2008年9月25日木曜日

松茸のフライ

タイトルのとおり、写真は「松茸のフライ」であります。
塩をパラパラ振って、スダチをしぼって頂きました。

松茸と言えば、土瓶蒸し、ホイル焼き、網焼き、松茸ご飯・・・ということになりましょう。もちろんそういった定番は文句なくおいしい。しかし、そこをあえて「フライ」であります。松茸をフライにするとどうなるか。これはそれら定番料理からすると、また別の趣があります。近頃は、結構手頃なお値段で買えるので、こうした冒険もまた一興です。

昔から「香り松茸、味シメジ」と申します。そう松茸は香りが命。でも、この「フライ」に関しては、「味」が命になります。でも、やりようによっては「香り」と「味」の両方が楽しめる。この一筋縄ではいかないところが、この「松茸のフライ」の最大のポイントと言えましょう。

最初の一口目。ザクッとひとかじりした私は、先入観からか、衣を破った際に発する香しい松茸様をイメージしていました。しかし、案外しない。「んっ」と思いながら、さらにパクパク。するとこれが独特の淡いエグ味のような、または野趣に富んだ味というか、がしてきました。思えば、ホイル焼きにしてもその香りとともに土のような味もしますね。その味がクローズアップされる感じです。プ〜ンと香るいわゆる松茸の香りは抑えられ、代わりにその味がグッと前に出てくる。これまでとは違う松茸。

しかし、です、そう感じている私の前で、このフライを調理したうちのカミさんは、「すごい香りだね」と言う。「すごい香り?」とちょっと当惑したが、彼女が続けて言うには、「揚げてるときも、すごい香りがしてた」。これを想像するに、彼女は揚げてたときのすごい香りを嗅覚に残しつつ、この「松茸のフライ」を食したんだと思う。私には、換気扇のグルグルまわってる台所の香りは伝わってきていない。「いや〜、オレにはスゴイ香りなんてしないけど、こういう松茸もあるんだなぁ〜」。

ちょうどこの前日、実は、食卓のホットプレートに油をひいて、松茸をソテーした。そのときのすばらしい香りを思い出した。そしてこの「フライ」にも通ずる味とその食感は、「こりゃイケル」。松茸は、きっと油で高温に熱すると一気に香りを放つのだ。しかし、大胆不敵にも「フライ」。その「香り」も楽しみたければ、厨房に入らなければならない。それを一カ所で楽しみたければ、ホットプレートのソテー。どっちにしても、スダチはお忘れなく。

2008年8月25日月曜日

ラーメン・ゼロ

東京は目黒。山手通りを大鳥神社から南へ歩いて少しのところ、歩道橋のたもとにこのお店がある。その名も「ラーメン・ゼロ」。魚介系ラーメンの旗手・前島司氏のお店だ。写真では一見、普通のラーメンに見えるが、調味料が一切使われておらず、具材の味だけのラーメンだ。食すと誰もがその「新しさ」を感じる味と思う。それは一口に「ワイルドな味」だ。食べてて自分が原始人のようになった気がした。しかし、決して荒っぽい味ではない。むしろ繊細な味だ。魚介系から肉系・野菜系の様々な味が融合していて、「きっと原始時代、超グルメな人が調理するとこんな味になったのかな」と思わせる「ワイルドな味」だ。「素材の味をいかす」という擦り切れた言葉があるが、「ラーメン・ゼロ」は、それがモロ(直接的)な味で、英語では“naked taste”(裸の味)という言葉が合う気がする。

私の嫌いなラーメン。それは最初の一口はおいしいが、だんだんくどくなり、最後まで食べるのが大変なもの。そして私の好きなラーメン。それは最初はやんわりとおいしく、食べ進むと時間とともにそのおいしさが深くなり、食べ終わったときにちょうど満足感を得られるもの。無論「ラーメン・ゼロ」は後者だ。前者の方は、「最初の一口がおいしい」と書いたが、実際には条件反射的に、そのおいしさをおいしいとは感じなくなっている。

あえて言うまでもないが、日本のラーメンは完全に一大文化だ。様々な志向を持った様々な人たちが様々なラーメンを食べる。そして様々なラーメンが生まれる。その多様さは、ヒットメイクまたは生き残りの厳しさとも常に背中合わせだ。そういう意味で、この「新しさ」は大胆に勝負に出ている。あとは客の反応次第。「ラーメン・ゼロ」、まずは一度体験してみたらいかが?

2008年8月6日水曜日

大辛塩鮭

タイトルは「大辛塩鮭」でありながら、写真は「紅鮭(甘口)」。ここにきょうのブログの意味があります。

「最近、塩辛ーい鮭、見ないなぁ〜」とお嘆きの方、いらっしゃいませんか? 焼いた鮭の表面は塩が吹き出てて、ふっくらと言うよりやや固めの食感。そして塩はもとより鮭の味も濃厚。そいつを箸でほぐし、アツアツのご飯にのせて、またはチビチビつまむ酒のアテとして、そしてやっぱりお茶漬けの具として。(拙ブログ2007年9月6日の「水かけご飯」の具にも最高です) 塩気が強いからあんまりたくさんは食べられないけど、日持ちします。キッチンの火を使わずに、毎日ちょっとずつ食します。特にこの季節はこの塩気が食欲をそそります。もちろんお医者さんから「減塩」の注意を受けてる方は例外ですので、あしからず。

「大辛塩鮭」が少なくなったこと。その理由は「減塩」もありますが、この冷凍保存が常識の時代に、新巻鮭のような保存が目的での大辛は合わないのかも知れません。ただ、塩を作っている私が思うのは、塩鮭に使う塩が時代とともにおいしくなくなってんじゃないか、ということ。塩だけという非常にシンプルな味付けながら、私はその塩にこだわっている塩鮭を見かけたことがないからです。いずれにしろ、この「大辛塩鮭」の肩身が狭い時代。それを逆手にとって、おいしい「大辛塩鮭」を作りましょう。というのがきょうのブログです。

「大辛塩鮭」が世間に少ないということは、写真のような「甘口塩鮭」、つまり塩分控えめの塩鮭が多いということ。塩にこだわるなら、かえってこの「甘口」がいいのです。もちろん、シーズンには「生鮭」も使えます。この「甘口」または「生」の鮭に自分の好みの塩を使うのです。もちろん塩分の加減も自分の好みで。一手間と言えば一手間だけど、塩を振って冷蔵庫に何日か放っておくだけだから、非常に簡単。気を使うのは、振る塩の量ぐらいですね。だいたい鮭の重さの10%ぐらいを目安にすると「大辛塩鮭」になります。切り身一切れ150gとすると、15gぐらいの塩をパラパラすればいい。それが下の写真です。

この写真では鮭の下に市販の「水取り(脱水)シート」(出る水を吸い取ってくれるシート)が敷いてあります。これに包んでタッパー、そして冷蔵庫に2〜3日以上。まぁ、そんな便利なシートを使わなくても、そのままタッパーでもできます。

「しょっぱい鮭、食べたいなぁ〜」

という方、自分の好きな塩で、自分の好きな塩加減の塩鮭を作りましょう。これは「甘口塩鮭」だからこそできること。だから今こそチャンスです。主役が鮭で濃いめの塩味、こういうのには我が「カンホアの塩」、とてもよくあいます。また食べる直前にレモン汁をたらしてもおいしいオプションです。

2008年7月25日金曜日

バゲット@ベトナム


ベトナムでは、そんじょそこらでバゲットにありつける。これはコーヒー同様、フランスがベトナムを統治していたときの置きみやげだ。原材料もちゃんと「小麦粉・酵母・塩・水」で、バゲットと呼ぶにふさわしい。ただし、その食べ方はベトナム流。上の写真は、先月ベトナム・カンホアへ出張したときのある日の朝食(2〜3口かじった後で写真を撮ってる)。

ベトナムでもそのまま食事用になるが、たいがい写真のようなサンドイッチにして食されることが多い。その具材は、ハム、魚の練り物、ハーブなど様々。味付けはヌクマム(魚醤)やアジア的な甘辛ソースになる。ハムと言っても、ヨーロッパのハムとはちょっと趣が違う。ハーブも同じくベトナムでよく使われているハーブ類。最初はちょっと戸惑った。気持ちはバゲットを食していても、味はすっかりベトナムだからだ。でも何口か食べてるうち、その戸惑いは消え、この味を楽しむ気分になる。そしてクセになる。ヌクマムが染みこんだバゲットの味もなかなかなのだ。ある知り合いのフレンチのシェフの言葉を思い出す。「ヌクマムはアンチョビみたいなもんですよ」。確かにそういう面もあるが、このバゲットは、アンチョビの代わりにヌクマムなのではない。独特の香りを放つヌクマムゆえにその染みこんだ味もまた格別なのだ。

バゲットの作り方に決まりはあっても、その食べ方に決まりはないはずだ。日本にももちろんバゲットはあるが、日本流の食べ方ってあるのだろうか・・・と、ふと考える。

醤油をたらした目玉焼きとバゲット。これぐらいはありそうだが、私は日常的に目玉焼きにヌクマムをかけて食べるから、それで「日本流」とは言い過ぎな気もする。では、冷や奴を崩して醤油をたらしキュウリのぬか漬けやタクワンをバゲットに挟んで食べる。ん〜、やったことはないけど、イケルかも知れない。ただ一般的にはなさそうなことだ。日本では、ラーメン、カレーライス、スパゲティナポリタンなどあるものの、殊に近年は、本場の習慣をアレンジすることは邪道とされる嫌いがある。本場に対しての敬意ともとれるが、そのへんは微妙だ。そういう意味で、なんかベトナムはすごいと思う。ベトナムでバゲットのサンドイッチを食すと口の中で文化が交錯する。この現実に、ベトナムの文化を感じる。「いいものはいい」と多様性を素直に認める文化だ。大陸的とも言えるかも知れない。そしてフランス側もそれで金儲けしようというものでもなかった(と思う)。だからその文化がすくすくとこうして育ったのだ。

かつてフランスはベトナムを統治した時代があった。そしてベトナムはそのフランスを追い出した。でも、バゲットや(深煎りの)コーヒーは、今のベトナムの暮らしに欠かせないものになってしっかり根付いている。

2008年6月30日月曜日

ベトナム、菜食の日

今月半ば、1週間ほどベトナムへ出張していた。主に「カンホアの塩」の生産現場、カンホア・プロヴィンス(省)のホンコイ村の滞在だ。日本からベトナムへ観光で訪れる人はたくさんいるが、仕事だと、こうしていつも同じ場所へ行き同じ人たちと会うことになる。もう10年間、20回はここに通ってるが、毎回必ず何かしら変化があり、未経験なことも必ずある。

今回の滞在中、6月18日が満月だった。毎月陰暦の1日と15日、つまり新月と満月の日は、終日菜食になるという習慣がベトナムにある。仏教関係の習慣だが、必ずという決まりは特にない。だから、何となく私の感覚だと、40〜50人に1人やってるかやってないかぐらいの習慣だと思う。十四夜の日、いつも私たちの食事を料理してくれているニームさんという女性が、「明日は15日だけど、菜食にする?」ときいてくれた。私は、ベトナムで1日中菜食をしたことがなかったし、とても興味があったので、「是非」とお願いした。

明くる朝、出してくれたのが、上の写真のフォー(ベトナム風米粉のうどん)である。フォーは通常、鶏か牛。ベトナムでは豚も好んで食べられるが、不思議と豚のフォーはない。しかし、これは完全に動物性タンパクゼロのフォーだ。ヌクマム(魚醤)ももちろん使われていない。出汁は、キノコ類や根菜のなどからなる極めてサッパリとしたフォーだ。サッパリさもいいが、連日猛暑の中の仕事だったので、ちょっとした胃腸の休憩にもなる。こういうものは、スルスルと食べられる。もう毎日でもいいぐらいだけど、毎日にすると一緒に食事をするここの人たちもつきあわなければならず、なかなかそうもいかない。そして、下の写真は、昼食時。

中央左の肉のスライスのように見えるものやその右のハムのように見えるものは、いわゆる大豆タンパク。そして、見にくいけど右奥のエビを春巻きの皮で包んで揚げたように見えるものもエビの代わりにやはり湯葉の唐揚げのようなものが包まっていて、食感はまるでエビ。このようにいわゆるモドキ料理が多い。この傾向は、中国、台湾などにもあるが、肉や魚介類を食べたいところを菜食しているのだろうか。またはそれは一種の洒落のようなものか。モドキにしなくても、それはそれでおいしいんだけど。

この「カンホアの塩」の生産地、カンホアのホンコイ村は、かなりの田舎だからないが、ちょっとした町へ行くと、菜食の食堂は結構ある。“co'm chay”の看板が目印だ。“co'm”はご飯、“chay”は菜。毎年1〜2回は来るベトナムなので、要所には行きつけの“co'm chay”屋さんもある。また、全然知らない町でも、確率的に一番多いのは、お寺の近く。しかし菜食だからと言って、みんな同じような食堂とは限らない。味付けのセンスもその店次第だ。当たり前だけどね。インドもそうだが、アジア、特に暑いところには、菜食の習慣が多く残っている。宗教的な意味あいもあったりするが、暑いところは単純に消化のいいものがいいという面もある。身体が健やかだと気持ちも健やかな感じになる・・・・・。ん、それが宗教的な意味合いか。

2008年5月20日火曜日

海ぶどうの思い出 〜 その4(最終編)

飛び飛びになってしまったが、「海ぶどうの思い出 〜 その3」に続く「その4(最終編)」。「その2」で、下記のように書いた・・・・

そう、この家には5〜6人の子供たちも暮らしている。おばあちゃんに尋ねると、家が(学校から)遠い子供たちが、いわば下宿しているとのこと。この子たちは、この家の掃除・洗濯から炊事など全ての家事をやりながら、ここから学校へ通っている。そんな子供たちにおばあちゃんは、結構厳しい。「あそこが汚い。すぐに掃除しなさい」「この洗濯物、ちゃんと汚れが落ちてないじゃないか」。私にも、「この子ら、全く働きが悪い」などとぼやく。しかし私には「まぁまぁ、お手柔らかに」などと無責任なことは言えない。

・・・・豪傑なおばあちゃん、旧日本軍の言葉を話す校長先生、そして若い先生たちとの夕餉。会話が弾む。ただ、そのテーブルに並んだごちそうは、ここに下宿する子供たちが料理したものだ。そして私たちが食事している間は、その子供たちの姿はない。食事が終わると、子供たちはジャストのタイミングで登場し、皿を片付け始める。大人たちは、これから自由時間になる。だいたい自分の部屋に入る。田舎だから、外は街灯などなく、外に出かけるような感じもない。私も自分にあてがわれた部屋に入って、ベッドの上で本なんかをパラパラ始める。その部屋の窓は、食事をした中庭に面していて、白いレースのカーテンが掛けられている。カーテン越しに後片付けが終わったような雰囲気を感じると、電気が消え始め、暗めの裸電球が一つだけ残った。すると、子供たちの楽しそうな声が静かに響き始めた。その声は「抑えられた」楽しい声で、ひそひそ話に近い。タガログ語だから、何を話しているのか分からないが、「抑えられた」楽しいそうなひそひそ話というのは、非常に気になる。でも、ここで私が部屋を出て、その裸電球の下に行くのはさすがにはばかられる。カーテンをそっとずらして見てみるが、子供たちの影が動いていることしか分からない。たぶんそのときで9時か10時ぐらい。どうも気になって私は眠ることができず、11時過ぎぐらいだろうか、裸電球が消え、子供たちの声がしなくなってから眠りに入った。

しかし、次の夜。好奇心にあおられた私は、意を決して、部屋を出、裸電球の下に歩み寄った。子供たちは、思いの外、あっさりしていて、「あら〜、日本人のお客さん」といった表情でニコニコしている。この子たちの笑顔を初めて見て、嬉しくなった。そして、私は裸電球の下に視線を移すと、そこにあったのは、教科書。ガリ版刷りだ。みんなの朝食の支度を終えて、学校へ行き、午後に帰ってからは掃除や洗濯、買い物など。そして夕食の支度に片付けと忙しい時間を過ごし、最後の寝る前の1時間ほどがこの子たちの自由時間なのだ。おそらく電気は最小限に使うよう言われていると思う。その薄明かりの下で5〜6人の子供たちは勉強する。でも、仲間が一緒だから、教科書を開いていてもついついふざけあってしまう。大きな声ではしゃぐと怒られるだろう。そこで、その声は「抑えられた」ひそひそ話風になる、というわけだ。

私は、「がんばってね」という気持ちを持って片言の英語でつまらない話をすることしかできない。「がんばってね」を直接言葉にすると、とても陳腐に思えるから。「good night」と言葉を残して、私は部屋に戻った。子供たちの声は続いているが、この夜は心地いいBGMに感じながら、眠りに入った。

「海ぶどうの思い出」終わり

2008年4月23日水曜日

アースデイ東京に行ってきた


数年前から、毎年4月の中旬の土日に開催される、アースデイ(地球の日)のイベントが先週末東京の代々木公園イベント広場であった。「地球のことを考えて行動する日」がテーマだ。基本的に、会場では食べ物・飲み物の容器は自分で持ってくる。そして、環境が考慮された商品・サービスのブース、また環境問題に関わるNPO・NGOのブースが軒を並べ、屋外のステージでのコンサートなど企画も盛りだくさん。詳しくは、こちら


さて、私はというと、自分がプロデュースしている「カンホアの塩」のブースを、毎年このイベントに出展している。普段、ベトナムの生産地や日本の販売先の人たちとの関わりはあっても、「カンホアの塩」を使ってもらっている一般の方たちと直接話ができる機会はあまりない。だからこの出展は稀少だ。実は、このイベント、「アースデイ」という看板を掲げる前にも、同じ場所で似たようなイベントが行われていて、私はその頃から出展している。だから、もう10年ぐらい毎年この会場に来ていることになる。そんなこともあって、毎年うちのブースを訪れてくれる方もいて、年に1回だけど、徐々に仲良くなっていくのもおもしろさのひとつだ。

このイベントの一番おもしろいところは、ちゃんと自分の感覚を持っている来場者が多いこと。だから「カンホアの塩」のブースを訪れた方に、最初から商品の説明はしない。最初は、「どうぞ」と「カンホアの塩」を一粒なめてもらうだけ。それで(無言で)ブースを去っていく方もいれば、そこから詳しい説明に及ぶときもある。格好よく言えば「出会いは一粒の塩」。それがキッカケで、会話が始まり、実はその方と共通の知人がいたりするときもしばしば。そんなことを繰り返していると、そのうち何となく今とは違う将来を少し感じられる。それが気持ちE。古いな。3年前のアースデイでは、ステージで忌野清志郎が格好よく歌ってたっけ。