先日、東京の経堂で、駅前の喫茶店に入った。常連客らしいオジさんたちが新聞広げて読んでたりの、昭和にあったような喫茶店。カウンター席に座った。窓に面したカウンターではない。カウンター越しのすぐ目の前で、次々とサイフォンでコーヒーを入れるのをじぃーっと見ることが出来るカウンターだ。5〜6個並んだサイフォン。湯が沸き上がっていくゆっくりとした様、そして同時に、サイフォンにコーヒーの粉を入れたり洗ったりカップに注いだりの手際よさの様が好対照。あ〜、こーゆーのはいつまでも眺めてられる。
さて、そのサイフォンから目を離すと、ちょうど私の正面にある棚が目に留まった。
DOUTOR COFFEE
と印刷された缶。どこにでもあるドトールコーヒーとロゴが違うなー。それに明らかに使い込まれている。座っているのはカウンター、目の前にコーヒー入れてる人がいる。コーヒー入れるのが一段落したところで、声をかけてみた。
「ねぇ、あのドトールって書いてある缶、そのへんのドトールと違うね。古そうにも見えるけど、何なの?」
「あっ、あれはですねー、最初にドトールが日本に来た頃の缶らしいです。30年ぐらい前は、あの缶を使ってたみたいで・・・・」
30歳ぐらいの若い彼は続けた。
「ドトールが最初に日本に来た頃から、この(喫茶店経営の)会社はドトールと関係があったみたいで。そこにもあるとおり、普通のドトールも経営しているんですよ」
と、私の手元にある、数店舗の喫茶店の名前が印刷された伝票の裏面を指さした。2軒ほど普通のドトールのロゴがあった。つまりこの喫茶店を経営している会社は、数店舗の喫茶店を経営しており、その中の2つはドトールコーヒーだった。
「でもまぁ、こうしてこんな話をお店の人と、普通のドトールじゃとても出来ないね」
「ええ、ドトールでは、(コーヒー入れる)カウンターには席を作らない決まりがあるみたいで・・・・」
つまり、ドトールの店の作りは、客とコーヒーを入れる店員が話をするようになっていない。最後に、棚の缶の写真を撮る許可を得て、携帯で撮らせてもらった。
大きく見れば、ドトール上陸以来、お店の人と気さくに話せる喫茶店は激減した。ドトールの波に呑まれ、昔ながらの喫茶店がどんどん潰れていったと単純に思っていた。もちろんそれは否めないが、細かく見れば、喫茶店経営の会社の中には、フランチャイズのドトールの衣を借りながら、昔ながらの喫茶店を続けている人たちもいる。勝手な想像だけど、自分のやりたい喫茶店を続けるために、ドトールの衣を借りているような気がした。
だからまた時代が変われば、衣替えをしながら喫茶店、カフェ、茶屋の文化は続いていくんだろうなーと、ちょっと安心した。
2012年10月29日月曜日
楽しい編み込み
最近、編み込みにハマってる。8歳の娘の髪の編み込みだ。
仕事も学校もない昨日の日曜日の朝、天気も悪くシトシトと小雨が降っていた。これはチャンスとばかり、
「今朝は、時間あるから、編み込みしようぜー」
と、娘を誘ったら、快諾してくれた。天気がいいと彼女は外へ遊びに行く時間だし、学校も仕事もある平日は出来てもせいぜい1本だが、日曜日ということで、全体を4つのブロックに分けて、編み込み4本にした。最後の余った髪を普通の三つ編みにして4本の尻尾をシュシュで束ねている。ここまでやったことはなかったから、写真を撮らせてもらった。
今、彼女は2年生だが、小学校入学以来、だいたい毎朝、髪の毛をとかして束ねた後、ダンゴにしたり、三つ編みしたりをやってきた。こういうことを始めると、例えば、電車に乗ったとき、目の前にカッコいい髪の束ね方や編み方の女性が立ってると、こっそりその髪型を観察する。そして、「どーやって、こんなんなってんのかなぁ〜?」と想像する。以前は、気にしたことなどなかったが、興味を持ち始めると、世の中には様々な束ね方や編み方をした女性がいることが分かる。
この編み込みも、1年ぐらい前から興味があって何度か試みたものの、どうしてもうまくいかなかった。しかし、転機が訪れた。
先日、私の会社で、ある女性に短期でアルバイトに来てもらった。彼女は以前から知ってる人だったが、灯台もと暗し。彼女の髪、ほとんど毎日スゴい編み込みだった。そこで、教えを乞い、そのお陰で何とかここまでたどり着いた。
髪の毛の編み込みや三つ編みは、基本的に、毛糸やリリアンの編み物のようなものだ。同じようなことの繰り返しなので、やり方の説明自体はそんなに難しくない。そして、私の師匠、ヒロミ女史のように熟練した人の手に掛かると、まさに神業。鏡も見ずに自分の髪の編み込みまで自由自在にあっという間にやってしまう。
しかし、駆け出しの私の場合、指先の動きの正確さと、人一倍の集中力が必要だ。ちょっとでも集中が切れると、ワケ分からなくなったり、やり直しになったりする。だから、とても時間がかかる。
実は昨日の朝も大変だった。
特に編み込みの最後のあたり、襟足の産毛のような髪の毛を編み込むとき、とても痛いらしい。だから、頭や身体をクネクネする。私は、もうすぐ終わりだから「もうちょっとだけ我慢してね〜」などと言いながら、彼女のクネクネに合わせ自分の身体もクネクネさせながら、最後の集中力を途切れさせないよう必死だった。そんなあんなで、写真の4本の編み込みで、1時間もかかってしまった。
何でもそうだが、物事というのは、まだ自分が思うようには出来ない、こういう発展途上の間が一番面白い。しかし次回、彼女が私のヘボな編み込みに付き合ってくれるかどうかは、定かでない。
仕事も学校もない昨日の日曜日の朝、天気も悪くシトシトと小雨が降っていた。これはチャンスとばかり、
「今朝は、時間あるから、編み込みしようぜー」
と、娘を誘ったら、快諾してくれた。天気がいいと彼女は外へ遊びに行く時間だし、学校も仕事もある平日は出来てもせいぜい1本だが、日曜日ということで、全体を4つのブロックに分けて、編み込み4本にした。最後の余った髪を普通の三つ編みにして4本の尻尾をシュシュで束ねている。ここまでやったことはなかったから、写真を撮らせてもらった。
今、彼女は2年生だが、小学校入学以来、だいたい毎朝、髪の毛をとかして束ねた後、ダンゴにしたり、三つ編みしたりをやってきた。こういうことを始めると、例えば、電車に乗ったとき、目の前にカッコいい髪の束ね方や編み方の女性が立ってると、こっそりその髪型を観察する。そして、「どーやって、こんなんなってんのかなぁ〜?」と想像する。以前は、気にしたことなどなかったが、興味を持ち始めると、世の中には様々な束ね方や編み方をした女性がいることが分かる。
この編み込みも、1年ぐらい前から興味があって何度か試みたものの、どうしてもうまくいかなかった。しかし、転機が訪れた。
先日、私の会社で、ある女性に短期でアルバイトに来てもらった。彼女は以前から知ってる人だったが、灯台もと暗し。彼女の髪、ほとんど毎日スゴい編み込みだった。そこで、教えを乞い、そのお陰で何とかここまでたどり着いた。
髪の毛の編み込みや三つ編みは、基本的に、毛糸やリリアンの編み物のようなものだ。同じようなことの繰り返しなので、やり方の説明自体はそんなに難しくない。そして、私の師匠、ヒロミ女史のように熟練した人の手に掛かると、まさに神業。鏡も見ずに自分の髪の編み込みまで自由自在にあっという間にやってしまう。
しかし、駆け出しの私の場合、指先の動きの正確さと、人一倍の集中力が必要だ。ちょっとでも集中が切れると、ワケ分からなくなったり、やり直しになったりする。だから、とても時間がかかる。
実は昨日の朝も大変だった。
特に編み込みの最後のあたり、襟足の産毛のような髪の毛を編み込むとき、とても痛いらしい。だから、頭や身体をクネクネする。私は、もうすぐ終わりだから「もうちょっとだけ我慢してね〜」などと言いながら、彼女のクネクネに合わせ自分の身体もクネクネさせながら、最後の集中力を途切れさせないよう必死だった。そんなあんなで、写真の4本の編み込みで、1時間もかかってしまった。
何でもそうだが、物事というのは、まだ自分が思うようには出来ない、こういう発展途上の間が一番面白い。しかし次回、彼女が私のヘボな編み込みに付き合ってくれるかどうかは、定かでない。
2012年10月17日水曜日
東京・昭和記念公園のコスモス
ここんとこちょうどいい陽気になってきた。天気もよさそうだったので、この前の日曜日、子供二人とカミさんとで、自宅から自転車で10分の昭和記念公園に行った。入口に着いたら、何と「きょうは、(ナントカ緑化週間のため)入園無料です」。知らなかったので、「ラッキー」とも思ったが、受付の女性にきいてみた。
「・・・・ってことは、きょうは混んでるってことですか〜?」
「ええ、いつもの何十パーセントかは多いですね」
「何十パーセント増し」ってどのくらいなんだろと思いながら、中に入ったら想像以上でビックリだった。
ちょうど今、この公園の名物のひとつ、コスモスが見頃ということも相まって、数え切れないほどの人また人。でも、花盛りのコスモスも数え切れないほどだった。主な目的は、子供たちを遊ばせることだったけど、「この時期ここに来たら、コレは見ないとね」とコスモス畑にも立ち寄った。相変わらずスゴイな。
秋の桜か。
春の桜と秋の桜。
春の桜は、「散る」ことを連想するが、秋の桜は早くは散らない。そのせいか、コスモスはソメイヨシノほどは気持ち的にあせらず花を眺められる気がする。ワサワサする春と、シットリとする秋の、心持ちの違いもあろう。
春の桜は、「まだ寒い」感覚があるが、秋の桜は「温かい」感覚がある。春のお花見は燗酒がいいが、コスモスはビールが飲みたくなる。
春の桜が散るとグッと温かくなるし、秋の桜が散るとグッと涼しくなる。そんなひとときのいい陽気の中、春も秋も、桜に注ぐ柔らかい陽差しが何とも似つかわしい。
5歳と8歳の子供を思いっきり遊ばせて、私はビールでほろ酔い気分。子供たちが疲れ切る前に、そして私のほろ酔いが醒める前に、帰路についた。
2012年10月9日火曜日
果物の糖度
上の写真は、紅玉。先週末、初物として食べた。紅玉は、日本のリンゴの中で私が一番好きな品種だ。その理由は、適度な甘味にともなう酸味にある。私にとって、他のリンゴは甘過ぎる。糖度が高過ぎる。昔に比べ、日本のリンゴはどんどん甘くなってる。
私の子供の頃、最もポピュラーだったのは、「国光」という品種だった。他には、「スターキング」、「むつ」なんてのもあって、それぞれが個性を持っていた。しかしその後の「ふじ」の登場が、日本のリンゴの転換期だったように思う。「ふじ」は、「国光」よりも甘く、パリッとした食感が特徴で、独特の香りを放っていた。「ふじ」の出始めは、「何ておいしいリンゴなんだろう」と思って食べていた。最初は高価だったが、いつしか大衆品に変わっていった。そして、その頃から、どんどん品種改良されたリンゴが登場し、その度に糖度が増していった。
そんな中、なんとか残ったのがこの「紅玉」だ。私にとって、リンゴは、「甘酸っぱい」果物だ。「紅玉」の、甘さだけでなく、酸味もしっかり感じさせてもらえる味を味わうと、ホッとする。もう即虫歯になりそうなぐらい甘いリンゴを食べると、一切れ食べればもうそれでいいという気分になっちゃう。
なんで、リンゴはどんどん甘くなってしまうのか。
これはリンゴに限った話ではない。先のエントリ、勝沼「自然農法産」ぶどう狩り(8月28日)でも、ぶどうの糖度に触れたが、他にも、イチゴ、サクランボ、メロン、みかん、梨・・・・、挙げればキリがない。みんなどんどん甘くなってる。糖度至上主義にも感じるほど。果物じゃないけど、トマトやトウモロコシ、パブリカなどもどんどん甘くなってる。私の場合、甘いと一口目はいいんだけど、飽きるのが早い。そして、「この果物は、こんなに甘いだけじゃなかったハズだ」と思ってしまう。
少し大人なことも書いてみたい。人々は糖度が高いと「おいしい」と感じ、より甘い果物を求める。それで、果樹園の方々は、その「おいしい」のために日夜研究・努力され、高い糖度の果物が出来上がったのだ。そして、今や日本の甘い果物は海外でも人気が高く、重要な輸出品にもなっている。20年以上も前のこと、タイのバンコクの市場で、日本の柿や梨が山盛りになって売っていた。もちろん高い。あるタイの人に、「えー、こんなの買う人いるの?」ときいたら、「タイには果物好きな人がいるのよ。その人たちが買うのよ」とのことだった。
「甘さ」にはきっと魔力がある。
甘いリンゴを食べると「おいしい」と感じ、さらにより甘いリンゴを食べると「もっとおいしい」と感じる。そして、それより甘くないリンゴは「おいしくない」と感じる。
でもね。あえて言いたい。
酸っぱいリンゴもおいしいよ。青臭いトマトもおいしいよ。
「ふじ」が大衆化した中学生頃、私はすっかり甘い「ふじ」に傾倒していた。そのとき「リンゴ味」のガムを噛んで驚いた記憶がある。酸っぱかったのだ。そのとき、私は、「あれ、リンゴって酸っぱかったっけ」と「?」な気分になって驚いたのだった。それは「ふじ」の時代の前に食べた「青リンゴ」の味だった。そのとき、すでに「青リンゴ」の味を忘れかけていたのだった。
しかしその後、主に外国で食べたリンゴはみんなしっかりと酸味があり、それを「おいしい」と思うようになっていった。その後、日本の甘いリンゴを食べると、最初はおいしいんだけど、後から「くどい味」と感じるようになってしまった。
だから現在、何とか残っている「紅玉」が、私の一番好きな日本のリンゴになっている。あー、またあの酸っぱい青リンゴも食べたいなー。
私の子供の頃、最もポピュラーだったのは、「国光」という品種だった。他には、「スターキング」、「むつ」なんてのもあって、それぞれが個性を持っていた。しかしその後の「ふじ」の登場が、日本のリンゴの転換期だったように思う。「ふじ」は、「国光」よりも甘く、パリッとした食感が特徴で、独特の香りを放っていた。「ふじ」の出始めは、「何ておいしいリンゴなんだろう」と思って食べていた。最初は高価だったが、いつしか大衆品に変わっていった。そして、その頃から、どんどん品種改良されたリンゴが登場し、その度に糖度が増していった。
そんな中、なんとか残ったのがこの「紅玉」だ。私にとって、リンゴは、「甘酸っぱい」果物だ。「紅玉」の、甘さだけでなく、酸味もしっかり感じさせてもらえる味を味わうと、ホッとする。もう即虫歯になりそうなぐらい甘いリンゴを食べると、一切れ食べればもうそれでいいという気分になっちゃう。
なんで、リンゴはどんどん甘くなってしまうのか。
これはリンゴに限った話ではない。先のエントリ、勝沼「自然農法産」ぶどう狩り(8月28日)でも、ぶどうの糖度に触れたが、他にも、イチゴ、サクランボ、メロン、みかん、梨・・・・、挙げればキリがない。みんなどんどん甘くなってる。糖度至上主義にも感じるほど。果物じゃないけど、トマトやトウモロコシ、パブリカなどもどんどん甘くなってる。私の場合、甘いと一口目はいいんだけど、飽きるのが早い。そして、「この果物は、こんなに甘いだけじゃなかったハズだ」と思ってしまう。
少し大人なことも書いてみたい。人々は糖度が高いと「おいしい」と感じ、より甘い果物を求める。それで、果樹園の方々は、その「おいしい」のために日夜研究・努力され、高い糖度の果物が出来上がったのだ。そして、今や日本の甘い果物は海外でも人気が高く、重要な輸出品にもなっている。20年以上も前のこと、タイのバンコクの市場で、日本の柿や梨が山盛りになって売っていた。もちろん高い。あるタイの人に、「えー、こんなの買う人いるの?」ときいたら、「タイには果物好きな人がいるのよ。その人たちが買うのよ」とのことだった。
「甘さ」にはきっと魔力がある。
甘いリンゴを食べると「おいしい」と感じ、さらにより甘いリンゴを食べると「もっとおいしい」と感じる。そして、それより甘くないリンゴは「おいしくない」と感じる。
でもね。あえて言いたい。
酸っぱいリンゴもおいしいよ。青臭いトマトもおいしいよ。
「ふじ」が大衆化した中学生頃、私はすっかり甘い「ふじ」に傾倒していた。そのとき「リンゴ味」のガムを噛んで驚いた記憶がある。酸っぱかったのだ。そのとき、私は、「あれ、リンゴって酸っぱかったっけ」と「?」な気分になって驚いたのだった。それは「ふじ」の時代の前に食べた「青リンゴ」の味だった。そのとき、すでに「青リンゴ」の味を忘れかけていたのだった。
しかしその後、主に外国で食べたリンゴはみんなしっかりと酸味があり、それを「おいしい」と思うようになっていった。その後、日本の甘いリンゴを食べると、最初はおいしいんだけど、後から「くどい味」と感じるようになってしまった。
だから現在、何とか残っている「紅玉」が、私の一番好きな日本のリンゴになっている。あー、またあの酸っぱい青リンゴも食べたいなー。
2012年9月27日木曜日
かわいいなー、ヤモリ
この夏、我が家にヤモリが2匹生息していることを知った。上の写真は、裏庭に面した窓の網戸の外側にいらっしゃるところ。こんなのが2匹並んでいるときがあった。
このヤモリというやつは、とてもかわいい。人に噛みつくこともないし、蚊などの虫を食べてくれるし、動き方も愛らしい。そして何と言っても、この姿形がかわいくカッコいいからとても好きだ。網戸の外側に張り付いているところを発見して、子供たちに「ヤモリさんがいるぞー」と言うと、何をしてても飛んでくる。でも、臆病でもあるから、そぉっと来ないといけない。
これまでも、うちの庭にいる動物たちのことをこのブログで書いた。蛇、ガマガエル、カブトムシとハクビシン。(まっ、ハクビシンは通りすがりの者だったが)。あと、夏の間は、虹色のきれいなトカゲさんもいる。
何てことないと感じる人も多いと思うが、何せ私は、東京の下町育ちだから、子供の頃、周りの家も含め、庭や公園にこんな動物たちがいたことがない。なので、このちょっとしたことが何とも嬉しいのだ。ちょっとしたことだが、この嬉しさは私にとって「都会に出掛けるのはいいけれど、住めない」という理由にもなってる。我が家がある東京・昭島は、都会と田舎のちょうど境。生まれ育った都会の東京から離れるのはちと寂しい。かと言って、田舎暮らしするにゃ〜抵抗がある・・・・という中途半端な私の心境が反映している。
ところで、この機会に、「ヤモリ」をwikiってみた。
正式名は、何と「ニホンヤモリ(Gekko japonicus)」。「へぇ〜、日本固有なんだー」と驚いたのもつかの間。「ユーラシア大陸からの外来種と考えられており、日本固有種ではない」との記述。「江戸時代に来日したシーボルトが新種として報告したため、japonicus(「日本の」の意)が付けられている」らしい。
【分布】の欄には、「日本の複数の都道府県でレッドリスト(準絶滅危惧、情報不足など)の指定を受けている」。・・・・これには驚いた。ヤモリがレッドリストだなんて・・・・。
【生態】の欄には、「主に民家やその周辺に生息する。都市部では個体数が多く郊外では少なくなり、少なくとも日本では原生林には生息しない」。・・・・人間の近くにしかいないのかー。
そして、【人間との関係】という欄もあり、「生息地では人間に身近な存在で、人家内外の害虫を捕食することから家を守るとされ、漢字では「守宮」(あるいは「家守」)と書かれよく似た名のイモリ(井守)とともに古くから親しまれていたことが伺える」。・・・・古くから親しまれているのは私の肌で感じている。
笑ってしまったのは、同じく【人間との関係】で、「小型種の上に骨格が頑丈とはいえず、人間に噛みつくと逆に顎の骨を折る可能性がある」という。人間に噛みついて顎の骨を折るヤモリもいるのかー。
私の東京育ちとも関係するが、思えばヤモリを身近に感じ始めたのは日本ではない。よく旅した南アジアにはヤモリがたくさんいる。ニホンヤモリに比べると、背中がツルッとして全体により白っぽい。だいたい夜中、電球に集まる虫を捕らえようと、その周辺の壁などに張り付いている。虫を捕まえる(くわえる)瞬間をじーっと見ていて待ったこともあった。そして、それらはよく鳴いていた。詳しく調べてないけど、“Gekko”という学名は、その鳴き声に由来していると思っている。だって、「Gekko」って聞こえるんだもの。
東京はすっかり秋モードに突入した。ヤモリさんたちの姿もそれほど見かけなくなるだろう。また来年もよろしくね〜。
2012年9月18日火曜日
【続編】自家製トマトジュース
2012年8月8日のエントリに、「自家製トマトジュース」を書いた。そのときは、初体験の感動を書いたんだけど、その後、3回、庭のトマトのトマトジュースを作った。合計4回ぐらい作ると、それなりに気が付くことが出てくる。レシピは、「自家製トマトジュース」(2012年8月8日)にあるとおりだが、その補足をしたくなった。
まず、繰り返しになるが、レシピはいたって簡単。以下の2段階だけだ。
※「もっと食べたい カノウユミコの野菜をたくさん使ったレシピ」(家の光協会)より抜粋
1.トマトは皮付きのまま乱切りにして厚手の鍋に入れ、塩少々をふる。ふたをして、弱火にかける。沸騰したら、10分ほど煮て、火を止める。
2.目が粗いざるで1をていねいに裏ごしし、ざるの裏側についた濃い果汁も加える。冷蔵庫で冷やしてグラスに分け、好みで塩少々を加える。
このままやればいい話でもあるが、あえて加えると、トマトを湯むきしてはいけない。それは、2にある、「ていねいに裏ごし」で分かる。下がそのときの写真だ。
「丁寧」というよりは、「念入りに」こうして木べらでギューギュー裏ごしすると、濃〜いトマトの汁が搾られる。写真にはないが、加熱後すぐ、鍋のトマトをザルにあけると、最初に薄いトマトジュースが漉されるが、それだけでは水っぽくて差ほどおいしくない。上の写真のように、ギューギュー裏ごしすると、下の写真のように、ザルの裏にドロドロ状のトマトがくっつく。このドロドロが実にうまいのだ。
つまり、裏ごしを「丁寧」または「念入り」にすることが、この自家製トマトジュースを作るキモだ。そして絶対に忘れちゃいけないのは、このザルの裏のドロドロを「丁寧に」こそぎ落とすこと。レシピでも、「ざるの裏側についた濃い果汁も加える」とサラッと書いてあるけど、これはとっても大事なことだ。ザルの裏のドロドロは、思った以上の量もある。
もちろん裏ごしすれば、上の写真のように、ボウルに汁が落ちる。実は、前回(3回目)のとき、気が緩んでいたのか、私はボウルの汁に気を取られ、うっかりザルの裏についたドロドロを忘れて、ザルを洗ってしまいそうになった。ハッと気が付いて、「お〜っとっと。危ない。危ない」・・・・なんてことがあったので、ご注意ください。
そして実は昨日、4回目を作ったんだけど、だんだん余裕が出てきて、
1.鍋からあけてすぐの最初の薄いジュース
2.裏ごしして出てきたジュース
3.裏ごししたザルの裏にへばりついているドロドロ
上記、3つの味見をしながら作った。おししさまたは濃厚さは1→2→3の順で増していく。ドロドロには、おいしさがビッシリ詰まってるぅ〜。裏ごしして残るのは皮だ。つまりトマトの皮には「おいしさ」が染み込んでいる。それを「念入りに」絞り出すことが大事だ。
最近は雨も多く、庭のトマトのなりも下降気味。あと1回かな。自家製トマトジュースは、この夏の我が家の大ヒットだった。そんなんで、去りゆく夏にやや寂しさもあるけど、熱病にかかったような夏がやっと終わる。トマトの収穫もあと1回したら、トマトを抜いて、ルッコラの種でも撒こうと思う。
まず、繰り返しになるが、レシピはいたって簡単。以下の2段階だけだ。
※「もっと食べたい カノウユミコの野菜をたくさん使ったレシピ」(家の光協会)より抜粋
1.トマトは皮付きのまま乱切りにして厚手の鍋に入れ、塩少々をふる。ふたをして、弱火にかける。沸騰したら、10分ほど煮て、火を止める。
2.目が粗いざるで1をていねいに裏ごしし、ざるの裏側についた濃い果汁も加える。冷蔵庫で冷やしてグラスに分け、好みで塩少々を加える。
このままやればいい話でもあるが、あえて加えると、トマトを湯むきしてはいけない。それは、2にある、「ていねいに裏ごし」で分かる。下がそのときの写真だ。
「丁寧」というよりは、「念入りに」こうして木べらでギューギュー裏ごしすると、濃〜いトマトの汁が搾られる。写真にはないが、加熱後すぐ、鍋のトマトをザルにあけると、最初に薄いトマトジュースが漉されるが、それだけでは水っぽくて差ほどおいしくない。上の写真のように、ギューギュー裏ごしすると、下の写真のように、ザルの裏にドロドロ状のトマトがくっつく。このドロドロが実にうまいのだ。
つまり、裏ごしを「丁寧」または「念入り」にすることが、この自家製トマトジュースを作るキモだ。そして絶対に忘れちゃいけないのは、このザルの裏のドロドロを「丁寧に」こそぎ落とすこと。レシピでも、「ざるの裏側についた濃い果汁も加える」とサラッと書いてあるけど、これはとっても大事なことだ。ザルの裏のドロドロは、思った以上の量もある。
もちろん裏ごしすれば、上の写真のように、ボウルに汁が落ちる。実は、前回(3回目)のとき、気が緩んでいたのか、私はボウルの汁に気を取られ、うっかりザルの裏についたドロドロを忘れて、ザルを洗ってしまいそうになった。ハッと気が付いて、「お〜っとっと。危ない。危ない」・・・・なんてことがあったので、ご注意ください。
そして実は昨日、4回目を作ったんだけど、だんだん余裕が出てきて、
1.鍋からあけてすぐの最初の薄いジュース
2.裏ごしして出てきたジュース
3.裏ごししたザルの裏にへばりついているドロドロ
上記、3つの味見をしながら作った。おししさまたは濃厚さは1→2→3の順で増していく。ドロドロには、おいしさがビッシリ詰まってるぅ〜。裏ごしして残るのは皮だ。つまりトマトの皮には「おいしさ」が染み込んでいる。それを「念入りに」絞り出すことが大事だ。
最近は雨も多く、庭のトマトのなりも下降気味。あと1回かな。自家製トマトジュースは、この夏の我が家の大ヒットだった。そんなんで、去りゆく夏にやや寂しさもあるけど、熱病にかかったような夏がやっと終わる。トマトの収穫もあと1回したら、トマトを抜いて、ルッコラの種でも撒こうと思う。
2012年9月12日水曜日
二文字(ふたもじ)しりとり
たまに気分転換で、パソコンで言葉遊びをする。言葉遊びだから、誰でも持ってるテキストのアプリケーションだけがあればいい。私はMacなので、simple textやJedit。Windowsの人は、メモ帳ってのがあったかな。
一種の「しりとり」だが、最後の二文字を次の言葉の始まりにする。だから選ぶ言葉は三文字以上になる。実際にやってみると、ある程度の集中力が必要だが、だからこそ「遊び」になる。例えば、私の名前の剛史(たけし)からスタートしてみよう。
剛史 芥子の実 蚤の市 一抹 松林 椰子の実・・・・
見た目では、ひらがなの方が分かりやすい。
「たけし」→「けしのみ」→「のみのいち」→「いちまつ」→「まつばやし」→「やしのみ」・・・・
多少難しい方が面白いので、下記の2つは禁じ手にしている。
1)「蚤の市」→「市場(いちば)」のように、同じ漢字で続けること。
上記では「蚤の市」→「一抹(いちまつ)」になってる。他の選択肢として、「銀杏(イチョウ)」なんてのもある。
2)「スーパーマン」→「マンパワー」のように、外来語などでも同じ言葉(この場合は「man」)で続けること。
このテキストファイルをデスクトップに置いといて、遊ぶときに開く。ちなみに私がやった「椰子の実」の続きは以下のとおり。
椰子の実 飲み友だち ダチョウ 蝶ネクタイ 鯛茶漬け づけマグロ グローバリゼーション しょんべん(小便) 弁当 冬瓜 がんもどき ドキンちゃん ちゃんこ鍋 なべおさみ サミー・デイビス・ジュニア ニアピン ピンク色 囲炉裏端 バター茶 チャンピオン 温泉 線香 交通事故 自己満足 族議員 印刷 札束・・・・
選ぶ言葉のコツは、そのまた次へ進みやすいようなのを選ぶこと。あと、一応しりとりではあるから、終わりから2番目の文字が「ん」の言葉を選んでもダメだ。例えば、「新聞紙」。「んし」からは続かない。でも、最後が「ん」はオッケーだ。例えば、「新幹線」→「千手観音」→「のんき」。(あ、「のんき」はダメね)
不思議なことに、そのとき続かなくても、久しぶりに見直してみると、次回は出来たりする。この「二文字しりとり」で、言葉の響きがいい詩なんかが書けたらなんて素敵だろう、なんて夢想しながらやっている。
一種の「しりとり」だが、最後の二文字を次の言葉の始まりにする。だから選ぶ言葉は三文字以上になる。実際にやってみると、ある程度の集中力が必要だが、だからこそ「遊び」になる。例えば、私の名前の剛史(たけし)からスタートしてみよう。
剛史 芥子の実 蚤の市 一抹 松林 椰子の実・・・・
見た目では、ひらがなの方が分かりやすい。
「たけし」→「けしのみ」→「のみのいち」→「いちまつ」→「まつばやし」→「やしのみ」・・・・
多少難しい方が面白いので、下記の2つは禁じ手にしている。
1)「蚤の市」→「市場(いちば)」のように、同じ漢字で続けること。
上記では「蚤の市」→「一抹(いちまつ)」になってる。他の選択肢として、「銀杏(イチョウ)」なんてのもある。
2)「スーパーマン」→「マンパワー」のように、外来語などでも同じ言葉(この場合は「man」)で続けること。
このテキストファイルをデスクトップに置いといて、遊ぶときに開く。ちなみに私がやった「椰子の実」の続きは以下のとおり。
椰子の実 飲み友だち ダチョウ 蝶ネクタイ 鯛茶漬け づけマグロ グローバリゼーション しょんべん(小便) 弁当 冬瓜 がんもどき ドキンちゃん ちゃんこ鍋 なべおさみ サミー・デイビス・ジュニア ニアピン ピンク色 囲炉裏端 バター茶 チャンピオン 温泉 線香 交通事故 自己満足 族議員 印刷 札束・・・・
選ぶ言葉のコツは、そのまた次へ進みやすいようなのを選ぶこと。あと、一応しりとりではあるから、終わりから2番目の文字が「ん」の言葉を選んでもダメだ。例えば、「新聞紙」。「んし」からは続かない。でも、最後が「ん」はオッケーだ。例えば、「新幹線」→「千手観音」→「のんき」。(あ、「のんき」はダメね)
不思議なことに、そのとき続かなくても、久しぶりに見直してみると、次回は出来たりする。この「二文字しりとり」で、言葉の響きがいい詩なんかが書けたらなんて素敵だろう、なんて夢想しながらやっている。
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