2015年11月20日金曜日

蕎麦の一期一会

先のエントリで、月島のもんじゃのことを書いたが、もんじゃを食べた日の夕方、立川・無庵へ知り合いと訪れた。狙いはズバリ在来の新蕎麦だ。4〜5日前に予約の電話を入れたが、コース料理は定員オーバーということで、アラカルトのみの注文となった。それにしてもおいしい蕎麦だった。あんまりおいしかったので、書きたくなった。同席した連れが、出てきた料理を逐一スマホで撮影してたので、私もつられて写真を撮った。料理も写真付きで順番に紹介します。ホワイトバランスが狂った写真がいくつかあるけど、ご勘弁のほどを。

1.やきみそ
淡い味のぬかごが、食感とともにアクセント。柚子のきき方がとても穏やかで差ほど塩辛くない上品なお味と風味。
2.だし巻玉子
ミルフィーユのような玉子の層、出しのきき方に抑えがきいてて玉子自体もおいしく感じる。付け合わせの野沢菜のおひたしは、丈が半分ぐらいに育ったところを収穫した野沢菜のものだ。この11月ならでは。育ちきったものより、葉の味が淡く、独特のシャキシャキ感がいい。
3.三種のおひたし
この店のご主人(狭山湖の方らしい)がご自分の畑で育てたという無農薬の葉物たちのおひたし。(←先の野沢菜もそうだった) 左からイタリアンパセリ、広島菜、白たい菜(と店の女の子が言ってたが、しゃくし菜のよう)。パセリのおひたしは、以前このブログでも書いたことがあるが、こうして3種が並んでいると、イタリアンパセリの個性が際立つ。ただしどれも淡い味付けが嬉しい。こういうシンプルな味付けにこそお店の色が出ると思う。
4.里芋の田舎煮
箸休め的に頼んだ。よくこの上に柚子がのってるのがあるが、見てのとおり、これは至ってシンプルなのが潔い。やはりご主人が育てた里芋らしい。やや甘い味付けながら、お袋の味的な心地よさがある。しっかり染み込んだ味と煮崩れる直前さがいい。関西の人にこの感じが分かるだろうか。
5.三度豆と四角豆の天ぷら
三度豆とはインゲン豆。年に三回収穫出来るとか。四角豆は断面が四角の南方系のサヤ付き豆。帰宅後「四角豆なんての食べたよ」とカミさんに言ったら、「去年、ウチ(の食卓)でも出したの忘れたの?」なんて言われた。おー恐わ。
6.合鴨のロースト
野趣あふれるというよりは、柔らか〜くてクセの少ない鴨。添え物の果物は、生の柿と薄くスライスされた半乾燥のラ・フランス。蕎麦のかえしとともに。クルミがのってる様は、最初のやきみそのときのムカゴのよう。柔らかな鴨の食感にメリハリがついている。鴨にフルーツは定番だが、柿とラ・フランスは初めて。柑橘類のような刺激がないので、やさしく上品なコントラストだ。
7.白貝のかき揚げ
正直言って、こんへんになると酔ってきていて詳しくは忘れてしまった。


8.せいろ(小)
ん、うまい。この蕎麦で酔いが醒めた。
9.碾きぐるみ
せいろで酔いが醒めた私は、この「碾きぐるみ」で、心を奪われた。蕎麦が出てくると、いつも一箸目はつゆにつけずにそのまま食すのだが、その瞬間、世界が変わった。口の中から鼻へと伝わる感動するほどの豊かな香りと舌の奥へ広がるほのかな蕎麦の甘味。その感覚は翌日まで口の中に残っていて、思い出す度に唾液が出た。これぞ在来種。それも新蕎麦なんだ。いや、これはそれ以上のような気さえした。

蕎麦は、無論、打つ人にとって難しさはあろうが、食べる側にも難しさがある。ある蕎麦屋で、「あっ、この蕎麦うまいなー」と思って再訪しても、同じ蕎麦は食えない。この日のほんの2日前も、他店でそうだったので、あまり期待してはいけないと自分に言い聞かせていたところだった。在来種の蕎麦でもいろいろあるし、玄蕎麦の出来や鮮度にもよるだろうしと、自然に由来したいろいろな要素があるからだと思う。その点、幸い自宅にも近いこの無庵は、だいたいいつ行っても、うまい蕎麦を出してくれる。平均点が高いのだ。特に、この日の「碾きぐるみ」は、「こんなのもう食えないんではなかろうか」と思えるほどうまかった。常に変化する蕎麦だけに、とっても幸せな気分に浸れるのだ。一期一会とはこういうことなのだ。

2015年11月18日水曜日

久しぶりの、もんじゃ

先週、久しぶりに月島でもんじゃを食べた。月島のもんじゃは、20年ぶりぐらいだろうか。もんじゃを語らせたらうるさい妹と行った。彼女と二人きりで外食なんて今までなかったかも知れない(もんじゃを含めて)。特に確かめたことはないが、私たち兄妹は、普段はお互い「元気でいてくれれば、それでいい」という感覚で、あえて二人で外食なんて考えもしなかったのだが、今回は、図らずも、親父の病気のことで、この機会になった。

さて、行った店は、「いろは本店」。本店ということは、系列の店が他にもあるということだが、昔、「いろは」は、現在「月島もんじゃストリート」と呼ばれる商店街から車も入れないような露地を入った右側にひっそりと佇んでいた。妹のように頻繁に通ったわけではないが、木造2階建てぐらいの建物だったように記憶している。今は、メインストリート沿いのビルの2階で、「本店」だ。とは言え、オーソドックスなもんじゃを食べたいときはここがいいという、妹の談。

路地裏にあったときは、いかにももんじゃ屋のおばさんといった感じの人がお店を切り盛りしていたが、今の「本店」では若い男性2人と女性1人がやっていた。妹の注文は、「生イカもんじゃ。トッピングにソバ(焼きそばの生麺)とベビースターラーメンとチーズ」。私は、久しぶりのもんじゃをもう少しシンプルに食べたかったので、妹の注文から生イカとチーズを省いたもの。

私たちは、その二つを一緒にでっかく焼いて、「生イカ・チーズ」がある部分と無い部分を作ろうと思っていた。が、お店の若い男性店員は、気を使ったのか、注文した二つのもんじゃを時間差で持ってきた。最初の一つを無造作に鉄板に広げた私たちは、それがどっちだったか分からなくなってしまった。そこで、妹は「この最初のはどっち?」ときいた。そしたら、「あっ、焼き方だったら、テーブルの隅に説明書きがありますので」と、彼は勘違いして、妹が焼き方をきいていると思った。その質問は定番なのだろう。そこで妹は、きき直して、結果的にどっちだか分かったのだが、その店員が去った後、「あたしゃアイツが生まれる前からもんじゃ食べてるのに、私に焼き方を教えようとは、10年早いぜ」と私に呟いた。彼女は、そんなに喧嘩っ早い方ではないが、「下町の女だな」と感じた私は、妙に嬉しかった。

私にも、似たような経験がある。今は、すっかりチェーン店になっている、洋服屋のBeamsやSHIPSは、私は18歳頃から(つまりは35〜36年前)から通っていた。当時、Beamsは原宿の明治通り沿いに1〜2軒、SHIPSも銀座の裏通りと、渋谷の元ミドリヤのビルの裏の計2軒だけ。背伸びしたかった二十歳頃の私は、しばしば無理して5万円もするイギリス製のパーカーなど買ったものだ(今でもそれはクロゼットの中にある)。最近、そんな店でズボンを広げて見てたりしてるとき、若い店員さんに、「このパンツ(ズボン)は、お客様がお召しのようなソックス(靴下)ではなく、こういった(自分のズボンの裾をめくりながら)丈の短い(いわゆるスニーカー)ソックスを合わせてみてください」なんて言われると、「オレは、そーいう短い靴下が嫌いなんだよ。別に、(このズボンに)丈の長い靴下はいたっていいじゃねぇーか。オレは、お前さんが生まれる前から、(初期の)この店に通ってんだよ。お前さんにガタガタ言われる筋合いはねぇ。好きにやらせろ」と言いたくなる。繰り返す。「言いたくなる」のであって、言う訳ではない。アドバイスを怠らない親切な店員だ。

私たちが子供の頃(45年ぐらい前)、月島は知らないが、当時の私が知る限り、もんじゃ屋さん(専門店)というものはなかった。そして、もんじゃは子供だけの食べ物だった。私が育った江東区には(月島は中央区)、各小学校の圏内に駄菓子屋さんが2軒ほどずつあり、その駄菓子屋さんの3〜4軒に1軒ぐらいに、もんじゃを食べられる駄菓子屋さんがあった。その駄菓子屋さんの片隅にはお好み焼きの鉄板がある小さめのテーブルが大概一つだけあって、店の人にもんじゃを注文すると、小学校ではうがい用に使われていたブルーやピンクのアルマイトの取っ手付きのコップに入った具材(少量の刻んだキャベツ入り)が出てきて、それを熱い鉄板に広げた。一つ30円ぐらいだったか。大盛にすると、白いドンブリに入ってきて、50円だったような‥‥。当時の小遣いは、一日10〜20円ぐらいだったから、ちょっと貯めれば食べられた。そして、駄菓子屋さんだから、ベビースターラーメンや、よっちゃんイカなんかが近くにあって、多めのカネを持ってる子供は、オプションでそれらを加えた。もんじゃを食べ終わった後、テーブルの上のソースを鉄板に垂らして「ソースせんべい」とか言ってると、お店のおばさんに怒られたな。

実は、私たちが通った小学校の圏内にはもんじゃのテーブルがある駄菓子屋さんがなかったので、自転車でやや遠出して食べに行った。言わばよそ者だったので、たった一つのテーブルが、(特に上級生に)占領されていると、その日は諦めて、遠路を帰った苦い思い出もあるが、今の子供からしたら、羨ましいだろうなとも思う。

さて、45年の時は過ぎ、ここは月島。二つのもんじゃが時間差で出された都合上、鉄板上でも二つに分かれてしまったのだが、それらをつつきながら、妹に焼き具合の好みをきいてみた。思いの外、結構しっかり焼くのが好みだった。私は、もう少しレアな方が好きなので、それを言うと、「このソバ(焼きそばの生麺)にしっかり火が通らないとマズイでしょ。(ドロドロの)もんじゃの生地を通って、ソバに火が通るのには少し時間がかかるから、少ししっかり目に焼いた方が、私は好きなんだよね」と、もんじゃ用のコテで焼き具合を確かめながら主張した。

特に旨いもんじゃない。そして一人で食べるもんじゃない。もんじゃ用の小さなコテでアツアツのもんじゃをハフハフせっかちに食べながら、おしゃべりしてると、ゆったりコーヒーを飲みながらする話しとは別モードの楽しさがある。私にとって、今やもんじゃは、小さかった子供が大きくなって食べる大人の食いもんのように思えた。

2015年10月20日火曜日

「醤油手帖」


2ヶ月前、この「醤油手帖」を読んだ。その表紙の帯の右に小さく書かれているように、この本を知ったキッカケは、「タモリ倶楽部」だった。おそらく2年ぐらい前だったろうか、この著者である杉村啓さんが、当時自費出版していた「醤油手帖」を持って出演してて、面白く新しくも感じながら観た。そのウラ表紙には、洒落で醤油のシミが印刷されていたのを思い出す。そして2ヶ月前に、何の拍子か、私はその自費出版の「醤油手帖」のことをふと思い出し、ネットで探してみた。そうしたら、何と河出書房新社から、自費出版の小冊子3冊ぐらいをまとめたものがちゃんと出版されていて、思わず買ってしまったたのだった。

個人的な前置きはこのぐらいにして、この「醤油手帖」、決して醤油作りのことがディープに書かれている訳ではない。何が面白いかというと、完全に消費者(または醤油作りとしては素人である醤油ファン)の目線で書かれていることだ。

まず、醤油というのは、日本のどの家庭にもある身近な調味料ながら、地域によってかなりの違いがある。だから、自分では当たり前と思っていることが、他の地域では特別だったりすることが少なくない。著者は、それらを押し並べて書くことで、それらの違いと特徴を、自分がセレクトした商品説明とともに書いている。

著書から引用すると、JAS協会が定めた醤油は5種類。「濃口醤油」、「淡口(薄口)醤油」、「たまり醤油」、「さいしこみ(再仕込み)醤油」「白醤油」。例えば私は、東京生まれの東京育ちなので、どっぷり濃口醤油文化圏だが、無論、西日本の家庭には、淡口醤油がある。20代半ばに関西に2年ほどいたことがあるが、私が淡口醤油を使ったのはそのときが初めてだった。当時私の周りの人(関西人)にそれを話すと、「どの料理もみんな真っ黒になってまうやろ(私の変な関西弁)」と驚かれた。また「さいしこみ醤油」を知ったのは、うちのカミさんが中国地方出身だったことがキッカケ。これも著書からの引用だが、「さいしこみ醤油」は、防州(山口県東南部)の柳井が発祥とされていて、中国地方西部から九州北部にかけて普及しているという。なるほど。九州のあの甘く味付けされた醤油はこの「さいしこみ醤油」から派生したものなのかと想像したりする。「たまり醤油」の煎餅を初めて食べたのはいつの頃だったか。「白醤油」はちょっといい料理屋さんへ行ったときが初体験か。鰻の白焼きにも使われていたのがあった気がする。醤油は日本の代表的かつ最もポピュラーな調味料なのだが、私の場合、いざ振り返ってみると、それらを経験するのには案外と時間がかかっているのだ。これを裏返して考えると、知らず知らずのうちに、「自分は醤油のことは知っている」と思い込んでいたことに気がつく。

ところで私は、東京生まれの東京育ちながら、母は秋田出身なので、「しょっつる」は子供の頃から知っていた。ご存じ、ハタハタの魚醤だが、この河出書房新社の「醤油手帖」には、「魚醤編」という章もあり、さらに興味が湧いた。その章を見ていたら、鮎の魚醤が載っていて、「これ使って見たいなー」と思っていたら、2〜3週間前、偶然にも見つけ、思わず買ってしまった。その話しはまた次回エントリに。

私は塩作りを生業としているが、塩と並んで醤油も極身近な調味料ながら、広く知っているかと言えば、実はよく分からないこともあったりする。それが醤油であり、塩であり‥‥。私にはそんな親近感も醤油に対してあると思う。

醤油の作り手の醤油に対する愛情は、きっと自分の子に対する愛情と似ていると思う。しかし、子供というのは、親からの愛情だけで育つ訳ではない。その子の友だち、学校の先生、地域の人たち、職場の人たちなど、いろんな人の愛情を受けて育つものだ。この「醤油手帖」の著者・杉村さんの醤油に対する愛情は、常に醤油の作り手への敬意が感じられ、第三者の一歩下がった立場での愛情のように感じる。きっと醤油の作り手からしたら、物足りなくもあろう。しかし、読む側からすると、このぐらいがちょうどいいという感じもあり、その視点を新しく感じる。

醤油っていろいろあるけど、何が違うの? と素朴に思っている方。またその答えを大ざっぱにでも知りたいと思っている方、そして食いしん坊の方には、熱い親の愛情だけでなく、こんな控えめな愛情がこもった本も楽しいものです。

2015年10月8日木曜日

「安い」と「簡単」の不安

昨日の夕方4時頃、探していた透明な防水テープをamazonで見つけた。税込みで264円でありながら、送料は無料。「本当かな?」と疑いつつも購入しようと画面を進めると、「(30日間の)Amazonプライム無料体験しませんか?」と誘われ、これも「無料ならいいか」と申込み、264円の防水テープを購入すると、「翌日到着」とメールが入った。送料無料だけでも半信半疑だったが、いくらプライムっつったって、それが十数時間後に届くことにもにわかに信じられなかった。

すると、本当に今朝9時半頃に、届いた。

何と便利な世の中になったものだ。驚きというより、狐につままれたようで、まだ実感が湧かない。264円の防水テープを、昨夕ネット上で購入し、今朝届く。それも送料無料でだ。私は自分の判断で購入し、この便利さの恩恵を確かに受けている当人なのだが、どうもスッキリしない気持ちがある。

おそらくamazonは、全体で利益を上げているから、こうした細かなことを問題にしていないのだろう。そして264円という小さな購買もいずれはある程度以上の大きな購買に繋がる可能性があるという考えもあるんだろうなぁ、ということぐらいは思うのだが、どうも何かが引っかかる。

サステイナブル(持続可能な)という言葉があるが、これはサステイナブルなのだろうか。と、ふと考えてみる。これでamazonが収益を上げ、夜間のピッキングや発送作業もシフト制勤務の従業員によって行われ、環境に特別大きな負荷をかけることもなければ、サステイナブルのような気もする。防水テープが、壊れもの用のような手厚い梱包なことはやや環境負荷がある気はするが‥‥。

そんなことを思い巡らせていて、思いついたのは、30年から35年ぐらい前だったろうか。それまで高価で年に一度食えるかなあという存在だった鰻の蒲焼きが、スーパーで(主に中国産だったと思うが)一匹分が500円で売られ始めたときのことだ。当時、二十歳頃の私は、「えー、どおなってんの? 500円かよー」と最初は「?」な気持ちとともに驚いて買うものの、しばらくするとそれは「?」にも驚きにも値しなくなっていった。そしてその影響で、稚魚がいないという今の鰻事情になっていることは言うまでもない。鰻屋さんの鰻重も値上がりしたし、残念ながら質(おいしさ)が低下した店もある。

amazonのシステムの詳しいことは分からない。でも、しっかりとした段ボール箱を開けると、真ん中に、ちょこんとポリシートで梱包されているこの防水テープを見ると、何となく、「大丈夫なのかな?」と、漠然と不安になってしまう。「安いから」、「簡単だから」という理由は、とても分かりやすい。「安くて簡単なら、それでいいじゃない」と、言われそうだが、それをそう思えないのは、歳とった者のただのボヤキなのかなぁ。

2015年9月25日金曜日

セルフ、セルフ、セルフの次の未来図

写真は、一週間ほど前の羽田空港(国内線)。何と、手荷物を預けるための、セルフの機械があってビックリ。その内部を照らす青白い照明が何となく近未来的な感じがした。近未来的というと、映画「ブレードランナー」を思い起こすが、思えばその映画を観たのはもう30年ぐらい前のことだ。

少し離れたところには従来の手荷物を預けるカウンターがあった。こういうとき私は、大概、保守的に、従来の方を選ぶのだが、そのときはこっちが空いていたので、ちょっと思い切って使ってみた。とは言え、不安は拭えず、たまたま隣の機械を調整していたANAの人に、「いや〜、これ初めてなんですが、大丈夫ですかねー」と声を掛けた。「どうぞ、画面のとおりにやればいいだけですから、是非お試しくださーい」。その言葉に後押しされてやってみると。彼の言うとおり、思いの外、簡単に出来た。

ガソリンスタンドがセルフになって久しい。2〜3年前からは、ホームセンターで、セルフのレジが登場している。この調子だと、そのうちコンビニのレジもセルフになりそうな気がする。すっかり規格化しているようにも見えるコンビニでも、レジを打ってる人は、だいたいシフト制で働いているから、挨拶までしなくとも、知った顔になり、何となくの安心感も感じるものだ。その安心感も、セルフになると贅沢ということになる。

家電の量販店で、売れ筋1位の商品と2位の商品という表示があっても、「両者の違いは何?」など店員さんという人間にきいてみたくなるが、売り場にいる店員さんの数はめっきり減った。

最近、うちの子供たちに、独力で新宿駅で電車を乗り換えて、私の実家にまで行けるようになったらいいなと思い、先日、その第一歩として、説明しながら一緒に行った。乗り換えのときの道順はもちろん、どのホームの電車に乗るかとか、快速は降りる駅に停まらないなど、子供にとっては分かりにくいことが結構あるので、「分からないときは、ホームの駅員さんにきけばいいよ」と言ってみたものの、ホームで駅員さんはなかなか見つからない。「やっぱ、そのへんの人にきいてみてね」と言い直した。すると、カミさんは「今どきは、『そのへんの人』はどんな人か分からないからねー」などと言う。『そのへんの人』を選ぶ眼力も必要なのか。

それでふと思い出すのが、私の子供の頃。自宅の建てかえがあって、3ヶ月ほど都電を2本乗り継いで(つまり乗り換え1回で)親戚の家から小学校に1時間ほどかけて通っていたことがあった。4年生頃だった。今でも憶えているが、目線が低い子供にとって、通勤・通学ラッシュは、人の壁に囲まれるようなものだ。しかし同じ時間の都電に乗っていると、同じ運転手さん・車掌さんだったりして、顔見知りになる。そして、子供には満員の電車は辛かろうと、運転手さんや車掌さんのスペースに入れてくれた。

都電と言っても今は知らない人の方が多いだろうから、少し説明しよう。まず東京には昔、路面電車がたくさん走っていた。車両数は連結なしの1両で、その車両の先頭部分に運転手さんのスペースがあって、乗客のスペースとの間仕切りとして、大人の腰の高さぐらいに横方向のバーがあった。当然、最後部は車掌さんのスペースなのだが、先頭部と全く同じ計器類があって、やはり全く同じようにバーが間仕切りになっていた。反対に進むときは、運転手さんと車掌さんが入れ替わる。私が入れてもらったのは、そんな聖域とも言える運転手・車掌だけが入れるスペースだった。当然、大きな大人に押されることもなく、楽ちんだった。「おぅ、坊主。いいなー」と他の乗客から親しげな声を掛けてもらったことも憶えている。無論、その運転手さんや車掌さんは、ルール違反だったろう。でも、何も問題はなかった。そして何より、小学生の私が大人の社会に対して少し安心感とともに自信を持つことが出来た。

省人力化はますます進むだろう。しかし、大事なことは、もうすでにそれは世の中の進化とは思えなくなっていることだ。「あそこのガソリンスタンドは、セルフじゃないからちょっと高いけど、窓拭いてくれるんだよね」なんてことは実際すでにあるし、機械で成形したおにぎりより、手で握ったおにぎりの方がおいしい。

子供の頃、漫画で見た未来図は、とても豊かな雰囲気に満ちていた。だが、現実的にそんな未来図に近くなった今は、次の別の豊かな雰囲気に満ちた未来図が必要のような気がする。でも、それってどんなものなのかな?

2015年9月10日木曜日

福生のラーメンバーガー

雨、雨、雨の日々だ。何しろよく降る。お盆までの猛暑から、一気に涼しくなったはいいが、これだけ降るとね。我が家で注文している生協も欠品が多い。農家や漁師は困っちゃうよ。あー、カラッとした抜けるような青い空が待ち遠しい。

さて、ラーメンバーガーです。

前のエントリでは、エル・ドラドのことばかりになってしまったが、エル・ドラドは今はもうない。今、福生にある、ラーメンバーガーのことを書こう。

ラーメンバーガー、それは、ハンバーガーのバンズのような形に成形されている加熱済みのラーメンの麺をを鉄板でやや焦げ目がつくぐらいに焼いて、バンズの代わりのようにしている。それに具がサンドしてあるのだが、それがハンバーガーを包むような紙にくるまれていて、その紙を両手にのせるようにして、頬張る。麺にやや焦げ目をつける手法は、中華の焼きそばに似ているが、あれほどカリッとはしていない。ただ、あそこまでカリッとさせると、歯でちぎりにくくなるような気がする。

この店では、大きく2種類あって、ノーマル(800円)なのと、いわゆるトッピング全部のせのようなもの(1100円)。トッピングはバラでも頼める。臨時休業もあって、「やっと行き着いた感」の勢いがあったこと。知人からの前情報として、「(ノーマルだと)ボリューム不足」というのもあって、全部のせの方をビール(ハートランド)とともに注文した。結果、私的には、ちょうどいいボリュームだった。ボリュームについてだが、バンズ代わりになっている麺の量自体は、普通のラーメンと同じかやや多いぐらい。でも、汁に浸かったラーメンに比べると、感覚的に少なく感じるかも知れない。冷やし中華の麺を少なく感じるのに似て。また、焼きそば程にはオイリーではないので、それも少なく感じる要因になっているかも知れない。

ノーマルの具はハンバーグと青菜など(たぶん)、そして全部のせは、ハンバーグに、スライスチーズ状態のチェダーチーズ2枚、目玉焼き、やや厚めのベーコンにベビーリーフのような生の青菜、それに醤油味のソースがかかっている。添え物として、トルティーヤチップス(写真左側)。昨日は、「おまけ」と言われてサルサソースをつけてくれた。そのサルサソースは、トルティーヤチップスと一緒に食べるのかなとも思ったが、バーガー食べながらの箸休め的サラダとしてちょうどよかった。

最初に、「ラーメンバーガー」と聞いたときは、どんなもんなんだろう? と「?」な気持ちが湧いた。食べてみると、お店には失礼ながら、全体的に丁寧に作られいる感じがあって意外とおいしい。味の決め手は、この醤油味のソースだけど、サーブされてのパッと見は、「ん、テリヤキソースかな?」と思ったが、アメリカなどで市販されているテリヤキソースのように甘くないのがいい。あと、原因までは分からないが、後味に、ややコゲ味があったのが少し気になったが、個性とも思えた。

食べ始めは、ラーメンというより、完全にバーガーだったが、最後の方になると、包まれた紙の底に、ややばらけた麺に醤油味のソースと目玉焼きの黄味がからんで、まぜそば風ラーメンのようだった。

今度は、ノーマルを頼んでみよっと。

2015年9月3日木曜日

幻のエル・ドラドとラーメンバーガー

きょうは珍しくモノクロ写真。ガラ系の携帯カメラで撮ったら、横線は入るし、あまりにも変な写真になっちゃったので、モノクロに変えてみた。分かりにくいが、これがラーメンバーガー。このラーメンバーガーのお店は、私の仕事場である福生にあるのだが、この店になる前は「El Dorado(エル・ドラド)」というラーメン店で、それはそれはおいしいラーメンだった。

ということで、ラーメンバーガーを語る前に、順序として去年ぐらいにあった、「エル・ドラド」を書きたくなった。

そのデリケートな味わいは大好きで、ときどき通った。昼間は閑散とした福生の赤線エリアで昼だけの営業。こんな辺鄙とも言える場所で、こんな美味なラーメンにありつけることが不思議なぐらいとてもおいしかった。最初に入ったとき、「エル・ドラドってどういう意味ですか?」とご主人にたずねると、「アメ車の名前です」。私からすると、古いアメ車って華やかさと同時にガソリンまき散らしながら走っている脳天気さを連想するので、それが好きな人がこの繊細なスープを料理していると思うと、新鮮な気分になったことを憶えている。

しかし、「玉にキズ」とはこのことだ。臨時休業が多く、店の前まで行って、入れた日より、入れなかった日の方がずっと多かった。臨時休業の札が3ヶ月も掛かりっぱなしということもあった。ネットでみても、電話番号は非公開。

3ヶ月ぶりに開いた店に入ったとき、ご主人に、「久しぶりですね。3ヶ月もお店閉めて、どうしてたんですか?」とたずねた。「仲間の店が相模原に開店したんで、その手伝いに行ってたんですよ。最初は1ヶ月のつもりが、長くなっちゃって‥‥」とのこと。「(夏から秋にかけての3ヶ月だったので)長めのバケーションでどっか旅行か何かに行ってたのかと思ってましたよ」と私。ご主人、苦笑い。

そしてしばらくしてからは、その閉ざされたシャッターには、ついにその「臨時休業」の札も掛からなくなり、再び「エル・ドラド」のラーメンにありつけることはないなー、と思っていた矢先、知人から「エル・ドラドがラーメンバーガー屋さんになってたよ」との情報を得た。「ラーメンバーガー?」 先週の金曜日に行ってみたものの、「臨時休業」。「またか」と思ったものの、気持ちを新たに再び行ってみた。それが昨日のこと。やっと行き着いた。

話題もラーメンバーガーに行き着きたいところだが、私としては、エル・ドラドのことも気になっていたので、ラーメンバーガー食べながら、カウンター越しのお店の人にエル・ドラドのこともきいてみた。

すると、この店はエル・ドラドのご主人の経営であること。エル・ドラドは昨年末に閉店し、その後は、他のラーメン店の仕込み場に使っていたこと、などの話を聞いた。

そして、「ラーメンバーガーって、このお店の考案なんですか?」

「いえいえ。ニューヨークとロサンゼルスで、ラーメンバーガーがヒットしていて、それをやってた人とうちの社長(エル・ドラドのご主人)が親しい関係で、ならば日本でも、ということになったんです」

「でも何でこの福生になったの?」

「最初は中野でやってたんですけど、お客さんに外国人の方が多いので、ならば、(今は仕込み場に使っている)福生でやってみたらいいんじゃない、ということになったんです」

この場合の「外国人」はアメリカ人ということだろう。米軍基地のある福生は確かにアメリカ人が多いが、最近はアジア系の人たちも多いことを補足します。まー、何しろ何にでも理由というのは必ずあるものだ。どうもエル・ドラドは完全に閉まってしまったらしいのが残念ではあるが、仕方あるまい。

さーて、ラーメンバーガー。なんだけど、そろそろ仕事に戻らないといけなくなってしまったので、それは改めて。