2020年8月21日金曜日

特別定額給付金で寄付

先日、特別定額給付金が出た。一人10万円。でまぁですね、何となくですが、私はその10万円がどうも気持ち悪い。もちろん、飲食店、観光・旅行関係、興業関係などなど、このCovid-19で売上や仕事が激減して、おカネに困った方が多くいらっしゃるので、この10万円は意味あるものです。しかし、私の場合はというと、仕事の業績は落ちてはいるものの、それらの方たちほどは金銭的に困っていない。そこに、10万円。何となく、国から「困ってんだろ、ほら、小遣いだよ。これで文句はなかろう」と言われてるように感じてしまった。小遣いもらった子供は嬉しいだろうが、大の大人の私は、嬉しいというより、変な気分だ。気持ち悪い。

Covid-19関連の情報収集に、私は、しばしば山中伸弥氏のwebサイトを見るのだが、5月だか6月だったか、特別定額給付金が決まった頃、山中氏がそのサイトに載せた医療関係の専門家の意見の中に、「10万円は、是非、医療機関へ寄付しましょう」という下りがあって、気持ち悪く思っていた私は、「そうだな」と思った。

特別定額給付金を含め、これだけ国がカネを使えば、いずれは増税という形で跳ね返ってくるだろう。10万円はそのときの資金として取っておくのが賢明なのかも知れない。また、借家住まいの我が家は特別裕福なわけでもなく、カミさんと子供二人の四人家族だが、私以外のお三方は寄付を考えてはいない。しかし、自分自身の10万円は、どう考えてみても、気持ち悪いことに変わりはない。

緊急事態宣言が発令された4月頃、私は「終息までどのくらいかかるのだろう?」と思いつつも「早ければ夏頃までかな?」と、今思えば楽観的に考えていた。(当時の山中氏のwebサイトには、「長期戦です」とあったにも関わらずです) でも、その夏も過ぎようとしている今は、「これは、長期戦だ」との思いにすっかり変わっている。きっと多くの人がそうだと思う。「ワクチンや治療薬が開発されるまで」との意見もあるが、それらが開発されたからといって、その後どのくらいで終息するのだろう。

よく「医療(健康)と経済を天秤にかけて」と言われる。休業補償などの経済面は、短期的なものだと思う。数年続けられるとは考えにくい。しかし、医療面は、Covid-19が続く限り行われないとならないものだ。だから、長くなれば長くなるほど、その天秤は、医療の方に傾いていくように思う。業種別に見た経済面の不公平さは確実にあるものの、いつまでもその不公平の是正に行政が注力することは難しく、徐々に何とか自分たちで考えなくてはならないことだ。そう考えると、私が寄付するとすれば、それは医療ではないかと思った。

私にとって、この場合の医療とは、特にPCR検査可能数を増やすことだ。現在は、すでに症状がある人など、保健所が検査を必要と判断した人しかPCR検査を受けられない。それもすぐには出来ず、検査と決まっても3日間待機させられたなどの話も聞く。さらに、多くの感染者が無症状・軽症という中、このままで感染を収束に向かわすのは難しいのではないかと思う。例えば、ひと頃、韓国が、町中にPCR検査センターを多数設置し、収束に向かわせたように、出来るだけ検査を多く行い、(隠れ含む)陽性者を出来るだけ把握すること。PCR検査の的中率は7割だからと揶揄する向きもあるが、現実的にPCR検査可能数が今の日本、特に感染者がダントツに多い東京に一番欠けていることなのではないだろうか。無論、PCR検査は医療従事者がリスクを抱えながら行うことなので、PCR検査数を増やすと、医療従事者の負担も増す。この手のことは先述の山中伸弥氏のwebサイトでも、しばしば指摘されていることでもある。

それで、いざ、医療へ寄付と思ったものの、こういった自分の思いをのせられるような具体的な寄付先は、簡単には見つからなかった。

まず思いついたのは、私が住む東京都昭島市だった。無策な国のカネ(10万円)を地元に回すイメージだ。が、Covid-19医療の中心は、主に東京都管轄の保健所で、昭島市には、私が希望する医療に絞った寄付の受け皿はなく、いわゆる「ふるさと納税」になるとのことだった。Covid-19医療とは指定できない「ふるさと納税」ではパッとしない。それを知った当時、昭島市(人口約12万人)の感染者数は、10人ぐらいだったか。市議会議員にも相談したが、このぐらいの感染者数だと医療というよりは地元経済という感覚だ。「PCR検査センターの設置」なんて遠い話。また、東京都管轄の保健所がCovid-19医療をコントロールしているのだから、わざわざ市がしゃしゃり出る必要もない面もある。しかし、私は、市独自に動いたっていいと思っていた。(今でも) 感染者が少ないからこそ動きやすいということもあるはずで、それが感染拡大を抑えると。(ちょうどこの頃、感染者数が多い東京都世田谷区は、区独自に「誰でも いつでも 何度でも(PCR検査)」の検討を始めたという報道があった)

そして東京都には、医療面に絞ったその受け皿があった。


8月10日現在で、寄付合計は、3,763件、843,054,527円とある。
(マスコミには、こういうことも気張って報道して欲しいと思う)

自分たちが払った税金からとは言え、国から出た10万円を、地元の医療に回すことは自分の意に合っている。それは、東京都でもあるが、昭島市の方がより身近なのだが、受け皿がない。「これは、東京都へだな」と思っていた今月初め頃、昭島市の広報誌(8月1日・15日合併号)にあったのが、下の囲み記事。


これには、医療面の「感染拡大の防止や、医療従事者の皆さんへの支援」だけでなく、経済面の「新型コロナウイルスの影響を受けた市民生活・ 地域経済への支援など支援」もあったが、同じ号の「市長メッセージ」に、下記があったのも目に付いた。

<以下、抜粋>
また、市におけるPCR検査体制につきましては、6月1日に医療機関と協定を締結し たところであります。更には、今後の感染拡大に備えて医療機関との連携を強化し、市民の皆様が速やかに検査を受けられる体制を整えております。

「まずは医療」と思っている私だが、この基金の設立と「市長メッセージ」で、“合わせ一本”という気持ちになり、昭島市に10万円寄付をした。

そして、その直後、8月12日付けで、昭島市は、「新型コロナウイルス感染症に関する検査実施体制を整えました」と発表があった。

それによると、「これまでのように保健所の指示を受ける手続きなどが省略され、検査を受けることができます」とある。最初は、市内の内科医の受診が必要で、その医師が「新型コロナウイルス感染症に関する検査を受ける必要があると判断した場合は、その医療機関が協定医療機関に連絡し、検査を予約します」とある。

アイデアのない国に、タラタラ不満を言ってても、猛暑がさらに暑くなるだけだ。
「富裕層の方々、こういった非常時に受け取らない人もいるんじゃないか」、「10万円、私はもらわない」などと言ってた人もいた。

この寄付で、すごく遠回しながら、私は少し、自分の思いが通じたような気がした。

2020年8月8日土曜日

結果報告、トマトの「三角錐型螺旋栽培法 in 植木鉢」


このエントリは、およそ3ヶ月ほど前の下記のエントリ、


の結果報告です。
結論として、失敗に終わりました。
冒頭の写真が現在の様子ですが、見るも無惨です。

最初の半周ぐらいまでは、まぁまぁ伸びたものの、日々鉢を回しているうちに、徐々に弱々しくなり、3/4周を過ぎたあたりから、ガクッと止まり、1周したかにないかのうちに、写真のように枯れる方へと向かってしまいました。

二本のトマトは、弱々しくなりながらも、必死に数個の実をつけました。それらの実は、小さかったけど(おそらく正常に成長したときと比べ)、皮は固く、食べると皮だけ口から出してしまいたくなるほどでした。皮の固さは、危機的状況の下、必死に自分の身を守ろうとしていたようにも感じました。

トマトは、地面が回転しても、ただひたすら太陽に向かって成長していくものと考えた私は、実に愚かでした。少しずつ何度も鉢を回されたトマトは、「どう伸びたらいいんだ〜?」と迷っているようでした。そして日々弱々しくなっていく様子を見ていて、トマトは結局、どっちへ伸びていいか分からないまま、衰弱してしまったようでした。

トマトの遺伝子には、「太陽に向かって」という性格はあったにしても、その際、「地面が回る」とは想定されていなかったということは分かったのでした。当たり前か。「何が自然か?」ということを改めて考させられた。無農薬・無肥料なんてこととは次元が違った。

2020年8月4日火曜日

安全な除草剤、塩



私は、塩を作って販売しているという仕事柄、先日、アマゾンの「塩の売れ筋ランキング」を見ていた。すると「並塩 20kg」が、ランキング10位〜20位ぐらいのところにあって不思議に思った。「なぜ、アマゾンで買い物するような一般の人たちが、1袋20kgも入った塩を購入してるのか? それも並塩を」と。あまりに不可解だったので、レビューを読んでみた。

すると、その理由が分かった。何と、除草剤として購入している人が多くいるのだ。ちなみにきょうの時点だと、価格は1,635円(税込み)。2000円以上で送料無料。思いっきり安い。ただし、きょうは「一時的に在庫切れ」。先週はprimeで送料無料だった気がする(不確か)。梅雨が明けた今は、除草の最盛期だろうから、もう品切れになってしまう程、売れているということだと思う。

業務用20kgながら、レビューによると、この塩を購入した人たちは、やはり一般家庭。無論、花壇や家庭菜園には使えないが、駐車場や(草が生えて欲しくない)敷地部分などに除草剤として撒いているのだ。一般的には、ホームセンターなどで売ってる化学的な除草剤なんだろうけど、我が家もそうだが、除草剤は気持ちが悪いので、使わない。となると、いつも手で引っこ抜かねばならない。春先は気候的に気持ちよさがあるからまだいいが、夏場になると、雑草の勢いはすごいし、蚊に刺されるし、暑いしで、もー大変。

そこで塩を撒くのだ。つまりは塩害を起こす。これはいいのではないか。(私の場合は、「並塩 20kg」ではなく、余って売り物にならない自分のところの塩を使ったのだが)早速、我が家の(いわゆるガラ石の)駐車場に撒いてみた。それが冒頭の写真。(写真右側のブルー色は車) あまり草が生えてないが、これはボーボーだった草をせっせと手で取った後だったからだ。本当は草取りする前にこれを知りたかった。実験としては物足りなさがあるものの、まー、効果はてきめんだった。下の写真が一週間ぐらい後。緑だった草は枯れた。ちょうど梅雨時だったので、雨が撒いた塩を溶かして地面に染み込ませてくれたこともある。


また、下の写真は、塩を撒いたところと撒いてないところの境目。概ね、直接撒いたところは枯れて、直接撒いてないところは、見事に枯れてない。これは撒いた塩の量と面積によるんだろうが、残念ながらその量は適当。(量ってない)


私は使わないので、化学的な除草剤がいくらぐらいして、どのくらい効くのかのかを知らないが、アマゾンのあるレビューによると、この塩の方がずっと安いということだ。念のため繰り返すが、植物が生えて欲しい花壇や家庭菜園の草取りは、手でやらないとならないので、塩の除草は、用途として限られはする。また、塩は金属を錆びさせることも注意事項だろう。がしかし、駐車場や家の周りなど、植物を選ばず枯らせたい、しかし化学的な除草剤は使いたくないと、いつも手で草取りしていた方には、塩の除草。いいんじゃなかろうか。

2020年7月17日金曜日

ラッキョウの酒粕漬け


つい先日、「塩だけで甘いラッキョウ」というエントリを書いたが、きょうもラッキョウの話。そのエントリでも書いたが、去年、多めのラッキョウを漬けた。オーソドックスに塩水漬け(10%塩水)、醤油漬け、ちょっと洋風に、塩・ワインビネガー・少しハチミツ・ローレル・ディル・赤唐辛子のマリネ液漬けとやったが、一番多かったのは、シンプルな塩水漬け。

よくある甘酢漬けが、あんまり好きではないこともあり、塩水漬けを少し水で塩抜きして、アッサリとそのままバリバリ食べるなんてことをする。それでも余るので、どうしようかと思案してたら、カミさんが「酒粕漬けなんてどお?」と提案した。

それで連想したのが「塩粕」。10年ほど前だが、それをこのブログで書いたことがあった。酒粕に塩を加え、1〜2年寝かせたもの。最初は白色だった酒粕が飴色(茶色)になる。主に漬け床として使う。米・米麹・酵母で作る酒の粕だから、乱暴に言えば、塩麹に米と酵母を足したようなものだ。詳しくは以下のエントリだが、今は販売してないみたい。いいものなのだけど、元々酒蔵(久保田本家)のまかないで限定的に使われてたものなので。



酒粕自体には塩が含まれていないが、10%塩水に漬けたラッキョウには塩が多め。カミさんの「酒粕漬けなんてどお?」とは、(塩気のない)酒粕に(しっかり塩気のある)ラッキョウを合わせるという寸法だ。無論、「塩粕」の場合は1〜2年の熟成期間があるから、異なるものとなるが、この塩ラッキョウの酒粕漬けもなかなかよい。熟成してない分、複雑な旨味には欠けるものの、酒粕がフレッシュな分、香りがいい。

私にとってラッキョウは、口の中をサッパリさせる口直し的な存在なので、酒粕の芳醇な香りとともにパリッとした歯ごたえのラッキョウはいける。それまでもたない気がするが、置けば置くほど徐々に「塩粕」に近づくことになる。

6月頃に、塩水に漬けたラッキョウを、そろそろ塩抜きして漬け直そうかななんて思ってる方。塩抜きしないで、そのまま酒粕に漬けちゃうのもひとつの手です。酒粕の香りで一捻りした、サッパリな塩ラッキョウになります。

追記:
ただ、考えてみると、今は酒粕の季節ではないな。今どきは、保存技術が進歩しているから、この時期でもあるかも知れないが、普通に出回るのは11月頃だろうか。

2020年7月14日火曜日

ビリケンシュトック、車の運転用



上の写真は、私のサンダル、ビリケンシュトック。ビリケンシュトックは3つ目。履くのは夏場が主だが、これは3年ぐらい履いたもの。ビリケンシュトックのサンダルを初めて知ったのは、1983年の夏にヨーロッパを2ヶ月旅行したときだった。当時私は21歳。当然のことながら、出会うまたは見かける若い旅行者は、ヨーロッパ人がほとんどだった。そして、旅を始めて1〜2週間も経った頃、でっかいバックパックを担いで、足下はビリケンシュトックのサンダルというスタイルが多いことに気がついた。夏の短パン・Tシャツという服装も手伝って、このサンダルがやたらと存在感があった。当時はだいたいが踵にバンドが巻き付いてるタイプだった。それをその主にきくと、「旅行中は歩くことが多いから、踵にバンド付きがいい」なんて言ってた。私はというと、宿なんかでは、いわゆる便所サンダル。便所サンダルも悪くないが、歩き回るには心許ないので、普段歩き回るときはスニーカー。そうなると、どうしても計2足必要になる。しかし、ビリケンシュトックの旅行者たちは、それ1足でオールマイティ。「それにこのビリケンシュトックは修理も利くんだぜ」なんて言われると、「へぇー」なんて思いながら、憧れもした。

そんな思い出があるサンダルだが、話を今に戻そう。

半年ぐらい前のこと。冒頭のサンダルのソールを見たら、右足の踵だけが極端に削れていた。「なぜ右足だけ?」としばらく疑問のまま。「あれ、おれ最近歩き方が偏っているのかな?」とまで思った。しばらくモヤモヤしたが、つい一ヶ月前頃、「あー、この削れはアクセルだ」と、ふと気がついた。

車を運転するとき、ブレーキの方(左足)はいいのだけど、アクセルペダル(右足)は、床に付いた踵をを支点にして踏む。床に付いた右足の踵は尖っていて、サンダルだから、不安定。何ともアクセルペアルを踏みにくい。そして、こういうことがしばらく続くと、一年も経たないうちに、コルク状の踵がすり減ってしまったのだ。

先の思い出話にもあったとおり、ビリケンシュトックのサンダルは、「歩く」ことを主眼に設計されているだろうから、車の運転をするときは考えない方がいいのかも知れない。車の運転には、それ専用の靴を車内に用意しておくというのが正論だろう。しかし、出来たら1足オールマイティを目指したいじゃないですか。そこで私は考えた。

「この削れた部分に、ソールを貼ればいいんじゃないか」と。

私はホームセンターへ行って、ゴムのシートを探した。下の写真、厚み2mmのシートと革靴用の接着剤を使った。

そして、それを貼ったのが下写真の左側。(写真右側の左足の踵は、まだしっかりソールが残っていて、コルクも削れていない)


アングルを変えると、こう。


で、ですよ。
これ履いて運転してみると、何とも快適じゃ〜ないか〜。新たに貼ったゴムシートの踵が床にフィットして安定した。もしも、このゴムシートを貼らないで運転を続けると、コルク状の踵はすり減る一方だから、このサンダル自体の寿命も短くなったことだろう。しかし、ここまですり減ってしまった以上、逆に新たに出来てしまったその面を利用して、踵ソールを貼る。すると、この新しく出来た面ゆえに、アクセルペダルを安定して踏めるようになる。(ゴムシートを貼った右足踵の上端部分が少しせり上がっているのは、接着時にガムテープで固定した際についたクセ)

およそ40年前、自動車学校の学科授業で、運転に適した履き物は「踵がしっかりした靴」と習った記憶がある。しかし、今どき「踵がしっかりした靴」なんてまず履かない。

ビリケンシュトックは、おそらく最も歩きやいデザインについては熟知していることだろう。しかし目先を変えるように、毎シーズン、新しいモデルを出し続けている。見た目だけじゃなく、こうして構造的に、右足の踵部分が車の運転使用になっているモデルなんかを出してくれないかな。左ハンドル車でも、アクセルは右だろうから、右足だけでもいい。ビリケンシュトックのファンで、車を運転する人は少なくない気がするのだけど。

2020年7月2日木曜日

塩だけで甘いラッキョウ


不思議だ。何とも不思議でならない・・・・が、現実は真実しか語らない。

うちのカミさんの実家は昔から本場鳥取でラッキョウを栽培している農家なのだが、私はこれまで一度もラッキョウを漬けたことがなかった。しかし去年のこと、仲間内でラッキョウ漬けの話になり、それならと多めのラッキョウをカミさんの実家に頼んで送ってもらった。

数人で分けて、それぞれがそれぞれのスタイルで漬けたのだが、そのうちの一人のラッキョウ漬けには驚いた。去年漬けたので、ちょうど一年ものを、つい一週間ほど前に、数個頂いた。(冒頭の写真)それをひとつ頬張ってみると、

微妙な甘味と酸味、後味にやや苦味。

私は、よくある(例えば、カレー屋さんの添え物など)甘酢に浸かったラッキョウは好みではない。私にとって、その多くが甘過ぎで、飽きてしまう。ラッキョウは、パリパリ感のある歯ごたえが身上で、それには、甘さ無し、あっても抑えめのサッパリとした味が似つかわしいと思っている。

そのラッキョウを食べて、私はてっきり、よくあるラッキョウ漬けのように、塩水に漬けた後、糖分と酢の甘酢に漬けたのだと思った。しかしその甘味と酸味が、実に絶妙に抑えが効いてて、ほのか。よくある甘酢に漬けたラッキョウとは明らかに違う。サッパリと食べられて、おいしい。

常日頃、料理って、バランスとかハーモニーだと思っている。甘味、辛味、酸味、鹹味、苦味、旨味など、何か突出した味ではなくて、それぞれの味が調和した味。それがおいしい。料理してると、食べる人に何かを伝えたいという欲のようなものが出て、味に力が入り過ぎることがある。そうなっちゃうと、ある意味「分かりやすい味」にはなるのだけど、バランスとかハーモニーが難しくなる。おいしい料理って、素材の味・食感を感じさせながら、その周りでそれを補ってあげる。そのために、素材だけではなく、いろんな料理法、調味料がある。例えば、火を通しすぎてはなくなってしまうものは、余熱を含めてどこかで止めねばならないし、いい香りだからと使い過ぎると、辛(つら)い香りになってしまう。バランス・ハーモニーのためには、「程いい抑え」が必要なのだ。

私は、このラッキョウ漬けに何とも絶妙な「程いい抑え」を感じ、作り手に「いや〜、イケルね。甘味・酸味が絶妙に抑えられれるところがとってもいい感じ」と伝えた。すると、返ってきた答えは何とも意外。「それ、ただ塩水と唐辛子をちょっと入れて、流しの下に置いといたただけよ。甘味も酸味も加えた訳じゃないから、抑えたというもんじゃないなー」と。

「えー、この甘さと酸味は、加えたものじゃないの?」と、私は何度もきいた。抑えが効いているとはいえ、糖分と言える程の甘さを感じる。糖分を加えながらも、その程度が絶妙だと思ったのだが、そうではないと言う。失礼と知りつつ、しつこく、「一年前のことだから、砂糖加えたの忘れちゃっただけなんじゃないの?」とも。しかし、「何%かは忘れちゃったけど、塩水と少しの鷹の爪だけなのは確かだよ」と答えは変わらない。

酸味については、乳酸発酵した感じがあるので、「ちょうどいい塩分で、うまく乳酸発酵した」と思えたが、甘味については、加えていないのに、どこから来たのか。それが腑に落ちず、不思議でならなかった。ここはひとつ、これを本場鳥取出身のカミさんに食べてもらおうと思った。その晩、そのラッキョウ漬けをひとつ食べた彼女は、「やや苦味が強めだけど、おいしいね」と言った。そこですかさず私は、「それ、砂糖・みりん・ハチミツなんかの甘味が全く入ってないんだよ」と言ったら、「まさかー」。「いやいや、おれも驚いてね、それで少し持って帰ってきたのだよ」。

5分ぐらいすると、彼女は以前、野菜料理研究家の姉に「ラッキョウ(自体)って甘いんだよ、知ってる?」と言われたことを思い出したと言う。そのときは、「もう全部食べちゃって残ってないんだけど」と、実際にはその塩水に漬けただけの甘いラッキョウは食べてないらしい。しかし、意外なこと言われたので、記憶に残っているという。

二人に言われると、私も考えを改める方向に向かった。そもそも私は現物を食べたし、そう主張するひとりは、鳥取出身、それもラッキョウ農家出身の野菜料理研究家だ。考えてみると、(ラッキョウの仲間っぽい)玉ねぎやエシャロットなど、加熱すると甘くなる。新玉ねぎは、水にさらして辛味・苦味を取るとほんのり甘く感じる。この甘くなったラッキョウも、そういうことか。そう思うようになった。

ちなみに私自身は、同じラッキョウを、よくある塩分の10%で漬けたが、こんなことにはならなかった。しっかり漬かって、苦味は少なくなり、やや歯ごたえもよくなったものの、乳酸発酵もしないし、甘味も感じない。

『ラッキョウを、あるパーセンテージの塩水に漬けると、やや乳酸発酵しながら、ラッキョウの甘味が出てくる』

そのパーセンテージは、一体何%か? これが肝心なのだけど、そのラッキョウ漬けの作り手には「パーセンテージの記憶なし」。野菜料理研究家であるカミさんの姉は、「適当にやった」とのこと。使った塩は共通して、私が作る「カンホアの塩」。そんなところに「カンホアの塩」の違いが出るものか。冒頭の写真にもある現物の甘いラッキョウ漬けを食べて、私が感じる塩分は、3%ぐらいか。ラッキョウの水分も出ただろうから、漬けた塩水は5%ぐらいだったかも知れない。

ラッキョウは、去年たくさん漬けたので、まだ残っていて、今年は漬けていない。来年にはなくなりそうなので、3%、5%、7%ぐらいで、複数試してみようと思う。乳酸発酵の酸味とラッキョウ自体から出る甘味にによる、「程いい抑え」の効いた酸味と甘味。きっとちょうどいいその黄金比があるはずだ。今から楽しみだなー。

2020年5月15日金曜日

トマトの「三角錐型螺旋栽培法 in 植木鉢」


マスクの消毒が日々の日課になって、はや2ヶ月。今や手慣れたものだ。アベノマスクは未だに届かないが、この調子だと手持ちの3枚で一年はいけそうだ。医療従事者の方々は別として、我々一般人にとって、普通の不織布のマスクがこんなに長く使えるだなんて、以前は思いもしなかった。コロナ後も、ひと冬2〜3枚しか使わないで過ごせちゃいそうだ。そんな人が少なくないとすると、マスク製造業は今後一気に供給過多に陥るかも知れない・・・・、なんて思いにふける今日この頃。

さて、このエントリのタイトル、トマトの「三角錐型螺旋栽培法 in 植木鉢」。
変な名前だ。これは今年私が試みる(ミニ)トマトの栽培法の名前なんです。

実は3年前、2017年7月に、このブログで、似たようなことを書いたが、きょうの「トマトの三角錐螺旋栽培 in 植木鉢」は、その発展型。ちょっと長くなりますが、このエントリだけお読み頂けたら大丈夫なように書こうと思います。

まず最初に、この栽培法の発想のキッカケについて。

芽欠きをしながら、茎を一本にしてトマトを育てると、スイスイと高くなって、すぐに背丈より高くなってしまう。広い畑なら支柱を幅広く立てて、茎を横や斜めに誘導すればいいが、狭い家庭菜園だとそうはいかない。狭いところで、茎の長さを出来るだけ低い位置で稼ぎながら、つまり茎長く&背低く育てたい。その方が収穫時期は長くなるし、支柱も倒れにくくなる。さらに、トマトが甘くなるよう、極力雨に当てたくない(一般家庭だからハウスは無しよ)。さらにさらに、狭い家庭菜園にありがちな、連作障害を避けたい。これらの条件を全てクリア出来る一般家庭での栽培法はないものか? 素人ながら、いやいや素人だからこその発想というのがあったっていいじゃないか? ということで、課題は、下記の4点。

1.一般家庭の庭先など極限られたスペースの中で陽当たり良好に。
2.いかに茎長く&背低く。
3.極力雨に当たらないように。
4.連作障害を避ける。

3年前に考えた方法は、トマトの苗ひとつに支柱を3本、三角錐型に立てて、二本立てにした茎をその三角錐の周りを螺旋状に上らせるよう誘導することだった。これは庭先の地べた、花壇の片隅でのことだ。当時は、「三角錐型螺旋方式」と馬鹿みたいに自分で呼んでいた。肝心の成果はどうだったかと言うと、葉っぱが混みすぎて風通しが悪くなり、収量が少なかった。パートナー・プラントのバジルを近くに植えたことも混みすぎを助長した。さらに、同じ場所での3年目だったので、連作障害の疑いもあった。ただ、上記課題の「1.一般家庭の庭先など極限られたスペースで陽当たり良好」と「2.いかに茎長く&背低く」はある程度クリアした。

そして去年、3年前は地べたの家庭菜園で試した「三角錐型螺旋方式」を3つの植木鉢(ひと鉢1苗)に移した。トマトを植木鉢で栽培することは、愛読ブログ「サムライ菊の助・畑日記」で菊の助さんが、以前、植木鉢を南向きの軒下に置いて栽培していたアイデアを拝借してのことだった。ただ、我が家にはそんなに広い南向きの軒下がない。そこで、3年前は、たまたまある我が家の屋上(地上3階相当)で、植木鉢での「三角錐型螺旋方式」を試みた。植木鉢の土なので、これで上記課題の「4.連作障害を避ける」をクリア。屋上には軒下がないので、残るは「3.極力雨に当たらないように」なのだが、夏場はかなり暑くなる屋上。雨に当たっても、きっと乾燥が早そうだから、ある程度いけんじゃないか。そして、屋上の抜群の陽当たりと暑さは、おいしいトマトに繋がりはしないかと、当初は考えた。

しかし、実際は、私の不在中(10日間の出張中)の嵐で、無残にも三角錐型の支柱が立った植木鉢は3つとも倒れ、土は散らばり、私の帰宅時には、3本の苗は息も絶え絶え。カミさんと子供二人という家族構成だが、その10日間、誰も屋上に出ず、無関心そのものだった。無論、瀕死の苗を植え直したが、その後の屋上の猛暑は私の想像を超えていた。6月半ば以降は陽当たりがいいというより、暑すぎてトマトが耐えられず、結果的に干からびてほぼ全滅した。季節が暑くなると、無関心だった家族の者たちがそうだったように、私自身も頻繁に屋上に出ることをついつい忘れた。そして、酷暑の中、放っておかれた可哀想なトマトの苗たちは、ほぼ全滅したのだった。

さて、やっとこさ、本題。
今年の、トマトの「三角錐型螺旋栽培法 in 植木鉢」だ。
現在の実物(2鉢)は冒頭の写真。(今朝撮影)

まずは、小まめに世話ができる一階の南向きの軒下の小さなスペースを何とか確保。スペースに余裕がないので、奥の方を一段高くし、水道と縁側の間に何とか収めた。(高さ180センチほどに立てた支柱が)「洗濯物の邪魔になる」とのカミさんの苦情にも対応済み。これで、「1.一般家庭の庭先など極限られたスペースで陽当たり良好」と「3.極力雨に当たらないように」、そして「4.連作障害を避ける」をクリア。残るは、「2.いかに背を低く&茎を長く」だ。

植木鉢での栽培の一番のメリットは、好きな場所に置けることだろう。ありさえすれば、陽当たりのいい場所で、軒下などあまり雨に当たらない場所を選ぶことが出来る。しかし、私が考えるメリットはそれだけではない。特に、この「三角錐型螺旋栽培法 in 植木鉢」において。

この栽培法では、三角錐型の支柱の周りを螺旋状に茎をうまく誘導していかねばならないが、茎が南方向へと伸びる習性を使って、植木鉢を少しずつ回しながら、茎を支柱に誘導することは出来ないものかと考えた。地面は回せない。これは回せる植木鉢ならでこそだ。例えば、冒頭の写真のとおり、今年スタートしたウチの苗は上から見て反時計回りの螺旋状になっている。茎の先は南に向かうので、茎の成長に合わせ、植木鉢を少しずつ時計回りに回しながら、茎を支柱にとめていくと、(理論上は)自然と三角錐型螺旋栽培になるという寸法だ。

これは3年前、先述の地べたでこの「三角錐型螺旋栽培法」を試みた際の苦い経験があったので、なおさらにして思うことだ。トマトの苗は、5月ぐらいまでの茎の細いうちは難しいことなく、螺旋状に誘導出来たのだが、6月以降、茎が太くなってきて、誘導が難しくなった。太くなった茎をちょっと無理に誘導しようとすると、簡単にポキッと折れた。それも二度三度と。そういうこともあって、そのときは、ひとつの苗から、一本立てでなく、二本立てにして、「一本折れても、もう一本ある」状態にしながら栽培した。(一本折れると、新たなもう一本が出てくるのを待ち、再び二本にした) しかし、二本にすることによって、「葉っぱが混みすぎた」状態になった。

何とかより確実に、一本立てで育てたい。小まめに植木鉢を茎の螺旋とは反対の時計回りにちょっとずつ回しながら、トマトが伸びたい方向に逆らわずに誘導出来ないか? それが首尾よくいけば、補欠のもう一本の担保は不要になり、一本のまま誘導し続けられるのではないか? それが出来れば、「葉っぱの混みすぎ」を避けられるんじゃないか、と考えた。無論もうバジルは植えない。

これでここまで、限られた環境の下、考え得る策は講じた。今年は、毎日帰宅して車を降りたところに2つの植木鉢が鎮座されているのだから、忘れることはない。小まめに世話しよう。ウチに帰るのが楽しみになった。

さてこの先、本当に、うまい具体に「三角錐型螺旋栽培法 in 植木鉢」が進んで、長らくトマト(ミニトマト)を収穫出来るのか? 後日、経過報告のエントリを書きたいと思う。

ちなみに、下の写真は、10日前に撮ったもので、まだ軒下が確保されてない状態だが、三角錐型に組んだ高さ180センチほどの支柱の全体像。イメージとして、この三角錐の周りを螺旋状にグルグル巻きながら茎が伸びていく・・・・(と、いいんだけど)という写真です。