2010年12月27日月曜日

我が褌(ふんどし)ライフ【締め方編】

ふんどしシリーズ、第三弾。
きょうが最後の「締め方」です。
繰り返しになりますが、日本の伝統的な「越中」や「六尺」ではなく、私流ですので、悪しからず。ふんどし自体の仕様などは、前回のエントリ、我が褌(ふんどし)ライフ【ウンチク基本編】をご覧ください。

大ざっぱには、紐を腰にまわして結びつけ、その紐にふんどし本体を通し、前面から背面へ股を通って背面に持って行き、背面の紐にくくりつけます。

では、詳しいの、始めます。

1.袋状になった本体に紐を通します。紐を持って本体を垂らした状態で、縫い付けてある箇所が一番下になるように、つまりちょうど半分のところが紐に接するように本体をずらします。(ちなみに、最初に破けるのは、このヒモに接する部分になります)


2.垂れた本体が自分の前面になるように紐を持ち、紐を腰に廻して蝶結びに結ぶのですが、結び目は、前面のやや右寄りがいいので、そうなるように紐をずらして、紐を結びます(右利きの人の場合)。これで、本体は前面中央に垂れた状態で、もう両手を放しても大丈夫になります。ここでの一番のポイントは、紐を結ぶ位置(高低)と(張りの)強さ。私の場合、位置は腰骨の少し上。また強さは・・・・、ん〜説明が難しいので、最初は強めにしたり弱めにしたりしてみてください。

その位置が高ければ高いほど、また強く締めれば強く締めるほど(紐をピンと張れば張るほど)、本体がより長くなくてはならなくなります。このふんどしのよさは、それを自由に(好きに)出来ることなんですが、逆に適度の説明が難しい。個人差もあるし。

【1〜2のバリエーション:本体が袋状でない場合】
先に紐を腰にまわして結んでから、本体を前面の紐に通します。ちょうど半分のところが前面の紐にかかるようにします。この後は、袋状のものと共通です。

3.次に、本体を前面から背面に股をくぐらせ、背面へ本体を持っていきます。下の写真はそれを背面から見た状態です。アースなボールが右側のお尻、穴の開いたボールが左側のお尻です。


4.次に、背面で本体を紐にくくりつけるのですが、本体を強く引っ張れば強く締まるし、弱く引けば弱く締まるので、その調整はお好みで。そして私のくくりつけ方は、下の写真のように、最初に縫い付けてる端の部分を紐の上から通して右側にいったん出し(写真A)、


出したところを本体の上をクロスさせながら左側へ持って行き(写真B)、


最後に、その持っていった先を本体左側の紐に下からキュッと通します(写真C)。


実際には、写真とは違い、本体はやや引っ張られるので、これで安定します。この際、縫い付けてある部分がちょっとボリュームがあるため、縫い付けがないものと比べ、紐に引っかかる感じになり、より安定します。

また、前回のエントリで、サムライ菊の助さんから、「130cm(2つ折りにして65cm)は短くないか?」とのご質問を頂きました。

とても鋭いご質問です。130(65)cmで大丈夫なのは、この「引っかかり」があるためです。ですから、逆に縫い付けしてない(袋状になってない)ふんどし本体の場合は、あと20cm(2つ折りにして10cm)ぐらい長くした方がいいと思います。

私は長い間、縫い付けしてない本体を使っていましたが、それでもすぐにほどける程ではありません。

以上です。
説明するほどのことではありませんが、脱ぐときは、ただ蝶結びの結び目を引っ張ってほどくだけです。

くくりつけるところの説明が、ややこしく感じるかも知れませんね。背面で結ぶため、見えないのでやや詳しく書きましたが、2〜3回やればほんの2〜3秒で出来ることなので、簡単だということは断言しておきます。

このふんどしのスタイルは、自分では、「越中」よりも締め具合の調整が利き、「六尺」よりも着脱が簡単な点がいいと思っています。作るのも布オムツを材料にすれば、ハサミで1回切るだけですし。

ひとつ短所も書きましょう。それは、寒いこと。もちろん冬場の話ですが、パンツに比べ、覆う絶対面積が狭いのでその分は確実に寒くなります。スースー。まっ、私の場合、寒くなるとパッチを履くんで寒くはないんですが。

またあまり人に見せるものじゃありませんが、銭湯に行ったときなど、たまに人の視線が気になることがあります。また若い人なんかは、男性でも女性でも、新しい恋人とネンゴロになって、「えっ、ふんどしなの?」と嫌われたら困る・・・・なんて心配する人は止めといた方が無難でしょう。私から言わせりゃぁ、「そんなんで嫌われるような相手とは付き合わない方がいいよ」ってことですが、こればっかりはね・・・・。

最後に、市販されているふんどしを紹介します。最近は、伝統的なものだけでなく、いろいろあります。私は自作ものを使っているので、正直、これらを使ったことはありません。だから、コメントは想像です。

コチラはオーガニックコットン製のふんどし。私は普段このメーカーのオーガニックコットンのタオルや枕カバーを愛用してます。この越中タイプのふんどしは女性用となってます。何つったってオーガニックコットン。肌合いはいいでしょう。また露出面積が狭め(覆う面積が広め)なのでそんなに寒くないかも。

メイド・イン・アースのふんどし

そしてこちらは、麻のふんどし。ヒーリング&スピリチュアルな感じです。

AYA 工房

そして、試しにamazonで「ふんどし」と検索してみたら、いっぱいあって驚いたぁ〜。(エッチなDVDなんかも引っかかってきます。その手のグッズでもあるんですね)

話し出すといろいろありますが、私が20年以上、このふんどしを使い続けている一番大きな理由は、その履き心地(締め心地)。それに尽きます。それはパンツにはないものなんです。

これでふんどし特集を終わりにしますが、ご質問などありましたら、ご連絡ください。
では、Let's enjoy your FUNDOSHI life!

2010年12月22日水曜日

我が褌(ふんどし)ライフ【ウンチク基本編】

前回のエントリに続き、ふんどしです。
ふんどしですが、「越中」でも「六尺」でもありません。前回のエントリのキッカケでスタートした後、ただただ、20年間、私なりに改良し続けた現時点のレポートみたいなものです。ご興味をお持ちになる酔狂な方は、生地やサイズなど、ご自分でアレンジして作ってみてください。

まずは、まずはその基本的なスペック(仕様)から。

●長さ130cm X 幅30cmの布(ふんどし本体)
●長さ140cmの紐


つまり、布と紐。この2つがあればいい。
ふんどし本体の長さ130cmは2つ折りにして使います。上の写真は私の現物ですが、2つ折りになった状態で、見た目は長さ65cmになってます。また、端と端が縫い付けてあり、袋状になっていますが、それはちょっと特殊です。その箇所は以下の写真。生地の感じも分かりますね。


ご参考まで、私の身長は180cm。ズボンはだいたいウエスト79cmを買います。そんな人間がちょうどいいのがこのサイズということになります。

次に締め方を大ざっぱに説明しましょう。
「紐にふんどし本体を通し、紐は腰で廻して結ぶ。本体を前面から股を通して背面に持って行き、背面の紐にくくりつけます」
締め方の詳細は、改めて書くので、まずはザックリとイメージしてください。

たった2つのパーツだけど、私の中では、ここに至るまでに紆余曲折がありました。ということで、締め方の前に、大事な素材選びや上記の仕様になった理由などを書き連ねたいと思います。

【1】ふんどし本体の生地について

強さと弱さ(柔らかさ)のバランスがポイントです。強い布は耐久性に優れるが、ゴワゴワもする。弱いと耐久性に劣るが、肌にやさしい。お好みになりますが、四六時中大事なところに着けているものなので、その感触はとても重要なポイントだと思っています。例えば、現在市販されているふんどしの生地も様々なものがあります。ガーゼから普通のコットン、オーガニックコットンや、麻のもあります。

ちなみに、現在の私の一番のお気に入りは、市販の布オムツ。上の写真がそうなんですが、それはその市販のオムツをただ2つに切っただけのものなのです。2つに切る前は、下の写真。赤ちゃん用品のお店で、いっぱい入っててとっても安く売ってます。


何せ赤ちゃん用ですから、やさしい肌触りは折り紙つき。普通に織られたコットンより弱いけど、ガーゼよりは強いです。私の曖昧な記憶では、3枚ぐらいの使い回しで1年は問題ありません。綾織りって言ったっけかな。若干の伸縮性があり、それもちょうどよく感じてます。そして私がこの布オムツを気に入ってるもう一つの理由は、袋状に縫い付けてあること。元々の1枚の布の端と端を縫い付けて袋状になっています。この点は後で書く「締め方」のところで触れますが、締める際、この縫い付けてあるところが、締めやすさに繋がっています。

【2】縫製について

ふんどし本体は基本的に1枚の布ですから、通常、縁かがりをしますね。ただの直線縫いなのでミシンが便利ですが、もちろんヒマに任せてたまには手縫いもいいものです。しかーし、以前はミシンを出して縁かがりをしていた私ですが、最近はしません。

例えば、私が使う布オムツの場合、元々の縁は、ほつれないように加工されています。でも、真ん中をハサミで切るので、その辺はほつれます。で、実際はと言うと、使い始めは若干ほつれますが、しばらく使っているうちにほつれなくなるんです。それに気がついてからは、縁かがりをしないようになりました。これは生地によります。ほつれやすい生地とそうでない生地があるので、その点も、この布オムツはスグレモノと感じています。

【3】本体のサイズ

長すぎると邪魔になりますが、ある程度の長さがあった方が、締めやすい。緩フン(緩く締めるの)が好きな方は、長めに。私の場合、その市販の布オムツの長さが、私の体型にピッタリの長さなので、一度縦に真ん中をハサミで切っただけで、もうそれがそのまま私のふんどしのサイズになっています。だから作るのも超カンタン。

【4】紐について

太さが重要です。紐は結んで使うので、太すぎると、結び目がでかくなって邪魔です。反対に細すぎると、肌に食い込み嫌なものです。丈夫さと適度な太さそしてやっぱり素材感もありましょう。長さについては、最初は長めが無難ですが、使っているうちにだいたい伸びます。伸びたところで適度な長さに切り直してもいいでしょう。


上の写真のとおり、私の場合、手芸屋さんで売ってる組紐を使っています(綿100%)。いろいろ使いましたが、この手の組紐は、太さや色も何種類かあるので好みのを選べるのが嬉しいです。

「ウンチク基本編」はこのぐらいにします。長々とお付き合いありがとうございました。この次は、「締め方編」をと思います。

2010年12月17日金曜日

我が褌(ふんどし)ライフ【キッカケ編】


「いや〜、パンツがボロくなっちゃってね〜。この島じゃどんなパンツ売ってんだろー」

「そんなの買うことないよ。ふんどし自分で作ればいいんだから」

古い話だが、1988年の11月、私はタイ南部にあるパンガン島という島に滞在していた。パンツがボロくなったのは私のことで、それをたまたまそばにいた日本人につぶやいた。思えば、これが私の20年以上にわたるふんどしライフのキッカケだった。この頃、私は日本を含めたアジアを何年か旅行していたので、その途中でのことでもある。

「ふんどしを作れば・・・・」と言う彼に、早速、作り方をきいたら、彼は私の腰布(1.2×2mぐらい)の端を20cmぐらいの幅でをビリビリっと破き、さらにその後、3cmぐらいの幅でビリビリっと破いた。ずいぶん乱暴な人だな〜と思っていたら・・・・。

幅20cmぐらい長さ1.2mの布はふんどし本体に、そして幅3cm長さ1.2mの布は引っ張りながら細長くよって紐になった。最初に紐を腰に巻いて結ぶ。次にふんどし本体をその紐に通す。本体のちょうど半分のところで折り返すのだが、それを前面(ヘソの下あたり)の紐でする。そして2つ折りでぶらりと垂れ下がった本体を、股の下を通して、背面(お尻の上あたり)の紐のところでクルクルっと結んで出来上がり。

あっという間の出来事だった。
また1枚じゃなんだからと本体を2〜3枚作った。紐は1本で共通。
これで私のパンツライフはアッサリと終わった。

そのときは、海辺のバンガローを借りてたので、気が向けばちょくちょく海で泳いだ。泳いだ後、ふんどしを替える。海で濡れたふんどしは、真水でチョチョっと洗って干しておくと、30分もしないうちに乾いた。「こりゃ〜便利ぃ〜」

そのタイの腰布は、ふんどしにはやや生地がしっかりし過ぎていたので、その後インドへ行ったとき、もっと柔らかい布を買って、10枚ほど手縫いで縁かがりをし、バージョンアップした。基本的にはペラペラの1枚の布だからすぐ乾く。日本の気候でもね。そして、何しろパンツより、な〜んか落ち着くんです〜。それ以来、気に入ってしまって止められなくなり、今ではもう手放せなくなってしまいました。また、ギュッと締めたり、緩く締めたりと、その日の気分で締め具合の調整も効きます。

でまぁ、20年も使っているとその間、何度か新たに作る機会が訪れます。そーなると、「ここはもっとこーの方がいいなー」とか、「やっぱこれはこうでなくっちゃー」などとその都度研究するもの。あれやこれややってみて、今は「だいたい、これでいいっかなー」というものに決まってきています。

前置きが長くなったけど、それを紹介したいと思いまーす。ま、次のエントリで、ということになりますが。

日本には、「越中」、「六尺」などなど古典的なふんどしがもちろんあります。そして、それらはそれなりに、ディープな世界があるでしょう。でも、私の場合は、現在もなお、先述のキッカケの延長線上にあり、それで満足しきっているので、その世界を書こうと思っています。

では、次回。

2010年11月26日金曜日

丁寧に少しずつのイタリア

まーず、イタリアは古い建物が多い。国を挙げて古い建物を残している。添乗員の方の話だと、古い建物を残すのは、代わりに新しい建物を建てるのと比べ、およそ3倍の費用がかかるとのこと。

ただ、そうした町でも、もちろん全てが古い訳じゃ〜ない。上の写真は、バジリカータ州にあるカステルメッザーノという町のバール(Bar)の店内。バールとは、カフェ兼タバコ屋さんのような店。プラスチック樹脂のグリーンのレジがかわいかった。こんなキラキラした店内だけど、建物自体は数百年前のものだ。

そして、この店を一歩出ると、右の写真のような町並み。分かるかな〜、どの家の屋根にも煙突があるの。軒下には、樫や楢みたいないい薪がたっぷり積んであった。これからの季節、ここは雪景色になる。

2つ前のエントリ、「南イタリアのゴミ箱と中空都市」で、イタリアの古い町はみんな山や丘の上にあることを書いた。このカステルメッザーノも山の上。だから、伏流水が集まるような水源はない。しかし、右下の写真のように昔っから使われている雰囲気の水場がある。

何年か前のこと。NHKのテレビ番組で、イタリアの古い町の水道設備のことが取材されていた。それはイタリア中部の古い町だった気がするが、その山の上の町に水を引くため、数十キロだか何百キロも離れた、その町より少し標高が高いところにある山の水源から延々と地下に石造りの水路を作って、山の上の町に水を引いていた。「南イタリアのゴミ箱と中空都市」でも書いたが、山の上に町を作る理由は、防御とペストなどからの感染予防という。そのためとは言え、山の上に町を作りたがったのは、「執念」以外の何ものでもない。このカステルメッザーノの水道がどういうシステムになっているかは不明だけど、今でも使われているそうした古い水場がイタリアには少なくない。

もちろんイタリアの建物はみな石造りだから耐用年数が長い。それにしても、薪の生活なども含め、このカステルメッザーノでは古い慣習を残しながら、新しいものを少しずつ加えていってる雰囲気がある。そしてその少しずつさは、小ぎれいに商品が陳列されたバールのように、「丁寧さ」を伴っているように映る。そこには決して無闇に新しいものに変えない、凝縮された時間さえ感じる。


そして、上の写真。何の変哲もない扉のドアノブ。これは、トリヴィーニョのアグリツーリズモ、La Foresteria di San Leoのもの。全館古ーい石造りの中、ちゃんと周りの雰囲気に馴染んでいて、カッコいい。こういう場合、得てして、石造りと同系の色や材質を使いそうだが、機能的にしてかつきれいな赤色が使われている。この材質・色を「浮いている」とは感じず、「潔く」感じるのは、それが丁寧にデザインされたものだからだと思う。

イタリアの景気は決してよくないと言われる。そんな中、こうして少しずつ変えていくことは、雇用の創出やGDPをグッと引き上げることにはならないだろう。でも、逆に昔からの生活を「少しずつ」しか変えないことは、急に不景気のどん底にも陥らないような気がする。そしてそれを知っていてそうしているようにも感じる。

こういうことを、例えばエネルギーにあふれた若い人なんかはどう思っているのだろう。とか、新しいものより3倍かかる古い建物を残す費用は、修繕の技術を高めるだろうがそれは社会的な雇用に繋がるものなのだろうか。とか、新興住宅地に住む人たちはどう思っているのだろう。いろいろ考えてしまう。

日本は最近、「ダウンサイズな暮らし」がしばしば提唱される。私も同感だ。しかし、イタリアの田舎では、暮らしのサイズを少しずつしか変えないことで、大事なものを守っているように思える。

景気が悪い日本では、「消費を増やさないといけない」と盛んに言われる。それは「丁寧に」「少しずつ」ということとは反駁しているようにも思える。長く使えるものを、「丁寧に」「少しずつ」消費していくことは暮らしを悪くするのだろうか? 昔から「モノは大事に使いなさい」と教わってきたことは今の世の中に合わないことなのだろうか? もちろんそんなことはないはずだ。今の日本こそ、大事なものの転換期なような気がしてならない。

最後に、お許しを得て撮らせてもらった、カステルメッザーノのおばあちゃんの写真で、今回のイタリア旅行編をおしまいにします。


2010年11月25日木曜日

南イタリア、田舎の車事情

1983年の夏、私はユーレイルパスを使って2ヶ月、ヨーロッパを旅した。そのときビックリしたのは、どの大きな町にもペコペコの古い車が頑張って、それもたくさん走っていたこと。「いや〜、物持ちいいな〜」とも思ったし、何よりその風景がカッコよかった。古い話とは言え、その延長線上に今があると思うと、南イタリアの田舎なんぞに行ったらまだまだフィアットの古いのがいっぱい走ってるんだろうなー、と楽しみにしていた。

ということで、先のエントリ「ゴミ箱」に続き、今回は車です。

・・・・なんですが、その前に、ちょっとだけ椅子。写真は、日本からの直行便で着いたローマの空港の、国内線の搭乗口の椅子。この搭乗口でダラダラ待つ時間がいつも退屈ですね。そのとき撮ったもの。何と革張りなんです。もちろん、この椅子ひとつではなく、みんなです。設置して何年経ってるかは不明だけど、当然のことながら、一番こすれる箇所がすり切れてます。こんなこと設置する前から分かっちゃいるだろうに。でも、これが革製品を誇る国の意地なのか。ただただ革製品の寿命の感覚が違うだけなのか。私はイタリアの靴が好きなんだけど、長持ちしないのがやや気になっている。そのイメージが重なった。今どきの日本だったら「税金の無駄遣い」とやり玉に挙げられそうだ。でも長距離フライトで疲れた身体に、この座り心地はよかったぜ。


話の寄り道ついでに公衆電話。これは10年以上前からあると思う。この曲線が何となく、ルイジ・コラーニ風。コラーニはイタリア人じゃなかったかな。

さてさて余談はこのぐらいにして、今回、成田からローマに着いてすぐ、国内便で南部の町バーリへ飛んだ。夜11時頃、ヘトヘトで着いたホテルのロビーの真ん中に、1970年頃のベスパが展示してあった。たしかに塗装もピカピカで状態がよく展示するに値するものだったんだろうが、写真を撮る気にならない。

それ見て「あれ、やばいなー」と思った。「こいつはもう町では走ってないんだ」という、不安な気持ちの方が大きかったから。イヤな予感を引きずりながら、翌日から町を歩き出すと、案の定、古い車が全然走ってなーい。日本でもよく見る新しいフィアットやアルファロメオ、スマートなんかがいっぱい走ってる。「あれ〜、おかしいな〜」と完全に肩透かし。

ある知人の話だと、ヨーロッパはユーロ導入の頃、各国は古い車を一掃整理したという。日本で言えば、排ガス規制やエコカー減税といったところだろうか。

まぁ、それでも何とか少しは見つけたので、ルノーを含め載せます。ただ、これらの古い車は、以前のように普通に走っているのではなく、マニアの車といった感じです。古いといっても、それほど古くもないけど。



しかーし、今回新しい発見もあった。それはこのオート三輪(Monopoliという町の市場で)。新車っぽいのも走ってた。ベスパのメーカー、Piaggioが作ってるAPEというやつらしい。こいつはいっぱい走ってて嬉しくなった。イタリアの旧市街は石畳で狭く曲がりくねった道が多い。おそらく、この道を作った頃は馬車(またはロバ車)が闊歩してたんでしょうね。だからそれとちょうど同じような幅のこいつはどこの旧市街でも大活躍。もちろん小回りも効くしで、必需品の様子を呈していた。

もひとつ別のオート三輪の写真も載せちゃいましょう(オストゥーニ旧市街にて)。もーこんな道で走ってるんですから、いくらフィアットが小さい車たくさん作ってたって、こいつじゃないとダメな道がたくさんあるんです。タイのトゥクトゥク、インドのオートリクシャーなど、アジアではオート三輪は主にタクシーだけど、このイタリアのAPEは運搬車。今回乗ることは出来なかったけど、こういう車が走ってる町の風景は実にいい。無理して残しているんじゃないんです。必要だからあるのです。そこがいいでしょ。

イタリアは国を挙げて、旧市街を残してます。ということは、こいつはずぅーと必需品で、町の風景の脇役を担ってくれるようにも思えます。最後に、バジリカータ州カステルメッザーノでの写真。信号機がありますね。その道、オート三輪でさえすれ違えず、見通しが悪いからです。頑張れ、オート三輪!

2010年11月24日水曜日

南イタリアのゴミ箱と中空都市

前のエントリまでで、今回の南イタリア・ツアー旅行の本題だった「食」について主に書いてきた。で、こっからは「食」以外で、私個人的に気になったことを書いてみたい。

ということで、まずはゴミ箱。

私の幼少時代(1960年代)、日本の町のあちこちにゴミ箱があった。たしかモスグリーン色してたようなおぼろげな記憶があるが、最近はめっきり見かけなくなった。現在、公園のゴミ箱はほとんど撤去され、残されているのはコンビニの軒先ぐらいか。

でも、今回行った南イタリアには町のあちこちにゴミ箱があった。最初は懐かしさも手伝って写真を撮ったが、場所を移動していくと、いろいろなタイプがあることに気がついた。そう思ってからは気になって仕方なくなって、新しい町に着くとゴミ箱を探した。ご覧のとおり、どのゴミ箱もおおまかなサイズ・形は一緒だが、素材やデザインがそれぞれ違う。
もっと他のもあったんだけど、何せ今回はグループのツアー旅行だ。バスの車窓を眺めてて、「あー、あのゴミ箱ぉ!」とバスを停めることはできない。そんな状況の下、一週間足らずの間にこれだけあったのだから、イタリア全土では相当の数あることが想像できる。

さて、お気づきと思うが、全て宙に浮いている。昔、日本にあったのもそうでした。宙に浮いてる分だけ、場所を取る割には容量が小さいんだけど、その浮いたところがそれなりの「清潔感」を醸し出しているような気がしてならない。

そこで私が連想するのは、イタリアの古い町だ。イタリアは昔、都市国家だったから、防御も基本的には自分たちの町で行った。そのため、イタリアの古い町はほとんど山や丘の上に作られている。石造りだから石を運ぶ手間、また水のことを考えると決して簡単なことではない。日本風に言えば、山城タイプか。日本では京都など防御のためわざわざ盆地に作られた町も多いが、イタリアの古い町は逆の発想で、山や丘の上、中空に作られている。今回訪れた有名どころの町ではオストゥーニも丘の上。そして右の写真は、トリヴィーニョのアグリツーリズモ、La Foresteria di San Leoから見えた山の上の町。手前は畑で、遠くの山の上に町があるのが分かるかな? そこには行ってないけど、調べてみると、カンポマッジョーレ(Campomaggiore)という町。おそらく数百人ぐらいの町だ。大小に関わらず、こういうのがイタリア全土に点在する。

それで、です。この山の上に町を作る慣習は防御のためだけではないらしいのだ。ペストが流行した際、感染を恐れたこともその理由にあるとのこと。当時は、医学的な原因は分かってなかっただろうから、「感覚的に」山の上に住んだ方が感染しないだろうと考えたんだと思う。山の上だと孤立している感があり、何となく分かる気がする。蟻返しのついたテーブルのようと言ったらいいのかな。

話をゴミ箱に戻そう。

宙に浮いてるゴミ箱と山の上に作られた町。この両者、私には長らくここに暮らす人たちの共通した「清潔感」によるもののように感じるのだ。オリーブがよく育つ湿度の低い気候の下で、風が流れ、ゴミ箱と町が清潔に保たれている。今回唯一歩いた大きな町はナポリだけだったが、そこ以外で訪れた町、村は、どこもとてもこざっぱりしていて、とても清潔に感じた。

2010年11月22日月曜日

南イタリアの美味

今回の旅行で、おいしかったものは数あれど、その中から珍しく感じたものをいくつか紹介します。逐一「おいしい」という言葉は特に使いません。

右の写真は、プーリア州の海辺の町、Polignano a Mareのレストラン、L'Osteria de Chichibioにて。この二枚貝、生です。小さな牡蠣ものってるけど、まー新鮮そのもの。朝獲れたものをランチで頂く。これが前菜のトップバッターで、このあと生イカや茹でタコまで出てきた。イカは小ぶりの丸いものだが、生のワタが特にうまし。どれも添えてあったでっかいレモンをたっぷり絞って食べる。生の二枚貝やタコなんてのも食うんだー、なんて思った。また、この次のレストランでもそうだけど、プーリア州のこのへんは、前菜に小皿料理がズラズラとサーブされるのが特徴とのこと。

右の写真は、オストゥーニのレストラン、Osteria Del Tempo Perso(「忘れ去られた時間」という意味の名前らしい)にて。モッツァレラなんだけど巾着になっていて、ナイフで切ると中に閉じ込められたミルクがタラーリと出てくる。「モッツァレラ」とは別の名前だったけど忘れた。鮮度抜群で最上級のうまさ。この後、ポルチーニがゴロゴロ入ってるパスタも食べたが、このミルク入りモッツァレラの方が記憶に残っている。ちりばめられた赤いのは、ザクロ。

さてお次は、トリヴィーニョ村郊外のアグリツーリズモ、La Foresteria di San Leoで。これはキッチンにあった、ペッペローニと呼ばれる、ピーマンの一種を乾物にしたもの。大きさ形は、万願寺とうがらしのようにやや細く長いが、全く辛くない。生では食べてないけど、この乾いたのは旨みが強い。このバジリカータ州ではこれがよく使われるらしい。で、どー使われているかというと、この次の写真。

オリーブオイルが入った小さめのフライパンを弱火で熱し、ドライのペッペローニを入れる。低温で3分ほど熱し、ペッペローニの旨みをオイルに抽出する。そのオイルを使ってパスタを料理する。揚がってパリパリになったペッペローニは右の写真のように、パスタの上にのせたりして、パリパリ食べるんだけど、これがまたオツ。

最後は、ナポリのピザ。店の名はCiroとかだったと思う。何しろナポリでも由緒あるピザのレストラン。ナポリピザ協会認定の第一号店という、添乗員の方の説明があった。トッピングもよかったが、私個人的には生地の方が記憶に残っている。最近は日本にも、「ナポリピザ」が看板の店が増えたが、そういう店では、生地がやたらと薄く、縁だけ厚くなっているのが多い。でも、ここのは、写真にもあるとおり、やや縁が厚いぐらいでやたらと薄い部分はない。また、写真のではないけど、トッピングの生のルッコラは白い花のものではなく、味の濃い黄色い花のルッコラが使われていた。

このピザの店、雰囲気もよかったので最後に店内の様子。
ごちそーさまでした。