2018年6月1日金曜日

タマムシの物語

 タマムシと言えば、私が最初に思いつくのは、小学生のとき国語の教科書に載っていた「たまむしのずしのものがたり」。漢字がどうだったかは覚えてないが、音として覚えている。その物語の私の印象は、情景として薄暗い場所、湿気を感じるような空気感。そしてその物語の趣旨は、苦労に苦労を重ねて、その厨子が出来上がったということだったように思うが、どうだったろうか。私は、それを読んで、無数のタマムシの死骸を思い浮かべたという、趣旨とは違うひねくれた思いを持った記憶がある。

また、大人になって、おとぎ話のように記憶していた「たまむしのずしのものがたり」の玉虫厨子が実在のものだったことを改めて知って、不思議に思った記憶もある。さらに、その後、「たまむしのずしのものがたり」は、後付けで創作されたものなんだろうとも思った。

それにしても、多くの物語を教科書で読んでいながら、「たまむしのずしのものがたり」を覚えているのは例外的だ。どういう訳なのだろう?

「あっ、タマムシだ」

冒頭のタマムシの写真は、つい一週間ほど前に、うちの庭で撮ったもの。私は、東京の下町の生まれ育ちなので、その物語を読んだ子供の頃、本物のタマムシを見たことがなかった。クラスの仲間も皆そうだったと思う。それだけに、「タマムシって、どんなに美しいんだろう」と想像だけが膨らんだ。見たことのないものの想像というものは活発なものだ。特に文字からだけの想像は。日光の「想像の象」を思い浮かべる。それが例外的に「たまむしのずしのものがたり」を覚えている理由なのかも知れない。

友人の陶芸家、小野哲平の父親(すでに故人)の個展に行った際、小さな猿の置物の作品が気に入って買った。そのとき、親父さんは「私は、猿を作るとき、猿を(図鑑などで)見ないようにしています。これはそうして作りました」と言ってたのを思い出す。

さてさて、私なりに思い出深いタマムシ。庭で発見して驚いた私は、子供たちやカミさんにその興奮を伝えようとするも、全くにして、つれない。だいたいそういうものだと思いつつも、やっぱりやるせない。

すると、庭のタマムシ発見時は「たまむしのずしのものがたり」だった連想が、紙芝居のようにスルッと変わって、中学時代、親に買ってもらった学ランの裏地がタマムシ色だった連想にすり替わった。当時、学ランの裏地をタマムシ色にすることは、先進的な(平たく言えば、不良な)生徒たちの間で流行っていた。そんな風でない至って平凡だった私は、学校でそれが周りに知られないようにとビクビクしていた。その青く弱い心持ちを思い出したのだった。

タマムシに視線を移すと、風に揺れる新緑の萩の葉の裏に隠れようとしていた。