2015年5月15日金曜日

木更津の潮干狩り(おまけ編)〜渋滞とビール

木更津の潮干狩りについてのエントリが続いたが、最後におまけ編として、交通渋滞について。ピークと重なったときは、それはそれは大変なものだ、という体験談だ。

潮干狩り場の選択、当日の天候や料金など、潮干狩りの要素はいろいろあるが、特にゴールデンウィーク中の潮干狩りとなると、この渋滞の要素は重い。

私たち家族は、東京の立川出発7時半の木更津へのバスツアーだった。往復とも一番前の席だったので、添乗員がiPodでリアルタイムの渋滞情報をチェックしながら、運転手と相談しつつルート選択している様子が手に取るように分かった。いろんなルートがあるが、各分岐点の5分前ぐらいまで様子を見てから決めていた。

結局往路は、立川→中央高速→首都高・三宅坂→平和島→大師ジャンクション(で、わざわざ一度高速を降りて)→(あえて一番近くない入口から)東京湾アクアライン→木更津、のルート。大まかには、湾岸経由のルートもあったが、ディズニーランド渋滞がすごかったらしい。また出来たばっかりの中央環状線も通らなかった。何しろアクアライン経由で、まー何とか3時間半。その日は、木更津の浜に潮が満ちてくるのが午後1時半だったので、何とかギリギリ2時間の潮干狩りが出来た。復路の途中、添乗員からの情報によると、この日、都内発の日帰り潮干狩りのバスツアーで、4台のバスが、渋滞で干潮に間に合わず、潮干狩りが出来なかったとのことだった。それをマイクで客に知らせる添乗員は誇らしげだったし、私たちは「ラッキー」と思わないわけにはいかなかった。渋滞は、ときには潮干狩りが出来なくなるぐらい重い要素なのだ。

そして帰路。潮干狩り場の潮が満ちてきた1時過ぎから昼食をとっての3時ぐらい、つまり最も渋滞するであろうタイミングでの、東京湾アクアラインの入口。潮干狩りを終えた車を始め、大量の車がアクアラインに集中した。この渋滞が凄まじかった。渋滞に到着した直後は、30分してもバスは動かなかった。添乗員が「トイレが心配です」とマイクで言う。たまたまその道路の脇に量販店があり、乗客はそこのトイレを拝借となった。トイレへ行っても、何メートルしか動いてないから、よく言えば楽チンでバスに戻ってこれる。分かりますか。この渋滞は、アクアラインの入口を中心に、タコ足状のびているから、その末端はほとんど動かない。そして、少しずつ進み始めると、かなり徐々にではあるが加速度的に進む。そういうタイプの渋滞だ。そして1時間後、数十メートル進んだバスは今度はコンビニのすぐ横に。添乗員がそのコンビニにトイレがあるかどうかを事前にiPodでチェックしていた。「はーい、そのコンビニにはトイレがあるみたいです。行きたい方は必ず行ってください。今度はいつになるか分かりませんので」。私は、トイレ拝借後、マナーとして、アイスクリームを一個買った。

まー、こんな具合だから、気持ちとしては、「きょうは家に帰れるのかなぁー」っていう感じ。この潮干狩りを計画した当初は、自家用車で行こうと思ったが、渋滞が気になり、バスツアーに切り替えた経緯がある。そのときは、「自分で運転しなくていいんだ。ちょっとやそっと渋滞しても、ビールでも飲みながらダラダラしてたらいいや」などと考えていた。でも、それは全くの誤りだった。

まず第一に、通常は都内から1時間ぐらいのバスツアーのバスにはトイレがない。そして、ひどい渋滞と言っても、現実的には、可能性としていつ動き出すかも分からないという状況が続く。つまり、ビールなんてもっての他。酒類であれば、せいぜい蒸留酒をチビチビやるぐらいが関の山。でも、私の場合、蒸留酒をチビチビやると、水を飲みたくなるし、何しろ酔う雰囲気でもなく、酒類は飲めない。「ビールでも飲みながらダラダラしてたらいいや」なんて夢のまた夢だった。

・・・・てなことを思いながら、渋滞中のバスに乗っていたら、継続的に少しずつ動き始めた。東京湾アクアラインの入口が近くなってきた頃だった。帰路のバスに乗り込んでから、3時間以上が経過していた。出発してから2キロは進んだろうか。もうすぐ日も暮れる。アクアラインに入ると時速20〜30キロぐらいで動き出し、海ほたるへ入った。自家用車の長ーい車列を横目に、バスは大型車専用の駐車場に入れるので、スーイ・スイ。このときばかりは、バスでよかったと思った。

冒頭の写真は、海ほたるへ入る直前のアクアラインで撮った都心。砂漠の蜃気楼のように幻想的だった。でも、これを見るために連休中にアクアラインにのりたい程じゃぁーないが。

さて、ゴールデンウィークの干潮時に是非とも木更津へ潮干狩りに行きたい都内の貴方へ伝えよう。

1.最悪なのは、渋滞を考えずに自家用車で行くこと。
2.それよりは、バスツアーが楽。(クラブツーリズムの添乗員のお兄さんは、「潮干狩りは、バスツアーですよ」と自信ありげだった)
3.バスツアーでも、ビール一缶も飲めないのが嫌な貴方は、電車を考える。(私は経験がないが、すいてるハズはない。木更津駅からの渋滞には気をつけた方がいいだろう)
4.自家用車なら、思いっきり早くに出発し、潮干狩り場に一番に入り、一番に潮干狩りを済ませ、とっとと午前中などに帰路につくべし。無論、思いっきり早く出発したつもりでも、渋滞などに巻き込まれ、潮干狩り場に一番に入れないときもあるだろう。それが心配なら、木更津には、前日に到着し、一泊して、是が非でも一番に潮干狩り場入りをし、のんびり昼飯なんて考えずに、帰路につくしかない。

Good Luck.

木更津の潮干狩り(本編)〜貝の固まりと網袋

さてさて、先のエントリの続き、木更津の潮干狩りだ。私は小学生のとき以来なのだけど、そのときの経験を覚えていて、それが役に立った。今も昔も変わらなかった。それがよかったか悪かったかは別にして。

先のエントリ冒頭の写真のように、あれだけの人が潮干狩りをしているのだ。アサリ・ハマグリは自生ではなく、当然のことながら、人の手で撒かれているだろう。潮干狩り場の干潟に入った私たちは、まずは足下の空気穴がポツポツ空いているところを熊手で掻く。誰もが掘ったような場所だ。これを続けていると確かにたまに捕れるのだけど、たくさん捕ろうとしたら、こんなことしてちゃダメだ。私は、カミさんと子供2人をもっともっと人が来てないような入口から遠くの場所へと誘う。でも、3人は、たまに出現するアサリが嬉しいので、私に文句を言う。「私たちを置いて一人で勝手に行くな」と。それでも私は一人でどんどん遠くへ行こうとする。「こんなところにいては、MAXの6キロは捕れないぜ」と一人でも私はどんどん進む。バスツアーなので時間が限られている。特に、この日は、何でもない日なら東京から1時間で着くところを3時間半かかっている。とまぁ、欲と隣り合わせのストレスを感じながらも、帰り時間は迫ってくる。

そして、ついに、到着した。撒いたであろうアサリ・ハマグリの場所。それが冒頭の写真だ。分かりますか。この固まり。熊手が置かれているあたり。

もしも私がここで貝を撒く仕事をしていたら、どうやって撒くか、想像してみる。それは、潮が満ちて干潟に十分な海水が満ちてから、船で移動しながら撒くだろう。撒くときは、アサリやハマグリを一粒ずつ撒いていたら日が暮れる。おそらく、バケツのようなものに一杯にして、水を撒くようにバサーバサーと撒くだろう。ということは、そのバケツ分のアサリが固まっている場所がある、ということになる。それが上の写真なんではなかろうかというのが私の推測だ。そして、ひとつの固まりを見つけると、その2〜3メートル先には、また別の固まりがあったりする。おそらく次に撒いたバケツ分の固まりだ。

もう少し写真をアップにしよう。
もう、貝と貝がくっついてギッシリと砂に埋まっている。こうなるともう探す必要はない。この場所を見つけたら、ただただ貝を網袋に入れ続ければいい。

でもね。
そもそも潮干狩りってこういうものだろうか?

たまたま、この固まりを見つけた隣合わせた家族のお父さんが、「おーい、こっち来いよ。いっぱいあるから。どんどん捕れるぞー」と興奮気味に娘さんを呼んでいた。すると、彼女は、「えー、パパ、この貝おかしいよ。こんなに固まりになってるハズないじゃない。気持ち悪いからこの貝捕るの止めようよ」。そう言われたお父さんは「そぉかー」とか言いながらしばし捕り続けた後、残念そうにその場を立ち去っていった。

んー、難しい。「この潮干狩り場の貝は、みんな人が撒いたもんだよ」と、わざわざ子供に言うのもねー。かと言って、せっかく来たのだから、捕れるだけ捕ったるぞーという気持ちにもなる。少数でも「見つけた感」を大事にするか、ガッツリ捕って充実するか。裕福系の家族は前者であり、貧乏系の家族は後者なのかな〜。

うちの子供たちも、その隣合わせた家族の娘さんのように、固まりに着くと、それまでたまに見つけてたときの「見つけた感」は完全に薄れ、砂遊びを始めたりしている。まー、「気持ち悪いから止めようよ」とまでは言わなかったし、貧乏系のカミさんと私は、ひたすら貝を捕りまくった。「何のために来たのか? 子供たちが潮干狩りしたいって言うからさ‥‥」と自問自答をしながら。それでも時は過ぎ、バスに帰る時間が迫り、計測場へと向かった。そしたら、何と計ったようにMAXピッタリの6キロ。ああ、貧乏系の満足感。下の写真はその一部。これで3キロぐらいかな。
そして、下の写真が、翌日自宅で砂抜き中の6キロのアサリ(と、少しのハマグリ)。塩はもちろん「カンホアの塩」。きっちり計って、海水と同じような3%の濃度にする。
活き活きと潮をピューピュー吹いてるアサリたちを見ていると、子供心が湧いてきて楽しくなる。似ているが、ひとつひとつ違う柄なところがたまらず、見ていて飽きない。まるで公園の鳩の群れのようだ。中にはカタツムリのように歩いてるアサリもいる。ちなみにこのステンレスのボウルは業務用で、直径70〜80センチほどある。一家族にとって6キロは大量だ。一家族だけで食べるなら、大きめの冷凍庫が必要になるだろう。我が家は、ここぞとばかりに、近所にお裾分け。連休中だったが、運よく、隣近所の多くが出掛けていなかった。もちろん生き物だ。今回はたまたま近所が在宅だったが、たくさん捕る気で潮干狩りに行くのなら、あらかじめお裾分け先に当たりをつけておいた方がいいかも知れないと思った。

そしてレアなハマグリはこれ。
こうしてじっくりと見てみると、「ハマグリ」は、「浜栗」から来てるのかと思った。よーく見ると形はアサリとは明らかに違い、栗のような形をしている。ご覧のとおり貝の柄もアサリとは異なる。また、ややスベスベした手触り。

さて、話しは潮干狩りだ。そう忘れちゃいけない、この6キロをクーラーボックスに移した後、海水を入れるのだ。カートがなく、15〜20キロぐらいになったクーラーボックスのベルトを肩に掛け、ひたすら高く長い橋を上り、歩いた。私は4〜5度は休憩したな。天気がいいのも考えものだと、汗をぬぐう。

ところで、橋を越えてからバスの駐車場への短い道の端で、地元の人たちが潮干狩りグッズを露店で売っていた。行きしなにもここを通ったのだが、そのときは、橋を越えたところの潮干狩り場の入口に、レンタルの熊手があって、捕った貝を入れる網袋も売っていると聞いていたので、この露店は素通りした。でも、その網袋がとってもオシャレだなと思った私は、潮干狩りが終わったこの帰りしなに、この店に立ち寄った。
上がそのオシャレな網袋の写真。左が、潮干狩り場入口で買ったもの。そして、右がその露店で買ったもの。どちらも同じく200円。右の方が断然しっかりしているのが写真でも分かると思う。私たちは左の華奢な方を実際に使ったのだが、貝で満たされた網袋は破けた。右のしっかりした方だったら破けなかったかも知れない。

で、どっちにしてもこのエンジ色の網は、昔はえらく普通に漁村にあったものだが、最近はとんと見かけない。また、その網に付けている竹を編んだ輪っかも趣がある。すっかり気に入った私は、店のオジさんにそのことを尋ねた。すると「そうなんだよ。これは昔使っていた網でね。今じゃ使ってない。で、この網袋は、(潮干狩り用に)特注で作ってもらってるんだよ」とのことだった。潮干狩りは終わったものの、こういうのを見つけると、どうしても買いたくなる。潮干狩りとは別の使い方を考えるのが好きだ。例えば、庭で摘んだハーブ類などをこれに入れて、ぶら下げておけば、うまく乾燥できそうだし、旅行用の小物入れにもいいかな‥‥、てなこと考えていたら、バスの出発時間が迫ってきた。バスの前で添乗員のお兄さんが手招きしてる。バスに急ぐ。

次は渋滞編。考えようによっては、ゴールデンウィーク中の木更津の潮干狩りは、これが一番のキモかも知れない。

2015年5月14日木曜日

木更津の潮干狩り(序編)〜潮干狩りのカート

先のエントリで書いた、ベトナムのピッツェリアとチーズの話しの続きをと思っていたが、それはまた改めて。実は、このゴールデンウィーク中に潮干狩りに行き、いろいろ思ったことがあったので、そっちを先に書こうと思う。

という訳で、この連休の5月5日に、東京・昭島在住の我が家は、木更津に潮干狩りに行ってきた。小学生の娘と息子の要望に応えた形だが、私にとっては、小学生以来数十年ぶり。立案当初は、自家用車で行って、一泊してこようと思って、宿の予約までしたが、よーく考えてみると、何せ天下のゴールデンウィーク。さらに潮干狩りは、干潮のときと、日にちと時間が限られる。かなりの渋滞が予想されると思い、宿をキャンセルして立川発着のバスツアー(クラブツーリズム)に切り替えた。自家用車だと運転は私だけだし、「バスツアーなら、渋滞中でも車内でビールでも飲みながらダラダラしてればいいや」と思った。が、その安直な思いは見事に裏切られることとなる。今、思い返せば、私にとっては、それが一番大きな事だったかも知れない。

さて向かったのは、木更津の「中の島」という潮干狩り場。添乗員のお兄さんの話だと、「木更津では、ここが一番貝のの質がいい」とのこと。結論的に、持って帰ったアサリ・ハマグリはおいしかった。で、この「中の島」は、近くの漁港を作るため、浜の砂を大量に掘ったときの残土(残砂)で作られた島らしい。その島へは、中の島大橋というばかでかい歩行者専用(つまり潮干狩りする人専用)の赤色の鉄橋が架かっており、駐車場から皆その橋をえっちらえっちら歩いて渡る。所要時間は約20分。写真はないのだが、潮の干満があるので、橋の両端がビックリするほど高くなっている。カタカナの「コ」の時を15分反時計回りにしたような橋だ。橋の渡りはじめと降り始めには、ジグザグになったスロープになっている。冒頭の写真は、「中の島」に向かう途中、橋の降りはじめのスロープの上から撮ったもの。そのジグザグのスロープの高さが分かりますか。そして、遠目に見えるゴマ粒のようなのがアサリ、ではなく潮干狩りをする人間たちです。

で、多少下調べしていた私たちは、大きめのクーラーボックスを持って行った。が、それだけでは手ぬるかった。その橋を一緒に渡るときに見かけた慣れてそうな人たちは、クーラーボックスを「カートにのせて」引いている。旅行時などに車付きでコロコロ荷物を転がせる折りたたみ式のカートだ。それを見た私は一瞬「えっ」と思い、その後へんこんだ。そして、さらに何と、そのカートにはクーラーボックスだけでなくプラスチック製の子供用のソリをも縛ってる人がいる‥‥。分かりますね。この長ーい橋を越えるには、カート。そして、潮干狩り場の干潟では、ソリ。なのだが、特にカートだなー。

この「中の島」では、大人がMAX2キロまで、子供が1キロまでのお持ち帰りが、入浜料に含まれている。例えば、我が家族の場合は、大人2名+子供2名だから、MAX6キロとなる。潮干狩り場入口で売ってる網袋を買い、その中にアサリ(+少数のハマグリ)を入れるのだが、持ち歩くときは、網袋の数だけその重量は分散される。しかし、計量が終わって、水道で足を洗った後、クーラーボックスに全部の貝を移す時点で、重量はひとつにまとまる。そしてさらにそこに海水をドバドバっと入れるのだ。それ専用の蛇口があり、係の人が入れてくれる。当然のことながら、クーラーボックスの重量は倍増する。私たちの場合も10キロを楽々と越え、運ぶのはそのクーラーボックスただひとつ。それを肩に担いであの赤い橋を上り延々と歩かねばならないのだ。だから、お父さんたちにとって、ソリとまでいかなくても、カートは必須アイテムだ。カートがあれば、お母さんでも大丈夫だろう。私は一週間肩が痛かった。

さて、肝心の潮干狩りについてはこの次に。

2015年4月24日金曜日

ベトナムのコンデンスミルクとおいしいチーズ

ベトナムのコーヒーと言えば、アルミのフィルターをコップの上にのせて・・・・というスタイルを連想する方も多かろう。また、深煎りの豆のドロッとした濃厚なコーヒーに、砂糖やコンデンスミルクを入れた甘〜いコーヒーを連想する方も。

●関連エントリ:
ベトナム・コーヒーの流儀【基本編】 (2011年6月16日)

そうなんですね。ベトナムでミルクと言えば、コンデンスミルクが常識。ついでに言うと、1988年のことながら、私はバングラデシュを一ヶ月ほど旅したことがあるのだが、そこでもミルクと言えばコンデンスミルクだった。バングラディッシュにはインドから陸路で入ったので、国境を越えたとたんにチャイのミルクがコンデンスミルクになったのには驚いた。ベトナムと違い、バングラデシュはインド文化圏なので、コーヒーではなくチャイ(紅茶)に加える。その点、やっぱインドはスゴイ。相当辺鄙なところへ行かない限り、フレッシュミルクのチャイが飲めるのだから。インドにいるとついそれを忘れてしまうが‥‥。いきなり話しがそれてきたが、インドのミルク事情は下記エントリ。

●関連エントリ:
 牛を語らずしてヨーグルトは語れず(2013年3月19日)

さてさて話しを戻して、コンデンスミルクだ。ベトナムやバングラデシュなど暑い地域のミルクがコンデンスなのは、日持ちが理由だ。冷蔵庫のない暑いところで、フレッシュミルクをいつも飲めるようになるには、それこそインドのように町中に牛がうろうろ歩いてるぐらいでないとならない。ベトナムの場合、最近は大きな町では(まだたまに停電があるものの)冷蔵庫が常識化してる。でも、ベトナムで、コーヒーのコンデンスミルクは、元々の冷蔵庫事情よりもその「味」が定着しているようなのだ。だから、自宅に冷蔵庫があっても、コーヒーにはコンデンスミルクを入れる。また、ベトナムはフランスの影響からプリンがとてもポピュラーで、天秤棒に自家製のプリンをのせて売り歩いているおばちゃんも珍しくない。だが同時に、そのプリンも、コンデンスミルクから作られていることも珍しくないというからビックリだ。そのぐらいベトナムには、コンデンスミルクが定着している。

話しを裏返そう。

ベトナムで一般的に売られているパスチャライズもののミルクは、あまりにまずい。よく町中で、四角い紙パックに入って「フレッシュミルク」と称して売られているのがあるが、それがおいしくない、というか変な味。生乳や低温殺菌まで望んでいるのではない。パスチャライズものだが、「120℃で2秒殺菌」などの味ともまた違うのだ。その四角い紙パックの「フレッシュミルク」は、冷蔵庫に入っていないこともあったりする。

そのくらい、ベトナムの人たちは、(冷蔵庫の歴史的理由も含め)フレッシュミルクにこだわりがない。でも、私が小学校から中学校まで給食で毎日牛乳を飲んでいたことも、今になって思えば、異常だった気がしている。その影響で、逆に日本人には過剰に牛乳が身近になっていて、ベトナムの人たちにはこだわりがないと思ってしまうのかも知れない。冷蔵庫は必ずあった方がいいとは限らないことを、私はベトナムで学んだ。

●関連エントリ:
ベトナムの普通の市場(2009年6月5日)

前置きがえらく長くなってしまった。
というか、何が本文だか分からなくなっている。これもきっと春のせいだろう。

さて、そんなベトナムにも、変な味ではないフレッシュミルク(パスチャライズもの)がスーパーに並び始めていると聞いた。主な客層は富裕層で、まだまだ一般的ではない。でまぁ、こーしてフレッシュミルクが徐々にでも広がり始めると、気になるのは乳製品だ。朝食に、バゲットと一緒に銀紙に包まれたプロセスチーズや、プラスチックの容器に入った昔の日本にあったような砂糖入りヨーグルトはときどきあるが、ベトナムで乳製品はないのと同じ。そもそも乳製品を作るには気温が高すぎるのだ。しかし、ベトナムは暑い場所ばかりではない。

サイゴンから200〜300キロのところにダラットという高原の町がある。標高は1500メートルぐらい。この町の郊外で、ちゃんとしたチーズを作っている人がいる。外国人(日本人)だ。そこのチーズが食べられると聞いて、1月の出張時、サイゴンのピザ屋に行った。実は2〜3年前からこの店の評判は聞いていたが、「お客さんは日本人ばっかり」という情報も入ってきてて、わざわざ行ってなかったが、チーズはダラットのチーズ工房から直送されていることを知ったら、どうしても行きたくなった。場所は、日本人ビジネスマンも多く住む、レタントン通りの露地を入ったところ。

Pizza 4P’s(ピザ フォーピース)
8/15 Lê Thánh Tôn, P. Bến Nghé, Q. 1
http://www.pizza4ps.com/

冒頭の写真のマルゲリータは、そのときのものだ。モッツァレラは水牛じゃない。でも絶品のピザ。本物の味のチーズ。またトマトソースだけでなく、ちゃんと生地もおいしい。この小麦の味は、ベトナム産じゃないだろな。今や日本でもナポリで食べるようなピザが食べられるが、ナポリのと日本のと、この4P'sのピザを並べて食べてみたい。先に長々とベトナムのミルク・乳製品のことを書いたが、そんなベトナムでこんなピザが食せるとは、もービックリ。食べてる間、ベトナムにいることをすっかり忘れた。これがグローバル化ということか。

このお店のことは、また改めて。

2015年3月31日火曜日

ご飯のペペロンチーノ

2ヶ月ほど前、ベトナムのニャチャンの町で、小腹が空いたので通りすがりのレストランに入った。露地裏にあった、とても普通のレストラン。つまりはベトナム料理店。こういうとき私は、ベトナムにいろいろある麺類を食べることが多いのだが、そのときは何となく、ご飯ものが食べたかった。そこで注文したのが、上の写真。“Com chien muoi ot”。コリアンダーの葉っぱ(香菜)が上にのっている。

Comは、ご飯。chienは、炒める。muoiは、塩。otは唐辛子。

塩と唐辛子の味付けの炒めご飯(チャーハン)だ。ニンニクの風味もある。要は、ご飯のペペロンチーノだ(ただしオリーブオイルではない)。ベトナムでは、ビール飲みながらいくつか料理を食べた後、締めのご飯ものになったりする。久しぶりにこれを食べたが、このシンプルさが嬉しく、おいしい。オリーブオイルじゃない分、軽い感じ(たぶん菜種油かパーム油か)。またベトナムの米は、インディカ系なのでパラパラしてて軽いが、それがピッタリ。唐辛子(生)の爽やかな辛みと、ニンニクの香りがさらに食欲をそそる。

おいしかったので、パクパク食べてしまったが、残り3分の1ぐらいになって、「これにレモンを少し搾ったらどんなになるだろう?」と思いたち、お店の人にレモンを頼んだ。特に油っぽかった訳ではない。私の好奇心からだ。すると、ちょっとレモンをかけ過ぎて、レモン味ご飯になってしまった。オプションとしてレモンも悪くないが、ほんのり香りがするぐらいがいいんだな、などと思いながら、会計を頼むと、「味が気に入らなかったか?」と店のご主人にきかれた。「いやいや、とてもおいしかったです」とキッパリと否定したが、この料理にレモンを搾る人はいないらしく、ご主人はずっと気になっていたらしい。ちょっと悪いことをしたなと思った。

ベトナムでは、多くの料理に、その料理のためのタレ(ソース)が小皿に入って添えられる。「ベトナム料理は、料理の数だけタレがある」と言う人もいるぐらいだ。「この料理にはこのタレ」と決まりがあるのだ。だから、最初の料理のときはいいんだけど、テーブルの上に、いくつかの料理が並ぶと、タレの小皿もその数並ぶことになる。料理が3つぐらいになると、私はあえて「(違う)こっちのタレで食べてみよう」と試してみることがあるし、またはタレを間違えたりすることもある。それがベトナムの人と食事をしているときだと、「あっ、その料理はこっちタレだよ」と教えてくれる。でも、「まー、好きなタレで食べてもいいんだけどね」なんてやさしい言葉を、大概添えてもくれるのだけど。

話しを戻そう。

このレストランにとって、“Com chien muoi ot”にレモンを搾る意味は、私の感覚とは、明らかに違う。イタリアへ行って、ペペロンチーノにレモンを搾ったら、きっと変人扱いされるだろう。そう思うと、もしかしたら、日本で緑茶に砂糖を入れて飲むぐらいのインパクトがあったのかも知れない。それを私を「変人扱い」するのではなく、自分のレストランの料理に不手際がなかったかと心配してくれたご主人に対しては、申し訳ない気持ちになる。

それにしても、ご飯のペペロンチーノ。炊飯器の底にご飯が少し余ってるとき。特に食材がなくても、唐辛子(もちろん生でなくて乾燥のでも)とニンニクと塩があれば、ペペロンチーノを作る要領で、ささっと出来ます。オイルは、コクが欲しければオリーブオイルで、アッサリがよければ軽めの菜種油などで。出来たらご飯は硬めな方がいいやねー。干からびててもちょどいいかも。また、ご飯が固まりになってたら、あらかじめ手でほぐしておいてからフライパンの方がいいだろうねー。ただしレモンを搾るのはベトナム流ではありません。その点は、ご主人の名誉のためにも、くれぐれもご理解のほどを。

2015年3月20日金曜日

無農薬「せとか」と貧乏人

 私の知人に、愛媛の農業関係者の方がいる。
去年12月のエントリ(ミカンの贈り物)で書いたミカンを送ってくれた人と同じ人なのだが、今度はこの「せとか」を1箱送ってくれた。それも無農薬だ。冒頭の写真がそれなのだが、外見はパッと見、ミカンみたいだけど、下の写真は、包丁で切ったところ。
外皮だけでなく、内側の皮も極端に薄い。そして何より、この味の濃厚なこと。おいしいミカンの甘味と酸味の比率だけを比べると、「せとか」の方が甘味が強め。しかし、酸味を含めた全体の味が濃厚なので、甘めのミカンとは明らかに違う。最近、柑橘類がいろいろあるが、この「せとか」の濃厚な味は特別だ。

最近、流行りと言えば流行りの「せとか」だが、多くの「せとか」の果樹園は山の斜面にあり、その斜面がハウスで覆われていて、農薬も使うらしい。しかし、斜面にハウスを建てたりなどは、初期費用が多大にかかる。そこで、あまりカネをかけずに(手作業は多くなるけど)無農薬でもっとおいしい「せとか」を栽培出来ないものだろうかと、いろいろ研究している試験場がある。

で、そこの栽培方法は、ハウスを使わない代わりに、果実ひとつひとつに白色と黒色2枚の袋を被せることで(もちろん手作業)、保温・除虫、そして(柑橘類なので枝にトゲがあるが)トゲが果皮を傷つけないように栽培しているとのこと。いわばその試作品をお裾分けで送ってくれたのだった。まだ試験栽培の段階なので、少ししか栽培されていない。つまり、出荷量が極端に少ない。その人の話によると、東京の某有名百貨店1店舗のデパ地下での販売分しかく、年ごとに、今年は百貨店A、来年は果物屋Bといった具合に、持ち回りで出荷しているほどだ。

そんな希少な二重袋被せ無農薬「せとか」が我が家に送られてくるなんて、何と言う巡り合わせだろうと、感謝にたえないだけでなく、驚いてもいる。その知人がいるという理由がなければ、我が家なんかでは口に出来ないものだ。こういうのに慣れていない私は、ついつい大事にして、毎日食べたいところを二日おきにしたりする。うちの小学生の子供たちが気にせず「おいしー」と言いながら、毎日バクバク食ってるの見ると、「そんなにあわてて食うなよ」と言ってしまう。そこで、カミさんは、「あんまりゆっくり食べて、腐ったりしたら最悪よ」と正しい意見を言う。確かに、あまりに大事に食べ過ぎて、腐らせたり味を落としたりしてしまった高級品が、私の過去にはいくつもあった。ここが貧乏人のはかなさだ。

そういえば、その知人も、「皮が薄いから、早めに食べてね」と言ってたっけ。勇気を出して、食べ進めようと自分に言い聞かすのであった。

2015年3月17日火曜日

搾り師の醤油搾り

今朝、お初のウグイスの声を聞いた東京・昭島です。

一年前、手造り醤油というエントリで、主にその仕込みの様子を書いたことがあったが、先週、仕込んだその醤油の搾りに立ち会った。醤油の製造工程の中で、何つったって、搾りはクライマックスだ。去年は、残念ながら、用事が重なり立ち会えなかったので、一年越しの願いがかなった。

手造り醤油はグループで仕込んでいて、私は今年の仕込みで3年目。マニアックなことながら、私の周りで少しずつ手造り醤油人口が増えている。味噌を自分ちで仕込んでいる人はたくさんいても、醤油はなかなかいない。それは、日々の攪拌の労力と素人には難しい搾りが理由だと思う。昔は、集落単位ぐらいで毎年醤油が仕込まれていたと言う。それを(労力を軽減した)現代版にアレンジし、復活されつつある。そのへんのことは、一年前のエントリで書いたので、興味のある人は読んでみてくださーい。

●手造り醤油(2014年4月25日)

さて、その搾りの作業は、「搾り師」と呼ばれる方にやってもらうのだが、搾るだけではない。それをレポートしまーす。

まずは下の写真が、搾り器。
 「船」って呼んでたな。この船の中でモロミを搾る。船の手前下部に短い樋(とい)のようなのが出っ張っているが分かりますか。ここから搾った醤油が出てきて、下のプラスチックのケースに入るようになっている。

そして、これが船の内側。
 船の中には、木の棒が何本か交差して内壁にたけかけてあるが、これらの棒は、3ミリぐらいの隙間を空けて床に敷かれる。その上に、搾り袋に入れたモロミを丁寧に重ねて上から押して搾る。

で、これが搾り袋。ポリプロピレン製。酒用の搾り袋らしい。使い込まれているから、色は醤油に染まっている。鼻を近づけると、醤油の香りもする。
 で、下の写真が、私たちのモロミだ。去年の4月に仕込んだもの。
 このモロミに熱湯を加える。搾り師は味見をしながら、「適度に」加える。(下の写真)
 こうして、ペースト状のモロミを緩くしてから、船の端に引っかけた搾り袋に入れる。(下の写真)
 紹介が遅れましたが、この搾り師さんは、天野次郎さん。(下の写真) 萩原さん→岩崎さん直系のお弟子さんです。春から秋は農業をされてて、冬場に搾り師に変身する。船はご本人のお手製だ。
 ひと袋、ひと袋、モロミの入った搾り袋が船の中で重ねられていく。モロミの入った袋を平らに敷き、手の甲側の指3〜4本を使って3回ぐらいずつなでながら、片寄らないようにひと袋ずつ丁寧に重ねていく。搾り師・天野さんのその所作がとても美しい。
 と、モロミの入った搾り袋を船の中で重ねていくうちに、自重で搾られた醤油が出てくる。「おーーー」。当然、指先で、その流れ出ている醤油を触り、口に運ぶ。「んー、うまい」。
 で、さっきの重ねた搾り袋の上に板をのせて、ジャッキで押す。このジャッキ、MAXで何と15トン。
 で、ですね。この搾りの作業で一番私が驚いたのは、こっからです。少しずつ、どんどん押していき、どんどん搾られた醤油が出てきます。そして、搾りも終盤戦になった頃に搾られたのが下の写真。
 最初に自重で出てきた醤油の写真と見比べて欲しい。搾り始めよりも、透明度が断然増しているでしょ。このタイミングでの、搾り師・天野さんの「ちょっとなめてみてください」でなめてみると、言葉なく驚いた。豊かな香り。最初のよりグッと味が滑らか。また、見た目からしても、まさに「ゴールデン・ドロップ」。いや、ちょろちょと流れてるから「ゴールデン・フロー」か。舌に味の余韻を感じながら、このちょろちょろを眺めていると、まさに「ゴールデン」という表現がふさわしいと思った。思えば私は、「一番搾り」という美しい言葉に洗脳されていたのだった。それゆえに、最初の搾り始めの方がおいしいはずと、思い込んでいた自分に気がついた。最初のだっておいしかったのだけど、この「ゴールデン」は、明らかに違う。

それで、気になるのは、何でこうなるかだ。それを搾り師・天野さんにきくと、「最初に“比重の重い”部分が出てきて、後から“比重の軽い”(つまり澱の少ない)部分が出てくるからだと思います」とのことだった。この仕込みのほとんどをやってくれている私の友人の説では、「後からギューと搾られる大豆の中心部の汁がこれなんじゃないかな」とのことだった。この「ゴールデン」の醤油は特別に、この後の火入れをせず、そのままペットボトルに入れて、持ち帰った。今、チビチビ使っている。香り高く、旨みがしっかりあって滑らか。上等なオリーブオイルのような感さえある。

ポイント、ポイントはあるものの、全般的にこの搾り作業中は、搾り師さんを囲みながら、和やかにみんなで会話しながら、という雰囲気。この日は天気にも恵まれ、楽しい時間になった。

そして、あらかじめ用意してあった羽釜に、搾られた醤油は移され、88℃まで加熱される。90℃までの火入れが基本らしいが、薪釜なので、88℃でおき火を含めた薪を全部素早く取り除くと、結果的に90℃が最高温度になるという訳だ。下の写真は75℃ぐらいのとき。表面をアクが覆っている。加熱する前の比重は21〜22ボーメだったが、加熱後、17ボーメぐらいになっている。加熱による膨張で、比重が下がるのだ。塩を作っている私にとっても、ボーメ計は大事な商売道具。醤油での使い方も参考になる。
 このアクをザルで取って、もうすぐ来る88℃に備える。ちなみにこのトロトロのアクは、やや苦みがありながらも、なめておいしい。和え物などの調味料としても使える。
 火入れを終えた醤油は、仕込んだ樽に戻して、冷暗所で冷ましながら澱が沈むのを待つ。2〜3日後から瓶詰め可能となる。下の写真は、搾り終わった搾り袋。当然ながら、ペシャンコだ。
 そして、最後は、搾った袋から中の絞りかすを取り出して、みんなで袋を水洗い。絞りかすはお茶請けに。お疲れさまでしたー。