先のエントリ、しゃぶりつき生乳の続き・・・・。
「乳を飲む」ということはどういうことなんだろう?
子どもは、「乳飲み子」から、いつしか「乳離れ」する。そして一度「乳離れ」した後は、拒絶するものだ。しかし、牛乳は大人になっても飲み続ける。
私は、想いやりファーム、長谷川氏と話していて、思い出したことがあったのできいてみた。
「牛乳は、牛の赤ちゃんのための飲物なのだから、人間には合わない(飲まない方がいい)という話を聞いたことがありますが、どうなんでしょう?」
すると、(昼食中だったこともあり)目の前のご飯を指さして、
「では、お米は誰のためのもの(植物)でしょう? 特に決まってこの世にある訳ではありませんね。乳もそれと同じで、特に誰のものと決まってこの世にある訳ではないですよ」
なるほど。そりゃそうだ。ハチミツだって同じことが言えよう。
ところで私は、25年ほど前、インドを旅行したことがキッカケで、2年間ほど、(インド流)ベジタリアンだったことがある。インドのベジタリアンは、ミルク、乳製品(非レンネット)を食すベジタリアンだ。そのインドの旅行中に知った、インドのミルク・乳製品については、以前このブログでも書いたが(下記参照)、今思えば、「想いやり生乳」と関係深く感じる。
●牛を語らずしてヨーグルトは語れず(2013年3月19日)
上記エントリで、インドのミルクが日本より格段にうまい理由は、「最低限の加熱」と「(放し飼いで)ストレスが少なく、(変な飼料ではない)いい食生活をしている牛」と書いた。上記エントリの時点で、私は「想いやり生乳」を知らなかったが、「想いやり生乳」はそれはと繋がった。
「想いやり生乳」は、「最低限の加熱」さえしてないし、長谷川氏曰く、
「牛にストレスを与えないんです。牛小屋へ入らせるにも、お尻を叩いたりしない。自分で入るまで待つんです」
そして、食べ物。「想いやり生乳」の牛の食べ物については、冒頭の写真にもあるが、そのビンにある記載を下記に引用します。これ以上のものはないかも知れない。
「牛への配合飼料・遺伝子組み換えや動物性飼料、牧草への農薬や肥料は使用していません」
この点、インドの牛は、草だけでなく新鮮な野菜くず(おそらく農薬使用)なども食べるから違う。ただ、日本の一般の乳牛の飼料と比べたら、かなりマシだとと思う。
だから、インドのミルクは日本の一般の牛乳より格段にうまいのだ。そして、だからインドの町では、牛が放し飼いにされているのだ。
改めて、「乳を飲む」ということを考える。
子どもは、「乳飲み子」から、いつしか「乳離れ」する。そして一度「乳離れ」した後は、拒絶するものだ。
私は、毎晩二人の子どもの仕上げハミガキをしている。6歳の息子は、つい先日初めて乳歯が1本抜け、その永久歯が生え始めているところ。そして、9歳の娘は前歯が全部永久歯になったところだ。ほとんどがまだ乳歯の息子は、母乳のような「想いやり生乳」を飲んで、「おいしい! もっとないの?」と言う。そして、半分永久歯になった9歳の娘は、「嫌じゃないけど、もう要らない」と言う。9歳の娘は母乳から大人の食べ物へと移行しているのかとも思える。
しかし、牛乳は大人になっても飲み続ける。
大人になると、牛乳を飲む飲まないは好みの問題だ。しかし、ここで言う「牛乳」とは、一般の殺菌された牛乳だ。フランスやイタリアでは、生乳は日本よりずっと身近なものらしいが、今の日本で、一般の牛乳と生乳の違いを知っている大人は、いったいどのくらいいるのだろう。私は、つい先日知ったばかりだ。
先述の「牛乳は、牛の赤ちゃんのための飲物なのだから・・・」という、私が長谷川さんにした質問は、私の質問が間違っていた。主語の「牛乳」が間違っていたのだ。正しくは、「生乳は、牛の赤ちゃんのための飲物」。もうこの時点で、「牛乳は、牛の赤ちゃんのための飲物なのだから」という理屈は通用しない。
生乳(想いやり生乳)と母乳は酷似している。そして、その両者と(加熱された)牛乳は、別物だ。つまり、私が飲んだうちのカミさんの母乳と一般の牛乳で、私が感じた違いは、人間の乳と牛の乳の違いなのではなく、非加熱の乳と加熱された乳の違いだったのだ。それは3つを飲めば分かる。
生乳と牛乳の違いを体感してしまった私にとって、大人にとっての「乳を飲むこと」は、純粋に好みの問題だ。ただ一つ、付け加えておきたいこととして、「生乳を飲んだことのない大人は、まずは生乳を飲んでから、その好みを判断すべし」と言いたい。
★関連エントリ: 「想いやり生乳」と母乳(2013年10月8日)
★関連エントリ: しゃぶりつき生乳(2013年10月18日)
2013年11月11日月曜日
2013年10月18日金曜日
しゃぶりつき生乳
先のエントリでは、「想いやり生乳」を飲んで「感じたこと」を書いたが、きょうは、「思ったこと」を書きます。ちなみに、冷蔵庫の中の次の1本はまだ飲んでない。
「母乳は、乳房の中では血液で、乳首から外へ出る直前に母乳になるんです」
私が偶然居合わせて聞いた、想いやりファーム・長谷川氏の話だ。つまり、母乳とは血液のようなものだというお話。先のエントリで私は、「想いやり生乳」を飲んだ感想として、「体液のように身体の隅々に染み込んでいくよう」と書いたが、その体液(栄養)とは、血液のようなものなのだ。
「身体の隅々に染み込んでいく」
私は塩を作っているが、塩でも「身体の隅々に染み込んでいく」ような感覚がある。私にとって、おいしい塩とは、まさにその感覚がある塩で、身体が欲しがっているものを摂って喜ぶおいしさだ。だから、身体が感じる「身体の隅々に染み込んでいく」感覚にはとても興味がある。
しかし、「身体の隅々に染み込んでいく」と言っても、塩と乳(または血液)ではレベルが違う。何と言っても、乳には「生っぽさ」、または生きている「動的」な感じがあり、塩はいたって「静的」だ。もっと言えば、乳は生物で、塩は無生物な感覚がある。塩は無機物(=ミネラル)だけが成分で、母乳または血液は、様々な無機物とともに様々な有機物の栄養素の集まりだ。
数年前、コップに搾ってもらったカミさんの母乳を飲んだとき、何となくドキドキしたことを憶えている。その一種の興奮とも言える心境は、その母乳がとても「生々しいもの」に感じたからだった。例えば、生きてる魚介類を食べたときのような興奮。生きてる白魚やエビが口の中で暴れて感じるような興奮。この手の興奮があると、その味が分かりにくくなるものだ。乳の「生っぽさ」っていうのは、それにも似た気がする。
そして「生っぽさ」は通常、腐敗する。しかし、長谷川氏曰く、
「1日の瓶詰め作業は、機械の組み立てなどの準備に1時間、瓶詰めに2時間、そして機械を分解しての掃除に6時間なんです」
これで、「想いやり生乳」は、いけない菌(大腸菌群など)が入り込まずに、生のまま瓶詰めされる。「ただ、乳酸菌はいるので、そのまま置いて置くと、ヨーグルトにはなりますが」とのこと。「ふっ、へー」。裏返せば、通常の牛乳が、加熱殺菌せねばならない理由はここにある。そして加熱されることで、様々な成分も変わっちゃうということだ。それは飲めば分かる。
つまりは、です。
簡単に言って、「想いやり生乳」って、「しゃぶりつき生乳」、つまり母牛の乳首にしゃぶりついて飲むようなことなんじゃないか。母牛の体温があるかないかの違いはあれど、外から雑菌が入らないように、直接乳首にしゃぶりついて、非加熱の乳を飲むということなんじゃないか。
それにしても、「乳を飲む」ということはどういうことなんだろう? 子どもは、「乳飲み子」から、いつしか「乳離れ」する。そして一度「乳離れ」した後は、拒絶するものだ。しかし、大人になっても、牛乳や乳製品を飲み食べ続ける・・・・。
改めて考えさせられる。
★関連エントリ: 「想いやり生乳」と母乳(2013年10月8日)
★関連エントリ: 「乳を飲む」ということ(2013年11月11日)
「母乳は、乳房の中では血液で、乳首から外へ出る直前に母乳になるんです」
私が偶然居合わせて聞いた、想いやりファーム・長谷川氏の話だ。つまり、母乳とは血液のようなものだというお話。先のエントリで私は、「想いやり生乳」を飲んだ感想として、「体液のように身体の隅々に染み込んでいくよう」と書いたが、その体液(栄養)とは、血液のようなものなのだ。
「身体の隅々に染み込んでいく」
私は塩を作っているが、塩でも「身体の隅々に染み込んでいく」ような感覚がある。私にとって、おいしい塩とは、まさにその感覚がある塩で、身体が欲しがっているものを摂って喜ぶおいしさだ。だから、身体が感じる「身体の隅々に染み込んでいく」感覚にはとても興味がある。
しかし、「身体の隅々に染み込んでいく」と言っても、塩と乳(または血液)ではレベルが違う。何と言っても、乳には「生っぽさ」、または生きている「動的」な感じがあり、塩はいたって「静的」だ。もっと言えば、乳は生物で、塩は無生物な感覚がある。塩は無機物(=ミネラル)だけが成分で、母乳または血液は、様々な無機物とともに様々な有機物の栄養素の集まりだ。
数年前、コップに搾ってもらったカミさんの母乳を飲んだとき、何となくドキドキしたことを憶えている。その一種の興奮とも言える心境は、その母乳がとても「生々しいもの」に感じたからだった。例えば、生きてる魚介類を食べたときのような興奮。生きてる白魚やエビが口の中で暴れて感じるような興奮。この手の興奮があると、その味が分かりにくくなるものだ。乳の「生っぽさ」っていうのは、それにも似た気がする。
そして「生っぽさ」は通常、腐敗する。しかし、長谷川氏曰く、
「1日の瓶詰め作業は、機械の組み立てなどの準備に1時間、瓶詰めに2時間、そして機械を分解しての掃除に6時間なんです」
これで、「想いやり生乳」は、いけない菌(大腸菌群など)が入り込まずに、生のまま瓶詰めされる。「ただ、乳酸菌はいるので、そのまま置いて置くと、ヨーグルトにはなりますが」とのこと。「ふっ、へー」。裏返せば、通常の牛乳が、加熱殺菌せねばならない理由はここにある。そして加熱されることで、様々な成分も変わっちゃうということだ。それは飲めば分かる。
つまりは、です。
簡単に言って、「想いやり生乳」って、「しゃぶりつき生乳」、つまり母牛の乳首にしゃぶりついて飲むようなことなんじゃないか。母牛の体温があるかないかの違いはあれど、外から雑菌が入らないように、直接乳首にしゃぶりついて、非加熱の乳を飲むということなんじゃないか。
それにしても、「乳を飲む」ということはどういうことなんだろう? 子どもは、「乳飲み子」から、いつしか「乳離れ」する。そして一度「乳離れ」した後は、拒絶するものだ。しかし、大人になっても、牛乳や乳製品を飲み食べ続ける・・・・。
改めて考えさせられる。
★関連エントリ: 「想いやり生乳」と母乳(2013年10月8日)
★関連エントリ: 「乳を飲む」ということ(2013年11月11日)
2013年10月8日火曜日
「想いやり生乳」と母乳
2週間ほど前、知人宅にて偶然、ある生乳の生産者の方とお昼ご飯を一緒に食べながら、お話しをする機会があった。その方は、想いやりファームの長谷川さん。私はド素人な質問をいくつもしたが、それらにとても的確に答えて頂いただけでなく、妙なる生乳についての話を聞いたのだった。そして、すっかりと「その生乳、まずは飲まなきゃ」という気持ちになった。
実はその知人宅の冷蔵庫にも、その「想いやり生乳」があり、「持って来ようか?」とお誘いを受けたのだが、きくまでもなく高価なもののように思えたので、その場では遠慮し、その数日後、仲間と一緒に取り寄せて飲んだ。
スゴイ牛乳だった。
いや、「牛乳」ではなく、「生乳(せいにゅう)」と呼ばなくてはならない。
「生乳」それはつまり、牛から絞ったままの生(なま)の乳で、加熱などの殺菌もされていない。長谷川さんには、その牧場の話、工場の話、もちろん牛乳や生乳の話。いろいろ聞いて驚いたのだが、一番驚いたのは、それらの話しを聞いた数日後にそれを飲んだとき。衝撃的でさえあった。ややその興奮がまだ残ってさえいる。なので、いろいろな説明に先だって、まずは飲んで感じたことをこのエントリで書いてみたーい。
その名は、「想いやり生乳」。ちょっと上の写真では見にくいが、ピンク地に白抜きの文字で、「想いやり生乳」。そして、右側のビン、ウラ面には「生乳(無殺菌)」と記されている。
1本(180cc)を、家族4人で分けて飲んだ。1本525円(送料別)なので、貧乏くさいが、チビチビ飲んだ。チビチビと、心して飲んだ。
さーて、私のひと口目。
最初に「えっ?」って感じ。この「えっ?」は、意表を突かれた「えっ?」だ。うかつにも私は牛乳を口にしたつもりだったのだ。なので私は「別のモノ」を口にしたような感覚に陥った。そう、これは(加熱殺菌された)牛乳ではなく、「生乳」であり、その両者は「別のモノ」なのだ。私は動揺した。
少し冷静さを取り戻して、ふた口目。
感じたというか思い出したのは、「母乳」だった。「あっ、母乳だ」と思った瞬間、口に入ったその生乳は少しずつ、体液のように身体の隅々に染み込んでいくようだった。スゴイ。何だこのスムーズさは。
それは数年前のこと。うちの子どもが毎日ゴクゴク母乳をむさぼるように飲んでるのを見ていて、「母乳ってどんな味がするんだろ? うまいのかな?」と思ったことがあった。数年前のことながら、その記憶はまだハッキリとある。カミさんに頼んで、10ccほどコップに絞り出してもらった母乳は、半透明からやや薄めの乳白色だった。そのときの私の先入観として、粉ミルクと牛乳があった。ひと口目を飲んだときは、「えっ(何だコレ)?」って感じで、少し冷静になったふた口目は、身体の隅々に染み込んでいくようだった。母乳と粉ミルクはずいぶん違うことを実感した。
さて、もうお気づきと思います。最初の「えっ?」にしても、その味自体にしても、「想いやり生乳」と母乳は酷似している。強いて違いを言えば、人間の母乳の方が若干甘かったことぐらいだ。ちなみに粉ミルクはもっと甘い。
そのへんの微妙な違いについて、カミさんに尋ねると、
「母乳って毎日味が変わるのよ。これ(想いやり生乳)は母乳(または母親)が、いい(健康的な)状態のときの味がするなー」
「へぇ〜」と、関心する私。
でまぁ、ですね・・・・。
まだ飲んだことのない人にとって、それが「おいしいのかどうか?」、きっと興味あるところと思います。でも、どーも私には、それを一口では言えないのです。奥歯にモノが挟まった言い方だけど、それは「いい状態の母乳」とまで言うカミさんも同じような感想だった。
「おいしい」とか「おいしくない」とかいうのではなく、体液を摂ってそれが身体に染み込んでいってるように感じたのです。飲物という感覚だと、「おいしい・まずい」みたいなことがあると思うのだけど、飲物というより、「栄養」って感じなのです。通常の食品・飲物は、消化器官が消化し、やがてそれが身体の栄養になるが、これは直接身体の栄養になっている感じ、と言ったら伝わるかな。何しろ「おいしい」という表現ではどーもピタっとこない。やっぱり私の感想は、「スゴイ」が一番ピッタリなのだ。
こういうときは、子どもです。アレコレ言わない子どもです。うちの二人の子どもに、50ccぐらい飲んでもらい感想をきいてみた。9歳の女子とは6歳の男子。お姉ちゃんの方は、「嫌じゃないけど、もう要らない」。そして、弟の方は、「おいしい! もっとないの?」。ずいぶん違う反応だ。その違いは何だろう?
何しろ、私はこの「想いやり生乳」を50ccほど飲んで、新たな経験をした気になった。高価だけど、この味を、ガブガブ飲む気にはならない。高価な珍味のように、週に一度、100ccぐらいを飲めば、身体には十分なような気もしている。
でも、それは、私が1本525円という値段にビビッて、余計な緊張があっただけなのか。何しろ、まだ50ccしか飲んでない。我が家の冷蔵庫には、あと2本眠っている。この次は、もっとリラックスして飲めるだろう。そう、取り寄せてからもう10日以上経つのだけど、この「想いやり生乳」は悪くならない(腐敗しない)。「無殺菌」なのは、腐らせる菌がいないからなのだ。
ここまで書いたが、まだ書きたいことが残っている。「想いやり生乳」を飲んで、私の中のいろいろなことが思い起こされた。それらを改めて書きたいと思う。
★関連エントリ: しゃぶりつき生乳(2013年10月18日)
★関連エントリ: 「乳を飲む」ということ(2013年11月11日)
2013年10月2日水曜日
カマキリ大好き
カマキリ、何と格好いいんだろう。
全くもって、ホレボレする。
「一番好きな虫は? 」ときかれたら、迷わずそれはカマキリだ。
何と言っても、まずはそのフォルム。
全てが計算され尽くしてしるかのように洗練されている。機能美という面もあるが、それだけでは決して言い尽くせない。6本の足一本一本の形、身体の線。そして何とも愛らしい逆三角形の頭とそこから飛び出した思い切り長い触角。それら全体の妙なるバランス。完璧だ。
さらに、その動き。
前後に揺れながら進むその動きには思わず見とれてしまう。このゆっくりな動きで、獲物に近づき、最後の一瞬で素早く飛びつく。10年ほど前、庭に張り出たデッキで洗濯物を干していたら、何やらバリバリと妙な音がした。それが洗濯物を干している間、つまりは5分ぐらいしても休むことなく鳴り続けていたので、その音源の方をよーく見たら、5メートルほど離れた草むらで、カマキリが殿様バッタをバリバリ音を鳴らして食べているではないか。スゴイ音だった。
たしか交尾の後、メスはオスを食べて滋養をとり、産卵する。この食べちゃうっていう行為。昔それを初めて知ったとき、私はオスなせいか、「え〜」とゾッとした記憶がある。でも最近、それは変わり、オスはそれで幸福感を得るような気がするようになった。ちょっと考えてみれば、それでそのオスは、子孫の繁栄に貢献しているのだ。春先によく見かける小さなカマキリの子供たちは、見るからに、か弱そうだ。あの中から一匹でも多く大きくなって欲しいとオスは望んでいる。
それにしても何て格好いいんだろう。
庭で見つけると、嬉しくなる。保護色だから視界に入っていても気づかないことがほとんどだと思う。それだけに、見つけたときは、いつも突然で、毎回ハッとする。そして「あー、うちの庭にいてくれている」とラッキーな気分に浸る。
下の写真は、2週間ほど前、草刈りしていたときに庭で見つけたカマキリさん。捕まえて、デッキの上にのせても堂々としている。そんなカマキリさんも枯葉色になったこの頃。しかし、腹部の羽部分だけはまだきれいな若草色。そのコントラストも美しい。こうして身体をねじりながら振り向いたお姿もまた一興。あー、何て格好いんだろう。
全くもって、ホレボレする。
「一番好きな虫は? 」ときかれたら、迷わずそれはカマキリだ。
何と言っても、まずはそのフォルム。
全てが計算され尽くしてしるかのように洗練されている。機能美という面もあるが、それだけでは決して言い尽くせない。6本の足一本一本の形、身体の線。そして何とも愛らしい逆三角形の頭とそこから飛び出した思い切り長い触角。それら全体の妙なるバランス。完璧だ。
さらに、その動き。
前後に揺れながら進むその動きには思わず見とれてしまう。このゆっくりな動きで、獲物に近づき、最後の一瞬で素早く飛びつく。10年ほど前、庭に張り出たデッキで洗濯物を干していたら、何やらバリバリと妙な音がした。それが洗濯物を干している間、つまりは5分ぐらいしても休むことなく鳴り続けていたので、その音源の方をよーく見たら、5メートルほど離れた草むらで、カマキリが殿様バッタをバリバリ音を鳴らして食べているではないか。スゴイ音だった。
たしか交尾の後、メスはオスを食べて滋養をとり、産卵する。この食べちゃうっていう行為。昔それを初めて知ったとき、私はオスなせいか、「え〜」とゾッとした記憶がある。でも最近、それは変わり、オスはそれで幸福感を得るような気がするようになった。ちょっと考えてみれば、それでそのオスは、子孫の繁栄に貢献しているのだ。春先によく見かける小さなカマキリの子供たちは、見るからに、か弱そうだ。あの中から一匹でも多く大きくなって欲しいとオスは望んでいる。
それにしても何て格好いいんだろう。
庭で見つけると、嬉しくなる。保護色だから視界に入っていても気づかないことがほとんどだと思う。それだけに、見つけたときは、いつも突然で、毎回ハッとする。そして「あー、うちの庭にいてくれている」とラッキーな気分に浸る。
下の写真は、2週間ほど前、草刈りしていたときに庭で見つけたカマキリさん。捕まえて、デッキの上にのせても堂々としている。そんなカマキリさんも枯葉色になったこの頃。しかし、腹部の羽部分だけはまだきれいな若草色。そのコントラストも美しい。こうして身体をねじりながら振り向いたお姿もまた一興。あー、何て格好いんだろう。
2013年9月27日金曜日
パルミジャーノ・レッジャーノの手土産
先月、イタリアから古い友だち夫婦が日本に観光に来た。先のエントリ、築地のマグロの競りもその観光の一貫で、同行したのだが、一緒に京都、奈良にも小旅行に行った。
さて、上の写真は、彼らが手土産に持ってきたくれた、パルミジャーノ・レッジャーノ。24ヶ月もの。うまい。文句なくうまい。この2年もの熟成を経た味と香りは独特だ。
写真の状態は放射線状に薄めに一切れ切った後で、もらったままは8分の1だった。手土産にしてはやけにデカイし重いので、計ってみたら4キロ。これにワイン、グラッパ、ビール、カカオ豆のロースト。うちのカミさんにはフェラガモのスカーフ等々。これをウチだけでなく、もう一家族分なので、全部で2倍をトランクに入れて持ってきた。有り難いのはもちろんながら、その気合いに圧倒された。半年前から、日本を楽しんでもらおうと、私はいろいろ画策したので、そのお礼を兼ねている。
うちの9歳の娘いわく、「パパのお友だちの中で一番のお金持ちだね」。
飲みかけたビールを思わず吹き出した。そーかも知れない。
およそ30年ぶりの再会だった。お互い歳はとったが、時間を一緒に過ごすと、相変わらず。何となく、お互いぐるっと一周して再会した気分になった。
ところで、イタリアが誇るこのパルミジャーノ・レッジャーノの使い方・保存法などを、彼らが説明してくれたので、それを少し。
「まず、チーズというものは(パルミジャーノ・レッジャーノに限らず)、丸い状態で買わねばならない。なぜなら、チーズの一番おいしいところは、その中心部にあるからだ。四角くカットされたチーズは、中心部をはずした外側あたりをカットしたものがほとんど。だからオレらは丸のまんまか、このように放射線状にカットされたものしか買わないんだ」
(私)「へぇ〜」
次に保存法と使い方。
「まず家に持って帰ったら、湿らせたタオルに包んだあと、ポリ袋に入れ、冷蔵庫で保存すること。この状態は、まだナイフで切りやすい。その状態がしばらくはキープできる」
「パルミジャーノ・レッジャーノの食べ方は主に2通り。一つは、カットして食べる。そのまま食べることはもちろん、カットしたそのままをパンにのせたり、それをオーブンで焼いたりもあるだろう。もう一つは、あえてコチコチに乾燥させてから、おろし金でパウダー状にすること。パスタなんかには最高だ。そして、外側の黄色いところも食べられるから絶対に捨てるなよ。また、表面にカビが生えてもナイフで削ったりしないで、乾いたタオルでそおっと拭いて食べればいい。カットしたらもったいない」
(私)「よーし、じゃあ一番おいしい中心部から切って食べる。半分以上食べて外側部分になってきたら、冷蔵庫から出して放置。乾いてきて硬くなったところで、今度はおろし金でおろして、パウダー状にしてパスタなど料理に使ったるわ」
「それでいい」
現在のところ、チビチビカットして主にそのまま食べてるところだが、2年熟成したパルミジャーノ・レッジャーノ。その旨味には、独特の強さと包み込むようなやさしさがある。半分食べて乾燥の予定だけど、果たして日本の湿度に耐えられるかな。冬場の東京なら大丈夫か。様子を見ながらだなー。
パルミジャーノ・レッジャーノ。何か、ひと財産が冷蔵庫に入ってるような気分になった。
2013年9月19日木曜日
築地・マグロの競り見学
一回飛んじゃったけど、8月29日のエントリ(マグロの競り見学は何時に行くか?)の続きです。8月に、築地のマグロの競りの見学に行った話。
そのエントリでも書いたとおり、朝3時半に市場に着き、2時間待合室で待った後の5時半、ガードマンさんたちの引率によりいよいよ見学が始まった。ほとんどの見学者が外国人なので、待っている間や見学スタートの際に、ガードマンさんたちに言われる注意事項は全て英語。「写真はいいが、フラッシュは禁止」とか、「通ってもいい場所は限られている。それ以外は立ち入り禁止」など諸々の注意事項が何度かにわたって言い渡されたが、毎度最後のフレーズ(または決め台詞)は決まっていて、少しの笑顔と共に「And enjoy.」。見学者の人たちはほとんど気にしてなかったみたいだけど、私にとっては、それは噺家さんの「お後がよろしいようで・・・・」みたいな感じがして、忘れられない。まぁ、さんざんうるさく注意事を言ってるけど、本当は「楽しんでね〜」と思ってるんだよ、いう感じが私には伝わってきた。
思えば、何年か前までは、「見学者が競りや市場で働く人たちの邪魔になって問題になってる」というニュースを耳にしたことがあった。その後、こうして見学がシステム化されたという経緯があるから、それら注意事にうるさくなるのは自然のなりゆきでもある。
さて、マグロが並んだ競り会場に着くと、当然のことながら、冷凍室だった。8月という暑い時期には心地よい。そうだな、150〜200尾ぐらいの大小のマグロが、10〜20尾ぐらいの各店のグループ別に行儀よく並んでいた。各グループの近くの柱にはお店の名前が貼ってある。サイズは、平均150センチ、デカイので2メートル以上といったところか。
メモ帳とペンを持った仲買人は、輪切りになってるマグロの尻尾部分の肉を、「尖った金属がついた道具」(下写真参照)でかき出し、それを手の平で何度もクチョクチョ握ってはその様子を見たりしている。これで脂のノリ方などが分かるのだろう。仲買人同士はすれ違いがてらに二言三言会話をしたり、次々とマグロを品定めしながらメモっている。全てのマグロにはでっかく番号が書かれている。
![]() | |
| 一番手前の人が細い鎌のような「尖った金属がついた道具」を持ってます |
仲買人から値段の提示があると、競り人の叫ぶ番号は、マグロの番号からその値段へと変わる。そしてそれ以上の値段を示す者がいれば、更新された値段を叫ぶ。しばらくいなければ、それで落札。次の番号のマグロの競りが始まる。
その様子は、以下の動画で。
30分ほどの見学が終わると、その冷凍室を出て、市場の中を通り、最初に見学の受付をしたあたりまで、戻ることとなったが、このあたりで気がついた。全員が男性ではないか。市場の中には見事に女性が一人もいない。築地では常識なのかも知れないが、ここは男だけの仕事場なのだ。
今回は、イタリアから日本に観光に来た友だちのリクエストによって、このマグロの競り見学をした。なぜか外国人の評判はすこぶる高い。そのイタリア人に「何が面白かった?」ときくと、「競りの雰囲気やあの声(発声法)だよ〜。独特だね」と答えた。私はそれ以上突っ込んできく気も起こらず、慣れない早起きにボォーっとしながら、場外へ向かって一緒に歩き始めた。「さっ、朝飯は何食おうかな」。
2013年9月3日火曜日
四つ股のネコジャラシ
このエントリは、前のエントリ、マグロの競りの続きと思っていたが、昨日の夕方、ちょっとしたことがあったので、それを先に。
帰宅した私の車の音を聞くと、9歳の娘は大きな声を出して走り寄ってきた。
「ねぇー、ねぇー、スゴイもの見つけたよ! 何だかわかる?」
「それだけじゃ、分からないよ」
後ろ手に持ってたものを前に出す。
「ジャ〜ン」
四つ股のネコジャラシだった。
「へぇ〜、珍しいねぇ〜。どこで見つけたの?」
と言いながら、私は実は変な気分。
「うちの庭だよ。今車が停まっているところのすぐ後ろぐらい」
と指を差す。
この四つ叉のネコジャラシを見てすぐに連想したのは、スリーマイル島だったか、チェルノブイリだったかで撮られた二叉のタンポポの写真。その写真のカメラマンの意図は、「これこそ放射能の影響」だったが、昔のことだし、写真を見ただけだから、その二叉が本当に放射能の影響だったか否かは定かでない。
また、「スゴイもの見つけた」と満面の笑顔で喜んでいる娘の表情と、私の心情のコントラストに、やや嫌な感じが残った。
早速、ネットで検索・・・・。
・・・・ありました。
「二股以上のエノコログサ」というサイト。
(ネコジャラシ、正式にはエノコログサというらしい)
きれいな四つ股の写真まで載せてくれている。
撮影は、「2007年」8月とある。
あーよかった。今夜もグッスリ眠れそう。
登録:
投稿 (Atom)







