2013年1月26日土曜日

ココナツジュース、ベンチェー流

昔、二十数年前、場所はタイ南部のパンガン島の浜。ココナツの木の下の木陰で気持ちよ〜く昼寝をしていた私は、突然、ある若い白人男性に「お前、なんてところで寝てるんだ! 早く起きろ!」と肩を揺さぶられ起こされた。

私は旅行者。彼も旅行者。お互い見ず知らずの間柄だったので、私はとても驚いた。当然のことながら、「お前こそ、どうしたんだ。せっかく気持ちよく昼寝しているところを起こしやがって」と、私は応じた。

彼によく理由を聞くと、「上のココナツの実が落ちてきたら、お前はイチコロだ。こんな危ないところからは即刻逃げなきゃならない」ということ。つまり彼は人助けで、昼寝中の見ず知らずの私を緊急に起こしたという訳だ。

すっかり目が覚め、ココナツの木から離れたところに移動した私に、彼は別れの言葉の代わりに「気をつけろよ」と言い残し、去って行った。その背中には、正義感と達成感がほとばしっているようだった。私は、ひとつため息をついた。

それ以来、ココナツの実が下にいる人間に落ちてきて事故になるってことが、本当にあるのかどうか、ずうっと疑問だった。少なくとも私は、その彼以外からは聞いたことがない。このパンガン島の地元の人たちを見ていても、そんな感覚は全くと言っていいほど感じない。

もしそれが本当なら、ココナツ林を歩くことは、時限爆弾地帯を歩くようなものなのか。それは極端にしても、少なくともココナツの木の下は通らない方が無難、ということになるだろう。だから、その下でのんびり昼寝なんてのは、もっての外と。

そんな長年の疑問に答えてくれた人と一週間前に会った。場所はベトナム・サイゴン。先週一週間「カンホアの塩」の出張でベトナムにいっていた。そのココナツの先生は、ベトナム・ベンチェー出身。ベンチェーは、サイゴンから車で西に3時間ぐらいのところにある、メコンデルタの町で、ベトナム随一のココナツの名産地だ。ベトナム人に、連想ゲームで「ベンチェー」と言うと、きっと9割以上は「ココナツ」と答えるだろう。

その先生に、ココナツ落下事故についてきいてみた。

「それはない。なぜなら、ココナツの実は持ち主によって管理されており、落ちる前に落とされるから」

とのこと。まぁ、持ち主が誰かに頼むこともあるだろう。その先生は、「そんなことより、ベンチェーのココナツを飲まないか」と冷蔵庫でしっかり冷えたココナツをすすめてくれた。「もちろん、頂きます」と答えると、冒頭の写真のココナツを私に差し出した。

「ストローで飲むことが多いけど、ベンチェーではこうして実に大きめの穴を開けて、口をつけて飲むのさ。これがベンチェー流だ」

大概は、お店に置いてあるのものでも、採りたてのものでも、ナタでカツカツやって小さな穴を開けて、そこにストローを刺して飲む。ストローがなくてもその小さな穴に口をつけて飲む。でも、こうしてわざわざきれいに大きく穴を開けたものは飲んだことがなかった。

口を縁につけたとたんに、その違いに気づいた。香りの立ち上がり方が全く違う。私は手のひらを鼻の前であおる仕草をして、先生にそれを主張した。すると先生は、

「ワインのグラスと同じような形だろ。あれもこれも香りを楽しむための形なのさ」

と補足してくれた。ん〜、納得。

しかし、それは香りだけではない。写真で気がつくだろうか。このココナツはやや小ぶりだ。先生曰く、

「ココナツは大きい品種と小ぶりの品種があって、大きい品種の方が大多数。小ぶりの方は数が少ない。そして大きい方はだいたい出荷用。買う人は大きいのを喜ぶんだ。そして、少ない小ぶりの方は家族で飲む。それをこないだベンチェーの実家から持ってきたのがこれなんだ。中身のジュースは、小ぶりの方が味がいいんだぜ」

とのこと。
私からもつたない補足をさせてもらうと、小ぶりだと冷蔵庫に入りやすい。

それで肝心の味。

このベンチェーの小ぶりなココナツのジュースは、よくある青臭いようなクセがほとんどなく、何ともスムーズ。感じるか感じないかの僅かな酸味と、さわやかな甘さ。芳醇な香りがその味を印象づけるのは言うまでもない。おいしくて、私は、朝夕、2つ飲ませてもらい、その味と香りに浸った。

こうなると、ココナツの落下事故のことはどうでもよくなった。あの彼に、このココナツジュースを飲ませてあげたいな。もちろんベンチェー流で。

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