2015年7月29日水曜日

サイゴンのバラータと4種の花のピザ

今年の4月のエントリ(ベトナムのコンデンスミルクとおいしいチーズ)で、ベトナム・サイゴン(ホーチミンが正式名称)にあるピザ屋さん、4P's(フォーピース)に触れた。「うまい」という噂を聞きつけて訪れた。このピザ屋で使っているチーズは全て、ダラットのチーズ工房で作られている。きょうは、その続き。

先のエントリでは、定番とも言える、「マルゲリータ」のことを書いた。で、私たちは、今年1月の来訪時、「マルゲリータ」の他に、「バラータのピザ」と「4種の花のピザ」というのを注文した。このお店では、「マルゲリータ」よりも、他の2つの方が印象に強く残っているので、それらについても書かねばならない。

ということで、まずは、「バラータのピザ」。バラータは、モッツァレラが巾着のようになっていて、内部の濃厚なミルクを包んでいる。テーブルにサーブされた直後が下の写真。生ハム、ルッコラ、生トマトの上にちょこんとのっていて、オリーブオイルがかかっている。
そしてサーブしてくれたお兄さんが、慣れた手つきでナイフとフォークを使って、放射線状にバラータを切ってくれる。中身の濃厚なミルクはピザの上にトロッと広がる。
これみて思い出したのは、5年前に行った、イタリアはイタリア南部のオストゥーニのレストランで食べたバラータ。あれもうまかった。そこでは、バラータにはシンプルにザクロが添えられていた。その写真が下。日本では食べたことがない。日本では作られていないのだろうか。またはあんまり輸入されていないのか。いずれにしても鮮度が大事そうなチーズだ。
イタリアでのシンプルな食べ方もよかったが、4P'sの生ハムと一緒にピザで食べたのは、とってもリッチなおいしさ。中の濃厚なミルクとフレッシュなモッツァレラの味、それとともに生ハムの旨みたっぷりの塩分とルッコラの淡い苦味が口の中で広がる。こんなに贅沢していいものかと思うぐらい。4月のエントリでも書いたが、生地もちゃんとおいしい。「ベトナムでこれが食べられるから」ということではなく、とてもおいしい料理だ。

そして、次はまったく別のおいしさ。「4種の食べる花ピザ」が下の写真。モッツァレラの上に花がのっている。
そして、花(らしきもの)を並べてみたのが下の写真。左から3番目はカボチャ、一番右はニラのようだった。
マルゲリータ→バラータのピザ→花ピザの順でサーブされて食べたのだが、バラータのピザがあまりに濃厚でリッチな味わいだったためか、この花ピザを食べたらホッとした。花ピザというと派手なイメージもあるかも知れないが、これらの花は、いろんな淡い苦味を持った山菜のような素朴な味だ。私はまだ食べたことがないのだが、ベトナムには、「花鍋」なる鍋料理がある。この「花ピザ」は、おそらく「花鍋」に着想を得て考え出された、ベトナム独特のものではなかろうか。

また、「花を食う」で思い出すのは、「戦場のメリークリスマス」という映画の中で、デビッド・ボウイ演じる捕虜が花を食ったシーン。それを見たビートたけし演じる日本兵の「貴様、花を食うのか!」という台詞があったような。詳しくは忘れたが、とにかく周りはその行動にビックリし、そのときを境にその映画の中の重要な価値観が変わったような記憶がある。遠い記憶だが。日本でも、カボチャやアカシアの花の天ぷらを食べたことがあるが、「花を食う」ことはどこか特別な気分がするものだ。

こうしてすっかり満足してしまった、ベトナムはサイゴンの4P'sのピザ。次行ったら何を注文しようか。たしか、クワトロフォルマッジ(4種のチーズのピザ)なんかもあったな。あっそうだ。「4種の食べる花ピザ」の4種はここからの着想か‥‥。

2015年7月28日火曜日

梅酢ドリンク

猛暑、猛暑、猛暑。
こんなに暑くていいのか!

確かに猛烈に暑いのだが、梅干しを作っている人なら、待ち焦がれたカンカン照りとも言える。梅雨が明けてのこの強烈な陽差しは、梅干し作りには欠かせない。年によっては、ほんの数日間しかカンカン照りの猛暑がないことがある。たまたまその数日間の自分の都合が悪いとカンカン照りの下の土用干しは出来ないことになるのだ。

だから、梅を土用干し用のザルに並べ、この強烈な陽差しが梅干しに当たっているのを眺めていると、「よくぞここまでカンカン照りになってくれた」との思いがよぎる。このときばかりは、暑さがうっとおしくなくなるのだ。これは梅干しを作っている者の特権のような気がする。

そして、梅干しを作っている人にとってのもうひとつの特権。それがこの「梅酢ドリンク」だ。ただ梅酢を水で割るだけ。炭酸水割りもいい。もちろんオプションで氷。赤ジソの色も鮮やかだ。私は、外出時、水筒に入れても持って行く。これをつい去年の夏に思いついた。今年は、炎天下でサッカーしている息子にとっても必需品になっている。私は、梅干しを作り始めて15年目ぐらいだが、これまで梅酢は結構余りがちだった。何でこんなおいしくて、こんな簡単なことを、去年まで思いつかなかったのだろうとつくづく思う。唯一のコツは、最初は梅酢を入れ過ぎないこと。ほんの少しだけ。ゴクゴク飲めるように。この猛暑の中、欠かせない水分&塩分補給を、梅のクエン酸、赤ジソのアントシアニンなどととともに出来る。また糖分もないので、食欲増進にも繋がる。最近流行りの「経口補水液」の味を、好きになれない私にとって、とても有り難い。

私の梅干しは、きょうで土用干し2日目だが、梅酢は、土用干しを始めると瓶詰めされ、使い始めることが出来る、いわば梅干しの副産物だ。つまりは、梅干しの「汁」。我がカンホアの塩のサイトでも、梅酢の使いみちとして、「赤梅酢ご飯」と「本物の紅生姜」を載せているが、去年思いついた水で割るだけのこの「梅酢ドリンク」は、その究極の使いみちのように思う。

飲み物のおいしさには色々あると思うが、「梅酢ドリンク」のおいしさは、「上品でさっぱりとした味」のおいしさだ。これ以上さっぱりした飲み物が他にあるだろうか、とさえ思ってしまう。

ところで、「梅酢ドリンク」という名前がダサイ。例えば「梅酢ジュース」の方が聞こえはいいのだが、用途としてはゴクゴク飲むスポーツドリンクに近いので、やっぱり「梅酢ドリンク」か。梅・塩・赤ジソの梅酢と水だけの原材料、それも自分で梅干しを作った人は、それらの原材料は自分で選んだものだ。だから、「梅酢ドリンク」は、自分で梅干しを作った人の特権とも言えると思う。糖分フリーなところは、スポーツドリンクとは異なることを付け加えておきたい。

この時期、梅干し自体もとってもいいのだが、水分が欲しくなる。この「梅酢ドリンク」は、水分も同時に摂れるというスグレモノ。梅干し作っている方には特に、一度試してもらいたい。梅干し作っていなくても、作っている人に分けてもらうか、市販のを買うかして試してもらいたいサッパリ感です。

2015年6月29日月曜日

上履きのデザイン

どこにでもある小学生の上履き。これは2年生の息子のものだ。この「足の甲に幅広ゴム」のデザインは私が子供の頃から変わらない。今から4年前、息子のお姉ちゃんの小学校入学当時、久しぶりにこの上履きを見てふと思ったことあった。

「あー、今でも小学生の上履きのデザインは変わらないんだ。でも、何で、昔からこのデザインなんだろう?」

その答えとして、当初、私が思ったのは、「このデザインが一番履きやすいからだろう」だった。確かにそれは間違いないだろう。でも、毎週のように、この上履きを洗い続けて4年ぐらい経った一ヶ月ほど前、突然、別の理由に気がついた。

上履きに限らず、スニーカーなど靴を洗うときは、写真のような、柄の付いた靴洗い用のブラシで洗うのだが、子供の上履きは一週間毎日履くしとても汚れる。その汚れをゴシゴシ洗っていると、靴内部のつま先部分は洗えるのだが、どうしても足のカカトの部分、靴のカカトではなく、足のカカトが踏む靴の中の底の部分が洗いにくく、その部分の汚れがどうしても残った。ブラシ先端の狭い部分を靴のその部分にあて、ブラシを立てて擦るのだが、うまく擦れないのだった。

軽いストレスを感じながら、「しょうがないな」と思い、4年が経った。

そして一ヶ月前のあるとき、気がついた。ブラシを反対向きにして、つまりつま先の方から幅広ゴムの下を通して、カカト方向に向かってブラシを擦ればいいんだー、と。それが冒頭の写真である。こうすると、ブラシの広い部分を使いながら、足のカカトが踏む部分を容易に擦ることが出来た。

もう50年も前からこの上履きを見てきて、この上履きのデザインの意味を初めて知った思いがした。先述のとおり、履きやすさもあろう。でもそれはこのデザインの半分で、もう半分は、洗いやすさだったんだ、と思った。

思えば、私が小学生の頃は、上履きを含め、自分で靴を洗うようなことは一度もなく、親に洗ってもらっていた。数十年後、今度は自分が子供の靴を洗うようになって、その汚れに苦労している。その段になって初めて、洗い方を考え、ハッとあるとき、「なんだ、こうすればいいじゃないか」と気がつく。そして、改めてこの上履きのデザインを眺めてみると、別なモノに見えてくるから不思議だ。「よーく、考えられているなー」と、今さらながら感心した。

この上履きのデザインの場合、何年か洗い続けたことがキッカケで気がついているのだが、何年も洗い続けるまで気がつかなかった自分がいるのも事実だ。そう思うと、こういうことって身の回りにたくさんあるような気がしてきた。昔から身近で見慣れたようなものながら、それまでその意味や価値に気がつかずに、または部分的にしか気づかずに、長い時間が経過してしまうことって。それに気がつくだけで、便利や、ときには幸福感まで享受できるというのに‥‥。

気づいていないことに気づくこと。それは難しい。人間にとって、気づいていないことは無に近いからだ。「近い」というのは、潜在的には、「きっと気がつく」という希望的観測から。だから、ただの「無」なのかも知れない。

下の子が、小学校を卒業するまでに、あと5年。上履きを洗う度に、自分に問いかけてみる。「ここにブラシを突っ込んで洗うことに、何年も気がつかないぐらいなんだから‥‥」、身の回りに、保護色になって見えないことはないのだろうかと。未だに気がついていないだけで、必ず、あるんだと思う。

2015年6月22日月曜日

醤油小屋

 3月17日のエントリで、搾り師の醤油搾りというのがあった。そのときは、文字通り、醤油を搾った際のもの。で、搾り終わって、一升瓶に詰めると、樽が空く。そして、4月、次の、つまり今年の仕込みが終わった。

で、3月の搾りの際、搾り師の天野次郎さんは、搾る前のモロミを味見した後、アドバイスしてくれたことがあった。

「夏場の温度が少し足りなかったかも知れないですね」

2014年4月25日のエントリ、手造り醤油でも触れたが、この萩原忠重さんが考案した醤油仕込み方法の最大の特徴はここにある。通常の醤油仕込みは、夏場の温度上昇を抑えるため、冷暗所で行われるが、私たちが行っている製法では、夏場は、直射日光に当てる。いや、直射日光に当てるだけでなく、温室内などに置いて、さらに温度を上げるのだ。

またもう一点。搾り師の方々は、冬場、軽トラに搾り器を積んで、いろんなところへ搾りに行く。だから、それらいろんな状況で仕込まれたいろんなモロミを見てきている経験が蓄積されている。だからこそ、こうしてアドバイスしてもらえるのだ。今年の搾り後、私は天野さんに「いろんなモロミを見ると勉強になりますよ」誘われて、他のモロミの搾りを見学に行ったことがある。夏場は陽に当てるなど、製法の概要は共通だが、あまりにも違うモロミで驚いた。つまり、搾り師は、搾るだけでなく、仕込みのアドバイザーでもあるのだ。

去年まで、私たちは、南向きの軒下に仕込み樽を置いた。雨もよけなければならないので、軒下だった訳だが、一番陽が高い頃だと(つまりちょうど今頃から)、しばらくの間その軒下は軒の影になってしまっていた。その軒下を貸してくれている友人もそれに気がついていた。さらに、閉じた空間ではなかったので、天野さんの「温度が少し足りないのでは?」にはとても説得力があった。そして、その言葉が耳にこびりついた。でまぁ、梅雨前でかつ「これから暑くなるぞー」という5月末についに冒頭の写真の醤油小屋を作る運びとなった。

こうして、偉そうに私は「醤油小屋」だの「夏場の温度」だのと書いてるが、場所は、その友人宅だし、原材料の手配や仕込みの段取り、普段の攪拌もほとんどはその友人にお願いしている。なので、「こんなときぐらいは‥‥」ということで、5月末に私も参加して、その小屋(温室)作りに携わることになった。幸い、その友人は非常に器用な人で、役目を終えた古い枕木を主材料にして、でっかい自分の家までも作っちゃった人。この醤油小屋も私の猫のような手が加わっただけで、すんなりと出来上がったのだった。

冒頭の写真は、私がその友人宅を後にした際のもの。あとは横壁のビニールシートを貼って完成というところまでこぎ着けた。そして、下の写真が、後日の完成後。中に、モロミの樽が鎮座されてる。
私はベトナムで「カンホアの塩」という塩を作っているが、それにも少し似ているところは、自分が望むものを作るためには、それを作る設備を作らねばならないこと。私の場合は、「カンホアの塩」を作るための塩田などある訳だが、それを作っていると、塩を作っているんだが、塩田を作っているんだか分からなくなるときがある。この醤油もそれに似て、醤油を作っているのだが、せっせと小屋を作らなければならない。

余談だが、「カンホアの塩」に【石窯 焼き塩】といういわゆる焼き塩があるが、その石窯は、この醤油を仕込んでいる「友人宅」のその友人本人に、設計から施工、そして焚き方指導までお願いしているのだった。彼の名は、黒澤有一。陶芸家でもある。上の写真の醤油小屋の裏手には、彼自作の登り窯がある。(クイズ:チラッと煙突が見えているけど、どれかな?)

来年春先の搾りには、出来たら、今年来てくれた搾り師・天野次郎さんにまた来てもらいたいなー。今から、「今年のはどお?」ときいてみるのが楽しみだ。

2015年6月15日月曜日

ネキリムシと家庭菜園

我が家の庭の小さな家庭菜園。半分は今流行りのグリーン・カーテンということで、窓際の畑。4月末に、ゴーヤ、朝顔、フウセンカズラの種をポットで発芽させた。これに庭中央の普通の畑にと、バジルもポットで発芽させ、さらにトマトとピーマンの苗をホームセンターで買ってきて、みんな一緒に5月半ばに植え付けた。

すると、その2〜3日後から、毎日のように、ゴーヤ、バジル、朝顔、フウセンカズラの苗が根元で茎が切られていた。冒頭の写真は、バジルの根元の茎が切られた様子。これが次から次へと毎日続き、植えた苗はどんどん減っていった。実は、去年も同じようなことがあったので、種からのものはポットで必要量の2倍ほどを育てておいた。一週間ほど毎日根元で切られると、週末それらを補うように、少しずつ植え足した。それでも、毎日切られる茎また茎。

去年は、そんなことしているうちに、何とか苗は育っていったが、今年はちょっとレベルが違う。だんだん気分も滅入ってきた。いったい誰の仕業だ。虫か、鳥か、はたまたのら猫か? まずは、薄めた木酢液なんぞをスプレーでシュッシュを何日か続けてみたものの効果なし。

そして、一昨日の土曜日の朝、ターニングポイントは訪れた。それなりに育って太くなっていたトマトの茎までもが、何と、無残にかじられていたのだった。これまでは、バジルやゴーヤなど概ね細い茎が切られていたので、虫か、鳥か、猫に「切られた」って感じだったのだが、これは明らかに「かじられていた」。それが下の写真。根を土から抜いて、葉っぱを落としてしまったが、3箇所かじられおり、一番下のところで「かじり切られている」。

このかじられた痕を見て、「このままいくと全滅だ」と感じた。いつもは「趣味なんだから」と、ゆるーい気分でやって何となくうまくいってた家庭菜園も、こうなると真剣になって、ネットで調べる気になった。

どうやらその犯人は、通称ネキリムシ。「根を切る」虫なので、ネキリムシなのだが、我が家のこのケースは、いくつかいるネキリムシの中でも、カブラヤガの幼虫らしい。ネットで調べたのは、昨晩、とっぷりと日の暮れた8時ぐらいだったが、日中は地中2〜3センチのところに潜み、夜行性とのことだったので、早速暗い中、懐中電灯を持って畑を見に行った。

小さな園芸用のスコップで土をちょいちょい掘ってると、いたー。出てきた出てきた、ネットで見たのと同じ虫。2匹捕獲。大きいので4センチぐらい。こりゃ木酢液なんかじゃダメなわけだ。一見ただのイモムシなんだけど、こいつらがこれまで1ヶ月ほど毎日のように、苗をかじっていたかと思うと、「ただのイモムシ」でなく、「害虫」に見えるから不思議だ。じぃーっと観察。色は土色、しっかり保護色だ。そして、翌朝、再び畑を見に行くと、またバジルが2本切られていた。そして、再び土を掘ってさらに2匹捕獲。それが下の写真。
無論、このカブラヤガの幼虫も、必死に生きているのだからと思うと、無碍に殺せない。‥‥と思いながらも、この4匹の幼虫を、どうしようかと2年生の息子と相談すると、「夕方に、近くの疎水にいる鯉にくれてやろう」と話しがまとまった。

サムライ菊の助「畑日記」を読んでると、最近のエントリでは、「アナグマに食われてジャガイモ全滅」とか、「キャベツはモンシロチョウの幼虫に食べさせる(一個は残してください)」などあるが、頭が下がる。しかし、本当はそれを「頭が下がる」と特別視せずに済む世の中になって欲しい。「アナグマに食われたぁ〜? そんなのよくある話しよ」なんてね。何しろ日本は世界で一番農薬を使う国だと言うことを忘れてはいけない。

話しをネキリムシに戻すが、来年は、定植前に、土を注意深くふるいにかけよう。家庭菜園とはいえ、自分ちの作物が深刻な害にあうと、つい「ここに農薬を使う理由があるな」と思ってしまう。ここで心を一度ニュートラルにしてから、今夕、鯉のいる疎水にカブラヤガの幼虫を投げに行こうと思う。2年生の息子は何を感じるだろうか。

最後に、このカブラヤガの幼虫について、とても分かりやすいサイトがあった。文末は、「まずは日頃畑に雑草を繁茂させないこと。繁茂したら、土中のネキリムシが絶食死するよう、除草剤を撒く」なのだが、ネキリムシについて、とてもよく分かったので、ご参考まで。

●カブラヤガ・幼虫はネキリムシの真犯人
http://www.foocom.net/column/pest/3668/

2015年5月15日金曜日

木更津の潮干狩り(おまけ編)〜渋滞とビール

木更津の潮干狩りについてのエントリが続いたが、最後におまけ編として、交通渋滞について。ピークと重なったときは、それはそれは大変なものだ、という体験談だ。

潮干狩り場の選択、当日の天候や料金など、潮干狩りの要素はいろいろあるが、特にゴールデンウィーク中の潮干狩りとなると、この渋滞の要素は重い。

私たち家族は、東京の立川出発7時半の木更津へのバスツアーだった。往復とも一番前の席だったので、添乗員がiPodでリアルタイムの渋滞情報をチェックしながら、運転手と相談しつつルート選択している様子が手に取るように分かった。いろんなルートがあるが、各分岐点の5分前ぐらいまで様子を見てから決めていた。

結局往路は、立川→中央高速→首都高・三宅坂→平和島→大師ジャンクション(で、わざわざ一度高速を降りて)→(あえて一番近くない入口から)東京湾アクアライン→木更津、のルート。大まかには、湾岸経由のルートもあったが、ディズニーランド渋滞がすごかったらしい。また出来たばっかりの中央環状線も通らなかった。何しろアクアライン経由で、まー何とか3時間半。その日は、木更津の浜に潮が満ちてくるのが午後1時半だったので、何とかギリギリ2時間の潮干狩りが出来た。復路の途中、添乗員からの情報によると、この日、都内発の日帰り潮干狩りのバスツアーで、4台のバスが、渋滞で干潮に間に合わず、潮干狩りが出来なかったとのことだった。それをマイクで客に知らせる添乗員は誇らしげだったし、私たちは「ラッキー」と思わないわけにはいかなかった。渋滞は、ときには潮干狩りが出来なくなるぐらい重い要素なのだ。

そして帰路。潮干狩り場の潮が満ちてきた1時過ぎから昼食をとっての3時ぐらい、つまり最も渋滞するであろうタイミングでの、東京湾アクアラインの入口。潮干狩りを終えた車を始め、大量の車がアクアラインに集中した。この渋滞が凄まじかった。渋滞に到着した直後は、30分してもバスは動かなかった。添乗員が「トイレが心配です」とマイクで言う。たまたまその道路の脇に量販店があり、乗客はそこのトイレを拝借となった。トイレへ行っても、何メートルしか動いてないから、よく言えば楽チンでバスに戻ってこれる。分かりますか。この渋滞は、アクアラインの入口を中心に、タコ足状のびているから、その末端はほとんど動かない。そして、少しずつ進み始めると、かなり徐々にではあるが加速度的に進む。そういうタイプの渋滞だ。そして1時間後、数十メートル進んだバスは今度はコンビニのすぐ横に。添乗員がそのコンビニにトイレがあるかどうかを事前にiPodでチェックしていた。「はーい、そのコンビニにはトイレがあるみたいです。行きたい方は必ず行ってください。今度はいつになるか分かりませんので」。私は、トイレ拝借後、マナーとして、アイスクリームを一個買った。

まー、こんな具合だから、気持ちとしては、「きょうは家に帰れるのかなぁー」っていう感じ。この潮干狩りを計画した当初は、自家用車で行こうと思ったが、渋滞が気になり、バスツアーに切り替えた経緯がある。そのときは、「自分で運転しなくていいんだ。ちょっとやそっと渋滞しても、ビールでも飲みながらダラダラしてたらいいや」などと考えていた。でも、それは全くの誤りだった。

まず第一に、通常は都内から1時間ぐらいのバスツアーのバスにはトイレがない。そして、ひどい渋滞と言っても、現実的には、可能性としていつ動き出すかも分からないという状況が続く。つまり、ビールなんてもっての他。酒類であれば、せいぜい蒸留酒をチビチビやるぐらいが関の山。でも、私の場合、蒸留酒をチビチビやると、水を飲みたくなるし、何しろ酔う雰囲気でもなく、酒類は飲めない。「ビールでも飲みながらダラダラしてたらいいや」なんて夢のまた夢だった。

・・・・てなことを思いながら、渋滞中のバスに乗っていたら、継続的に少しずつ動き始めた。東京湾アクアラインの入口が近くなってきた頃だった。帰路のバスに乗り込んでから、3時間以上が経過していた。出発してから2キロは進んだろうか。もうすぐ日も暮れる。アクアラインに入ると時速20〜30キロぐらいで動き出し、海ほたるへ入った。自家用車の長ーい車列を横目に、バスは大型車専用の駐車場に入れるので、スーイ・スイ。このときばかりは、バスでよかったと思った。

冒頭の写真は、海ほたるへ入る直前のアクアラインで撮った都心。砂漠の蜃気楼のように幻想的だった。でも、これを見るために連休中にアクアラインにのりたい程じゃぁーないが。

さて、ゴールデンウィークの干潮時に是非とも木更津へ潮干狩りに行きたい都内の貴方へ伝えよう。

1.最悪なのは、渋滞を考えずに自家用車で行くこと。
2.それよりは、バスツアーが楽。(クラブツーリズムの添乗員のお兄さんは、「潮干狩りは、バスツアーですよ」と自信ありげだった)
3.バスツアーでも、ビール一缶も飲めないのが嫌な貴方は、電車を考える。(私は経験がないが、すいてるハズはない。木更津駅からの渋滞には気をつけた方がいいだろう)
4.自家用車なら、思いっきり早くに出発し、潮干狩り場に一番に入り、一番に潮干狩りを済ませ、とっとと午前中などに帰路につくべし。無論、思いっきり早く出発したつもりでも、渋滞などに巻き込まれ、潮干狩り場に一番に入れないときもあるだろう。それが心配なら、木更津には、前日に到着し、一泊して、是が非でも一番に潮干狩り場入りをし、のんびり昼飯なんて考えずに、帰路につくしかない。

Good Luck.

木更津の潮干狩り(本編)〜貝の固まりと網袋

さてさて、先のエントリの続き、木更津の潮干狩りだ。私は小学生のとき以来なのだけど、そのときの経験を覚えていて、それが役に立った。今も昔も変わらなかった。それがよかったか悪かったかは別にして。

先のエントリ冒頭の写真のように、あれだけの人が潮干狩りをしているのだ。アサリ・ハマグリは自生ではなく、当然のことながら、人の手で撒かれているだろう。潮干狩り場の干潟に入った私たちは、まずは足下の空気穴がポツポツ空いているところを熊手で掻く。誰もが掘ったような場所だ。これを続けていると確かにたまに捕れるのだけど、たくさん捕ろうとしたら、こんなことしてちゃダメだ。私は、カミさんと子供2人をもっともっと人が来てないような入口から遠くの場所へと誘う。でも、3人は、たまに出現するアサリが嬉しいので、私に文句を言う。「私たちを置いて一人で勝手に行くな」と。それでも私は一人でどんどん遠くへ行こうとする。「こんなところにいては、MAXの6キロは捕れないぜ」と一人でも私はどんどん進む。バスツアーなので時間が限られている。特に、この日は、何でもない日なら東京から1時間で着くところを3時間半かかっている。とまぁ、欲と隣り合わせのストレスを感じながらも、帰り時間は迫ってくる。

そして、ついに、到着した。撒いたであろうアサリ・ハマグリの場所。それが冒頭の写真だ。分かりますか。この固まり。熊手が置かれているあたり。

もしも私がここで貝を撒く仕事をしていたら、どうやって撒くか、想像してみる。それは、潮が満ちて干潟に十分な海水が満ちてから、船で移動しながら撒くだろう。撒くときは、アサリやハマグリを一粒ずつ撒いていたら日が暮れる。おそらく、バケツのようなものに一杯にして、水を撒くようにバサーバサーと撒くだろう。ということは、そのバケツ分のアサリが固まっている場所がある、ということになる。それが上の写真なんではなかろうかというのが私の推測だ。そして、ひとつの固まりを見つけると、その2〜3メートル先には、また別の固まりがあったりする。おそらく次に撒いたバケツ分の固まりだ。

もう少し写真をアップにしよう。
もう、貝と貝がくっついてギッシリと砂に埋まっている。こうなるともう探す必要はない。この場所を見つけたら、ただただ貝を網袋に入れ続ければいい。

でもね。
そもそも潮干狩りってこういうものだろうか?

たまたま、この固まりを見つけた隣合わせた家族のお父さんが、「おーい、こっち来いよ。いっぱいあるから。どんどん捕れるぞー」と興奮気味に娘さんを呼んでいた。すると、彼女は、「えー、パパ、この貝おかしいよ。こんなに固まりになってるハズないじゃない。気持ち悪いからこの貝捕るの止めようよ」。そう言われたお父さんは「そぉかー」とか言いながらしばし捕り続けた後、残念そうにその場を立ち去っていった。

んー、難しい。「この潮干狩り場の貝は、みんな人が撒いたもんだよ」と、わざわざ子供に言うのもねー。かと言って、せっかく来たのだから、捕れるだけ捕ったるぞーという気持ちにもなる。少数でも「見つけた感」を大事にするか、ガッツリ捕って充実するか。裕福系の家族は前者であり、貧乏系の家族は後者なのかな〜。

うちの子供たちも、その隣合わせた家族の娘さんのように、固まりに着くと、それまでたまに見つけてたときの「見つけた感」は完全に薄れ、砂遊びを始めたりしている。まー、「気持ち悪いから止めようよ」とまでは言わなかったし、貧乏系のカミさんと私は、ひたすら貝を捕りまくった。「何のために来たのか? 子供たちが潮干狩りしたいって言うからさ‥‥」と自問自答をしながら。それでも時は過ぎ、バスに帰る時間が迫り、計測場へと向かった。そしたら、何と計ったようにMAXピッタリの6キロ。ああ、貧乏系の満足感。下の写真はその一部。これで3キロぐらいかな。
そして、下の写真が、翌日自宅で砂抜き中の6キロのアサリ(と、少しのハマグリ)。塩はもちろん「カンホアの塩」。きっちり計って、海水と同じような3%の濃度にする。
活き活きと潮をピューピュー吹いてるアサリたちを見ていると、子供心が湧いてきて楽しくなる。似ているが、ひとつひとつ違う柄なところがたまらず、見ていて飽きない。まるで公園の鳩の群れのようだ。中にはカタツムリのように歩いてるアサリもいる。ちなみにこのステンレスのボウルは業務用で、直径70〜80センチほどある。一家族にとって6キロは大量だ。一家族だけで食べるなら、大きめの冷凍庫が必要になるだろう。我が家は、ここぞとばかりに、近所にお裾分け。連休中だったが、運よく、隣近所の多くが出掛けていなかった。もちろん生き物だ。今回はたまたま近所が在宅だったが、たくさん捕る気で潮干狩りに行くのなら、あらかじめお裾分け先に当たりをつけておいた方がいいかも知れないと思った。

そしてレアなハマグリはこれ。
こうしてじっくりと見てみると、「ハマグリ」は、「浜栗」から来てるのかと思った。よーく見ると形はアサリとは明らかに違い、栗のような形をしている。ご覧のとおり貝の柄もアサリとは異なる。また、ややスベスベした手触り。

さて、話しは潮干狩りだ。そう忘れちゃいけない、この6キロをクーラーボックスに移した後、海水を入れるのだ。カートがなく、15〜20キロぐらいになったクーラーボックスのベルトを肩に掛け、ひたすら高く長い橋を上り、歩いた。私は4〜5度は休憩したな。天気がいいのも考えものだと、汗をぬぐう。

ところで、橋を越えてからバスの駐車場への短い道の端で、地元の人たちが潮干狩りグッズを露店で売っていた。行きしなにもここを通ったのだが、そのときは、橋を越えたところの潮干狩り場の入口に、レンタルの熊手があって、捕った貝を入れる網袋も売っていると聞いていたので、この露店は素通りした。でも、その網袋がとってもオシャレだなと思った私は、潮干狩りが終わったこの帰りしなに、この店に立ち寄った。
上がそのオシャレな網袋の写真。左が、潮干狩り場入口で買ったもの。そして、右がその露店で買ったもの。どちらも同じく200円。右の方が断然しっかりしているのが写真でも分かると思う。私たちは左の華奢な方を実際に使ったのだが、貝で満たされた網袋は破けた。右のしっかりした方だったら破けなかったかも知れない。

で、どっちにしてもこのエンジ色の網は、昔はえらく普通に漁村にあったものだが、最近はとんと見かけない。また、その網に付けている竹を編んだ輪っかも趣がある。すっかり気に入った私は、店のオジさんにそのことを尋ねた。すると「そうなんだよ。これは昔使っていた網でね。今じゃ使ってない。で、この網袋は、(潮干狩り用に)特注で作ってもらってるんだよ」とのことだった。潮干狩りは終わったものの、こういうのを見つけると、どうしても買いたくなる。潮干狩りとは別の使い方を考えるのが好きだ。例えば、庭で摘んだハーブ類などをこれに入れて、ぶら下げておけば、うまく乾燥できそうだし、旅行用の小物入れにもいいかな‥‥、てなこと考えていたら、バスの出発時間が迫ってきた。バスの前で添乗員のお兄さんが手招きしてる。バスに急ぐ。

次は渋滞編。考えようによっては、ゴールデンウィーク中の木更津の潮干狩りは、これが一番のキモかも知れない。