたサイゴンのおばちゃんの手さばき。おばちゃんからは、「この中にある芯はちょっと苦いから、食べない方がいいよ」と言われました。なので、「これで終わり」と言いたいところだけど、もう一工程。

薄皮を剥いた後の実を指で軽くつぶすと、繊維に沿って縦に2つに割れます。すると中心にある芯がポロっと取れます。下の写真の右側が2つに割ったままの状態で、左側がその芯をポロッと取った状態です。
これで、やっと、やっと、やーーーーっと、このちっちゃい白い実を食べるのです。あー、味のことに全く触れてないことに気が付きました。

香りはほとんどなく、味も淡ーい苦味と、若干のエグ味。ナッツ類のような旨みはないけど、食感は茹でた落花生に似てる。まぁ、乙な味とでも言うのかな。でも、蓮の実を生で食すというのは、ちょっと特別な気がするから、気のせい的な「乙な味」なのかも知れない。

さて、緑の芯は乾かしてお茶・・・・というのが、冒頭のおばちゃんの商品でもありましたが、こんなに小さな芯にもかかわらず、手元に残った数が少なかったので、今回私は諦めました。たくさんある方は是非乾燥させてお茶にしてみてください。

最後に、まぁ、こっちは生よりはあるだろう乾燥させた蓮の実。
お粥なんかのトッピングにあったような・・・・。ちょうど2つに割れたのがあったので、その断面をコッチに向けてみました。ちゃんと中の芯が残ってるの、分かりますか? ただ、この乾燥蓮の実。めちゃくちゃ外側のこげ茶の皮が硬い。かじると歯が折れそうなぐらい硬いので、(ほとんどないことでしょうが)気をつけてください。

何しろ、手間暇かかる割には食べるところが少ない生の蓮の実。サイゴンのおばちゃんのことを思い出します。しかし、とうとう買ってきた1袋を全部食べられないまま、2週間が過ぎてしまった。鮮やかな緑色だった外皮は徐々に枯れ始め、茶色いボツボツが・・・・。こうなったら、このまま全部茶色になるまで放っておいて、春になったら、種として睡蓮鉢の泥に植えてみようかと考え中。

どこまで続くんだ、蓮の実よ〜。